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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #18
89/206

Part 18-2 Depth 奥底

NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), 1 nautical mile to the Mid-Atlantic Ridge Local Time 17:28 GT-18:28


グリニッジ標準時18:28 現地時刻17:28 大西洋中央海嶺まで1海里 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ



「Kー561カザン、デコイとジャマー射出しながら急速潜航! 当艦直下方位190へ! 当艦ミサイル2基──敵艦ジャマー・バブルカーテン通過時にカザン失探、急速反転中! カザン深度────」



 ソナーマン・リーダーのエドガー・フェルトンがコンソール上段のNBS──狭帯域ソナーのウォータープルーフ・グラフと下段のソナーチャート・モニタを交互に見続けながら報告する内容よりもまるで発令所(C R)のデッキ越しに見下ろせると言わんばかりにダイアナ・イラスコ・ロリンズは視線を振り下ろし背後へ振り返りながら副長(X.O.)ゴットハルト・ババツへ命じた。



「ゴース! 超信水旋回! 旋回後トリム40 方位190へ最大戦速! アクティヴ音響タイルゲイン最大!」



「アイ・サー・キャプテン! 艦首右舷サイドスラスタ全開! 右舷シュラウド・リニア・ジェット前進全開! 左舷シュラウド・リニア・ジェット後退全開! アクティヴ・タイル・ゲイン最大!」



 副長(X.O.)の指示に操舵手と潜航航海士ブリューゲルトが復誦ふくしょうするなり、直後発令所(C R)を振り回さんばかりの遠心力が生まれ幾つものきしむ音が乱れ響きデッキが左に傾いた。



 いくら左右の推進を逆転させサイドスラスタを吹かせたところで速度39ノットも出ている水中排水量5万4千トンあまりの中型タンカー並みの巨大が方向を転じるまで数十秒かかり、その間にルナは雷撃2の追尾に気づくカザン艦長が次にとる行動を推論した。



 今し方のジャマーとデコイのどちらかで一旦いったんはホーミングの照準を逃れたものの、いずれ音探で追われていない事に気づくはず。



 ソナーでなければレーザーだと気づくだろうか?


 レーザーでの水中探知技術は東西両軍でまだ実用化されていない。だが消去法でそれしかないとの結論にいたるだろう。



 あのロシア艦艦長が並みのものなら、非殺傷弾頭(N L W H)ミサイルにいずれ捕まる。



 だが────抜きん出た指揮官なら必ず抜け道を見つけ海底に向かう!



「エド、カザンの現在深度は?」



 ルナに問われソナー・リーダーはウォータープルーフに表示されているわずかなピークの深度を読み取った。



「現在1300(:約396m)、1330、1360──」



「クリス、カザン予測進路の海底深度は?」



 戦術航海士のクリスタル・ワイルズが三次元作戦電子海図台(3 D C C T)の液晶パネルに触れ指をスワイプさせカーソルをスライドさせるとKー561カザンと表示されているアイコンの進路延長線上の一点に数値が浮かび出て読み上げた。



「1900(:約579m)です」



 それならヤーセン級の予測最大圧壊深度の83パーセントだとルナは考え着低ぎりぎりで泥煙のカーテンに隠れるつもりだと判断した。だがヤーセン級とて原潜にかわりなく船体復元性を確保するために原子炉をハル底部に据え付け冷却水配管の放射ノイズを最小にするために引き回しは最短距離を選んでいる事が容易に想定できた。



 甘い、その様な事態も想定し兵装は工夫してあった。



 海底に給水口フリー・フラッド・ホールを塞がれどれくらいえられるか見ものだが────その前に決してやる。



「クリス、カザン進路先で右と左どちらの中央海嶺(かいれい)の隆起が高い?」



 艦長の突飛な質問に戦術航海士は三次元作戦電子海図台(3 D C C T)を瞬時に見切り即答した。



「左舷側、方位270から320へかけわずかに高い棚があります!」



 それを確かめうなづいたルナは次の指示を出した。



「キャス、2基の非殺傷弾頭(N L W H)ミサイルへの有線誘導! カザンはこの直後、機関停止し惰性で────左舵一杯(ハードポート)を切る! 追尾しサイドアタックモードに!」



「アイサー・マム! 有線誘導で追尾、サイドアタックに切り替えます」



 兵装担当(ウェポン)カッサンドラ・アダーニは、確かに高圧のバースト・パルス電流を打ち込むためには非殺傷弾頭(N L W H)ミサイルが敵艦舷側に命中しなければならずサイドアタックモードにするのはわかるが、どうしてルナがKー561の艦長が左舵を──それも方向転換効率の悪くなる惰性航行での転舵だと予想できるのだと興味を抱いた。



 所詮しょせん、秀才の考えは凡人には理解しかねるのだが、と苦笑いを浮かべた。



 キャスは敵艦まで400(:約122m)に達した時点でサイドアタックモードへ切り替えるためにキーの位置を一瞬目視し左手指を仮想(ヴァーチャル)キーボードのレストスペースに待機させ、有線誘導用オプチカル・ファイバーを通し戻ってくる2発のミサイル・シーカーの減算する敵艦までのデータを見つめながら、いつでも左舷へ転舵できるように右手の人差し指と中指をコンソールの横にある赤いトラックボールに載せて待った。



 距離、1600(:約488m)、1500、1400────。



 ダイアナ・イラスコ・ロリンズの予言通りの事態が起きると誰しもが息をひそめ待っていた刹那、予測外の事態をソナーマン──エドガー・フェルトンが大声で告げた。











 40.3ノットという西側が公式認知記録とする最大速度の1.3倍の速力で急激に潜航してゆく885Mヤーセン型Kー561カザンの発令所(C R)でソナーマンのキリル・コチェルギン少尉(LT)が報告するのを、同じデッキに立ちそれぞれの作業を行うものらは固唾かたずを呑んで待った。



「現状報告! 2発のシュクヴァルもどき急激な転舵後に当艦の方位へ! 距離、549(m)で再び加速中! セヴェロドヴィンスクを攻撃したSー1(シエラワン)──信じられません! わずか244(m)で戦車の様にその場で回頭し加速に──!!──Sー1(シエラワン)再びロスト! ソナーあらゆる帯域からロスト!」



 闇に溶け込む事のできる謎の敵艦(Sー1)に2種の魚雷対抗手段を乗り越え追いすがる猟犬の様な水中ミサイル!



 艦長アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐(KPR)は敵が既存きそんのソナーシステムを逆手にとれる最新装備の兵器だともはや疑う余地はなかった。



「ドミトリー、雷管、7番、8番、Fizikー2装填! 安全装置解除のままモーターをオミットし圧搾あっさくのみで射出、射出後12秒で有線爆破! 射出、指示まで待て! キリル! 敵雷撃との正確な距離を読み上げ続けろ!」



 発令所(C R)当直士官ドミトリー・グリエフ少尉補(M L)が大声で復誦ふくしょうし兵装担当がコンソールを操作しながら雷室へ装填指示を出している最中、ソナーマン・チーフのキリル・コチェルギン少尉(LT)がシュクヴァルもどきとの距離を読み上げ始めた。



「487(m)、427────」



「7番、8番管、雷撃準備完了!」



「──335、244」





「7番、8番、射出!」





 艦長の命令後発令所(C R)前方から圧搾あっさく水流の音がわずかに聞こえたが、普段聞こえる二重反転のシュラウドスクリュウのキャビテーションが聞こえず、発令所当直士官(C O D)のグリエフ少尉補(M L)が外殻内壁に下がるアナログ時計の秒針をじっと見つめ秒数を数えた。







 水流のうねりを引き連れながら高速で海底へ向け進行するカザンのハル後部舷側左右から2本の魚雷が高圧の海水で射出されると直後、魚雷はわずかに重い後部から沈降を始め、カザンの切り広げる水流に押し流されセイル横に達する前にキール下へと沈降し続けた。



 その2基の魚雷頭上18メートルを海水を切り開く巨大な操舵が通過しスクリュウの攪拌かくはんするキャビテーションが海水中に溶け消えきらない闇から現れた2発のシュクヴァルもどきが左右にコースを回頭し始めた瞬間、2発のロシア製533ミリ径の魚雷へ有線誘導で起爆インパルスが走った。



 660ポンド(:約300kg)の2つの合成爆薬が生みだしたバブルパルスがその中間にある海水を一瞬で数千倍に加圧すると、カザンに追いすがり左右にコースを広げかかった2発の非殺傷弾頭(N L W H)ミサイル弾頭を揺さぶり砕き誘爆させ新たなバブルパルスが広がった。



 その複数の衝撃波の波に逃げるKー561カザンは潜水蛇とキールを蹴り上げられた様にあおり上げられ60ものトリム角になったが、同時にスクリュウが止められ方向蛇が大きく左に切られた。



 激しく乱れ揺らぐ水中のカオスのベールに隠れるように緩やかに減速しながらロシア製原潜は方位270へと回頭しゆっくりと潜航を続けNDC原潜から消え去ろうとしていた。











「猛速で潜航していたロシア艦から魚雷射出音2の後、直後で雷爆音! 続いて小規模な爆轟2。圧壊音聞こえません! キャビテーションが消えました────いいえ、再び凄まじい加速で海底へ向かいだしました!」



 米艦のソナーモニタを見つめたまま報告するマルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉(LT)の横顔に薄っすらと冷や汗がにじんでいるのをソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)は気づいていた。



 無理もなかった。



 2海里以内の近海──いいや、戦域(B Z)でアクラ型2艦のみならずヤーセン型と思われる艦がほふられていた。



 乗っ取ったアメリカ海軍戦略原潜と、乗っ取りと護衛に使っているS123カトソニスに加勢するともとれる海中に満ちるノイズに隠れている謎の艦の不可解な行動にバクリン大佐(KPR)は困惑を感じながらも、ロシア海軍原潜艦長にまで登りつめた経験が安易な考えを捨てさせた。



 この海域にたどり着いたロシア海軍原潜が4隻、さらにはいつ敵に変わるともしれない謎の艦がうろついている中で、アメリカ政府を脅し抜き、莫大な金を引き出さなければならなかった。



 時間をかければ、海域にロシア海軍原潜だけでなく、アメリカ海軍の攻撃型原潜や水上艦船群が殺到する。



 そうなれば恐嚇きょうかくも不可能どころか、隠密に海域からの離脱も不可能になる。



 この混乱に『今』乗じるべきだ!


「マルコワ少尉! 現状を逐次発令所(C R)ソナーへ報告しろ。特にその謎の艦の動向に用心しろ。これから衛星通信深度までこの艦を徐々に上げる。忍び寄るのを許すな」



「アイサー・同志大佐(KPR)!」



 マルコワが返事をすると命じた艦長は発令所(C R)に引き返した。だがアメリカ海軍のソナーシステムがつかみきれない謎をどうやって探るかと考えた。せめてピンを打たせてくれたら見逃す事もないのだがと考えたが、沈められたと考えられるアクラ型2艦と先ほど多数の雷撃を受けたロシア海軍艦はなぜアクティヴを使わなかったか。



 攻撃を受ける直前まで第3の敵艦がいる事を想定してなかったからか。



 不意打ちを喰らい、索敵さくてきする余裕すら得られずに至近距離から襲われた可能性が高かった。



 どの艦にも優秀なソナーシステムとソナー要員がいた。それが見逃したとなると、謎の艦──シエラワンはとても優秀な音響タイルと放射ノイズ抑制を持っている最新艦という事になる。



 彼はヘッドフォンから聞こえるハイドフォンからの増幅変調された音の中にメインバラストタンクに徐々に注入される空気のかすかに甲高い音を耳にした。



 このメリーランドのハッチから引き伸ばした通信ワイヤで繋がったヴイが洋上に出る149(m)まで圧搾あっさく空気の解放音が続く。



 深度149は、通信マストを上げられる潜望鏡深度(P D)よりも20倍も深いが、別な潜水艦からみるとクレー射撃の標的の様にとても目立つことになる。



 同志バクリン大佐(KPR)は手短に通信を済ませ再度深度を取るまでの数分────その300秒あまりが勝負となる。



 マルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉(LT)がそこまで考えた刹那、ヘッドフォンから聞こえてきたノイズに彼は愕然がくぜんとなった。





 海底に向かい逃げていたロシア海軍原潜が海底の砂塵を巻き上げ、それに岩盤を削る破壊音と金属の変形する大きな音が続いてきた。












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