Part 18-4 Inside the Train 車内
Underground 133 Fulton St. Express Track IND8(/IND Eighth Avenue Line) Subway Lower Manhattan, NYC 13:40
13:40 ニューヨーク市ローワーマンハッタン 地下鉄IND8番線急行路線 フルトンストリート133番地地下
Bデビジョン(:NY地下鉄の区分けの1つ)の地下鉄運転手のトニー・リースは地下鉄運転資格を取って定期更新も滞りなく、7年の間、複数のデビジョンを渡り歩いたが事故もなく今日まで無難に勤務してきた。ただ遅延に関しては他の運転手同様に毎回経験しストレスになっている。
実際、NYの地下鉄は遅延で有名だが、それは24年前の衝突事故後、運行規制がかけられ最高速度がかなり制限されたせいでもあった。毎時55マイル(:約89km/h)を40マイル(:約64km/h)まで落とさせたそれは安全面での設備の自動化の遅れとマネジメントのまずさから来ていると言われている。
彼は今日まで午後3時で運転業務を終えるシフトに入っており、勤務が終わると毎日の日課であるジム通いで凝った身体をほぐすのが楽しみだった。
急行業務なので停車駅数も少なく、チェンバーズストリート駅を発ち、途中3つの駅を素通りしフルトン駅が近づいたのでニュートラルで惰性走行をさせていたトニーは操作レバーをブレーキに切り替えようと意識した。
速度がまだ僅かにしか落ちていない時に、トンネルを照らす照明のかなり先に見慣れないものがあり、彼は無意識に制動へ切り替えた。
それはトンネルに青い半透明のビニールのシートを張られている様に見え、その奥の線路起動上に一匹の犬が横向で見えた。
だが驚いた事に警笛を鳴らしても犬は逃げずに電車を見つめ動き止まっていた。それに半透明のシートだと思ったものが近づくと青く発光してるのだと眼を疑り、彼は咄嗟に緊急制動をかけた。急ブレーキはともすれば乗客に怪我人が出て訴訟の対象となるため、運行記録に残ってしまう。
だがそんな事に構っていられなかった。
青く光るシートが迫り、どう見てもビニールなどの突き破れるものには思えず、彼は電車の右にある運転台で固まって身構えるといきなり前へ投げだされガラスにぶつかるまいと枠に輌手を突っぱねた。だが、まるで終点駅の軌道に設けられている列車止めに激突した様な衝撃にガラスを突き破り車外前方に放りだされ、そのコンクリート壁の様に固い青く光るスクリーンにぶつかり即死した。
発光するスクリーンにステンレスの車体は1輌目前方が激しく変形し完全に脱線し、軌道から押し出す形で2輌目と3輌目が傾いた。
車内の照明が明滅し、床に放り出された乗客で意識があるものは呻き、数十人が神の名を呟き助かった事を感謝し、負傷者を助けようと手を差し伸べ始めた時にそれは大きく変形した先頭車輌前部から入り込んできた。
運転席の割れた後部ガラスの隙間から入り込んできたそれが痩せたハスキー犬だと辺りを見回していた意識ある人らは思った。
その犬は気を失っている人は後回しに、顔を向けた人らに近づいてくるといきなり跳躍し運転席に近い場所にいた乗客に襲いかかった。ほぼ1秒で若い男女2人と中年の男が首を噛み切られ血を撒き散らし倒れ、1輌目の残りの気を失っていない乗客は叫び声を上げ我先に連結出入り口へ殺到し後ろの車輌へ逃げようとこぞった。その半数も逃げきらずにその犬に噛み殺され次々に倒れ、最後に2輛目に逃げ込んだスーツ姿の男が振り向いてドアを乱暴に閉じた。
2輌目の乗客は先頭車輌から十人足らずの人が顔色を変え逃げ込んできて、火災が起きたのかと驚いた。だがドアガラスからは火の手は見えず確かめようと1人が逃げてきた人に尋ねかけた瞬間、ドアを閉じたスーツ姿の男がドアへ半身振り向きながら車輌後部へ後退さり始めた。
刹那、ドアの厚いガラスが熱したバターの様に溶け始め、追いかける様に金属のドアが真っ赤に光を帯び上部から橙色に染まり瞬く間にドアは溶け落ちた。
そうして開いた開口部のまだ熱で赤く光っている溶解した上を人の腕を咥え食べながら一匹のハスキー犬が姿を現し、後部へ集まって唖然と見つめていた乗客の内の老齢の男が叫んだ。
「狼だ! こいつは狼だぞ!」
開いた2輛目後部の連結出入り口へ我先に乗客が悲鳴を上げ逃げ込む最後尾の乗客へその狼は、喰い残しの腕を振り捨て口元をにやつかせながらゆっくりと迫った。
エルフから奪い取った術式を使うことなく、それは魔法障壁を張り巡らせ、トンネルを迫ってきた人の乗り物を力止めした。
それはヘッドライトが消え大きく変形した『運転席』の正面『窓』へ跳躍し、割れているそこから『地下鉄』という人の乗り物に乗り込みもう一枚の割れた『ガラス窓』から『客室』へと跳び込んだ。
多くの血肉をあの銀髪の女のもとに切り捨ててきたので異様に空腹感に苛まれていた。
だが気分はすこぶる良かった。
新たな力が躰に漲り、増えた能力が敵の存在を否定していた。
それは倒れた人は後でも喰えると、動き逃げる人から襲い始めた。
『電車』という乗り物に乗る人どもは『銃』という武器を持ってはいなかった。まあ、いればいたで新しい力の攻撃対象にするだけだった。
数人の首や腕の肉を喰らっただけで、急激にそれは体力と血肉が漲るのを感じ、さらに背を向けている中年の女の首に跳びかかり喰らいついた。
生肉と生き血が躰を充足させてゆく。
だがそれはもう無駄に大きな躯に変貌するつもりはなかった。もう十数人喰らったら『狼』の形質を止めメタモルフォーゼしようと思い、喰い千切った人の腕をしゃぶりながら『2輛目』とを隔てる金属の『ドア』を睨みつけた。
その視線1つで金属の隔てるものが瞬く間に溶け落ちた。
まだとてつもなく熱い熔解した金属の上を歩くにも術式は必要でない。
すべてが、有ればと意識するだけだった。
必要とあれば、この大きな金属の箱ごと人どもを含め灰にする事もできる。そう強く意識するだけで可能だという感触が躯の奥にしっかり根づいていた。
それは逃げ遅れた2つ目の箱の人どもにゆっくりと歩み寄ると最後尾にいた『有色人種』の若い1人の右足首に喰らいつき引き倒し、次はお前だと見せしめるためにその場で喉笛を噛み切り乱暴にがつがつと喰らってゆく。
目の前でパニックになり逃げ場を求めてつかみ合う愚かな人どもに弱肉強食の頂点にいるのが今では変わったのだと印象づけた。
直後、それは溜まり始めたタンパク質をフルに使い切り変質に入ると、これまでに蓄えたこの世界の情報に基づき人どもの『コーカソイド』の『女』と同じ形質に変容し、皮膚の上に『衣服』と見間違うほどの精巧な細かい鱗の集合体を派生させ、腕をついて立ち上がると肩の高さにブロンドに見える揃った体毛を伸ばした。
競って逃げようとしていた人どもの最後尾の4人の歳も疎らな成人男女が唖然とした表情で立ち尽くし強張った顔で見つめていたので、熟し切った知識を活用してみせた。
「やあ、諸君──次は誰から喰い殺されたいか────選べ」
告げた直後、皆が他人を押し出し始めたのでそれは笑い声を上げ冷ややかな青い瞳で噛みつく奴を選び眼にも止まらぬ一瞬で手を伸ばし、見てくれは『華奢』でも『男の標準的』な『握力』の7倍の力で人どもの奥にいた頭1つ身長差の高い『プエルトリコ系アメリカン』の首を鷲掴みにすると床からその『男』を釣り上げてみせた。
「わたしは──メフィスト────ご存知の通り地獄からやって来た」
もはや恐怖心を与えるのに外観はどうでも良かった。『言語』1つで『人々』は逃げる事すら忘れ見つめていたので、つかみ出した男の『頸椎』を締め上げ粉砕した。
爆轟と金属の立方体が粉砕する特有の耳障りな音が響き聞こえ、マリア・ガーランドはFNーSCARーHの6段式クレーンストックのバットプレートを右肩の付け根に押しつけ、ピストルグリップをつかむ右手の人さし指はマガジン・リリースボタン下に軽く伸ばしたまま、レシーヴァー・レールのバーチカルグリップをつかむ左手の指に挟んだケミカルライトの緑色の光に見えてくるものに即応射撃ができる体勢で駆けだした。
すぐに呼応しついて来れたのは上背があり人よりも心肺能力に優れたハイエルフのシルフィー・リッツアだけでリーチのある歩幅を生かしそれでいて水しぶきをあまり上げずにぐいぐい追い上げて来ていた。
国家安全保障局職員3人は後で追いつき戦力になればいいと、マリーは割り切る。
排水溝を突き進むと、どこかに繋がる出入り口がありマリーはその右袖壁に肩を寄せて身を隠すなり、ドアが付いていたであろう眼の高さの鉄製の蝶番が千切れているのを見て取りその強引さからあのクリーチャーがここから出て行ったのだと判断するなり、精神リンクによる意識伝達よりも身体に染み込んでいるハンドジェスチャが瞬間的に出てしまい左手を直角に振り上げ拳を握りしめた。
レヴェル5の即応軍事教練で染め上げたシルフィーはその瞬間に息を殺し気配を消し去り、背後に着くなり左手でマリーの肩に触れ即応可能だと合図した。マリーはすっかりこの世界の現代戦に馴染んでいる異種族に見事だと意識の隅で感嘆した。
走り追いつこうとするNSA職員らの派手な水しぶきの音が反響する下水管内の騒音の中から出入り口外の気配を探り、左手に握るケミカルライトの頼りない明かりをマリーはバトルスーツに重ね着込んだチェストのポーチにねじ込み暗闇に眼を慣らす間をおくと、出入り口に繋がった先から僅かに白色光が来てる事に気づいた。
何かの点検講かと考え、一瞬フルトン・ストリートの地下駅舎かと考え走って来たのがナッソー・ストリートの直下の下水道だったので1ブロック西だと判断し駅舎という思いを切り捨てた。
だが鼻をつく微かなオゾンの臭気から、サブウェイの軌道上で事故があったのだと推論し、マリーはこれから踏み入る地下鉄軌道上の第3軌道に流れる高圧電流の事をハイエルフへ精神リンクで知らせ注意を促した。
────私が先に入る。バックアップを。
『了解した』
返事の意識を読み取った一瞬、マリーは出入り口の足下に視線を落とし、突入先の影に動きがないか無意識に確認するなりバトルライフル・レシーヴァー直上に据えたトリジコンACOGを避け右斜め上に取り付けた近距離用サイト──トリジコンRMRタイプ光学ダットサイトFOV(:光学照準器視野)を流し、出入り口先の左から右へ振り向けながら短い歩幅で照準線を安定させ踏み込んだ。
そこはまぎれもないサブウェイの平走する四本の軌道の南側で上り線のローカル・ラインか急行ラインだった。連なるコンクリート柱の先に北へ向け下り線が並んでいる。
光学照準器中央の三角のダットは間延びした間隔で照らす蛍光灯の壁と等間隔のコンクリート柱しか捕らえられず、彼女は地下鉄軌道が柱の列先で伸びるのに沿って振り向け続けて危険がないと判断したが、地下鉄講に入りいよいよオゾンの匂いが強くなったと左の方へバレルの軸線を振り向け、間合いの詰まった柱の隙間に動かぬ銀色のものを見つけ眼を慣らすと、傾いた鉄道車輌のステンレス外板だと気づいた。
自分が立つ上り線から電車が停車してる下り線の急行ラインへ様子を探るようにマリーは並ぶ柱の間に脚を進め、ブロンクスに抜ける下り線に入り込む前に柱の1本に身を隠し、横にシルフィーが並ぶのを待った。
意識の殆どを電車の停止している路線内に振り向け、右腕にハイエルフの腕が触れた瞬間、マリーはゆっくりと腕と肩を振り出し光学照準器視野を起動の先にいる電車へと振り向け瞼を強ばらせた。
サブウェイの1輌目が脱線し激しく潰れコンクリート柱の1つに食い込んでいた。車内の照明は灯っており動くものは見受けられない。
マリーはコンクリート柱から離れ、壊れた電車の運転席へと照準しながらゆっくりと脚を送りだした。
電車に近づくと軌道上にサブウェイ職員の淡いブルーのカッターを着た男がうつ伏せに倒れていた。マリーは銃口をやや下に向け男を見下ろした。その曲がった首の角度から脈や鼻息を確かめずとも、即死の状態だと判断するなり視線を壊れた運転席へと戻した。
運転席正面と連結ドアのガラス窓は砕け、右のガラス窓は丸い路線番号ステッカーで垂れ下がっている。
軌道を外れた電車側面に沿って奥へ向かっても良かったが、複雑な車体下部の構造と上から襲われる事を懸念し、マリーは車輌に乗り込む事を決断しシルフィーに命じた。
────私が中に上がる間、援護を。
『了解した』
シルフィーが返事を意識した瞬間、マリーは音を殺しレールの間を枕木のコンクリートへつま先を乗せながら運転席へ近づくと彼女はバトルライフルを負い革で胸の前に下げ連結ドアの横にあるパイプにつかまり連結器に片足を載せ一気に身体をドアの高さに持ち上げたが腰を折りゆっくりと割れた窓へ顔を覗かせ中を覗き込んだ。
客席に通じる運転席後部ドアは閉まっており、そのガラスも粉砕し枠に殆ど残っていない。
客室に立っているものの姿は見受けられなかった。
マリーは連結ドアのノブに手をかけゆっくりと回すと、ドアのデッドボルトが動作した微かな音が聞こえ、ドアをゆっくりと押し開けた。そうして運転席横に立つなりFNーSCARーHを肩付けし、片手を振りシルフィーに上がるように合図した。
ざわざわとした気配にマリーは一瞬、上る前に立っていた軌道上を見ると3人のNSA職員らも追いついてハイエルフの後ろに緊張した面もちで立っていた。
狭い運転席に4人も入ると危険なので、マリーは運転席後部ドアのロックを開錠しドアを用心深く引き開けながら、客室へ先に銃のマズルを差し入れ身体を滑り込ませると、十数人の乗客が倒れていたが、どう見ても事故による損傷と思えない遺体の有り様だった。
腕がなかったり、足がない、内臓が引き出されているなど尋常じゃない。そのなくなっている四肢がまったく見あたらずマリーが光学照準器視野に次々に遺体を捉え見ていると間に肉のなくなったむき出しの骨をさらした手首が1つ見えた。
先にNSA職員らが音を立てながら運転席に上がり込み、最後にシルフィーが無音で上がってきて客室に入り込んだ2人の女政府職員がその惨状を眼にして声を出しそうになり堪え息を呑んだのがマリーは背後の音1つでわかった。
マリーはNSA職員らがハンドサインを理解するか不確かだったが、いきなりの精神リンクで混乱させるよりもと、左手人さし指と中指で自分の両目をさし示し、直後、その手を後部車輌へ向け振って自分が確認しながら先頭を行くむねを伝えると、すぐにシルフィーが職員らの間をすり抜けマリーの左斜め後ろにつきマリーの左二の腕に触れバックアップすると伝えた。
マリーは半開きの後部車輌への2枚の連結ドアの方へ銃口を向けながら遺体を踏まぬようジグザグに脚を進めていると、かなり先の車内からいきなり聞こえた悲鳴に一瞬、動きを止めた。
叫びは女性の甲高いものだった。
その悲鳴に続き男の喚く声が微かに聞こえ、マリーは再び脚を繰り出し、2つの連結ドアを順番につま先でゆっくりと開き奥へ銃線を向けると2輛目はさらに酷い有り様だった。
先の車輌よりも倍近い遺体が倒れている。
その殆どが首を噛み千切られ動脈から吹き出した血糊が床やシートのいたるところにロールシャッハ状の意味不明の模様を描いていた。
いきなりのNSA職員の1人が吐きもどす音に混じり、また男の喚く声がさらに後部車輌から聞こえてきたので3輛目に半開きの連結ドアを開き見えた光景にマリーは一瞬、唖然となった。
3輛目後部に十人あまりの乗客が塊となり、その手前で背を向けたセミロングのブロンドの女が一団の男につかみかかっていた。
何を揉めているのだと、マリーは止めさせようと声をかけようとして言葉を失った。
そのブロンド女のやけに身体に密着した紫の着衣に違和感をマリーが感じた寸秒、その女は片腕の一振りでつかんでいた恰幅のいい中年男の首を折ってしまった。
何かがおかしい!?
その答えに結びつけたのは背を向けたブロンド女の穿いているタイトスカートだった。ヒップラインから太腿へかけてのボディラインが服のラインではなかった。まるでボディペイントの服の様だとマリーが思い、背後の4人に押し殺した声で命じた。
「撃つな! 乗客にあたる!」
その声にセミロングのブロンド女がゆっくりと振り向くと、青い目でマリーは睨み据えられ不敵に笑うその女が告げた言葉にマリーは凍りついた。
「そうさ、銃も攻撃魔法もなしだ!」
マリア・ガーランドは爆発物の詰まったアリスパックやバトルライフルを除装する余裕もなく駆け込んでくる人擬きへ向け身構えた。




