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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
 Chapter #19
93/206

Part 19-1 Cock Up ヘマ

Underground 133 Fulton St. Express Track IND8(/IND Eighth Avenue Line) Subway Lower Manhattan, NYC 13:44


13:44 ニューヨーク市ローワーマンハッタン 地下鉄IND8番線急行路線 フルトンストリート133番地地下



 サブウェイという地下を行き交う人の交通機関に争っていた眼の前の白人の女が駆けだす直前に言い放った言葉にシルフィー・リッツアは眼を強ばらせた。





 こいつがベスなのか!?





 本当にこいつがベルセキアなのか!?





 エルフの同族をらいつくし、霧の中に消える直前に人の後ろ姿をしていたがまさかあの時はハイエルフになっていたのか!



 銀髪女に振り向いたのが魔獣(ビースト)であり、倒した相手の知識・技量をすべて取り込みおのれの手段とする破壊者の能力を知っていたつもりが、ここまで何にでも成り代わる事ができるほどの擬態力を有していると、この人を中心とする世界──この莫大な人口に紛れ込まれたら二度と捜せなくなるとシルフィーは顔を強ばらせた。



 それに銀髪女がい殺されたらベスは銀髪女の様に高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)なしでどんな破壊的魔法をも振り回すようになる! そんな事になったら勝てない──勝つことが出来なくなる!



 右足を後ろに引いてわずかに姿勢を落とし素手で身構えた銀髪女の前から向かい走り込んでくる殺戮獣(ベルセキア)を一気に爆裂魔法で倒そうと考えたシルフィー・リッツアは銀髪女の横をすり抜け前へと駆け出しかかり、銀髪女が後ろに回した右手のひらを開いて『出るな!』と命じていることに反射的に足を滑らせ立ち止まった。



 銀髪女の前へ構える左手の手刀が見えてシルフィーは驚いた。



 ファイティングナイフを抜いてない!



 なぜだ、銀髪!?



 ナイフならあれ(・・)の背後にいる人には危害がおよばないのに!



 その背負ったアリスパックと首に下げたバトルライフルという動きを制約する状態で素手であれ(・・)と戦うなど無謀だ! とハイエルフが慄然となった寸秒、駆け迫った怪物と銀髪女の近接戦闘が火蓋を切った。



 先に攻撃を仕掛けてきたのはベルセキアだった。



 駆ける速さにひねった躰を弾きもどし突き出してきた爆速の右(こぶし)──!!──これまでこぶしで殴りかかるなどなかったあれ(・・)こぶしだと!? その銀髪女の顔面を狙った打撃が横に揺れた銀髪にかすり流れた。



 何が起きた!?



 どうして打撃が命中しなかった!?



 銀髪女の前に出していたのは顔の前に立てた左手の手刀のみ。



 手のひらの甲でたたき流しただと!?



 直後、駆けてきた足を滑らせベスはひねっていた躰を弾きもどし空を切った右手を引くと躯を逆にひねり左(こぶし)うならせ銀髪女の腹目掛け放った。その打撃へあろう事か銀髪女は一歩進み出て身体を逆にひねるとベスの攻撃は命中せず銀髪女の右に流れ鋭い音とともに空を切った。



 銀髪女は身体の前に突き出した左手のひらの腹で打ち流していた。



 銀髪女はどうしてファイティングナイフ──短剣を使わない!?



 なぜあれ(・・)はセラミックの爪を伸ばし刃物として使わない!?



 なぜ打撃戦に2人がこだわるのかシルフィーが理解できずにいると目前で一瞬で左手を引き戻したベスはとんでもない速さで躯をひねり返しふたたび右(こぶし)を銀髪女の顔面に放った。



 そのこぶしが今度も銀髪女の髪の横をかすった。



 また左手のひらで打ち流した!



 その3打撃を難なくかわした銀髪女がベスをあおった。





"You don't make any progress..."

(:貴様には進歩がないな────)





 刹那、ベルセキアの顔が怒りで醜くゆがんだ。



 その表情(・・)を眼にしてハイエルフは驚いた。姉が造りだしたこのまがい物に表情が────感情があるなどありえない。敵をらい、敵の知識をおのがものとできようとも、感情は知識と別物だ。この世界で何が奴をここまで変えたんだ!?



 瞬間、あれ(・・)は右足を振り上げ回し手刀ではかわし様のないむちの様な蹴りを放った。同時に銀髪女は大きくると鼻先でベスの足が空を切り、銀髪女は振り切った怪物のひざ裏を電撃のごとく蹴り上げた。



 金髪の白人女に擬態したベルセキアは足を上げすぎ軸足が床を滑り浮き上がり一気に後頭部から床に落ち激突し鈍く重い音を放った直後後転し仁王立ちになり、姿勢を戻した銀髪女をにらみつけ歯ぎしりした。





"That's why I said you don't make any progress..."

(:だからお前には進歩がないと言ったんだ──)





 銀髪女の言い放った言葉に、何をそこまでベスの戦闘心あおり立てるのだ!? とシルフィーは困惑し続けた。



 彼女が理解できずにいると、床がへこみ波打つほど強く蹴りつけ爆速で駆け来るベスに、銀髪女は一瞬身体を大きくひねると眼で追いつけぬ様な勢いで走りだし右のソファの角へ駆け上り、そのまま垂直に天井から下りるステンレスのパイプを両手でつかみ窓の枠を蹴り天井との角を蹴り一瞬で逆さまになった。



 突っ込んできたベスは敵が正面から天井へ渡り走った事へ混乱し躯をひねりその逆さまの顔面を殴ろうとして狙いを外し銀髪女のつかむ金属パイプを強打した。



 甲高い轟音が響き、天井側のパイプ基部のスクリューがすべて弾けパイプが折れ曲がった刹那、銀髪女がベルセキアの振り出した腕を抱え込み横へ一回転して床に両脚をつくなり一気の頭を前へ振り下ろして、後ろから振り上げたコンバットブーツのかかと殺戮獣さつりくじゅうの顔面に食い込ませた。



 大きくらされた怪物のその勢いで銀髪女は抱き込んだ右腕を大きくひねり上げ付け根から骨の砕ける異音が弾けると、一瞬で銀髪女は敵の腕を放し振り下ろした右脚を左にステップさせアリスパックの慣性を使い身体を振り回し旋風の様に回転し左手を添えた右(ひじ)をベルセキアの右顳顬(こめかみ)に命中させクリーチャーは横のガラス窓を突き破り、寸秒強引に傷だらけの顔を引き抜いて素早く後退あとずさり銀髪女に距離を取ろうとした。



 それを銀髪女はゆるさなかった。



 下がったベスへ大きく走り身体を横に向けるなり、蹴り上げた右ブーツのかかとをまたもや怪物の顔面に打ち込んだ。



 徹底して頭部を狙い打っていた。



 その戦いぶりにハイエルフはおのが高戦闘に特化した血潮が湧き上がった。だがふらついたベルセキアを銀髪女は追撃せずに数歩下がり間合いを作り背後のハイエルフへ怒鳴った。



「シルフィー! 相手を打ち負かすのは技術や武器じゃない!」



 この期におよんでいったい何なのだとシルフィー・リッツアは爪を食い込ませるほどかたくこぶしを握りしめている事に気づいた。





「相手を殺す──その一点に冷酷なまでに集中する。だがコイツは────」





 銀髪女が何をおうとしているのか、ハイエルフは直感で気づいた。おのが復讐心に振り回され熱くなっていた。集落を襲い同胞はらからをすべてい殺した虐殺の獣へ煮えたぎる焔をあぶり続けていた。







「────ただ盗みたい(喰らいたい)だけの間抜けだ(・・・・)







 それを奴が理解したのかはわからない。



 だが激昂げきこうに顔を壊れた以上に醜くゆがめ駆け出し跳躍し噴石じみた右(ひざ)を銀髪女の顔へ突き出してきた。











 まぎれもない白人女の姿を眼にした瞬間、それがあのクリーチャーなのかとマリア・ガーランドは思いもしなかった。



 だがそのブロンド女が眼の前で恰幅かっぷくのいい中年男の首を難なくへし折った瞬間、シルフィー・リッツアが言うベスなのだと気づき、振り向いたそいつ(・・・)が不敵な笑みを浮かべ銃も攻撃魔法(・・・・)もなしだ! と言い切った刹那、ここまで人というものを取り込んだのだと戦慄せんりつを感じた。





 コイツは戦いにこだわりを抱き始めている!





 だが迷う時間も、身体の動きを制約するアリスパックやバトルライフルを除装するもなく怪物が駆け込みこぶしを打ち込んできた。



 相手の目を見据えたまま、構えた左手のひらの甲でその打撃の軸線を横へ弾きらす。らした直後、怪物は身を退き姿勢を返し逆の手を腹へと打ち込んできた。



 マリーは白兵戦を組み合いながらベスの攻撃がまるで武術の型そのものなのだと瞬時に気づいた。



 突き出してきたこぶしをマリーは踏み込み身体をひねかわすと、ブロンドの白人女は瞬時にこぶしを引き戻し躯をひねり返し右(こぶし)をまた顔面に打ち込んできた。



 それを上げた左手のひらの腹でたたき顔の横へ流す。



 こいつの攻め手は、まるで格闘術を習い始めた初心者みたいだとマリーはまた思った。



「貴様には進歩がないな────」



 直後、ブロンド女の顔が怒りで醜くゆがんだ。



 ほう!? 人の言葉を理解し、感情に顔色を変える。だけど何もかもがまがいもの(フェイク)だわ。その格闘術もらわれた何者かが苦労して身につけた技術に過ぎない。恐らくはジャージーで殺した警察官のものだろう。



 辛酸をなめずして上っつらを真似たものに過ぎない。





 ベルセキア──貴様の本質がわかってきたぞ。





 寸秒、ブロンドの白人女(もど)きはいきなり右足を振り上げ回し手刀では弾きかわせないほどのむちの様な蹴り込みを入れてきた。それを視野の端で知覚しただけで反射神経の様にマリーの次の動作に繋がった。



 マリーは身体をらせ鼻先で襲ってきた足をかわすと間髪入れずに振り切った怪物のひざを追いかける様に電撃のごとく蹴り上げた。



 もんどり打って後ろへ倒れたクリーチャーは後頭部を床に激突させ一瞬で後転し床に跳び立つとにらみつけてきて凄まじい歯ぎしりを放った。



「だからお前には進歩がないと言ったんだ──」



 馬鹿にしているわけでも、教えているわけでもなかった。挑発に乗せるのが狙いだった。直後、ベルセキアは床がへこみゆがむほど蹴り込みダッシュし突撃してきた。



 マリーは瞬間、大きく左に身体をひねり素早い足さばきで加速と間合いを計りソファの座る部分の前角を踏み乗り背もたれの角へつま先を乗せ、同時に天井と床を繋ぐステンレスパイプに身を隠すように両手にするとさらに加速し窓枠の角にブーツの土踏まずを引っ掛け下半身を振り上げ天井を蹴り込んだ。



 刹那、突っ込んできたベルセキアのこぶしが金属パイプを殴りつけた一瞬にその腕を抱き込む様に横へ一回転し、両足がしっかりと床に着いたのと同時に前へ身体を急激に折ると右足を後ろから振り上げた。



 クリーチャーの顔面にスコーピオンキックを打ち込んで、相手が後方にりよろめいた瞬間、抱き込んでいたブロンド女の右腕をひねり上げると相手の肩の方で骨が粉砕する鈍い音が響いた。



 やっぱりコイツは外観だけでなく、骨格も人の模倣もほうになっている!



 女の右腕を放し同時にマリーはステップを切り身体を急激に右にひねり追いかける右腕に左手を添えアリスパックの慣性を加え旋風の様に回り衝撃に備えた。直後ブロンド女が肩の痛みに前へ傾けた頭の顳顬こめかみに右(ひじ)が食い込み眼孔の外の骨を粉砕したまま窓をその頭でたたき割った。



 その脇腹を蹴り上げようとマリーが構えた一瞬にクリーチャーは顔を割れガラスから引き抜くと素早く退しりぞいた。



 だがマリーは攻め手を緩めるつもりはなかった。



 後を追い込み身体をひねり反動で右脚を時計回りに振り切りブーツのかかとをブロンド女の顔面に斜めに食い込ませ相手の顔を大きくゆがませた。



 だがそこでマリーは次手を下さずに後退あとずさり、見てるであろうハイエルフヘ怒鳴った。



「シルフィー! 相手を打ち負かすのは技術や武器じゃない」



 そう、技量や経験、獲物は二次的なものに過ぎない。熱くなった兵士のなれの果てを知っていた。



 私に銃剣を突き立てようと興奮し群がってきたシリア機甲歩兵部隊の何百という兵士らが地獄へ落ちた。



「相手を殺す──その一点に冷酷なまでに集中する。だがコイツは────」



 みるに顔を修復し始めたベルセキアへ続く言葉をぶつけた。





「────ただ盗みたい(喰らいたい)だけの間抜けだ(・・・・)





 図星! モータルコンバットの相手が治りきれない顔を醜くゆがめたのがあかしだった。怒りに顔色が変わりまるで空気を突き破る様にまた駆け込み猛進し迫ると飛び上がり右(ひざ)を打ち込んできた。







 シルフィー! 私に続け!







 マリーはハイエルフの意識に直接命じて飛び上がった怪物の下を床に左腕すべてがるほど低く滑り込むように通り過ぎ、同じ様に滑り込んできたシルフィーが背中にぶつかり止まった。



 車内を7ヤードも飛んだベスが瞬時に振り向いた。油断をつかれ攻撃に備え顔を強ばらせていた。



 その目前の床に半身振り向いたマリーが2個のセーフティ・レバーを放り投げ言い放った。





"You' re indeed Foolish !"

(:愚か者!)





 転がったレバーを見つめ視線をおのが足下へ向けたブロンドの白人女(もど)きが口をあんぐりと開いた様までまがい物だとマリーは思い、一瞬でシルフィー・リッツアの外に精霊シルフの魔法障壁(マジックウォール)を立ち上げた。それと同時に2個のドイツ製手榴弾(D M 5 1)の中でDM82信管(ヒューズ)が炸裂し308グラムのニペリットが連爆すると2ミリあまりの1万2千個の鉄球がクリーチャーの足下から秒速8千メートルで吹き上がった。



 凄まじい爆轟に蹴り上げられたベスは天井の蛍光灯が埋め込まれたステンレスの張り出しに背中からぶつかりその肉を数千個の鉄球が蹂躙じゅうりんすると寸秒、床に落ちて動かなくなった。



 幾つもの鉄球が激突し生まれた波紋が消え去ってもマリーは魔法障壁(マジックウォール)を除法しなかった。



 半透明のスクリーンの先で万が一クリーチャーが爆炎魔法でも使う事を危惧し、シルフィーや背後にいる乗客らを護らねばならなかった。



「死んだかしら?」



 マリーがハイエルフの背に問いかけると、彼女は猛然と首を振った。



「ダメだ。あんな爆発で死ぬぐらいなら、我の爆裂魔法攻撃でほふりされた」



 シルフィーがそう告げた瞬間、クリーチャーはいきなり左腕を車輌前方に数ヤード引き伸ばすと遺体の1つをつかみ引き寄せそれの腹にらいつき両目を振り上げ車輌後方にいるマリーらを警戒しにらみつけた。



「やる気満々だわ」



 マリーがため息の様につぶやくとベルセキアの皮膚表面にできた裂創が見るみるに盛り上がりもとのなだらかな状態へ戻り始めた。それにあの蛍光色の様な緑色の体液をほとんど流していない。



 至近距離での2発の手榴弾が大きなダメージにならない敵と、乗客が逃げ場をなくしている状態では戦えないとマリーは眼を細めた。





 なら──どうする!?





「シルフィー、私の魔法障壁(マジックウォール)を除法しあいつの方へゆくから背後であなたが魔法障壁(マジックウォール)を広げ乗客を守って」



「なっ、何をするつもりだ? また殴り合うのか!?」



「私はまだ、殴ってないわ」



 そう告げるなりマリーは一瞬苦笑いを浮かべシルフィーの後でアリスパックのショルダーベルトから腕を抜いてその場に下ろすと立ち上がり消えたスクリーンの先でいつくばり遺体をらうベルセキアへと歩き立ち止まると大声で告げた。





「聞くがよい、名もなきものよ! もっと広い場所で私の力の真髄を見たいだろう」





 はらわたをらいながら見上げるブロンドの女が青い目をぎらつかせマリーをにらみ続けていた。







「お前が目にしたものなぞ、私の髪の毛1本ほどもない」







 ベルセキアはらいついたままの腸を腹から引きずり出しながら立ち上がりそれを途中で両手で握りしめ引き千切るとそこまですすりらった。そうして形を取り戻した血だらけの唇の片側をり上げゆっくりと後退あとずさり始め血塗られた左手を振り上げマリア・ガーランドへ告げた。







"I'll screw you off that neck first."

(:俺様はまず、お前のその細首をねじ切ってやる)









 車輌の先には唖然として立ちすくむNSAの若い男女職員が連結通路越しに見つめており、マリーはそこへベルセキアを行かすつもりは毛頭なかった。









"Do it, Screw Beast !!"

(:やってごらん! クソやろう!!)









 言い放った直後マリア・ガーランドは唇をり上げ後ろ手にしていた両手を勢いよく前に突きだし指を広げた。刹那、クリーチャーの足下と背後に4個のセーフティレバーのない手榴弾が転がり瞬爆した。











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