Part 19-3 Fury 憤怒
E.S.U.(/Emergency Service Unit:SWAT)Police Department Emergency Bureau 472 Orange St. Newark, NJ. 13:45
13:45 ニュージャージー州ニュアーク警察緊急出動部隊
ニュアークの緊急出動部隊本部に装甲車を飛ばして帰り着いた。
応援要請で出動した緊急出動部隊(:SWAT)15人のうち運良く生き残れたのは自分1人になった。タリア・メイブリックは怒り続けていた。それが九死に一生を得たショックからなのかわからなかった。
あの食料品売り場で前後を怪物に挟まれ、タリアは一瞬死を覚悟した。
黒い戦闘服に身をつつんだ軍の特殊部隊並みに強烈な民兵でさえしとめられずに駐車場でのあの爆炎にさえ死ななかったクリーチャー。
彼女はハンドルを握る指に力を込め、奥歯をギリギリと噛みしめた。
仲間の弔い戦をやらなければ!
あの兵士達を率いていたプラチナブロンドの女指揮官は苦々しい表情で兵士達へニューヨークへ向かうように命じて輸送機に乗り込んで行った。
あの化け物はニューヨークに向かったのだろうか?
確証はなかった。
彼女は電子サイレンを頻繁に鳴らしながら次々に一般車を追い抜き、車間の開いた間合いにFMカーラジオのスイッチを入れた。タッチボタンを押し込み次々に放送局を変えると1局だけ音楽の流れていない局があった。
『────マンハッタンのこの猛獣騒動の犠牲者が多く出たことを危惧し州知事は州兵の動員を────』
猛獣!?
あの怪物だろうか?
いいや、そんな事はないわ!
ウエスト・ミルフォードのショッピングセンターからあれが姿を消して一時間と経ってない。この短時間に移動手段を己の足しか持たないあのクリーチャーがニューヨークまで行けてそんなに大きな騒ぎを起こせるわけがない。
タリアは眉根をしかめ眼を細めた。
あれだけ変幻自在な化け物だ。
駐車場であの女指揮官と対峙していた時には人の躯に四本の腕を生やしていた。まるであれは悪魔だ。翼を持つことも可能なのかもしれない。
普通の生き物であるはずがなかった。
何百という銃弾に倒れず、SF映画にでも出てきそうな変身をし人を喰らい続ける。グリズリーでもあそこまで狂暴になれない。
銃弾では倒せない。
「どうするのタリア────!?」
彼女はそう強く呟きヒップホップの流れ始めたカーラジオを苛ついて切った。
アップテンポの曲が鎮魂歌に聞こえた。
あの黒い戦闘服の兵士達が使っていたのはFNーSCARーHだった。7.62ミリ軍用弾なのだ。あれでダメだったのだ。通常のライフル弾では見込みがない。だがどの分署にも装備にあれ以上の弾薬を使える銃器はなかった。軍ならフィフティ・キャリバーを撃てるライフルもあるだろう。代わりの何か────。何かもっと強力な火器。
追い抜きをかけた瞬間ふと頭を過ったものにタリアはハンドルを切り損ねて装甲バン・レンコ・ベアキャットを大きくふらつかせ走行車線に装甲車を戻した。
「あったわ! あれがあるじゃない!!」
叫ぶ様に言い切ったタリア・メイブリックは顎を引き前を睨みつけるとアクセルをさらに踏み込みエンジンが咆哮を上げた。
州道東280号線を猛スピードで走ってきた緊急出動部隊(/SWAT)の装甲車は2つの交差点をタイヤを鳴かせながら曲がり本部の路線バスが5台しか並べられない狭い駐車場に走り込むなり正面玄関に近いシャッターにぶつかりそうになり急ブレーキで停車すると、タリアは車から跳び下りて建物の中に駆け込んだ。
事務所には地区出動に備えて待機しデスクワークについている十名ばかりの同僚が顔を上げ1人が彼女に声をかけた。
「お疲れさんだったねタリア。あぁ? 他の奴らは?」
フリッツヘルメットを被ったままのタリアは返事も返さずに事務所を素通りし装備保管室に繋がる短い廊下へと大股で急ぐなり目的のロッカーへ向かった。
装備保管室は武器庫とも繋がっており彼女は中に入るとラックに下がったドア破砕用の大型の斧をつかみ取り壁の端に置いてある大型冷蔵庫並みのロッカーの前に立ちその扉ノブ傍のキーホールに打ち込んだ。1発では開かず2発目を打ち込みその扉を開いた寸秒、轟音に他の隊員3人が事務所から様子を見にきて唖然となった。
「タリア──お前、それをどうするつもりだ!?」
振り向いた彼女がロッカーから引き抜いて左手に握っているのは、麻薬組織摘発時の押収品でイスラエル製のロケット弾発射機マタドールだった。地元警察本部の武器保管庫では危険すぎるという事で処分されるまで緊急出動部隊本部で預かっていた。
「ウエスト・ミルフォードへ出動した14人全員が殺されたわ! 私を除いて!」
「嘘だろ!? お前、ハロウィーンが近いんで俺たちを驚かそう────」
茶化そうとしたその男性隊員が絶句した。
タリアはホルスターからM&Pを引き抜き男らの足元へ一発撃ち込んだ。
「邪魔すると容赦しないから!」
彼女は用心深い視線とハンドガンの銃口を出入り口に佇む男らに向けたまま後退さり台車にロケット・ランチャーを載せ、片手でラックからM4A1カービンやベネリM4スーペル90ショットガン数挺を載せ、作業台の上にコンバットバッグを置くと装填済みの30発STANAGマガジンや12ゲージショットシェルの弾薬カートンを次々に放り込み、40個あまりのそれらでバッグが膨らむと空いたスペースにXM84スタングレネードをねじ込み始めた。合間に彼女は腰ベルトやプレートキャリアのパウチにもM4A1の弾倉を数本押し込みフラップとバッグのファスナーを閉じてスタングレネードを一本左手につかんだ。
銃声に廊下へさらに3人の隊員が様子を見にきた。
「おい、メイブリック──止めろ! 何を考えて────」
止めにかかっている警部補男性隊員の横の袖壁にタリアは銃口を向けさらに1発撃ち込んだ。
「彼らを殺した怪物を狩りに行く邪魔をするなら脚を撃ち抜くから!」
「怪物────?」
歳嵩の警部補が容疑者の事だと思い彼女に問い返し制止しようと脅しにかかった。
「お前、そんな事をしたら懲戒解雇になるだけじゃ済まな────」
彼女はその男性隊員の横壁に1発9ミリパラベラムを撃ち込み押し殺した声で警告した。
「廊下へ下がりなさい! 本気だと言ったわよ!」
「タリア──お前、職務外で人を撃ったら────」
それを聞いて彼女は鼻で短く笑った。
「あれは人なんかじゃないわ! グリズリーより恐ろしいクリーチャー!」
言い切った瞬間廊下側の1人がハンドガンを引き抜いたのが見えタリアは男らの足元に連射し始めた。リノリュームの床板が次々に割れ飛び散り跳弾に男らはすくみ出入り口から廊下の陰へ素早く後退さり、彼女はシャッターまで台車を押して行くとしゃがみこんでシャッターを引き上げた。
そうしてタリアはM&Pを振り上げたままレンコ・ベアキャットの助手席ドアへ台車を押して行きドアを開きロケット・ランチャーや銃器を次々に放り込み最後に重いコンバットバッグを足下の床に押し込んだ。
武器庫の出入り口の際に半身隠れる拳銃を抜いている隊員が3人見えていた。
「タリア・メイブリック! 今、止めたら問題には────」
問題! 大いに問題だわ!
あんな化け物を野放しにしてたら大勢の人が命を落とす!!
説得を続ける警部補傍の床にさらに2発撃ち込み怯ませると彼女はフラッシュバンのセーフティ・ピンのリングを口に咥え勢いよく引き抜き指を開いてレバーを跳ばし半開きになったシャッター奥へ投げ込み装甲車の運転席に回り込み乗り込んでエンジンをかけた。
武器庫に濛々たる煙が広がり連発する閃光と爆轟が始まるのを眼に留め、彼女は6速オートマチックをバックに入れV8ターボ・ヂーゼルを吹かしベアキャットを一気に車道へバックさせた。
突然車道に現れた装甲車を躱し切れずに交差点へ向かうハッチバックの乗用車が後部に激突しベアキャットは振り回された。
サイドミラー越しに乗用車のドライバーがドアを開き下りてきたのが見えると彼女は猛然と装甲車を走らせ始めた。
走り出しタリアはダッシュボードのデジタル時計を見た。ちょうど時刻が午後2時に切り替わるところだった。15分を無駄にした。ニューヨークまでハイウェイを飛ばせば20分ほどで着ける。
サイドミラーに一瞬青いフラッシュライトが明滅するのが見え彼女が眼を凝らすと2台のパトカーの警告灯だった。
「素直に行かせてくれるわけないか──」
彼女は暗い表情になり、右手を伸ばし助手席のM4A1へ手をかけかけ腕を引き戻した。乗る装甲車の窓が防弾だった事を思い出し苦笑いした。そうして警察車輌が追いすがりすぐ後方と斜め横に着くと、タリアは一気に急ブレーキを踏んで側方の警察車輌へとハンドルを切った。
後部のPCが止まりきれずベアキャットのテールに激突しボンネットから派手に水蒸気を吹き出し、斜め横の車輌は重量級の装甲車が迫りひとたまりもなく激しく弾かれ歩道の消火栓に衝突しボンネットが跳ね上がった。
2台を沈黙させると、タリアは新たな追っ手が来る前に装甲車をふたたび猛加速で走らせ始めた。
装甲車に通常のパトロール・カーが敵うわけがなかった。
敵うわけが────。
あの怪物は軍用弾だけでなくあの駐車場を覆う爆炎にさえ死ななかった。
もしもロケット兵器が効かなかったらどうしよう。
何か切り札を用意しないと。
一発で地獄へ送り返せる秘策を考えて挑まないと。
もしもあれが本当に悪魔の類なら、教会の聖水が効果があるかもしれない。だが地球外生命体などだったらそんなもの役に立たない。
何があってもあれを殺してやる。
考えるのよタリア!
ハイウェイに上がるとレンコ・ベアキャットを時速85マイル(:約137km/h)にまで引っ張り東へ向け追い越し車線を爆進させ始めたタリア・メイブリックは走行車線を法速を遵守し走るタンクローリーが眼に止まり思わずハンドルを叩いた。
運搬してるのはガソリンではなかった。




