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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
 Chapter #19
96/206

Part 19-4 Deceive 謀(はか)る

Б-561 Казань Большая подводная лодка 885м ясен класса 7-я Дивизия Подводных Лодок 11-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), 1 морская миля до Срединно-Атлантический хребет Местное время 17:32 Среднее время по Гринвичу 18: 32


グリニッジ標準時18:32 現地時刻17:32 大西洋中央海嶺まで1海里 ロシア連邦北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団一等大型潜水艦885Mヤーセン型Kー561カザン



 水深ゲージが570メートルに達した瞬間、艦長──アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐(KPR)発令所(C R)で命じた。



"ВышеーТрим 5 градусов ! Защита от ударов, приземляенных на дно моря !"

(:アップトリム5 着低の衝撃に備えろ!)



 2発の魚雷を排出し有線で至近距離爆破したのはかけだった。シエラ(ワン)から放たれたシュクバルもどきがアクティヴも打たず追尾しているのはソナー以外の索敵さくてき手段を使っている可能性があった。



 魚雷2発の爆轟が生むバブルパルスが運良くシュクバルもどきを破砕したが、シリンスキー艦長はバブルパルスの衝撃波で追尾方法を動乱させる方を期待した。



 ソナーから見えないシエラ(ワン)は魚雷のみならず索敵さくてきにもその技術を使っているいる可能性がある。ヤーセン型にツカン・システムがあるように何かしらの方法を採用していると想定する必要があった。



 885Mヤーセン級カザンをバブルパルスに紛れスクリュウを止め、惰性で方向を転じ、沈降する力で微速前進させ続けた。放射騒音を減らしたのはシエラ(ワン)がその謎の索敵さくてき手段のみならず通常のパッシブを使っている可能性も考えられた。



 唐突に発令所(C R)全体が揺さぶられ神経を逆なでされる金属の甲高い崩壊音が響き発令所(C R)の乗組員らは手近なものにつかまり身体を支えた。



"Капитан, Я думаю, что Судовой руль внизу был сломан."

(:艦長、下部方向舵を損壊したと思われます)



 副長(X.O.)──エヴノ・ゴランヴィチ・ラジェンスキー中佐(KVR)がそう告げたが艦長は左舷内壁を見つめたまま返事をした。



"Я знаю. Было бы полезно, если враг неправильно понял Перерыв под давлением-Звук."

(:ああ、わかってる。敵が圧壊音と勘違いしてくれれば助かる)



 わずかに艦首を上げた姿勢で中央海嶺(かいれい)に向け隆起した雲泥の海底に着低した。圧壊深度に近い離れ技だった。バブルゼロで前後水平を保ち完璧なソフトランディングも可能だったが、あえて艦尾下の方向舵を壊すことで圧壊音を演出した。



"Парень придет ! Кирилл ! Запишите Звуковой отпечаток пальца ! Используй Тукан !"

(:奴が来るぞ! キリル! 音紋を盗れ! ツカンも使え!)



 艦長が押し殺した声で告げるとソナーマンのキリル・コチェルギン少尉(LT)を除き発令所(C R)全員が動きを止め息を殺し耳を立てた。



 だが室内には男らの息をする密かな音以外聞こえてこない。



"Может, он сдался..."

(:あきらめたのかも知れませ──)



 ラジェンスキー副長(X.O.)ささやきかけシリンスキー艦長が右手を振り上げその口を制した。





 それはわずかな変化だった。





 周期的な音。



 まるでゆっくりとワイヤーを振り回す様なうなりが急激に高まるとその音質が低くなり急速に静粛にとって変わった。



 シリンスキー大佐(KPR)はその聞いたこともないキャビテーション・ノイズに戦慄を感じた。



 聞こえてきた音の立ち上がりとその大きさ、遠ざかる様からシエラ(ワン)がすぐ真上──10メートルほどの至近距離を通過したのだと彼は思った。



"Кирилл, Вы записали Звуковой отпечаток пальца ?"

(:キリル──音紋は盗れたか?)



"Да, капитан. Я смог записать звук с Фланговый Массив Сонар."

(:はい艦長。今のはフランク・アレイでバッチリ取れました)



"Вы можете услышать Сьерра-1 далеко ?"

(:離れたシエラ(ワン)は確認できるか?)



"Нет, Скрытие в подводном радиационном шуме. Но Тукан cистема отслеживает Bрага."

(:いえ、水中輻射ノイズに隠れました。ですがツカン・システムで航跡を捉えています)



 なんという静音性能だ! 極低周波数の3Hz帯を拾える最新型のフランク・アレイですら極至近距離からしか捕らえられない。ヤンキーの海軍はいつの間にこの様な化け物を就航させていたのだ! 畏怖を感じながらもシリンスキー大佐(KPR)は、だがやはり西側にないツカンの前に隠れる事は不可能だったと思った。



"Дмитрий, Все отчеты о повреждениях."

(:ドミトリー、各部所の報告を)



 発令所当直士官(C O D)のドミトリー・グリエフ少尉補(ML)復誦ふくしょうし通信操作卓へ進み出てマイクをつかみ全艦放送に切り替え通達を始めるのを見つめ艦長はシエラ(ワン)へ一矢報いる方策を練り始めた。







 Посмотри на это...Удачи и несчастья одно.

  (:見てろ──幸運と不幸は一体だ)











 見つけた船殻が残骸だとは思わない。



 海底にみずから沈座している可能性が大きかった。



 ディプスオルカの発令所(C R)でダイアナ・イラスコ・ロリンズはソナーマン・チーフのエドの報告を反芻はんすうしていた。



 ヤーセン級を任される艦長だ。ロシア海軍でも選り抜きのエリートだ。こんなに簡単に圧壊沈没するはずなどなかった。放った2本の非殺傷弾頭(N L W H)ミサイルは誤爆したのではない。恐らくは魚雷を射出し有線により爆破しミサイルを誘爆させたんだ。



 海底でじっと嵐の過ぎ去るのを待っているか試す事は容易たやすかった。魚雷を数本近辺に落とし爆破するだけで動き出すだろう。ましてや着低している艦をほふるのはもっと簡単だった。



 圧壊音らしきものが何だったのか。



 爆轟のカーテンの先へ逃げておきながらみずから音を立て夜の灯台のように目立つ事をする意味合いがない。



 ルナは三次元作戦電子海図台(3 D C C T)の方へ行くと、レーザー・ホログラムの作りだす近海の様相をながめた。



 中央海嶺(かいれい)の陰から出てきたオハイオ級は航行せずに表層を抜け洋上に出ていた。弾道ミサイルを打ち上げるのに耳目にさらさせる意味合いがない。通信のためか、何かしらのトラブルなのだろう。もう1隻のUー214は足の遅さから相変わらず峰の連なりの向こうに隠れている。



 次の戦略に移る前にすべき事があった。



 行動不能に追い込んだ艦から乗組員らを助ける算段をしなければならない。このままではじわじわと首を絞め殺すようなものだ。この艦と同じくして造船した救難潜水艇(D S R V)を空輸させる必要があった。



副長(X.O.)、両舷停止。バブルゼロで深度1000(:約305m)まで静音浮上。本社へ衛星通信を行います。洋上索敵通信用(O S E C)自立型潜水機(A U V)を1基射出」



 ゴースが復誦ふくしょうし各員に命じている矢先に兵装担当のカッサンドラ・アダーニ──キャスが振り向き尋ねた。



「艦長、ロシア艦にとどめを刺さないんですか!?」



 ルナは三次元作戦電子海図台(3 D C C T)ホログラムの海底に映るカザンの赤いシルエットアイコンを見ながら警告した。



"If you shoot explosives into a ship that's damaged in the torpedo, you'll get unexpected damage."

(:魚雷で船殻を損壊した艦に爆発物を撃ち込むと想定以外の被害が出ます)



"Cass, we're not coming to kill each other."

(:キャス、我々は殺し合いに来てるのではなくてよ)



 たしなめられたキャスはうなづいて謝ると操作卓に顔を戻し命令を入力し始めた。



 発令所(C R)デッキが前方へ傾斜し緩やかに巨体の船殻(ハル)が浮上開始しだすとルナは占拠されたオハイオ級原潜の攻略方法を1つ思いつきため息をついた。





 綱渡りだわ────。









 大西洋中央海嶺(かいれい)の洋上のやや時化しけた波間にオールで漕ぐ小型ボートほどの長さをした電柱幅よりも広いダークグリーンとマリンブルーのデジタル迷彩柄のパネルが姿を現し、パネル前の部分が円形に開きブロンズガラスのカップほどの高さをした小さなドームがせり上がった。中には数種類のアヴィオニクスがあり回転し、付近の洋上や上空をスキャンし始めた。



 2秒で500ヤード(:約457m)先の波の谷に見え隠れする黒い異物を発見した。そのいびつな形をした浮遊物の周囲にはオレンジのバルーンが拡張し浮遊物の頂頭にはストロボが冷たく明滅する光を放っている。



 人工物はそれだけではなかった。



 その倍以上の距離に同様のストロボ光とオレンジのバルーンが浮遊しているのをかろうじて見つけだした。その2つの人工物はロシア原潜アクラ級Kー335ゲパードとヤーセン級Kー560セヴェロドヴィンスクのセイルから切り離されたレスキュー・チェンバーだった。乗組員全員が洋上で狭いユニットにすし詰めなり救難を待っていた。



 直後ドームの赤外線アヴィオニクスが上空に熱源を見つけた。その高速で移動する熱源をサーマルイメージ・カメラと8KのCCDが追尾を始めた。









『NDC本社(H Q)です』



 衛星通信が回線を開くとハンズフリーでまず音声が聞こえてきたのはAIオペレーターの女性の合成音声だった。



「こちらディプスオルカのダイアナ・イラスコ・ロリンズ。作戦指揮室(Op.Room)、情報2課エレナ・ケイツに繋いで」



 音声認識を経て音声信号と同時に送信している暗号キーを受領したAIオペレーターは即座に該当者を呼び出し通信元を告げ回線を繋いだ。



『エレナです、ルナ!』



 すがりつくような切羽詰まった声だとルナは思った。



「チーフは本社に居ますか?」



『いいえ、まだクリーチャー対処からウォール街から戻られていません』



 ウォール街!? クリーチャー対処!? ルナは眉根を寄せた。精神リンクでマリーから知らされていた場所ではない。なぜジャージーのワワヤンダ州立公園で州兵ヘリが落とされそれと太陽炉(S T C)を調べに行っている彼女がウォール街でクリーチャー対処をしてるのだ!? だが今はそれよりも気がかりな事があった。



「レノチカ、大西洋のオハイオ級がミサイルを打ち上げたかも知れません。把握はしてるの?」



『把握もなにも! トライデント(Two)の撃墜し損ねた分離弾頭(R V)がホワイトハウス近隣に着弾。幸い不発弾で被害は出ていません!』



 やはりソナーが捉えた射出音は魚雷でなく弾道ミサイルだったのだ! 弾道ミサイルの射出音など音紋データになくそれほど重視しなかったのが誤りだった。ルナは鳩尾みぞおちに差し込む重い感覚に抗い本部の情報担当指揮官の1人に問い合わせ続けた。



「それで政府と軍の対応は?」



『各省庁の長官が集められ協議中。軍は3つの空母打撃群(C S G)をそちらへ派遣。第2空母打撃群(C S G 2)が先に現着しそうです』



 空母打撃群(C S G)! それだけの艦船を派兵する目的が救難でなくオハイオ級原潜を沈めるつもりだと彼女は血の気が引く思いがした。



「レノチカ、テロリストに占拠されてるオハイオ級の奪回作戦案をそちらへ文章で送るから根回しし、国防総省(D o D)関係者の誰かへ持ち込んで」



『えっ!? こちらはメリーランド乗組員の家族が拉致らちされているので訓練中の2中隊を向かわせるために大騒ぎなんです!』



 ルナは一瞬押し黙った。乗組員が素直にテロリストに従っているのがおかしいとは思った。脅され従う理由がそれだったのだと怒りを覚えた。選別された2中隊の兵員が恐らくは70名前後。拉致らちされている襲撃(DA)場所が7から9カ所。人質救出は危険な状態だった。



「レノチカ、あなたが手を回せなくてもシリウスに相談し草案の文章の件を誰かに一任しなさい。それとディプスオルカからもメリーランドに戦闘員を送り込みます。その事もそちらで留意。それと────」



『まだ、何か?』



「NDCの新造艇の救難潜水艇(D S R V)を空輸し海上投下しなさい。投下位置は奪回作戦案と一緒に送ります。あと────」



『まだ何か!?』



 エレナ・ケイツの声が非難めいていた。



「チーフの対処してるそのクリーチャーの詳細をこちらに転送して下さい」



『わかりました。クリーチャーのデータはアップロードしておきます。それからこちらからも────』



「何ですかレノチカ?」





『ルナ、早く戻って来て下さい。あなたをみなが必要としてます』





「出来るだけ早期解決を計りましょう。頑張りなさいエレナ・ケイツ────通信以上」



 発令所(C R)のモニタをしているAIが通信終了を受け衛星回線を切った刹那、兵装担当のキャスと戦術航海士クリスが先を争うように報告し始めた。



「艦長、自立型潜水機(A U V)上空にF/Aー18ホーネットが飛来してます!」



「艦長、カザンが離低しました! 直後統合ソナーシステムがロスト!」





 彼女は艦載機はまだ遠方の第2空母打撃群(C S G 2)からの偵察だと思い後回しにした。それよりもパッシヴから逃れた885Mヤーセン級の方が問題だった。狙いはディプスオルカかそれともオハイオ級かUー214なのか。





「キャス、至急自立型潜水機(A U V)を回収! クリス、オハイオは!?」





「まだ洋上にいます!」





「襲うと見せおとりにしてこちらをおびき出すつもりだわ!」







 腕組みしたダイアナ・イラスコ・ロリンズがそう(つぶや)いた直後、副長(X.O.)──ゴットハルト・ババツが妙案を彼女に持ちかけた。












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