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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #18
92/206

Part 18-5 No Honor in Blood 血に名誉はない

USS Maryland SSBN-738 Ohio-Class Sixth Fleet Silent-Service U.S.Navy, Middle of the Atlantic Local Time 17:30 GT-18:30 /

Banker(/PEOC) White House Washington D.C., U.S. 13:33


グリニッジ標準時18:30 現地時刻17:30 大西洋中央 合衆国海軍所属第6艦隊潜水艦 オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦メリーランド/

13:33 ワシントンDC ホワイトハウス バンカー(PEOC)



 祖国艦隊指令から命じられ沈めに来たアクラ級2艦とおそらくはヤーセン級だと想定される1艦を沈めなお残ったヤーセン級を追う謎の艦シエラワンとの混乱に乗じて、元──ロシア海軍北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団攻撃型原潜671RTM B448シチューカ型タンボフ艦長ソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)は今がチャンスだと判断した。



 アメリカ合衆国を脅迫し史上最高額の身代金を盗るのだ。時間をかければ、海域にさらにロシア海軍原潜だけでなく、アメリカ海軍の攻撃型原潜や水上艦船群が殺到するのは眼に見えていた。



 バクリン大佐(KPR)はソナールームから発令所(C R)へ駆け戻るとアメリカ海軍第6艦隊オハイオ級SSBN738メリーランドの暫定艦長であるバートラム・パーネル少佐(LCDR)へ命じた。



「機関を停止したままトリムを維持、艦をゆっくりと深度490(:約149m)へ浮上させろ」



 パーネル少佐(LCDR)は顔を強ばらせた。発令所(C R)にもあるソナー卓につくソナーマンがここ半時間あまりの混戦を発令所(C R)へ逐一報告していたので、今がいかに危険な状況か理解していた。海嶺(かいれい)壁から離れ動けばまず間違いなく危機的状況へ艦はおちいるだろう。彼がロシア海軍の艦長をにらみ返していると、バクリン大佐(KPR)は再度、パーネル少佐(LCDR)を脅した。



「どうした!? 深度を上げろと言ってる」



「だめだ。490は表層レイヤー直下──下の連中から見つかり集中攻撃を受ける」



 バクリン大佐(KPR)は合衆国海軍戦略ミサイル原潜の指揮官は腑抜ふぬけかと思った。我がロシア海軍複合艦ヤーセン級の艦長は戦略ミサイル攻撃から空母打撃群(C S G)壊滅まで行う勇猛果敢さを持ち合わせる。



「その危機的状況に行動を移さなければ、ロシア海軍原潜を次々に駆逐してるシエラワンが戻って来る。そうなれば、その優秀な艦とこちらは雷管4の鈍重な弾道ミサイル艦とドイツ製の通常艦とでやり合わなければならなくなる。艦長、狼が戻る前にお宝を頂き逃げ出さないと、本当に沈められるぞ。それに──」



 バクリン大佐(KPR)は流暢な英語を区切りをおいて続けた。



「──我々が定時連絡をしなければ、貴様らの家族はこの艦が沈む前に酸のプールに沈む事になる。いいか艦長────」



"...No honor in blood, Glory only in action."

(:──血に名誉はない。行動にのみ栄光はある)


 パーネル少佐(LCDR)は強ばらせた眼で艦を占拠している男をにらみ返していたが、発令所当直士官(C O D)マイヤー上等兵曹へ命じた。



「トリム維持。停船のまま各タンクのエアー・ベンド10分の1ずつ開き490まで彼女(メリーランド)を上げろ」



 即座にマイヤー上等兵曹が大きな声で復誦ふくしょうし始めまず潜航航海士(D M)のショーン・サンダーソン少尉(E N S)がコンディション卓の操作パネルに指を走らせメインバラストタンク(M B T)のエアーバルブをわずかに開き、発令所(C R)前方の2人の着席した操舵士とやり取りする操舵士長の方へ振り返った。



 走航中の艦は潜蛇で比較的簡単に艦のトリム──上下角を変える事ができるが、前後水平を保ったままのホバリングでの深度調整はトリムがくずれ安く難しい。



 サンダーソン少尉(E N S)は大声で艦のトリムと深度を報告する操舵士長からコンディション卓へ顔を戻し、艦前後にある複数のトリムタンクのエアーバルブを調整しバブル・ゼロを維持しようとし始めた。



 ほとんど聞き取れない微かなシャワーの様なノイズが発令所(C R)に聞こえだすとバクリン大佐(KPR)は満足し、指示した深度に近づくのを辛抱強く待ちながら部下のロシア海軍原潜乗組員の1人に無線装備を用意するように小声で命じた。



 メリーランドのパーネル少佐(LCDR)は連中が一度は深度400で通常のセリー(:携帯電話の俗語)で連絡をするように合衆国のキングスベイへ通信回線を維持させた。モバイルフォンはただの端末にすぎない。特殊な通信中継機器を通し洋上から衛星を介して遠方へ通信する手段を持っている。



 なら今し方指定したその深度でも通信が可能なのだろうと思った。



 その時も今もバクリン大佐(KPR)は同じ兵士に声をかけている。もしかしたらその兵士が何か特殊な通信中継器を持っているのかもしれない。もしくは彼らが侵入してきた第1ハッチ直下の部屋に無線中継装備が置かれているのかもしれない。



 だがこうも見張りが張り付いていては確かめに行くことも出来ない。それ以前に自分の部下に何かしらの指示すら出せなかった。パーネル少佐(LCDR)はとりあえず連中に気取けどられず部下と意思の疎通(そつう)をはかるためには何があると考え続けて1つの方法を思いついた。





 電子海図台だ!





 パーネル少佐はロシア人らの視線を意識しながら海図台コンソールに歩み寄り、タッチパネルになっている台上面の液晶ガラスに指を走らせ潜航航海士(D M)のサンダーソン少尉(E N S)を呼びつけた。



「ショーン、レイヤー層の確認をしておきたい。ちょっと来てくれ」



 トリムタンクの空気量を調整していたサンダーソン少尉(E N S)はなぜこんな時にレイヤー層の確認を、と一瞬、困惑した面もちになり即座に電子海図台に歩み寄った。



 サンダーソン少尉(E N S)は海図台を見下ろすと、パーネル少佐(LCDR)が海図の端を指さした。




『ショーン、連中の通信方法を探れ。第1ハッチ下にある』




「艦長、そのレイヤーで良いと思います」



 サンダーソン少尉(E N S)が応えると即座にパーネル少佐(LCDR)はその一文を消去した。その寸秒バクリン大佐(KPR)が足速に近づいて来ると、パーネル少佐(LCDR)を押しのけ海図台をのぞき込んだ。



 電子海図には中央海嶺(かいれい)を中心としたレイヤー層の分布が表示されていて、それをロシア人指揮官はしばらく見回し戻って行った。サンダーソン少尉(E N S)は海図台から離れコンディション卓へ戻りモニタを見つめわずかにコンソールを操作する振りをして艦長に声をかけた。



「艦長、前部第2トリムタンクのエアーバルブ開閉度の値が来ていません。見に行ってよろしいでしょうか?」



 パーネル少佐(LCDR)は海図台から顔を上げ、発令所(C R)前方にいるバクリン大佐(KPR)へ視線を向けるとそのロシア人がうなづいたのでサンダーソン少尉(E N S)へ命じた。



「よし、ショーン。手短に頼む」



「アイサー。ヒッグス、トリム調整を引き継いでくれ」



 コンディション卓へ発令所(C R)で他のモニタ確認をしていた曹長が急ぎ足で近寄ると、すぐにサンダーソン少尉(E N S)はロシア人らの横を抜け前部防水ドアから艦首へと出て行った。



 音を周囲へ出さないために静音浮上しているのだが、ピン一発打たれただけでなぎの灯台の様に目立つのは、打った艦だけでなく遮蔽物から離れている艦もだとパーネル少佐(LCDR)は思った。



 深度を断続的に読み上げる操舵士長の声が580、560、540と目標深度に近づきバクリン大佐(KPR)発令所(C R)を見張る部下らほとんどを残し1人を連れ前部ハッチ直下の部屋へ向かった。



 上部が楕円になった前後の狭い部屋にバクリン大佐(KPR)と部下のロゴフスキー少尉(LT)が入ると彼はHK-53のサプレッサを部屋の左にある下層(アンダーデッキ)への階段に向け近寄ると階下を確認した。



「異常ありません」



「よし、通信の準備をしろ」



 大佐(KPR)から命じられロゴフスキー少尉(LT)は左肩から下りるチェストリグに付けたパウチのフラップを開け小型中継器を取り出すと、ハッチから梯子はしご伝いに下りている細いケーブルを手繰り寄せ先端の小指の爪ほどのカプラを中継器に接続し赤い電源ボタンを押し込んだ。電源ボタン横の複数のLEDが並んで緑の明かりを点すとロゴフスキーは上官へ告げた。



「用意できました。いつでも通信可能です」



 バクリン大佐(KPR)は腰のパウチからモバイルフォンを取り出すとホワイトハウス職員のモバイルフォンの番号をタップし通話アイコンを押し込んだ。



 梯子に沿った通信ケーブルはハッチそばの内壁に付けられた小型の変換器に信号を送ると、そこから伸びた極めて薄く細いラミネートケーブルを通しハッチ水密パッキンへと伸び複数のパッキンからなる耐圧防水構造を折れ曲がり抜けると第1ハッチ外部に信号は抜けハッチ前方の外殻に強力な磁石で固定された中継器に辿たどり着いた。



 そこから曳航用ケーブル168メートルを駆け上り洋上に出た手漕ぎボート半分ほどの大きな流線型のヴイにたどり着くと中で変換され内蔵された赤道上へ向きを変えたパラボラアンテナを通し一気に衛星(サテライト)へとKaバンド電波を飛ばしインマルサットGX衛星通信回線を開いた。











 テロリストからの脅迫電話がまたホワイトハウス職員ロッティ・オリヴィエのセリーへと掛かって来るのに備え、地下のバンカー(PEOC)からサンドラ・クレンシーはCIA長官ブライアン・コックスと共に大統領執務室へと戻っていた。



 1度目の脅迫電話はNSAのエシュロンに記録が残っており、衛星通信電話インマルサットからだとわかっていた。軍事通信回線でなく民製通信網なら幾らでもやりようがあった。



 サンドラは大統領から委任された権限に基づきこれが重大な犯罪行為であり通信端末が大西洋のどこからなのかインマルサット本社に座標を問い合わせていた。その返事が来る前にテロリストから2度目の脅迫電話が掛かってきた。



 大統領執務デスクに置いたオリヴィエのセリーが鳴りだしそれをサンドラが取り上げ通話アイコンをタップした。



「こちらホワイトハウス、国家安全保障局(N S A)長官サンドラ・クレンシーだ」



『どうかね、プレゼントは届いたかね?』



 サンドラがコックス長官にうなづくと彼は自分のセリーでCIA本部の緊急対策班へと通話を始めた。



「きわどかった。パレス北の公園に落ちた」



『受け取って頂いて光栄だ。では交渉をしたいのでベーカー大統領を出してもらおう』



 サンドラはわざとをおいてそばに大統領がいるように匂わせ会話を再開した。



「だめだ。大統領は2次攻撃を避け地下の防空壕に避難している。地下からはモバイルフォンが通じないので交渉権限は私が代理人として指示されている。話を聞こうじゃないか」



『そうか、それは仕方ない。我々の要求は至極シンプルだ』



「ギリシャ海軍のUー214を強奪した上に我が国の戦略原潜を占拠しておいて、なおかつそこから大陸間弾道ミサイルを撃ち込んでくるのがシンプルなら、この世のすべては1個のダイスで決まっている」



『ほう? なかなか面白い奴だな、君は。カトソニスの事を知っているのか──あれもメリーランドも無事に要求がなされたなら放棄するので受け取りたまえ』



 話に乗せられ易い奴だ! サンドラは相手がやはり原潜乗組員であり軍人で生粋きっすいの犯罪者でないと思った。引き伸ばす間にCIAとNSAのスタッフが何をしているか知ったらおどろくぞ。



「要求が何か知らんが、恐ろしく高い買い物になりそうだな」



『クレンシー長官、君は公務員としてはかなり変わった部類なのだろう。それとも合衆国の職員はみな同じ様に冗談ばかりを交えるのか────話を進める。控えたまえ。我々は貴国に──』



「5000億ダラーか?」



 サンドラの告げた金額に相手が一瞬、沈黙した。



『どうしてそう思ったのかね?』



「簡単さ。あなたが生粋きっすいのロシア軍人だからだ。敵対国にもっともダメージを与え自軍を有利にするのは敵対国の軍事予算を跳ねる(・・・)ことだからだ」





『素晴らしい。君は素晴らしいよ』



「お褒めにあずかり光栄だ。振込先はスイス銀行口座、それも幾つもの銀行と複数の口座に分散し振り込むんだろう。扱う金額があまりにも膨大なので銀行側が懸念を示すからだ」



『おしいな。少し違う。リスク分散だよ。どれかに手を回し取引を停止させたころには────』



 いきなり声が途切れた。



「おい、バクリン大佐(KPR)! おい!」



 セリーから声は聞こえずサンドラが振り向くとモバイルフォンを耳に当てたコックス長官が彼に告げた。





「相手の通信端末を焼き切ったぞ」







 うなづき返したサンドラ・クレンシーはこれで時間が稼げると胸をなで下ろした。











 手にしたセリーはまだ通信中の表示だったが話している途中でスピーカーのノイズがいきなり断ち切れた。



「ダヴィート、通話が出来ない。回線は活きてるのか?」



 バクリン大佐(KPR)に問われ、ロゴフスキー少尉(LT)梯子はしごにマグネットで張り付いている中継機器のLEDセグメントを確かめると、その『外部』とキリル語で表示されたダイオードが赤に変わっていた。



大佐(KPR)、ケーブルが断線したかヴイの機器に故障が起きています」



 ソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)は顔を強ばらせた。



 通信はマスト深度まで浮上すればアメリカ海軍の通信網で可能だが、通信出来ないと要求を突きつけられないばかりか、振り込まれたのが確認出来ない。



 ケーブルを確かめるにしても故障を直すにしても浮上しなければならなくなった。



「ダヴィート、修理はできるか?」



「はい、ケーブルが切れヴイが流されていなければ、アッセン交換で十分で直せますし、予備機材もあります」



 その十分が命取りになるのだと大佐(KPR)は思い彼は急くように部下を引き連れ発令所(C R)へ引き返した。



 静かになった直後、そのハッチのある部屋右舷内殻に備えられたロッカーのドアが開くと中からショーン・サンダーソン少尉(E N S)が出てきて梯子はしごへ近寄るとマグネットでとまった中継機器を見つけハッチへ登り始めた。





 彼はロシア人らの外部への通信手段が何なのか、ハッチの防水パッキンの隙間に入り込んだラミネート配線を見つめすでに理解していた。












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