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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #17
85/206

Part 17-3 Devil Traits 悪魔の形質

Medical Laboratory NDC HQ Chelsea Manhattan, NYC 13:18


13:18 ニューヨーク市マンハッタン チェルシー NDC本社臨床検査室



 NDC本社屋上のヘリポートに半ば激突する形で降下したハミングバードから真っ先に下りたのはドクターことスージー・モネットだった。



 彼女はマリア・ガーランドから許可をもらい、ニュージャージーのショッピング・センターで採取したあの怪物が銃撃により撒き散らした体液のサンプルを早く調べたく、作戦指揮室(Op.Room)に隣接する臨床検査室へ急いだ。もともと化学薬物テロやバイオテロに対する検出や対抗手段を探るために、マリア・ガーランドが就任する前から先任のフローラ・サンドランがスージー・モネットに運営を任せていた。



 採取できた量は決して多くはなかったが、少なくとも血液と思われる緑色の蛍光色の体液をつぶさに観察すれば、幾らかは細胞が見られ、その試料を培養できればそれをもとに、麻酔剤を始めとする様々な薬剤との耐性を判別でき、捕獲もしくは決定的な細胞毒性(:Cytotoxicity)系の殺薬剤を用意できる。



 スージーは研究室に戻るとバトルスーツを着替えるのももどかしくそのままの格好で検体検査準備に入った。



 まず体液に活性細胞があるかを見るために光学顕微鏡で観測する用意をし、体液サンプルのプレパラートを作った。



 怪物といえど、恐らくは何らかの生物である以上、生物の基本的な細胞構成が観察できるものと思いながら彼女は顕微鏡をビデオカメラ映像化したモニタを見た。



 26インチのHD液晶画面の映像を見ながら下げた倍率で観察すると体液に思ったよりも多くの細胞が含まれている。微動装置を操り1つの細胞を中心近くに移動させ倍率を最大に上げるとモニタの3分の2ほどになった。



 最高倍率2千倍の光学顕微鏡で画面の比較用スケールから大きさが100マイクロメートル(:約0.1mm)と一般的な動物のそれよりかなり大きい。だが、観察できる細胞構造は大まかで細胞膜をもつ固有のセルでおぼろげに細胞核や代謝経路────おかしい!?



 何なのこの細胞!?



 細胞構造は殆どが曲率を持つ境界で構成されるが、細胞核が直線の組み合わさった多角形をしている。というより細胞構造自体が対象性を正確に構成している。



 その核質からまるで繊毛せんもうの様なものが細胞膜に多数伸びて繋がっていた。



 こんな細胞を見たことがないとスージーは画面を見つめ考え続けた。



 いいや、何かで見た覚えがある!?



 何だったのかとドクは考えふと思いついた。



 プランクトンの一種、珪藻けいそうだわ!



 藻類そうるいの細胞がなぜあの化け物の血液中に!?



 人を襲っていたあれは明らかなる動物の類だわ。



 違う! ちがう!!



 珪藻けいそう珪酸質けいさんしつ被殻 (Frustule) に覆われている。この様にそのままでは細胞質が光学顕微鏡で観察できない。だけど細胞の形が放射相称──中心珪藻(けいそう)なのはどういうこと!?



 それに糸粒体しりゅうたい液胞えきほうなど他の代謝経路が皆無だった。エネルギー転換はどうしてるのだろうか? これでは細胞が活動するエネルギー代謝やアミノ酸からのタンパク質合成が行えない。



 細胞質の核にあたるものが、DNAでなくミトコンドリアの様なものなのだろうかと考え核質の外観からとても高分子タンパク質やアミノ酸などの浸透が困難に思えそれも否定した。



 何であれ、この細胞をあれこれ試すためにはもっと多量の細胞が必要であり、培養が可能かスージーは試すこととした。



 小規模な変化を見るために、まず他からの汚染(コンタミネーション)を軽減する回分培養 (batch culture)を試してみる。培地には腸内細菌の確認などに使うSIM培地を彼女は手早くガラス瓶に合成しそれを滅菌のために高温高圧にさらすためオートクレーブにかけた。



 その待ち時間を有効にするために、サンプルの一部を光学顕微鏡で観察しながらマイクロピペットで群体の一部を取り分け幾つかのプレパラートを作った。



 まず酸やアルカリに対する耐性を見てみる。



 端的なものを見ようとPH1.2という温泉水にみられる強酸性をサンプルに加えてみた。細胞質に変化がない。それならと別のサンプルを真逆のPH11の強アルカリにさらしてみる。これにも変化がみられない。細胞膜に何かのタンパク質保護層があるのではと疑う。



 それらを試している間に培地の滅菌が終わりマイクロピペットで培地をわずかに取りシャーレに落とした。いきなり多量の培地に菌類を植えた場合、急激な環境変化に菌が堪えきれず死滅することもある。細菌よりも大きな細胞だったが、培地によるショックを避けた。そのわずかな培地を引き伸ばし薄くした上でマイクロピペットでサンプル細胞の群体を植えてみた。





 まるでドミノを倒すように一瞬で引き伸ばした培地全体の色合いが薄い緑色に変化した。





 何が起きたのだと、ドクは瞳を強ばらせたままその培地の一部でプレパラートを作り顕微鏡にかけてみた。



 液晶モニタに映し出されたのは均一な模様だった。



「何なのこれ──!?」



 つぶやき彼女は光学顕微鏡の倍率を500倍に上げ見えてきたものに怖気を感じた。あのサンプルと同じ細胞がびっしりとひしめき合っていた。見たものが真実なら一瞬で少量の培地を喰らいつくしたことになる。こんなにも素早い反応はどんな細菌でもみられない。



 スージーはその画面を見ながら、マイクロピペットを差し込み群体の一部を吸い上げた。



 そうして片手で新たなプレパラートに一滴の細胞を落とし、それを光学顕微鏡にかけ倍率を2千倍にし細胞群の境界が画面中央に来るようにして、カメラ画像のハイスピード撮影を始めそこへ一滴の培地を落とした。



 液体の培地が接触する前にそれは起きた。



 まるでカメレオンの舌の様に細胞群の境界が伸びて一気に培地が薄い緑色に染まった。眼にも止まらぬ速さだった。だが今度は高速度撮影をしている。何が起きたのかはっきりと見ることができる。



 彼女は撮影を中断し録画画像を最初から千分の1秒でスロー再生させた。



 液晶モニタの左半分にあるサンプル細胞群が変形し繊毛せんもうを寄せ集め右端の培地へ一気に架け橋を作ると、培地に触れた瞬間、細胞群が飛びかかる様に培地へ移動し一気におおってしまった。



 まるで乾ききったスポンジが急激に水を吸い込む様に細胞群が培地を喰らっていた。



 あたかも感染の様だと、スージー・モネットは思った。



 喰らうだけではない。細胞群が一気に分裂しその群体を増やした。彼女はどんな既知きちのウィルスよりもそのサンプルの分裂増加の方が速いと思った。直後、思いついた実験にどうするか一旦いったん迷い、臨床検査室の一実験区画の汚染隔離が十分なバイオハザードレベル4に堪えうるレベルのものだと理解の上で実験に踏みきることにし、今、増殖を見せたプレパラートの検体をプレパラートごとシャーレに入れガラス(ふた)をした。



 その実験区画は臨床検査室の奥にある小さな部屋で、指定した気圧まで標準大気圧から減圧され実験対象の漏洩ろうえいを防ぐ仕様で、実験者は自身が加圧防護服式のいわゆるグローブボックスの手袋の服版を着用しなければならない。



 彼女は実験に使うサンプル細胞群以外のものを窒素冷却容器に入れ凍結し、増殖したサンプルの入ったシャーレとケージに入れた実験用無菌マウス2匹を実験区画の別々の投入口から内部に入れて、気圧を900hPa(:ヘクトパスカル)にセットし減圧を始め、実験可能ランプのグリーン灯が点るとバトルスーツのまま防護服を着込み実験区画に入り込んだ。



 だがもしも危惧きぐするようにあの怪物の細胞が感染性のものなら、ニュージャージーのショッピング・センターで対戦した特殊部隊の仲間が感染浸食されているはずだが、今のところ誰からもその兆候が出てない。なら、少なくとも空気感染する危険性だけは除外できそうだった。



 スージー・モネットはケージのマウス2匹を円筒形をしたデシケーター(:実験用乾燥容器)の厚いガラス容器に移しかえ、そこにシャーレを置くとふたを外しデシケーターのガラス(ふた)を閉じロックさせ防護服のマスクに付いたシールされた二重のガラス窓とデシケーターのガラス越しに観察を始めた。



 2匹の実験用マウスはデシケーターの底を自由に動き回り、始めはシャーレの周囲をぐるぐると回っていた。そのうち1匹がシャーレの内側に様子を探るように鼻先を入れたが、シャーレ中央に置いた増殖した細胞の載ったプレパラートまで距離があった。そうしてもう1匹もシャーレに鼻先を入れると最初に身を乗りだしていたマウスの鼻がプレパラートまで3分の1インチ(:約8.5mm)にまで近づいた。



 もしも、思うように危険性があれば、顕微鏡にセットしていた時点で観測者である自分が浸食された可能性があった。怪物の細胞の活動現界がどのあたりなのかもうすぐわかると、ドクは緊張した。



 マウスの鼻先がプレパラートの浸食された培地まで8分の1インチ(:約3mm)に近づいた瞬間だった。



 まるで濃厚な霧の様な緑色のものがプレパラート中央から伸びてマウスの鼻先に触れた瞬間、一瞬にして1匹のマウスが緑色に染まるとその変色したマウスは動きを止め、原形がアメーバ状の平たく低いものにくずれ変容した。



 残されたもう1匹のマウスが本能的におびえデシケーターの容器の縁まで後ずさるとそれに合わせて平たい薄緑色のアメーバ状のものが追いすがった。次に起きた事にスージーは魅入られてしまった。



 まるでアメーバ状のものに意思や観察手段があるように、マウスをデシケーターの円筒形の縁に追い込み左右に逃げようとするマウスの動きを牽制けんせいし横へ広がり退路を奪うとアメーバからまたあの緑色の霧の様なものが伸びて2匹目のマウスを包み込んだ。そうして3秒もかからずにその1匹も形状が変わり平たいアメーバの一部となった。





 こいつは危険過ぎる!





 後ずさりしたドクは即断し隔離部屋にある赤いボタンをたたいた。



 デシケーターに横から繋がる3本のパイプから一気に2千度の炎が吹き込み厚いガラスの円筒内が一瞬で火炎に呑み込まれた。



 生き物が生命活動を維持できる現界温度──それを遥かに越えた『焔』が殺処分する。





 そのはずだった。





 ボタンから手のひらを浮かすと、ガラス容器に吹き荒れた火炎が止まりすぐに炎が揺らぎ消えると、ガラス中央に青い光に包まれたアメーバが形をとどめていた。





 あの駐車場で見た青い力場壁と同じものだわ!!





 スージー・モネットはデシケーターが破綻し最悪の状況になる前に壁の赤いボタン横にある青いレバーを引き下げた。そうして急いで防護服を脱いで隔離室から抜け出すと同時に実験区画天井のスプリンクラーから液体窒素のシャワーが多量に降り注ぎ何もかもを凍結してしまい始めた。



 防護服から抜け出した彼女は横の観測窓の前に飛びつく様に立ち部屋の中の様子を見つめた。あの青いスクリーンの様なものは火炎を防いだが、原子運動を制約する熱エネルギーの略奪をも防げるのだろうかと不安げに見つめると、室内のもの何もかもは真っ白い霜に覆われ動くのは液体窒素のもやだけに────スージー・モネットは観測窓から後ずさった。







 テーブルに置かれた真っ白いデシケーターの底でまだ青い光がちらついていた。







「何なの────!? ありえない────!?」







 強酸や強アルカリに焼かれることなく、超高熱や極低温の生物生存圏外の環境にも微動だに揺るがない普遍性。恐らくはコリンエステラーゼ阻害系の神経毒や、もしかしたら放射線に対しても耐性を示すかもしれないという怖気おぞけ。殺すにかなわぬとしても辛うじて今のところ自由を奪っている事実がせめてもの救いだった。



 だがあのスーパーマーケットにあったどの遺体もマウスの様には形質を失う状態は見られなかった。その差違は何によって生じているのかと彼女は戸惑いながら光学顕微鏡のビデオカメラが映し出すプレパラートを載せられていないステージのほこりを見つめた。



 もしもこの細胞群の構成するあの怪物が同様の力を持っているのなら、銃弾などの物理的損傷にすらえきる能力が────いけない!



 チーフはあの耳長の女と2人でクリーチャー対処に向かったのだわ!!



 警告しないと取り返しのつかない事になる!!!









 スージー・モネットは焦りを奥歯で噛みしめ連絡を取るために急ぎ足で作戦指揮室(Op.Room)へと向かった。












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