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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #18
88/206

Part 18-1 Arguing 言い争い

28 Maiden La. Federal Reserve Bank NY Branch East Street Lower Manhattan NYC, NY. 13:29


13:29 ニューヨーク州ニューヨーク市ローワーマンハッ 連邦準備銀行NY支局東通りメイデン・レーン33番地



 左手でつかんでいた怪物の爪と、右手につかんでいた大きな上顎うわあごに突き立てたファイティングナイフのハンドルが高電圧に弾かれた瞬間、マリア・ガーランドの両手の指先から凄まじい放電が飛び渡り彼女はおどろいて腕を引き後退あとずさった。



 自分が意識した非殺傷携帯武器──スタンガンの電圧がどれくらいかと、化け物がすべての足を丸め腹を地面に落とした直後気づいた。



 100万ボルト!? いいやこんな車なみの図体を一撃で収縮させ行動不能にしたのだ。それに5インチも放電が飛んでいた。もう1、2桁はいってると、マリーは自分の迂闊うかつさをいましめた。



 あれだけ牙をいていたクリーチャーがおとなしくなり、警戒心を維持したままわずかに気持ちが落ち着きだすと、彼女はとたんに怪物の後方へ行ったシルフィー・リッツアの事が気がかりになった。



 マリーはアスファルトに落ちた大蛇の上顎うわあごの鼻先を左手でつかみ上げ牙の間から右手を差し込みナイフを力任せに引き抜いた。そうしてそれを太もものシースに戻しながらキメラの不気味な色合いの蜘蛛くもの足から距離をおいて後ろへ回り込んでゆく。



 動けなくなったものの、いつこの凶暴な生き物が動きだすか油断ならない。



 大型セダンのトランクほどもある太すぎる蜘蛛くもの腹部の後ろが見えてくるとシルフィーが人の身長の倍以上もある三本のさそりの尾の1つに下敷きになり白眼をいていた。



 マリーは急いで駆け寄り彼女の両(わき)に腕を差し入れ尾の下から引きりだし、怪物が動き出す前にとエルフの両肩をつかんで揺すり起こそうとしながら声をかけた。



「シルフィー! しっかりしなさい! 起きなさいシルフィー!!」



 すぐに彼女が意識を取り戻し、ぼんやりしたまなこを左右におよがせぼやき始めた。




「お──おい────あん──た────なにを──して────くれた? まさ──か、この────近さで──こいつ、に──雷光の──やいばを────」



「スタンガンよ──ちょっと特大級の」



「スタン──ガン? スタンガン!? 人に押しつけて──バチバチ──やるやつか!?」



 そこまで言うとシルフィーはアスファルトに片腕をついて顔を上げマリア・ガーランドを一度(にら)みつけ視線を八肢を丸めた怪物へ振ったのでマリーは彼女に尋ねた。



「動かないけれど、死んではいないんでしょうね」



「ああ、これぐらいの事で死んでくれたら、故郷でコイツを倒していたさ。だが変だな──」



 シルフィーは立ち上がり、邪魔なバトルライフルをスリングで首にぶら下げたまま背後に回し怪物に歩み寄ると右手のひらを上に向け、術式を詠唱えいしょうし始めたのでマリーは何をするのだと驚いた。



「我、いにしえの盟約に基づき力を呼び起こす──猛々(たけだけ)しき緋火龍(レッド・サラマンダー)の吐息よ、大木一つ焼き払う焔を我に与えん──」



 直後、彼女の右手のひらの上にバスケットボール大の赤とオレンジ色の入り混じったフレアが立ち広がると揺らめきだした。



 それをハイエルフは右腕の一振りで化け物の背に投げ放った。寸秒、まるで何かの燃料の様に盛大にキメラが燃え始めるとそれを見つめたままシルフィーは後退あとずさりつぶやいた。



「おかしい!? 何か変だ──」



 彼女が何に違和感を感じてるのかと、マリーが問いかけようとした矢先に、車ほどもあったクリーチャーの躰が燃えくずれドラム缶4本ほどになると、その燃える塊の横のアスファルトへ視線を向けているハイエルフに気づき、焔の揺らいだ瞬間にマリーはそれを見てしまった。





 してやられた!





 路面にあるマンホールのふたが横にずれ、ぽっかりと口が開いていた。





 じゃあ、今燃えているのは何なのだとマリーは眉根を寄せた。



「この穴はなんだ!?」



 マンホールを見つめるハイエルフがマリーに問いかけた。



「まいったわ! 下水道や地下共同抗の点検口よ。シルフィー、この燃えているのは抜けがらなの!?」



「抜け殻──そうじゃない。麻痺まひさせられたこの世界で摂取せっしゅした人肉の多くを切り捨て、使える神経や筋肉を新たに作り出し(メージア)を持ち去ったんだ」



 今やエルフ語を理解できるマリーは、彼女の(メージア)の概念が理解できた。文字通り『中枢ちゅうすう』────人の脳にも等しい部分。心臓などの基礎となる循環器系すら切り捨てる事のできるこの怪物がどうして生まれてきたのだとマリーは疑問に思った。



「シルフィー、あなたの住んでいた世界にはコイツの様な悪魔が他にも多くいるの?」



 問われ彼女が苦虫を噛み潰したような顔を向けた。



「いるわけがない。これは(・・・)特別(Sérstök)なんだ。敵種族である魔界の眷族けんぞくですら取り込み己の能力として戦い続ける事を強いられた」



「まさかスオメタル・リッツアが──あなたのお姉さんが」



 マリーの見つめるハイエルフの青い虹彩で囲まれた瞳孔が大きく開いた。







 その瞬間、マリア・ガーランドは複数の妖精ランプが照らしだした広い部屋に集まり円陣の座を組んでいるハイエルフの長老らの背後に立っていた。



 その向かい合い座る中にシルフィーにとても似た若いハイエルフが1人加わっていた。同じブロンドの髪を編み上げ銀飾りで頭にとめたスオメタル・リッツアが青い瞳を輝かせ族長らを説得していた。



”Öldungar, Ég hef ekki efni á lengur...”

(:老師達、もう猶予はありません)



"Djöflar...Myrka kapphlaupið mun ráðast jafnvel þó að það sé bjart !"

(:もはや魔族ら闇の眷族けんぞくは昼にですら襲って来ます!)



 身を乗り出しスオメタルが両手を広げ強調した。



"Ég mun nota töfra til að skapa Warrior sem heldur áfram að berjast !"

(:わたくしが創造の秘術を使い疲れ知らぬ戦士を生みだします!)



"Ekki Suometal ! Það er bannað tækni sem brýtur jafnvægi Lifandi hlutirs."

(:ならぬスオメタル──あれは命のバランスを乱す禁忌きんき)



 比較的若い長老の1人が声を高め、続き女性の長老が彼女をいましめた。



"Það verður óafturkræft...Hættu Suometal."

(:取り返しのつかぬ事になります。おやめなさいスオメタル)



 唇を噛みしめうつむくスオメタルの震える両肩を見つめマリア・ガーランドはやっと呑み込めた。







 長老達の円陣がそのままシルフィー・リッツアの瞳に重なり、マリーは目の前で燃える怪物の残滓ざんしへ腕を振り上げ指さし顔を背けた彼女を責め立てた。



「あなたのお姉さんがあいつ(・・・)を造り上げたのでしょう、シルフィー! なら、倒す手だてもあなたならわかるはずよ!」



 ハイエルフがかぶり振りつぶやいた。



「わからない──わからないんだ。スオメタルは種族最高の魔女(ウィドウ)だった──姉がどんな秘術を使いあれ(・・)を生みだしたのかなんて我にわかるはずが────」





「あのう────すみません」





 声をかけられマリーとシルフィーが振り向くとアサルトライフルを握りしめたスーツ姿の若い男女が近くに来ていた。



「私は国家安全保障局(N S A)の局員ヘレナ・フォーチュン──なんですが、怪物を倒して頂き──ありがとうございます。あのう──どちらの軍から来られたのですか?」



 礼を言われてもその間延びした言い方にマリーは苛つき押し殺した声で言い放った。



「倒した!? まだ生きているのよ。また人が襲われるわ!」



 彼女の伸ばした腕先で指さした口の開いたマンホールを見つめNSAの3人は顔を強ばらせた。











 四つ足で排水溝を駆けながらそれ(・・)は狂おしい歓喜に満たされていた。



 あの近接雷撃は想定外の攻撃魔法だったが、身の内に流れ込んで来たのは電撃だけではなかった。



 あの銀髪の(えさ)から様々な知識が入り込んだ。



 どうしてなのかはわからないが、喰らわずとも知識を奪い盗れた。そして手にしたのは新たな知識と力と『相手の力を奪う叡智えいち』。



 もう魔法を行使するのに詠唱えいしょうなど必要ない!


 エレメントを操る奥技を知ったのだから、代償にこの世界で手にした肉と血の多くを切り捨ててかまわなかった。



 楽しいぞ!



 爽快だ!



 狼の姿で足を繰り出すそれ(・・)は、水しぶきの中で舌をだらしなく横に垂らしてこらえきれず笑っていた。







 これで我はこの世界の覇者はしゃとなれる。





 魔王となれるのだ。







 見えてきた鉄扉を意識1つで生みだした爆裂魔法で打ち破り弾き飛ばすとそれ(・・)はその別なトンネルに入り込んだ。そこは走って逃げてきた『下水抗』とは異なり汚水はなく埃っぽい大きなトンネルだった。







 突如とつじょ聞こえだした轟音に振り向くと狼の姿のベルセキアは目がくらんだ。その白光の先に地下鉄(サブウェイ)がライトを灯し迫ってきた。











 鼻の曲がりそうな汚水の流れる下水抗の中をくるぶしまでびしょびしょになり、ヘレナ・フォーチュンはSG751SAPRーLBのストックを肩付けしたままバーチカルグリップと銃握じゅうはを両手で構え左手の指の間に挟んだ緑色のケミカルライトで先を照らし歩いていた。



 彼女の先を歩くのは軍の所属も名乗らないプラチナブロンドの女兵士と、耳のとがったコスプレイヤーの様な頭のおかしい大柄な女兵士。



 怪物は倒され、もう安全な場所に帰れるとヘレナは期待していたのに、少しでも火力が必要だとプラチナブロンドの女兵士に説き伏せられ、まだあの悪魔のような怪物を追い続けていた。



 怪物も不安だが、2人の得体の知れない女兵士は怪物を倒した辺りの路駐車や植え込みから多量のMー18A1対人地雷を回収し──新人の後輩メレディス・アップルトンがクレイモアという陸軍や海兵隊が使う対人地雷だと知っていた──それをコスプレイヤーがバックパックで背負っている。たぶんプラチナブロンドの方も背負っている満載のバックパックに同じ物騒なものが入っているのだろう。



 やたらと通りに爆轟が響いていたのはこの2人が原因なのかも知れない。



 それにしても躰のほとんどを切り捨て逃げる事のできる生き物など聞いた事もない。あんな昆虫とも動物ともつかない怪物はいったいどこから現れたのだろう。



 気を紛らわせる様に不満ばかりを考えていた彼女の右(ひじ)に触れメレディスが小声を掛けてきた。



「先輩、この2人どんなからくり(・・・・)かわかりませんが手から放電や炎を出していましたよ。まるでショーマジックみたいに」



 ヘレナはわずかに顔を向け彼に小声で返事した。



「メレディス、あんた勇気だして聞いてみなさいよ。私もあの怪物が軍の研究施設から逃げだして来たんじゃないかと気になってるのよ」



 ヘレナに顔を振られメレディスは苦笑いの表情を浮かべると、プラチナブロンドの女兵士の後ろを歩く耳の長いコスプレイヤーに尋ねた。



「あのう、マム!」



 すぐに気づき耳の尖った大柄な女兵士が顔を振り向け横顔でぶっきらぼうに返事をした。



「我はお前の母親じゃないぞ──何の用だ、人間?」



 まるで自分が人じゃないといった言い方だと彼は思いそれでも尋ねた。



「あのクリーチャーは軍で研究していたのですか?」



「軍? 研究していたのは我が姉スオメタルだ。魔導書の奥義で生みだした対魔族用戦闘兵だ」



 聞いていて彼は眼を丸くした。魔導書(・・・)!? 対魔族(・・・)!? この人特殊メイクして平気な顔をしてるだけあって頭がいてるとメレディスは思い半顔で苦笑いした。



「じゃあ、あの怪物は人が作りだした、と?」



「だぁ、かぁ、ら! 人じゃない。一緒にするな! 我はハイエルフ! 姉のオスメタルも────」



 そこまで言った途中で、彼女の前を歩いていたマリーが足速に歩き戻りいきなりバトルライフルのストック後端でシルフィーのほおを殴った。



「いたぁっ! 何をするかぁ! このぉ銀髪頭がぁ!」



 ほおを押さえシルフィーが抗議したが、マリーはそのひじをつかみ先へ行くように押しだし、NSAの男性職員の顔をサイリュームの緑色の灯りで照らしアドバイスした。



「あの女の言うことを真に受けないで。あの人は自分が異世界から来たと信じているから。格好でわかるでしょ!」



 あまりにもマリーが真顔で迫ったのでメレディス・アップルトンはうなづいて後退あとずさった。マリーが先を行くシルフィーへ歩き戻るとその背中を小突いた。



「あんたは、文句の言い方がアン・プリストリみたいで腹立たしいのよ!」



 言われてすぐにシルフィーはマリーの肩を小突いて言い返した。



「アン! あの魔物かぁ! あんな奴と一緒にするなぁ! けがらわしぃ!」



 小突き合いもめながら歩く2人を見てメレディスはヘレナに耳打ちした。



「先輩、あの人達、特殊部隊兵に思えないんですけれど」



「メレディス、あなたあの怪物とまた遭遇したらナイフで挑んでみる? 普通の兵士にできるような荒技ではないわ」



 ささやきながらもヘレナは構えたアサルトライフルの銃口を闇の先から下ろす事が出来ないでいた。私ならたとえもっと大型の武器を持っていても、あの悪魔の様な生き物に近寄ったりしない。ナイフで挑むなど天地がひっくり返ってもゴメンだ。



 先を行く2人の女兵士は恐れを知らないのだろうか。



 一様、2人ともアサルトライフルは所持し一(ちょう)ずつ手にしている。



 だが刃物1つであれだけ戦えるんだ。火器(アームズ)を使うと圧倒するんだろう。それでも私はもう二度とあいつ(・・・)に近寄りたくない。午後の短時間にもう何度も殺されかけたんだ。次はほんとうに悪運がつきるわ。



 ストックのバットプレートのそば固唾かたずを呑み込んだヘレナは自分がいつも不運を引き寄せる事を思いだした。その刹那、下水抗の奥から何かの爆轟が聞こえてきた。それは短い一度ではなく何かが激しくぶつかり合い壊れている激しい音となって続いた。







 ヘレナ・フォーチュンの前で2人の女兵士が駆け出すと、遅れたら地獄に取り残されると思った彼女は汚水を跳ね上げ懸命に走りだし、2人の後輩が慌てて後を追った。












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