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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #17
87/206

Part 17-5 Marshal's Baton 采配

Safe Hnuse of CIA Midtown Manhattan, NY. 13:30


13:30ニューヨーク州マンハッタンCIAセーフハウス



 シリウス・ランディは目の前の椅子に縛りつけた男が拷問から逃れる術を知っている事に忌々(いまいま)しさを覚えた。



 ロシア大使館の一等武官のニコラフ・チェレンコフはきつい責め苦から逃れるためこの短時間に二度も落ちた(・・・)



「シリウス、このまま君が続けて殺してしまうのを俺が黙って見過ごすと思っているのなら大きな誤りだぞ」



 情報局第3課主任(GM)のニコル・アルタウスに警告されシリウスはわざと唇を曲げむくれた顔を彼へ向けた。



「ダメだ。そんな顔をしても。たとえこれがチーフの身を守るためでも、彼女が知ったら激怒するぞ」



「大丈夫よ、ニコル。私は彼女の身辺警護という免罪符を持ってるから」



 論点がずれたことにすぐに気づいた彼が眉根を寄せた。



「マリア・ガーランドを舐めてかからない方がいいぞ、シリウス。彼女のルーチンはまともではないんだ。世界中継の生放送であらゆるテロリストへ宣戦布告する女なんだ」



 それを聞いてシリウスの僅かにグレーの混じったライトブルーの瞳が座ったのでニコルは何を言われるのか身構えた。



「ニコル、貴方あなたの方が彼女をわかっていないわ。あの天使と悪魔のハイブリッドがどれだけ不用心に背中を曝すかを」



 天使と悪魔のハイブリッド(・・・・・・)!? ニコルは困惑した。マリア・ガーランドの何が天使で何が悪魔なのだ!?



あれ(・・)は身近なものにまるで警戒心がないけれど、たとえば私が誰某だれそれに寝返ってあれ(・・)の両袖デスクの足下に高性能爆薬のブービートラップを仕込んでも死ぬ間際にすら私を疑いはしないわ。それがどういう事かわかる?」



 ニコルは思わず顔を強ばらせ尋ねた。



「お前、誰に寝返るんだ?」



「違うの! マリア・ガーランドと私の関係は特別な盟約の上に成り立っているから、あれが反故ほごにしない限り私は裏切らない! 例えのはなしをしてるのよ──今は」



「わかった、わかったよシリウス。で、あやういからと君がする事の免罪符とどういう関係があるんだ?」



「ドイツ帝国の亡君が親衛隊(SS)を必要としたのは力の支配を広げれば隙を衝いた力で抗うものが出てくると当初予想したから。でも私はシュッツシュタッフェルになるつもりはないわ。貴方あなたの眼から見て死の一線を越させる荒業に見えようとも、私は合衆国国民である以上、合憲であろうと努める」



「馬鹿を言うな。君が言っているのは事故はありうると同義語だぞ」



 ニコルの抗弁に彼女は微笑んだ。



「だから────貴方あなたの事が嫌いじゃないの。貴方あなたは一度は私の事を中央情報局職員だとマリアに報告しながら手心を加えたでしょ。だから彼女は私をあの夜に切り捨てずにハグを選んだ。今も私を正そうと躍起になってる。一年前のあの核爆弾テロの夜にマリアになんて報告したの?」



「いや、それは──君が──ミュウの事を命をかえりみず護ろうとしたと──」



 しどろもどろの彼の言い訳にシリウスは鼻を鳴らしニコルに片唇を持ち上げてみせた。



「そういう事はしらをきるものよ。男ってどうしてこうも馬鹿正直なの! 貴方が正直ものだから、1つだけ驚きの事実を話してあげるわ」



「マリア・ガーランドは善悪でテロリストに闘いを挑んだのじゃないわ。彼女の本質は別なものよ」



「本質?」



「そう──彼女は正真の戦闘狂よ。戦うために生きてると私は思う。どうしてかというと──」



 シリウスのモバイルフォンがバイブレーションを鳴らし始め彼女は言葉を切りスーツからそれを取りだした。



「はい、シリウス・ランディです────ええ、それでチーフは何と? ────え!? 本当なの!? わかったわ。至急戻ります」



 通話終了のアイコンをタップするなりシリウスは部屋の棚に置いたままになっている長布を取りに行きそれを使い気を失ってうなだれているニコラフに猿ぐつわを掛け始めたので、わめかない様にしてさらに手荒な事をするのかとおどろいてニコルが尋ねた。



「どうするんだコイツを」



「──放置」



 布を縛り終わりシリウスが顔をそららしたままぼそりとつぶやいた。



「はぁ!? 大使館員を拉致らちして、散々拷問して、放置──だぁ?」



「今はかかわずらっている余裕がないわ」



「何があったんだ?」



「大西洋で襲撃を受けた合衆国海軍の原潜がワシントンに核弾頭を撃ち込んだわ」





「なんだって!?」





 眼を丸くした情報3課主任へ彼女は追い討ちをかけるように続けた。



「チーフは乗員の家族が人質に取られてるとみて大規模な奪回作戦を指示、現在進行しているわ。それだけじゃない。あの人はたったの数人で────」



 シリウスがニコルに向けた顔に苦悩があふれていた。



「──マンハッタンに入り込んだ怪物と一戦交えている!」



 怪物だと!? 何の事だとニコル・アルタウスはその意味するものを懸命に考えたが答えにたどり着けずにいた。











 急遽きゅうきょNDC本社の作戦指揮室(Op.Room)へシリウスとニコルが戻れたのはちょうど午後2時だった。



 作戦指揮室(Op.Room)の情報1課から6課までの各ブースに特殊部隊スターズの兵士が分散しそれぞれの課の職員と様々な打ち合わせをしているのが、エレベーターホールからの階段を下りるときに見て取れた。



 ニコルは彼女と別れそのまま3課の方へ向かい、シリウスは連絡を入れてきた2課のエレナ・ケイツを視線一つで探しながらその課へと歩いていると、彼女がブースで特殊部隊第2セルのリーダー──ロバート・バン・ローレンツと言い争っているのを見つけ名を呼んだ。



「レノチカ、報告を! 事態指揮をチーフが!? ワシントンの被害は!? 怪物とは何の事なの!?」



 名を呼ばれ矢継ぎ早の質問に振り向いたエレナ・ケイツが安堵あんどの表情を浮かべたので、シリウスはマリア・ガーランドが直接の指揮をしていない事に気づいた。



「ランディ課長、ワシントンは無事です。ホワイトハウス近隣に着弾した分離弾頭は不発! 現在メリーランド乗員の内9家族がテロリストに人質となっているのが判明。チーフ指示で訓練中第2中隊と第3中隊の兵員を救出部隊とし再編中です。チーフは現在、ローワー・マンハッタンで謎の生命体と交戦後行方を追っています」



 エレナのかたわらに来たシリウスはロバートに視線でうなづき彼に尋ねた。



「ロバート、問題点を」



「チーフがエレナに救出部隊の再編を任せたのだが、彼女が家族数の多い家庭に多くの兵を向かわせようとするので、それが誤っていると説明していた。チーフは第1中隊のものをそれぞれの救出チーム・リーダーにと」



 説明していた? 私には言い争っているように見えたわとシリウスは思った。



「ロバート、貴方が救出チーム編成を。それとマリアが追っているその謎の生命体とはどこから現れ、どんな被害が出ているの?」



「恐らくはニュージャージーに突如とつじょ現れたと思われる。それ以前の司法関係やメディア情報がないからだ。ジャージィのショッピング・センターで被害死者130人以上、マンハッタンで市民や警察官の死者が40人以上、もっと増えると思われる」



 170人も!! 大事件だわ!! シリウスは心臓が跳ねたのを臆面も出さずにロバートとエレナに問いかけた。



「そんな危険な獣の処理をあなた達はチーフ1人にやらせているの!?」



「いや、1人じゃない──その────同行してるのはマジンギ教授と────それに獣ではないんだ。その──まるで魔物の様な────」



 シリウスはロバートが珍しく言葉尻を濁していることに苛つき胸の前に腕組みして彼に問い質した。



「時間が惜しい! 簡素に!」



「エルフが一緒にいる」



「はぁ!? エルフ? 空想の『指輪物語』に出てくる様な? 次にあなた達が魔法がどうのこうのと言いだしたら、私の怒りが爆発するわよ」



 ロバートが真剣な表情で見つめ返す意味を彼女は英国陸軍特殊空挺部(S A S)隊の士官だった男がこの状況でからかっているのではないと直感で理解し最悪のケースを問い返した。



「まさか、その追い詰めている獣が魔法(・・)を使うの?」



「至近距離以外の銃弾が一切通用しない。チーフは6基の対戦車ミサイルを使ったはずだが、しとめられずに現在、NSAと合同で捜索中だ」



 シリウスは視線をブースの仕切り壁にらし整理した。現状で一番の問題点は核ミサイルを撃っている原潜の奪取とそのための人質となっている家族の救出。二番目の問題点はすでに170人近くを殺している魔物(・・)とされている魔法を操るらしい(・・・)獣がマンハッタンに野放しになっていること。そこまで考え彼女は視線をロバートとケイツに振り戻した。



「ミサイルを使い切ったマリアの武装は!? 何か供給の指示をされたの?」



「いいえ、15分前の報告をした時には武器供給の指示は受けてません」



 エレナがそう教え、ロバートがさらにとんでもない事を言いだした。



「実は、チーフとそのエルフも────」



 シリウスはこの2時間で別な世界に入り込んだのかと眼をおよがせた。マリア・ガーランドが魔法を!? 馬鹿ばかしい! 5千ヤード(:約4600m)から核弾頭を狙撃した女だ。それもエンパイヤ・ステートのコンクリート外壁に数十発の銃弾で穴を穿うがちホールインワンさせる女だ。あれがパティらの様な超能力を持っているとのうわさなら信じてもいい。だが魔法は空想の産物────ありえない。SASの将校が断言しても受け入れられない。



「ロバート、人質救出部隊への第1中隊からの配分から数人をマリアの援護に向かわせられない? さらに対戦車ミサイルを持たせて」



「ダメだ。チーフは救出部隊へのサポートに重きをおいている。それにうちの対戦車ミサイルはジャージィと彼女に渡した分で全ストックを使い果たした。だが、チーフへの援護ならアンとジェシカが向かっているはずだ」



 2人はNDC民間軍事企業(P M C)のトップクラスのガンシューターだ。だけど弾丸の効かない相手に本当に援護になるの? シリウスは目まぐるしく考え眉間にしわを刻んだままロバートに尋ねた。



「それでは、救出作戦を貴方にお任せして構いませんね?」



「チーフはエレナ・ケイツに作戦指揮と立案を任せている。私はサポートに撤する」



 鉄火場(B F)に素人の彼女に何ができるのだとシリウスは一瞬怒りを覚えたが、マリア・ガーランドの狙いが他にもあるのではとかんぐった。通常ならば作戦立案は戦術担当官のダイアナ・イラスコ・ロリンズに丸投げする事の多い彼女だが、それを変えようとしているのかもしれない。だが何もこんな追い込まれた状況下でやらなくても。あの女が嫌う死人の山ができる。



「ランディ課長、問題がもう1つ」



 にらみつける様にシリウスは視線を情報2課リーダーへ向けた。



「ハミングバードがヘリポートへ激突し、現在、電子擬態エミックの使えない状態で作戦についてます」



 それではNDC本社屋上に降りたあの大きな輸送機が市民の眼にさらされた事を意味していた。



「どっちの!? 人質救出の!? 怪物対処の!? 社への問い合わせは!?」



「チーフの航空支援(CAS)にローワー・マンハッタン上空にいます。問い合わせは現在、ローカル・ケーブルテレビ局1局と新聞社2社が」



「航空機の問い合わせには我が社の軍事作戦部門の輸送機だと公式にアナウンスしてかまわない。事故に関しては現在、調査中と。誤魔化せば炎上の理由にされるわ。レノチカ、原潜の政府対応は!?」



「現在、第2空母打撃群(C S G 2)、遅れて第1と第5が現場海域に急行。軍通信網から得られた情報ではロシア北方艦隊のメリーランド拿捕及び二度目のトライデントⅡの再射阻止もしくは撃沈。ですが、救助策を講じているようです」



 北方艦隊!? シリウスはおどろいた。襲撃され占拠されたメリーランドを巡り2国の艦隊が奪い合うなんて。確か海域は大西洋だったはずだけど、ルナの試験航海中の原潜も同じ大西洋。まさか板挟みになっていないでしょうね。



「大西洋に出てるNDC原潜からは何と言ってきてるの?」







「それが────定時連絡が入っていないんです」







 シリウス・ランディは不安に顔を引きらせた。












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