Part 18-3 Shudder 戦慄(せんりつ)
St.Peseta Monastery New River Northern Phoenix, AZ. Dec 5th 2008
2008年12月5日 アリゾナ州フェニックス北部ニューリバー聖ペセタ修道院
修道院の裏手から西へ150ヤード(:約137m)ほど野原を歩き渡ると少女は枝葉の大きく茂った櫟の木の下にたどり着いた。
その木が実を付けるとは知らなかった。
根元を中心に干からびた小さな木の実が幾つも落ちている。
沈んだ赤黒いその小さな果実が元はきっと真っ赤な一粒摘まんでみたいと思わせるものだろうと少女は思った。
ゾーイ・ジンデルはこの木の下のどのあたりに見られては困るものを隠し埋めたのだろうか。
木に近いのだろうか。それとも遠いのだろうか。
人に見られては困るものなら、心配になったときに掘り起こすことも考えたかもしれない。それなら木から遠いと場所がわからなくなる────いいや、その方が好都合かもしれない。木からどちらかの方へ何十歩目と遠ければ、まぐれで誰かが掘り返すこともぐっと難しくなるだろう。
少女はゾーイの心を覗き込んだ時のことを思い起こそうとした。
ゾーイはこの場所を意識から締めだそうとしていながら、心の隅で呻た宝物のように思っていた。
心を静め少女がゾーイの意識の奥深い場所をイメージすると落ち着かなくなった。
雨の降る暗い夜に、ここまで引き摺ってきた。
何を隠そうとしてたのか? 引き摺ってきた!? 重くつかめる何か。
さあ、わたしの前に跪いて心の扉を開け、何もかもを見せなさい!
引き摺っているものが見えない。強固に意識から締めだそうとする証し。見られては困るというより、自分が見たくないと拒否した思いで。
それでもあなたは濡れた掘り難かった穴へそれを落とし、埋める前にしっかりと見たはず。雨水が溜まり始めたその穴を早く埋めないとぬかるんでぶよぶよの地面になると焦ったはず。
どれくらい掘るのに時間がかかったのか、深い穴底から物言わぬ子どもが────女の子が閉じた瞼で睨みつけていた。
死んでなお、ゾーイ・ジンデルに刃向かい物言わぬ唇で彼女を罵る女の子。
ゾーイが孤児院に入って間もないころに彼女を虐め抜いた女の子。
狂ったように掘った穴に、カトリーナ・ガーションを蹴り込み落とし、勝ち誇ったように睨み下ろし泥を掛け重ね蓋をした。
そうして見上げた木のシルエットを少女は自分のことのように見つめた。
見えている過去の他の木の枝振りから、おおよその向きがわかり、櫟の木の高さが距離を教えていた。
少女は後退さり向きを変え、他の木の枝振りが重なる場所を選ぶとその地面にスコップを打ち込んだ。
間違ってるとは思えなかった。ゾーイが落ち葉を重ねるように他の意識を積んで隠した事実が場所はここよと教えていた。
ただ、そのものを見るまでは、あの子の妄想なのか事実なのか確かめようがない、と少女は必死で掘った。掘って、掘って、スコップをつかむ手のひらに豆ができてしまうほどに。
少女が両足が地面に埋まるほどに掘り返しその瞬間、スコップの先に固いものが当たり、少女はスコップを脇に立てかけ指でそう固くない土をかき分けるとそれは出てきた。
血肉を失ったカトリーナ・ガーションの頭蓋骨が両手の中にあった。
本当に女の子を殺していたんだ。
どうしようと少女は考えた。
シスターに報せようか。いいや、シスターは孤児院の存続のためにもみ消すかもしれない。
警察に直接報せようか。いいや、この場所をどうやって探しだしたのかと、逆に少女は自分が殺して埋めたのだと疑われると思った。
色々と考えあぐねて思いついたことを実行に移そうと少女は決心した。そのためにはこの頭蓋骨を人に見られず孤児院に持ち帰る必要がある。
少女は思いついて、頭蓋骨のあったそばの場所を手で直接土を掘り分けた。すぐにカトリーナ・ガーションの着ていた服と幾つもの肋骨が出てきた。
どの骨が身体のどの部分なのか頭蓋骨を除いて少女にはわからなかったが、出てきた薄手の服に頭蓋骨とそれらの骨を包み込んで穴の外の地面に置くと少女は穴から這い出て穴をそのままに残した。そうして少女は泥だらけの手足や服から土を払い落とすとスコップを片手に、その包みを腋に抱え黙って孤児院へ歩いた。
ゾーイ・ジンデルは頭にくると人を殺す悪い子だ。
気をつけないと自分が殺されるかもしれないと少女は思った。
だけどこの骨を彼女のベッドのシーツの下に入れて、走り書きのメモを一枚添えよう。
"I came back for revenge !"
(:復讐しに戻って来たぞ)
そうして狂わんばかりに困惑したゾーイ・ジンデルがあの場所へ確かめに行くのを偶然を装い見に行くのだと少女は思った。
穴を見下ろし唖然となったあいつに告げる言葉は選んであった。
"Well, you buried it."
(:へえ、あんたが埋めたんだ)
やられた分、何倍にも返してやると少女は小脇に抱えた頭蓋骨の包みに誓った。
カエデス・コーニングはソファに座らせたポニーテールのガキを見つめ、薬が効いているか確かめようと考えた。
この胡乱となった少女は人をまるで催眠術下の様に操れる力を持つ。
用心してかからないと俺様が破滅してしまう。
「おい、名前は?」
しばらく間をおいて少女が答えた。
「パトリシア──クレウーザ」
「よし、パトリシア、お前は人を自由に、好きな様に操れるのか?」
「わたし──他人を思い通りに──できる」
カエデスは少女の受け答えが変なのは炭酸リチウムの副作用で意識が朦朧としているせいだと思った。
「どんな事でも、他人にさせられるのか? 例えば拳銃自殺させようと思ったら、そいつは銃口を咥えトリガーを引くのか?」
「────そう。自殺しちゃう」
やっぱり病院の駐車場でグロックの銃口を俺様に向けさせたのはこのガキだったんだと彼は目を細めた。
これは夢なのか!? 俺様はついに幻覚や幻聴を見聞きするくらいに壊れかかっているのか!? こんな神の様な特殊な力を持つものがいるなど俄かに信じ難かったが、あれは自分の身に起きた紛れもない事実だった。
髪を掠った銃弾は夢などではない。
あんなリアルな夢があるものか!
カエデス・コーニングはふとパトリシアと名乗った少女が他にも何か特殊な力を持っているのかと勘ぐった。
「パトリシア、お前は人を操れる以外に、何か特殊な能力があるのか?」
「わたし──他人の頭に────自由に──入り込める──考えを覗いたり──遠くの人と──考えのやり取り──できるの」
「はぁ? 他人の思考を盗み出せるのか!? 遠く!? どれくらい遠くだ?」
「わたし──に──隠しごとなんて──できないの──思考も──記憶も──北半球に──地球の半分なら届く──の」
マジか!? 地球の半分!? 彼は、ならそれを試してみようと考えた。
「俺の考えを読んでみろ。今、何を考えている?」
「あなた──カエデス・コーニング──わたし──を──まだ信用して──話半分にしか──思ってなくて────わからない────あなた──心の奥が読めない」
彼はそれを聞いて胸をなで下ろした。このガキは、どうやら考えを読める奴とそうでない奴がいるようだ。
「誰でも読めるんじゃないのか?」
「時々──色々な理由────読めない人が──いるの」
考えを勝手に覗かれるなんて裸を見られる様だとカエデスは思った。だが使い道はありそうだった。
「パトリシア、お前が医療刑務所に一緒に来ていたFBI警部のローラ・ステージの考えを読めるか?」
「読めるわ──彼女なら────どこにいても──」
カエデスの顔が変貌した。
「あの女警部がどうやってこの家を探りだした?」
しばらくの間、少女が黙り込んだが、カエデスは辛抱強く待った。
「──推測と────カエデスの──考え方を予測して────逃走経路──偶然に──見つけた家を──応対にでた──ここの人が────様子が変だと」
くそう! なんて頭の切れる女だ! カエデスは一瞬、ローラ・ステージを自殺させようかと考えかなぐり捨てた。あの女警部が簡単に諦めるとは思えない。きっとFBIの襲撃部隊を引き連れてパトリシア奪回に来るはずだ。彼は少女に振り向くと尋ねた。
「ローラ・ステージは今、どこにいる? 1人か?」
ほんの数秒、ポニーテールの少女が俯くと顔を上げて答えた。
「疑ってる家が──見える近くに────アリシア・キア──も──」
アリシア・キア! あの俺様に銃弾を三発も撃ち込んだ保安官補だ! 俺様の何もかもを破滅に追いやった忌々しいシェリフ!
"So...good, It would be like turkeys voting for Thanksgiving."
(:そりゃあいい。七面鳥が感謝祭に投票するようなもんだ:それは自殺行為というものだ、の意)
「よし、パトリシア。そのアリシア・キア保安官補に命じろ────」
グローブ・アベニューの交差点近くにFBI捜査官ローラ・ステージは保安官補アリシア・キアのSUVを路駐させ彼女の勘が告げたアイスグリーンの2階建て家へと2人で職務質問に向かった。
アリシアはステージ警部に命じられ車庫の中にカエデス・コーニングが逃走に使った警察車輌があるか見に行ったが、幾つかある窓にはシェードが下ろされ中は暗く外からは確認出来なかった。
ステージ警部が家人に職質を終え、一旦はその家を離れた2人は、警部が『怪しい』という理由で隣家に隠れるように引き返した。
途中、他の家は道の左右に合わせて3軒しかなく、忍び寄るために紛れ込む通行人なぞ望めはしなかったし、そのアイスグリーンの家に見つからない様に隠れ忍び寄る遮蔽物など限られていた。
「ステージ警部、このまま道沿いに行くと家から丸見えだと思う」
「────────」
返事もしないローラ・ステージが緊張感から寡黙になっているとアリシアは一瞬思ったが、違うと否定した。アリシアは自分が捕まえる事となった連続殺人鬼カエデス・コーニングの公判の時に検察側の席にいたステージ警部もひたすら寡黙だったのを傍聴席で見ていた。検事と肩を並べながら会話していた記憶が皆無だった。
彼女はまるで親を殺した仇敵を睨むように腕組みをしたまま一時間あまりの第1回公判中の罪状認否でカエデスから視線を外さなかった。
アリシア・キア保安官補はカエデス・コーニングの逃亡を手助けしてしまうという失態から、再逮捕に全面的協力を惜しまないつもりだったが、誘拐されているという少女──パトリシア・クレウーザの事も気がかりだった。
もたもたしてると、今度は少女が皮膚を剥がされるかもしれない。
カエデス・コーニングはブルネット(:赤毛)の若い女ばかり掠い皮膚を剥ぎ殺していた。彼を逮捕した納屋には誘拐されていたアネット・フラナガンが解剖台の様なものに拘束されていた。その身の毛がよだつ目的が剥いだ皮膚でアフリカの地図を作る事だったとアリシアは彼の逮捕後知り困惑した。
地図を作る目的は結局、取り調べや4度の公判では判明せずにカエデス・コーニングは死刑囚として収監された。
ローラ・ステージ警部は怪しいと睨んだアイスグリーンの2階建ての家へ近づかずに40ヤード東に離れた隣家の壁にアリシア・キアを従え隠れ角からその家を観察した。
通常、逃亡犯は追っ手の存在を確認するために頻繁に周囲の状況を確認する。もしも窓に警察官の服装の男が見えたなら、ローラは2人で踏み込むか、それともFBIボストン支局のHRT(:FBIの人質救出部隊)を緊急で呼び寄せるか迷っていた。
カエデス・コーニングは銃で武装しており、2人での強攻策がとても大きな危険をはらんでいると思った。男の逮捕に大怪我を負いながら勇敢にも貢献したアリシア・キアの度胸は認めるが、犯人逮捕はできるだけ圧倒的多数で行うのがセオリーであり、不測の事態を避ける鉄則だった。
2人では何かあった場合、綱渡りのような状況対処になる。
息を潜めて白い壁の角から片目を覗かせ見つめているローラ・ステージは後頭部にいきなり硬いものが押し当てられ身体を強ばらせた。
「銃を──渡して──もらおうか────ローラ・ステージ」
ローラは一瞬、混乱し眼を游がせた。だが後頭部に押し当てられているのがアリシアのグロック21の銃口で間違いないと理解した。
「どういうつもりなの、アリシア!?」
一旦、頭から離された銃口を叩くように押しつけられローラは衝撃を受けた。
「さあ──早く──銃を────渡して」
アリシア・キアのしゃべり方がおかしい!? ローラは前に一度同じ様な人を見たことを思いだした。パトリシア・クレウーザを連れて収監された受刑者を取り調べに向かった先で、事もあろうかその受刑者が同じ様な口調で彼女に見てくれと言い出し、受刑者服を脱いで裸踊りをした事があった。
パトリシアが操ってる!
理由がわからないが、少女が保安官補を操っているのは間違いなかった。パティはカエデス・コーニングに命じられアリシア・キアの自由を奪っている! 少女のサイコ・ダイヴは完璧な精神支配を齎す!
銃を渡すのを拒めば、アリシアが容赦なく撃つのは明白だった。
「アリシア! マインドコントロールの支配に抵抗しなさい!」
ローラは強い口調で命じたが、後頭部の銃口は離される事なくアリシアに告げられた。
「早く──しろ──トリガーを引いても────いいんだぞ」
ローラは右手でスーツの裾を横に広げ、左手を身体の背後に回しクイックドロウ・ホルスターに入れたグロック18Cのグリップをアリシアに見えるように人差し指と親指で摘まんで引き抜くと背後にいるアリシアへ差し出した。
銃を奪い取られると、アリシアがまた命じた。
「さあ、家に──来い──従わないなら────容赦しない」
来い、明らかにカエデスの視点からの言動だった。ローラはアリシアに小突かれながら見張っていた家の玄関に向かい歩いた。
パティの精神支配は絶大だ。アリシアが抵抗できるはずがなかった。何を語りかけても彼女には届かない。いいや、パティは精神支配下にあっても認識はできてると言っていた。アリシアは今、怖ろしいような葛藤にもがき苦しんでいる。
「アリシア! 闘いなさい! 支配を跳ねつけるのよ!」
何か言うごとに頭を小突かれローラは玄関前の曲がった階段を上がりドアの前に立つとアリシアに言われるままにノブに手をかけ押し開いた。鍵はかかっておらずドアを開けると言われたままにローラはアリシアを連れて中に入った。
音でアリシアがドアに施錠したのを理解し、ローラはなんとか反撃の隙はないかと様子を探り続けた。
家の中を歩くと廊下の先の階段に職質に応対した痩せた女性が座り込んでいた。女性は銃を突きつけられ入ってきたローラを強張った眼で見つめていた。その手が手錠で階段の手すり柱の1つに繋がれているのをローラは眼にして、もはやカエデス・コーニングがこの家に潜伏してるのは間違いないと確信した。
ローラが開いたままの出入り口からリビングと思われる部屋に入るとまずソファに座ったパトリシアが眼に止まり、少女の両耳を手のひらで塞いだ背後に立つ脱獄犯を睨みつけた。同時に少女が焦点の定まらぬ眼をしておりだらしなく開いた口から涎を垂らしているのを気がつきローラは頭から血が吹き出しそうな怒りに捕らわれた。
「ようこそステージ警部」
「このくそったれが! パティに何をしたの!」
「ショーの主演女優だよ。ゲストのあんたを出迎える身仕度さ」
そうカエデス・コーニングが告げ少女の片耳から手のひらを浮かせ何かを囁いた。直後、ローラはアリシアから命じられた。
「さあ──ステージ──椅子に────座れ──抵抗すると────パトリシアの手足を順に────撃ち抜く」
ソファの前に置かれた椅子にローラが座るとアリシアが銃を手にしたままカエデスからガムテープを受け取り片手でローラの両腕を背もたれの背後に回しガムテープで拘束し次に両足首を椅子の脚に固定した。
「さて、俺はお前に言ったよな。お前の目の前でこのパトリシアという子の皮膚を剥がすと」
その恐ろしい宣言にローラはカッとなり押し殺した声でまくし立てた。
「そんな事をしてみろ! お前を死ぬまで殴りつけやる! どんなに詫び、許し乞いを連ねても止めはしない!」
それを聞いて連続殺人鬼は薄ら笑いを浮かべた。
「おっと、パトリシアがお前さんの命令を聞くと混乱する。それは良くないな」
すらすらとそう告げカエデスはまた少女の耳元へ顔を近づけ何かを命じた。直後、アリシア・キアがローラの背後から離れ部屋の角にあるコーナー・テーブルへ行くのをローラは振り向けた顔で追った。
保安官補はテーブルに銃を置くと、そばに置いてあった卓上電話機が入りそうな樹脂製の箱の蓋を開け中から黒い糸の巻かれたボビンと針を手に取った。
「ローラ・ステージ、あんたはもの言わぬ観客を演じてもらうとするよ」
脱獄犯から言われ振り向いたFBI捜査官はその意図を理解し経験のない戦慄を感じ始めた。




