Part 19-1 Cock Up ヘマ
Underground 133 Fulton St. Express Track IND8(/IND Eighth Avenue Line) Subway Lower Manhattan, NYC 13:44
13:44 ニューヨーク市ローワーマンハッタン 地下鉄IND8番線急行路線 フルトンストリート133番地地下
サブウェイという地下を行き交う人の交通機関に争っていた眼の前の白人の女が駆けだす直前に言い放った言葉にシルフィー・リッツアは眼を強ばらせた。
こいつがベスなのか!?
本当にこいつがベルセキアなのか!?
エルフの同族を喰らいつくし、霧の中に消える直前に人の後ろ姿をしていたがまさかあの時はハイエルフになっていたのか!
銀髪女に振り向いたのが魔獣であり、倒した相手の知識・技量をすべて取り込み己の手段とする破壊者の能力を知っていたつもりが、ここまで何にでも成り代わる事ができるほどの擬態力を有していると、この人を中心とする世界──この莫大な人口に紛れ込まれたら二度と捜せなくなるとシルフィーは顔を強ばらせた。
それに銀髪女が喰い殺されたらベスは銀髪女の様に高速詠唱なしでどんな破壊的魔法をも振り回すようになる! そんな事になったら勝てない──勝つことが出来なくなる!
右足を後ろに引いて僅かに姿勢を落とし素手で身構えた銀髪女の前から向かい走り込んでくる殺戮獣を一気に爆裂魔法で倒そうと考えたシルフィー・リッツアは銀髪女の横をすり抜け前へと駆け出しかかり、銀髪女が後ろに回した右手のひらを開いて『出るな!』と命じていることに反射的に足を滑らせ立ち止まった。
銀髪女の前へ構える左手の手刀が見えてシルフィーは驚いた。
ファイティングナイフを抜いてない!
なぜだ、銀髪!?
ナイフならあれの背後にいる人には危害がおよばないのに!
その背負ったアリスパックと首に下げたバトルライフルという動きを制約する状態で素手であれと戦うなど無謀だ! とハイエルフが慄然となった寸秒、駆け迫った怪物と銀髪女の近接戦闘が火蓋を切った。
先に攻撃を仕掛けてきたのはベルセキアだった。
駆ける速さに捻った躰を弾きもどし突き出してきた爆速の右拳──!!──これまで拳で殴りかかるなどなかったあれが拳だと!? その銀髪女の顔面を狙った打撃が横に揺れた銀髪に掠り流れた。
何が起きた!?
どうして打撃が命中しなかった!?
銀髪女の前に出していたのは顔の前に立てた左手の手刀のみ。
手のひらの甲で叩き流しただと!?
直後、駆けてきた足を滑らせベスは捻っていた躰を弾きもどし空を切った右手を引くと躯を逆に捻り左拳を唸らせ銀髪女の腹目掛け放った。その打撃へあろう事か銀髪女は一歩進み出て身体を逆に捻るとベスの攻撃は命中せず銀髪女の右に流れ鋭い音とともに空を切った。
銀髪女は身体の前に突き出した左手のひらの腹で打ち流していた。
銀髪女はどうしてファイティングナイフ──短剣を使わない!?
なぜあれはセラミックの爪を伸ばし刃物として使わない!?
なぜ打撃戦に2人がこだわるのかシルフィーが理解できずにいると目前で一瞬で左手を引き戻したベスはとんでもない速さで躯を捻り返しふたたび右拳を銀髪女の顔面に放った。
その拳が今度も銀髪女の髪の横を掠った。
また左手のひらで打ち流した!
その3打撃を難なく躱した銀髪女がベスを煽った。
"You don't make any progress..."
(:貴様には進歩がないな────)
刹那、ベルセキアの顔が怒りで醜く歪んだ。
その表情を眼にしてハイエルフは驚いた。姉が造りだしたこの紛い物に表情が────感情があるなどありえない。敵を喰らい、敵の知識を己がものとできようとも、感情は知識と別物だ。この世界で何が奴をここまで変えたんだ!?
瞬間、あれは右足を振り上げ回し手刀では躱し様のない鞭の様な蹴りを放った。同時に銀髪女は大きく仰け反ると鼻先でベスの足が空を切り、銀髪女は振り切った怪物の膝裏を電撃のごとく蹴り上げた。
金髪の白人女に擬態したベルセキアは足を上げすぎ軸足が床を滑り浮き上がり一気に後頭部から床に落ち激突し鈍く重い音を放った直後後転し仁王立ちになり、姿勢を戻した銀髪女を睨みつけ歯ぎしりした。
"That's why I said you don't make any progress..."
(:だからお前には進歩がないと言ったんだ──)
銀髪女の言い放った言葉に、何をそこまでベスの戦闘心あおり立てるのだ!? とシルフィーは困惑し続けた。
彼女が理解できずにいると、床がへこみ波打つほど強く蹴りつけ爆速で駆け来るベスに、銀髪女は一瞬身体を大きく捻ると眼で追いつけぬ様な勢いで走りだし右のソファの角へ駆け上り、そのまま垂直に天井から下りるステンレスのパイプを両手でつかみ窓の枠を蹴り天井との角を蹴り一瞬で逆さまになった。
突っ込んできたベスは敵が正面から天井へ渡り走った事へ混乱し躯を捻りその逆さまの顔面を殴ろうとして狙いを外し銀髪女のつかむ金属パイプを強打した。
甲高い轟音が響き、天井側のパイプ基部のスクリューがすべて弾けパイプが折れ曲がった刹那、銀髪女がベルセキアの振り出した腕を抱え込み横へ一回転して床に両脚をつくなり一気の頭を前へ振り下ろして、後ろから振り上げたコンバットブーツの踵を殺戮獣の顔面に食い込ませた。
大きく仰け反らされた怪物のその勢いで銀髪女は抱き込んだ右腕を大きく捻り上げ付け根から骨の砕ける異音が弾けると、一瞬で銀髪女は敵の腕を放し振り下ろした右脚を左にステップさせアリスパックの慣性を使い身体を振り回し旋風の様に回転し左手を添えた右肘をベルセキアの右顳顬に命中させクリーチャーは横のガラス窓を突き破り、寸秒強引に傷だらけの顔を引き抜いて素早く後退さり銀髪女に距離を取ろうとした。
それを銀髪女はゆるさなかった。
下がったベスへ大きく走り身体を横に向けるなり、蹴り上げた右ブーツの踵をまたもや怪物の顔面に打ち込んだ。
徹底して頭部を狙い打っていた。
その戦いぶりにハイエルフは己が高戦闘に特化した血潮が湧き上がった。だがふらついたベルセキアを銀髪女は追撃せずに数歩下がり間合いを作り背後のハイエルフへ怒鳴った。
「シルフィー! 相手を打ち負かすのは技術や武器じゃない!」
この期に及んでいったい何なのだとシルフィー・リッツアは爪を食い込ませるほどかたく拳を握りしめている事に気づいた。
「相手を殺す──その一点に冷酷なまでに集中する。だがコイツは────」
銀髪女が何を云おうとしているのか、ハイエルフは直感で気づいた。己が復讐心に振り回され熱くなっていた。集落を襲い同胞をすべて喰い殺した虐殺の獣へ煮えたぎる焔を炙り続けていた。
「────ただ盗みたいだけの間抜けだ」
それを奴が理解したのかはわからない。
だが激昂に顔を壊れた以上に醜く歪め駆け出し跳躍し噴石じみた右膝を銀髪女の顔へ突き出してきた。
紛れもない白人女の姿を眼にした瞬間、それがあのクリーチャーなのかとマリア・ガーランドは思いもしなかった。
だがそのブロンド女が眼の前で恰幅のいい中年男の首を難なくへし折った瞬間、シルフィー・リッツアが言うベスなのだと気づき、振り向いたそいつが不敵な笑みを浮かべ銃も攻撃魔法もなしだ! と言い切った刹那、ここまで人というものを取り込んだのだと戦慄を感じた。
コイツは戦いに拘りを抱き始めている!
だが迷う時間も、身体の動きを制約するアリスパックやバトルライフルを除装する間もなく怪物が駆け込み拳を打ち込んできた。
相手の目を見据えたまま、構えた左手のひらの甲でその打撃の軸線を横へ弾き逸らす。逸らした直後、怪物は身を退き姿勢を返し逆の手を腹へと打ち込んできた。
マリーは白兵戦を組み合いながらベスの攻撃がまるで武術の型そのものなのだと瞬時に気づいた。
突き出してきた拳をマリーは踏み込み身体を捻り躱すと、ブロンドの白人女は瞬時に拳を引き戻し躯を捻り返し右拳をまた顔面に打ち込んできた。
それを上げた左手のひらの腹で叩き顔の横へ流す。
こいつの攻め手は、まるで格闘術を習い始めた初心者みたいだとマリーはまた思った。
「貴様には進歩がないな────」
直後、ブロンド女の顔が怒りで醜く歪んだ。
ほう!? 人の言葉を理解し、感情に顔色を変える。だけど何もかもがまがいものだわ。その格闘術も喰らわれた何者かが苦労して身につけた技術に過ぎない。恐らくはジャージーで殺した警察官のものだろう。
辛酸をなめずして上っ面を真似たものに過ぎない。
ベルセキア──貴様の本質がわかってきたぞ。
寸秒、ブロンドの白人女擬きはいきなり右足を振り上げ回し手刀では弾き躱せないほどの鞭の様な蹴り込みを入れてきた。それを視野の端で知覚しただけで反射神経の様にマリーの次の動作に繋がった。
マリーは身体を仰け反らせ鼻先で襲ってきた足を躱すと間髪入れずに振り切った怪物の膝を追いかける様に電撃のごとく蹴り上げた。
もんどり打って後ろへ倒れたクリーチャーは後頭部を床に激突させ一瞬で後転し床に跳び立つと睨みつけてきて凄まじい歯ぎしりを放った。
「だからお前には進歩がないと言ったんだ──」
馬鹿にしているわけでも、教えているわけでもなかった。挑発に乗せるのが狙いだった。直後、ベルセキアは床がへこみ歪むほど蹴り込みダッシュし突撃してきた。
マリーは瞬間、大きく左に身体を捻り素早い足さばきで加速と間合いを計りソファの座る部分の前角を踏み乗り背もたれの角へつま先を乗せ、同時に天井と床を繋ぐステンレスパイプに身を隠すように両手にするとさらに加速し窓枠の角にブーツの土踏まずを引っ掛け下半身を振り上げ天井を蹴り込んだ。
刹那、突っ込んできたベルセキアの拳が金属パイプを殴りつけた一瞬にその腕を抱き込む様に横へ一回転し、両足がしっかりと床に着いたのと同時に前へ身体を急激に折ると右足を後ろから振り上げた。
クリーチャーの顔面にスコーピオンキックを打ち込んで、相手が後方に仰け反りよろめいた瞬間、抱き込んでいたブロンド女の右腕を捻り上げると相手の肩の方で骨が粉砕する鈍い音が響いた。
やっぱりコイツは外観だけでなく、骨格も人の模倣になっている!
女の右腕を放し同時にマリーはステップを切り身体を急激に右に捻り追いかける右腕に左手を添えアリスパックの慣性を加え旋風の様に回り衝撃に備えた。直後ブロンド女が肩の痛みに前へ傾けた頭の顳顬に右肘が食い込み眼孔の外の骨を粉砕したまま窓をその頭で叩き割った。
その脇腹を蹴り上げようとマリーが構えた一瞬にクリーチャーは顔を割れガラスから引き抜くと素早く退いた。
だがマリーは攻め手を緩めるつもりはなかった。
後を追い込み身体を捻り反動で右脚を時計回りに振り切りブーツの踵をブロンド女の顔面に斜めに食い込ませ相手の顔を大きく歪ませた。
だがそこでマリーは次手を下さずに後退さり、見てるであろうハイエルフヘ怒鳴った。
「シルフィー! 相手を打ち負かすのは技術や武器じゃない」
そう、技量や経験、獲物は二次的なものに過ぎない。熱くなった兵士のなれの果てを知っていた。
私に銃剣を突き立てようと興奮し群がってきたシリア機甲歩兵部隊の何百という兵士らが地獄へ落ちた。
「相手を殺す──その一点に冷酷なまでに集中する。だがコイツは────」
みる間に顔を修復し始めたベルセキアへ続く言葉をぶつけた。
「────ただ盗みたいだけの間抜けだ」
図星! モータルコンバットの相手が治りきれない顔を醜く歪めたのが証だった。怒りに顔色が変わりまるで空気を突き破る様にまた駆け込み猛進し迫ると飛び上がり右膝を打ち込んできた。
シルフィー! 私に続け!
マリーはハイエルフの意識に直接命じて飛び上がった怪物の下を床に左腕すべてが摺るほど低く滑り込むように通り過ぎ、同じ様に滑り込んできたシルフィーが背中にぶつかり止まった。
車内を7ヤードも飛んだベスが瞬時に振り向いた。油断をつかれ攻撃に備え顔を強ばらせていた。
その目前の床に半身振り向いたマリーが2個のセーフティ・レバーを放り投げ言い放った。
"You' re indeed Foolish !"
(:愚か者!)
転がったレバーを見つめ視線を己が足下へ向けたブロンドの白人女擬きが口をあんぐりと開いた様まで紛い物だとマリーは思い、一瞬でシルフィー・リッツアの外に精霊シルフの魔法障壁を立ち上げた。それと同時に2個のドイツ製手榴弾の中でDM82信管が炸裂し308グラムのニペリットが連爆すると2ミリあまりの1万2千個の鉄球がクリーチャーの足下から秒速8千メートルで吹き上がった。
凄まじい爆轟に蹴り上げられたベスは天井の蛍光灯が埋め込まれたステンレスの張り出しに背中からぶつかりその肉を数千個の鉄球が蹂躙すると寸秒、床に落ちて動かなくなった。
幾つもの鉄球が激突し生まれた波紋が消え去ってもマリーは魔法障壁を除法しなかった。
半透明のスクリーンの先で万が一クリーチャーが爆炎魔法でも使う事を危惧し、シルフィーや背後にいる乗客らを護らねばならなかった。
「死んだかしら?」
マリーがハイエルフの背に問いかけると、彼女は猛然と首を振った。
「ダメだ。あんな爆発で死ぬぐらいなら、我の爆裂魔法攻撃で屠りされた」
シルフィーがそう告げた瞬間、クリーチャーはいきなり左腕を車輌前方に数ヤード引き伸ばすと遺体の1つをつかみ引き寄せそれの腹に喰らいつき両目を振り上げ車輌後方にいるマリーらを警戒し睨みつけた。
「やる気満々だわ」
マリーがため息の様に呟くとベルセキアの皮膚表面にできた裂創が見るみる間に盛り上がりもとのなだらかな状態へ戻り始めた。それにあの蛍光色の様な緑色の体液を殆ど流していない。
至近距離での2発の手榴弾が大きなダメージにならない敵と、乗客が逃げ場をなくしている状態では戦えないとマリーは眼を細めた。
なら──どうする!?
「シルフィー、私の魔法障壁を除法しあいつの方へゆくから背後であなたが魔法障壁を広げ乗客を守って」
「なっ、何をするつもりだ? また殴り合うのか!?」
「私はまだ、殴ってないわ」
そう告げるなりマリーは一瞬苦笑いを浮かべシルフィーの後でアリスパックのショルダーベルトから腕を抜いてその場に下ろすと立ち上がり消えたスクリーンの先で這いつくばり遺体を喰らうベルセキアへと歩き立ち止まると大声で告げた。
「聞くがよい、名もなきものよ! もっと広い場所で私の力の真髄を見たいだろう」
はらわたを喰らいながら見上げるブロンドの女が青い目をぎらつかせマリーを睨み続けていた。
「お前が目にしたものなぞ、私の髪の毛1本ほどもない」
ベルセキアは喰らいついたままの腸を腹から引きずり出しながら立ち上がりそれを途中で両手で握りしめ引き千切るとそこまですすり喰らった。そうして形を取り戻した血だらけの唇の片側を吊り上げゆっくりと後退さり始め血塗られた左手を振り上げマリア・ガーランドへ告げた。
"I'll screw you off that neck first."
(:俺様はまず、お前のその細首をねじ切ってやる)
車輌の先には唖然として立ちすくむNSAの若い男女職員が連結通路越しに見つめており、マリーはそこへベルセキアを行かすつもりは毛頭なかった。
"Do it, Screw Beast !!"
(:やってごらん! クソやろう!!)
言い放った直後マリア・ガーランドは唇を吊り上げ後ろ手にしていた両手を勢いよく前に突きだし指を広げた。刹那、クリーチャーの足下と背後に4個のセーフティレバーのない手榴弾が転がり瞬爆した。




