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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #20
98/206

Part 20-1 Jacob's Ladder 光明

Op.Room NDC HQ Chelsea Manhattan, NYC 13:52


13:52 ニューヨーク市マンハッタン チェルシー NDC本社作戦指揮室(Op.Room)



 臨床検査室のサンプルをすべて完全凍結したドク──スージー・モネットはあの(・・)怪物の細胞が持つ危険性をチーフに報せるべく作戦指揮室(Op.Room)に駆け込むと一番近い情報6課のブースに駆けて唖然とする男性職員の前からインカムのヘッドセットをつかみヘッドホンを片耳に当てマイクを口元に寄せた。



「コール!(:呼び出し) 作戦中のマリア・ガーランドへ繋いで!」



『S・モネット、チーフへ回線確保中。しばらくお待ち下さい』



 即座に交換のAIオペレーターが合成音でアナウンスし、スージーは早く繋がれとやきもきした。





────どうしたのドク!? もう直ぐ戦闘に入るから要点だけを!





 いきなり精神リンクでチーフの意識が飛び込んできて、眼を丸く見開いたドクはインカムを耳に押し当てたまま声で返事をしてしまった。



「チーフ、あの化け物の細胞は危険です! 絶対にじかに触れないで下さい! 侵食されます!」



────侵食? 喰われてしまうのでしょ?



 そうじゃないとスージーは眉根を寄せた。



「いえ! 細胞を食うのでなく取り込み同化します」



────ウイルスが刷り込みをやるように?



「そうでもないでしょう。ウイルスは複製しか作れないからです。取り込むか、そうでないかに関わらず突然変異でしか本質が変わらないのに、あのクリーチャーの細胞は侵食した相手のすべてを己に反映してると思います。見た目には捕食してるように見えるでしょうが、相手を取り込み栄養素やエネルギーとしてだけでなく精巧な学習をするんです。細胞単位で学び行動に反映します」



────スージー、奴が白人女性と見分けがつかない変身をしていたわ。どこまで取り込んだものを模倣できるの?



「まだそこまで確認してませんが、根底から成り代わる危険性も考慮すべきです。極論ですがあなた自身に成り代わる可能性があります」



────でも腕を咬み千切られたシルフィーは同化されなかったわ。



 シルフィーとはあのショッピングセンター駐車場に来た耳の長い謎の種族の1人だとドクは気づいた。ハミンバードのカーゴルームでチーフが何度か名を呼んでいた。



「恐らくは知性を持つ細胞をレギオン全体とし自在に操れ、捕食対象を単純構成要素──エネルギーや栄養素として殺すか、情報データ抜き取りを主眼とした取り込みを選択をするのだと」



 返事がすぐに来ない。チーフは恐らく戦術的にあれ(・・)の危険性をかんがみているのだとスージーは思った。



────わかったわ。用心して対処します。それとあの怪物は細胞単位で新陳代謝以外にエネルギーの供給源を持っているんでしょ。



 ドクはそれをチーフが気づいていた事に驚き、隔離ガラス越しに見た光景を目の当たりに思い出した。塩基化合物を破壊し生命生存を奪う2千度の高温に耐え、77.35ケルビン(:約-195.8℃)の凍結にすら活動兆候を失わない。あたかも無限供給のエネルギー源に支えられた依存系を構築し外部環境に左右されていない。



 それだわ!



 電磁波か放射線か何かわからないが、特殊なエネルギー経路を有し定常状態を維持する細胞だから真核細胞の様にエネルギー供給をミトコンドリアに依存する必要がない。他の細胞捕食はエネルギーを獲るためでなくアミノ酸などとして構築要素にしているだけ。



 ではなぜ生殺与奪を選択しているの!?



「マリー────どうやらあれ(・・)は気まぐれで侵食と同化を選んでいるのだと」





────違うわ。





「えっ!?」



 ドクは何なのだと心臓が跳ねた。





────あれは生きる意味(・・)を模索しているのよ。





「どういう事ですか?」







────恐怖を与え、死にゆく様から生きる意味をつかもうと足掻あがいてる。







 スージー・モネットは背筋を冷たいものが這い上がってくるのを抗えずにいた。チーフの言っているのは哲学的意味合い──宗教上の隔絶した意味合いに聞こえた。まるであのクリーチャーが生き物でなく────────!!



 あの核にある放射相称──珪藻(けいそう)の意味合いが彼女の意識を一瞬で染め上げしまった。







 あの怪物は生き物ではないんだわ!







 酸化シリコンを中核にしたまがい物!



 珪藻(けいそう)は外殻を珪酸けいさんで構成しその中には形状こそ違えどミトコンドリアも存在し葉緑素で光をエネルギー源として生きる独立栄養生物。



 だがあれ(・・)の細胞は核に珪酸けいさん状の恐らくは酸化シリコンを要素とする構造体を持ちそれが何らかの形でエネルギーを導いている。



 ドクは試さなければならない幾つかの事にあおられ始めた。たとえあれ(・・)の細胞が無限供給のエネルギー経路を持っていても物質ゆえに破綻するが必ずある。だがシリコン系の生命が──いいや、珪藻(けいそう)が外殻に珪酸けいさんを利用している様にあの怪物は中核に何らかの理由で珪酸けいさんを使っているだけだわ。



 目まぐるしい思考をマリア・ガーランドの言葉が隔てた。





────スージー、あれ(・・)を破綻させうる何かを見つけだして。私は戦いに戻るわ。





 意識からチーフが離れて行ったのをスージー・モネットは感じて返事もできずにいた。ヘッドセットを情報6課の職員のデスクかたわらに戻し、初めて作戦指揮室(Op.Room)に第1中隊のほとんどのものがいる事に気づいた。そうなのだ。中隊のほとんどのものは戦略原潜の乗組員家族を救出するためにあの化け物対処から抜けさせられたのだ。チーフはあのシルフィーという特殊メイクをほどこした様な女と2人だけでクリーチャーとしのぎを削っている。



 ドクは、あんな危険なものと綱渡りの様に対峙しなくてはならないリーダーに不憫ふびんなものを感じてきびすを返し急ぎ足で臨床検査室へ引き返した。







 検査室に戻ったドクは、隔離室の観測窓をそのままのぞきに行くとスプリンクラーからまき散らされた液体窒素があらゆるものをしもおおい、実験用乾燥容器(デシケーター)の厚いガラス容器ごと凍結した検体が揺れる白いもやの奥で相変わらずほのかな青い光を放っていた。



 何かがおかしいとすぐにスージーは気づき眼をらした。



 光の元が容器の中を動き回っている。



 その素早さに細胞群の動きではないと彼女はコンソールの空調を調整し作業台置かれたガラス容器に強風を送りもやを飛ばししもを溶かし始め、もしもに備えさらに液体窒素を散布するボタンに指を載せた。





 円筒の容器の底で白いものが動き回っていた。





 溶解したはずの実験用無菌マウスがどうしてとドクはしもの溶けかけたガラスの中味へ視線を張りつかせ顔を強ばらせた。



 動いている生き物はマウスより大きく白い毛はあるもののその毛のいたるところから、ボールペンのインク芯ほどの太さの針が不揃ふぞろいに尾の方へ生えており細い顔の耳下にまで回り込んだ長い口から上下にフォークの様な太い牙が突きだしていた。



 あのマーケットで暴れていたキメラの様に見たこともない怪物に変質(メタモルフォーゼ)していた。青いもやのような光りを放ち小さな化け物は厚いガラス容器に出口を求め右に左に落ち着きなく動き回っている。



 ドクは隔離室の中の空調を止め、液体窒素の散布ボタンをたたいた。



 スプリンクラーから再び多量の冷却液が部屋に降り注ぎデシケーターがしもおおわれ始めると彼女は観測窓から離れ足速に臨床検査室から出て作戦指揮室(Op.Room)からスターズ中隊が使う武器庫の方へ行くと中奥のインチ厚の圧延鋼鈑防爆ドアを開け中の小部屋に並ぶ棚に載った4G段ボール箱から3個のALSG814テルミット手榴弾と別の紙パッケージ箱から4個の破砕手榴弾(D M 5 1)を手に取り鉄扉を閉じて後にした。



 そうして情報2課のブースでマネージャーのレノチカにコンピューターのモニタを指差し説明しているロバート・バン・ローレンツの方へ急いで行くと彼に声をかけた。



「ロバート、ちょっと手伝って」



 振り向いた第1中隊の代理サブリーダーは彼女の顔を見て両手に握る6個の手榴弾に視線を下ろし、強張った瞳でまたドクの顔を見た。



「何を始めるつもりだ、ドク?」



「見ればわかるわ」



 それだけ告げスージーは臨床検査室の出入り口へと他のブースを回り込み急いだ。そうしてついて来たロバートが後から部屋へ入って来ると彼の顔も見ずにスージーは隔離室の方へ視線を向けたまま2個のテルミット手榴弾と2個の破砕手榴弾を彼へ手渡し告げた。



「隔離室の作業台に円筒のガラスケースがあるわ。もしそこから()の生き物が出て来るようなら横の気密ドアを開け4個を放り込んで」



 そう言うと彼女は別の壁に並ぶロッカーのガラス引き戸を開き沢山並んだ素材サンプルから大きさの違う2つの乳白色の樹脂(びん)を選びそれを手に隔離室の投入口へ向かい蓋を引き開いた。



「例の生物って────おい、まさか!? あれ(・・)がここにいるのか!?」



 2種の手榴弾を受け取った元SASの中佐が、ポリ(びん)と2個の手榴弾を隔離室の投入口に入れ閉じシリコンラバーの隔離スーツに身体を滑り込ませるスージー・モネットに問いただした。



 顔をスーツに入れる直前にドクが恐ろしい事を彼に教えた。





「細胞サンプルがマウス2匹を侵食しモルモットほどの得体の知れないキメラになってる」





 ロバートは観測窓に大股で近づくとしももやだらけの室内をのぞき込んだ。作業台は部屋の片側にありその上に載るシチュー鍋を二段重ねにした大きさの円筒ガラスケースに彼は視線を止めじっと見つめた。







 そのもやの揺れ下りるしもおおわれたケースの底で微かな青い光が広がっていた。







「ドク! あれ(・・)はショッピングセンター駐車場であの爆炎にも死ななかったんだぞ」



 彼が警告した時にはドクはすでに隔離室のスーツを着込んで作業台へ進んでいた。



『試してみるのよ。クリーチャーが極低温からのナノテルミットの超高温の落差に耐えられるかどうか』



 観測窓の上にあるスピーカーからドクの声が流れ、当人は作業台に手榴弾2個とポリ(びん)2つを置きそれぞれのびんふたを回し開き、テルミット手榴弾(ALSG814)をセーフティーレバーごと握りセーフティーピンを引き抜いた。



 観測窓から見ているロバートは彼女の言うナノテルミットが通常のテルミットとどう違うのか理解出来なかった。



 スージーはテルミット手榴弾(ALSG814)をセーフティーレバーごと左手で握りしめ、右手で円筒ガラスケース上部のふたの留め具を外すと手榴弾の底でガラス(ぶた)の角を1発叩たたいて固着をずらし開き、素早く大小のポリ(びん)を右手でつかみ一度に中身の黒と明るい灰色のパウダーをガラスケース内にぶちまけた。直後テルミット手榴弾(ALSG814)をレバーを飛ばしケースへ放り込むと素早くふたを載せシリコンラバースーツの伸びた壁への装着側へと後退あとずさった。



 スージー・モネットはスーツを脱いで外に出ようとはしなかった。彼女は傍らにある折りたたみの長テーブルに載ったものを振り落としテーブルを立ててたてとし、観測窓のそば破砕手榴弾(D M 5 1)のレバーを握りしめセーフティーピンを引き抜きその瞬間を待った。





 唐突とうとつに作業台の上からまるで十数個の閃光手榴弾を同時破裂させた様な真っ白い輝きが広がり外で見守るロバートは厚いガラス越しに小さな爆轟を耳にし顔を背け光りを避けた。直後ガラスケースの(ふた)が天井まで飛び砕け作業台周辺に割れ落ちても台上のフラッシュは静まらず暴れまくりそれが30秒ほども続くといきなり光りは吸い込まれるようにガラスケースのあった場所に集束し消え失せた。



 作業台の上にあったガラスケースは溶解しリング状の塊で盛り上がっている。



 隔離スーツを着たままのスージーは恐るおそるその台へ向かい見下ろした。



『やったのか!?』



 スージーの着るスーツの耳にある小型スピーカーからロバートの声が聞こえたが彼女は返事をせずに手榴弾を握っていない右手の指でリング状の溶けたガラス中央のえぐれたステンレス机の天板をまさぐった。



「やっぱりだわ。あの化け物にも限界点があるのよ。細胞に珪藻けいそうの外殻質に似た酸化シリコンのコアがあり、もしかしてとシラフィン・タンパク質の化学反応阻害物である二酸化マンガンを与え、高負荷にさらしたらあの青いシールドに飽和点がありナノテルミットの5千7百ケルビン(:約5427℃)のエネルギーを支えられなかったのよ」



『ドク、わかるように言ってくれ。5千3百ケルビンって何度なんだ?』



 スーツの繋がる壁へ下がり脱ぎ始めた彼女が外へ顔を出し笑顔で答えた。







「9千8百度(:華氏)────あれ(・・)を倒す1つの光明が見えてきたわ」












☆付録解説☆



1【Thermite Grenades】(:テルミット手榴弾)


 各国軍で使用する手榴弾の一種です。元はテルミット・プロセスという金属酸化物をレドックス(:還元)する冶金法で、金属酸化物と金属アルミニウムの粉末混合物に着火し外部の酸素依存しない反応でアルミニウムが金属酸化物を還元し4000℃前後の高温を発生します。


 冶金法とし屋外で職人がレールの継ぎ目を高温で溶かした鉄で塞ぐなどの特殊な技術ですが、軍では味方の重要機材を緊急時に破壊(溶解)させたり敵の構造物の破壊に用いられます。


 作中に登場するALSG814はALSテクノロジー社の軍用テルミット手榴弾で実際に4G段ボール箱で納品されています。



2【Nano Thermite】(:ナノテルミット)


 これはテルミット・プロセスのアルミニウムをナノメートルサイズの微粒子に加工し原子反応に近い状態での爆発的な還元反応で超高温と高速反応を得るもので米海軍など次世代の爆発物や推進材として研究費が計上されています。


 軍では短時間に高エネルギーを得られるアルミニウム-酸化ビスマス(III)のナノ粒子を使う傾向が多く、911テロの際にもこの爆発物が使われた痕跡が見つかっておりWTC高層ビルが短時間で倒壊した要因がナノテルミットの超高温に耐えられなかった鉄骨構造材のためだとの論文もあります。


 作品中でドクはこのアルミニウム-酸化ビスマス(III)の20ナノメートル微粒子ゾルを無造作にデシケーター容器に放り込んでいます。















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