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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #17
84/206

Part 17-2 Spiritual Control 精神支配

St.Peseta Monastery New River Northern Phoenix, AZ. Dec 5th 2008


2008年12月5日 アリゾナ州フェニックス北部ニューリバー(セント)ペセタ修道院



 親しくもないどころか初めて口をきいたのが、呼び出しの代理だとも知らずして少女は修道院のはずれにある物置小屋に連れて行かれ、中に入るなり他の子が扉の内側にかんぬきを掛けた。



 裸電球のめた灯りが、これがただならぬ事態だと理解するには少女がまだ人生の経験不足で、奥の木箱にゾーイ・ジンデルが冷ややかな瞳で少女を見つめ、周囲に取り巻きの子らが6人いる事をやっと飲み込み始めた刹那、少女はいきなり頭から穀物用の麻袋を被せられ、がそうとする両腕を左右からひねりあげられた。



「お前が、その魔の眼で人を操るのはわかってるのよ!」



 魔の瞳? 何の事なのと混乱しながら少女は両肩から腕にかけての痛みに堪え、厚い布でし辛い呼吸を荒く繰り返していた。



「これからお前が悪魔()きなのをみなに証明するの。覚悟なさい!」



 ゾーイの声が勝ち誇った様にうわずっていると少女は感じたが、その直後、いきなり両(ひざ)の後ろを同時に蹴られ板張りの床にひざを落とした。



「あんたの様な奴がいるとみなが迷惑するのよ──」



 いきなり少女は頭から冷たい水をかけられ驚いて不自由なからだひねった。



「どう? まだじょの口よ。お前がここから自分の足で逃げ出したくなるようにじっくりと教え込んでやる──」



 いきなり少女は後から背中を硬い棒のようなものでたたかれ肺の空気すべてを絞りだし、両腕を引っ張られたままり薄い空気を吸い込みながらうめき声を上げた。



「白状なさい! お前は人を操る事ができるんでしょ!」



 直後、また背中をたたかれ少女は短い悲鳴を上げた。



「もっと大きな声を出してもいいんだよ。シスター達はこの時間、礼拝堂でお祈りを捧げているから聞こえやしないんだ」



 怒りの炎が燃え上がり、少女はまわりの子らの意識に入り込んだ。





──ゾーイには逆らえない。悪いけど逆らえないんだ。



──こいつ本当に目で見ただけで他のやつを自由にできるんだろうか?



──ゾーイがやれというからやっているんだ。



──1人増えるだけでメシが減るんだ。悪いけどさっさと出ていけよ。



──この子、ゾーイの言うように本当に人を好き勝手できるの?





 浅くのぞき見ただけで、少女は吐き気を覚えた。優しさの微塵みじんもない人達に取り囲まれ、自分は受ける正当な理由もない暴力にさらされている。



 操っているゾーイこそ、他人を思うがままにしている。



 そう思い少女はゾーイに入り込み────震え上がった。





────コイツをできるだけ切り刻んで道端に捨てたい。紙屑を捨てるように投げ捨て唾を吐きかけたい。捕まらない、処罰されない方法があるのなら、こいつの泣き叫ぶのを聞きながら────ゆるし乞うのをさげすんで首を切り落としたい。





 正気じゃない! このゾーイ・ジンデルという子、まともじゃない!


 でもまたこの場でみなを操ると、きっと、もっと、ひどい仕打ちが待っている。



 5回(たた)かれては水をかけられ、4度目に水をかけられ時には少女の冷え切った身体の震えが止まらなくなって、水の染み込んだ麻袋は開いた開口部からの空気も少なくあえぎ続けた。



 えられない。



 こんな仕打ち我慢できない!


 感情が爆発しそうな直前、いきなり麻袋が引っ張られ横倒しにされ袋を脱がされた。急激に新鮮な空気が吸えて少女が咳こみながら顔を上げ見回そうとするとゾーイが怒鳴りつけた。



「顔を上げるんじゃないよ、パトリシア! いいかい、よくお聞き! これからお前は私たちの顔を見ることを許さない。その時が来てしまったらお前は死んでこの施設から立ち去る事になる! 誰かに話しても同じ目にあわすから!」



 ゾーイ・ジンデルが木箱から足を下ろしみなへ行くよと告げ物置小屋から出てゆくと慌てて他の子らも行ったのが床板を見つめていた少女には気配で分かっていた。



 少女は濡れた身体で立ち上がると、外に出る前に気配を探った。ゾーイ・ジンデルの命じた事は本気で、うかつに他の子とバッタリ顔を合わすことを避けなければならなかった。



 少女は寝室に戻り与えられている古着に着替える事もできたが、そうせずに小屋にあったスコップを手に床を見つめたまま修道院の裏口から敷地に繋がる野原に出た。



 そうして震えた身体でそう離れていない目的の古いいちいの木へ向かい真っ直ぐに歩き始めた。



 見間違うはずはなかった。





 外に出るとゾーイ・ジンデルが必ず見つめる枝葉の大きく茂る木。







 あいつがそのいちいの木のそばに埋めたものを確かめるために少女はしっかりとつかんだスコップを手に黙々と歩き続けた。











 立ち上がったFBI警部がい出てきたひっくり返った青の四駆をのぞき込み運転手へ声をかけた。



「大丈夫ですか?」



「わしはなんともないから、早く犯人を追いなされ」



 逆さまにシートベルトでぶら下がる年老いた男がそう返事をし、ローラ・ステージはキッと顔を上げアリシア・キア保安官補をにらみつけると彼女がまた謝罪した。



「本当にすみません警部。どこかの頭がおかしくなった奴が警察車輌へ発砲してると思ったから──」



 謝るアリシアを素通りしローラは右手に握ったままのグロック18Cの弾倉を交換し彼女の赤いフォード・スーパーデューティーの運転席へ乗り込むと、慌ててアリシアも駆けてフロントを回り込み助手席に乗り込んだ。



「警部、誰を追われていたんですか? 警官が何かやらかしたんですか?」



 ローラが車を一度後退させ、ひっくり返った青のリンカーン・ナビゲーターを避ける様にハンドルを切るころに他の事故った車から搭乗者が道に下りて声を掛け合っているのを眼にし、彼女は猛然とアリシアの車を走らせ始めた。



「あのポリス・カー(P C)には警官の制服を着たカエデス・コーニングが乗って逃亡中だったの!」



 名を耳にした瞬間、保安官補は眼をおよがせた。なんで刑務所に収監されてるあの連続殺人の皮剥かわはぎ魔、私をピッチフォークで突き刺した奴が警官の格好で警察車輌を運転してたのだと混乱した。だがそれをローラに尋ねてこれ以上彼女の機嫌を損ねるのを彼女は避けた。



 奴はきっと脱獄し、警部はあの男を追い詰めていたのだわ。



 運転するローラが、助手席で太腿ふとももの上に銃を載せているアリシアを横目で見てまたとがめた。



「言ったでしょ! あなたは管轄外だと」



「いえ、ステージ警部。これは職務ではなく市民の務めです」



 そうアリシアが告げ助手席で着ているジャンパーのすそを捲りジーンズのベルトにホルスターのクリップを差し込みだすとローラは運転に集中し、他の車両をかわしどんどんと追い抜き先を急いだ。



 ハンドルを握りしめ彼女はカエデス・コーニングがどこへ行こうとしているか考えた。



 実家の農場へ戻っても警官にすぐ捕まるとわかっているはずだ。ましてや警官の姿で警察車輌となると遠くにも行けない。すでに手配された警察車輌をいつまでも運転してるとは考えにくかった。



 よしんば他の一般市民の車両を襲い乗り換えたとしてもその車が迅速に手配されるのも承知している。それに街を出る幹線道路に検問があると思うのが普通──。



 狡猾こうかつさの塊の様な奴。



 奴が何を望み何を選択するか考えるんだ。そのためにプロファイルリングの資格をとり多くを学んだのだから。



 奴は私から離れたらこの道からすぐに外れたはず。



 道をれてどうする? カエデスは何を画策するの?



 うろうろと警察車輌で走り回る愚行はしない。



 ポリス・カー(P C)をどこかに隠しほとぼりが冷めるのを待つだろう。どこかに隠れる方が遥かに安全だからだ。だがパトリシアをさらい歩き回れないなら────ガレージだわ。シャッターの付いたガレージに車を隠し、民家に押し入るのが一番容易(たやす)い。警官の服装を活かしたはずだから。



 シャッターのついたガレージを虱潰しらみつぶしに捜せばきっと見つかる。



 奴がこの通りを左折したか、右折したか?


 人は目的を持たない場合、習慣的な制約がないと、とりやすい行動を無意識に選ぶ。



 恐らくカエデス・コーニングは右折しただろう。



 間違っていれば、奴を追い詰めるのが遅れ、パトリシアが命の危険にさらされる。



 ではどこら辺で曲がったか?



 引き離されてもたもたと同じ道を単調に走らせる馬鹿ではない。1マイルも走らずに曲がったはず。



 ローラ・ステージはフロントガラス越しに見えるメインストリート沿いの店舗や脇道をつぶさに見るためにアクセルを緩め減速し流れに任せた。



 曲がり角は幾つもある。そのどれかが奴の好奇心をくすぐったはずだわ。



 信号の下がった交差点が迫り、彼女は助手席のアリシア越しにサイドウインドから交差点右手の道へ視線を流した。



 その道は狭く上り坂になっており先の左右が木々で鬱蒼うっそうとしており民家が途切れていた。



 逃げ隠れするには近隣の眼を避けて、あんな森にある一軒家を選ぶ。



 唐突にローラはそう思い交差点を過ぎ隣接したカーサービスの店舗駐車場に急ハンドルを切り入り込むと、敷地を交差点に戻り再び道に出て、坂道へと折れた。



「カエデス・コーニングの行き先に心当たりがあるんですか?」



「ないわ。状況判断でこの道を選んだのよ。間違っていたら少女1人の命が危険にさらされる」



「少女!? 警察車輌(P C)にカエデス以外に誰か乗っていたんですか!?」



「パトリシア・クレウーザというFBIの捜査協力していた子が誘拐されてるの」



 アリシアはそれを聞いて顔を強ばらせ、一年前、奴が誘拐した女性をテーブルに縛りつけ、皮膚をがす寸前だったのを思いだした。



 車が坂を上りきると数軒家があるがどれも駐車場がオープンでガレージは見当たらずそのまま車を進めると小さな十字路に出た。



 ローラは素早く周囲を見渡したが、どの家にもガレージが見当たらないのでそのまま真っ直ぐに車を走らせた。



 木々の枝葉で道路上がおおわれる静かな住宅街だが、目的のガレージ付きの離れの一軒家を探しているとその先に木製の扉が2つ連なったガレージと、その車庫に離れた2階建ての家が眼に止まった。



 まずは一軒と思ったがローラはすぐに車を停めずにその先の十字路を右折させ交差点近くに路駐させた。そうして彼女が車から下りると、アリシアも下りて辺りを見回しながら尋ねた。



「何か気になるものを見つけたんですか?」



「わからない──わからないから確認しにゆくの」



 FBI警部が歩いて車の通って来た道を戻るのに保安官補も付き従った。



 そうして見えてきた家の道沿いでローラがアリシアに小声で話しかけた。



「私が聞き込みをするから、あなたはガレージに警察車輌(P C)が入ってないか見てきて」



 アリシアがうなづき別れ、ローラ・ステージは2階建ての家の玄関口にある折れ階段を上がり玄関口に立ち、呼び鈴がないので彼女は戸越しに声をかけた。



「すみません! どなたか居ますか?」



 すぐに網戸奥のドアが引かれわずかに開いた隙間から痩せた小柄の女性が顔を見せた。



「何のご用?」



「私はFBI捜査官のローラ・ステージと申します。不審なものを見かけなかったか周囲の家々を回っています」



 彼女が身分証を提示し要件を告げるとにべもなく否定された。



「いえ、そんな人はいません。お帰り下さい」



「失礼しました」



 ローラは会釈し折れ階段を下りながら戸口に家人の女性が現れたのが早すぎると思った。まるでドアのそばで待ちかまえていた様な感じだった。それに不審なものを見かけなかったかと聞いたのに、居ないと答えたのも気にかかった。



 彼女は道でアリシアと一緒になるとアリシアが首を振った。



「ダメです。道沿いと横に窓がありますがシェードが下ろされているし、隙間からだと暗すぎて中が見えないです」



 ローラが眼でうなづき路駐した車へ戻り始めたのでアリシアもついて行くと、ローラがいきなり離れた隣家の壁へ曲がったのでアリシアも慌てて後に従った。そうして警部が隣家の壁沿いに身を隠すように立つとアリシアもその横に下がった。



「何かあるんですか、さっきの家?」



「わからないわ。でも応対した家の人が変だったの」



「どうするんです?」







「見つからないように戻るわよ」







 ローラ・ステージが保安官補へそう告げると、道からではなく隣家の敷地に沿って植えられたら木立に隠れながらガレージのある家に戻り始め、アリシア・キアも猫のように後をついて行った。











 まったくとんでもない女だ!



 カエデス・コーニングはどうして押し入った家がFBI捜査官に見つかってしまったのか困惑した。



 たまたま窓から辺りを探っていたら、家の前の道をあのローラ・ステージが運転する赤いレジャービークルが通り過ぎ、用心し玄関ドアの裏に家の女を立たせ待たせていると、本当にあの女が来やがった。



 ドアの袖壁に隠れ佳人の女に銃口を向け応対させたからよかったものの、もう少しで破綻するところだった。



 警部と家の女のやり取りに問題はなく、あの捜査官が引き下がらなければ家の女共々撃ち殺すところだった。



 ローラ・ステージと連れの女が立ち去るとカエデス・コーニングは住人の女を手錠で二階へ上がる階段の手摺てすり柱に拘束し、ソファに寝かす少女の様子を見に戻った。



 よほど麻酔薬が効いているのか、少女は身動き1つせずに寝息を立てている。



 だがこの少女を自由に操れなければ、あの人を強制する神憑かみがかった力を好きな様にできない。



 麻酔剤よりも意識が保てて、それでいてもっと半覚醒の状態に保てるものが必要だった。



 カエデスは居間から洗面所とバスルームが1つになった部屋へ行くと、洗面台のガラス扉になった棚をのぞき見た。



 幾つかの錠剤容器が置かれている。ガラス瓶や樹脂製のものばかりだが、ちょっと数が多いと1つを手に取った。



 前にある1つを手に取りラベルを見ると、エスカリスCR(炭酸リチウム)と表示されていた。彼の知っている薬品だった。精神治療薬、躁状態の改善や自殺予防など用法は様々だが、この薬を子どもの時から飲まされた覚えがあった。暴力的な衝動を押さえ込むために親が連れて行く精神科医で処方されてきた。



 こいつはいいやと彼はニンマリし台所に行き、グラスを1つ手にするとそれに半分だけ水を入れスプーンを差し入れ居間に戻り階段につなぎ止めている家人の女に尋ねた。



「お前さん、精神治療薬飲んでるのか?」



 女が胡乱うろんな眼でうなづき、カエデスは見覚えのある目つきだと納得した。自分が子供の頃からこの薬を飲むと鏡の向こうに見える自分の表情そっくりだった。



 薬が利いていると危機感を感じにくくなるので、銃で従わせるには無理があると彼は思った。



 そうしてカエデスはソファへ行くとテーブルにグラスを置きその水に錠剤容器から取りだした薬を次々に入れスプーンで撹拌かくはんし溶かしてゆくと、グラスをテーブルに置きいきなり少女のほおをひっぱたいた。1発平手打ちして眼を覚まさないので2発、3発とたたくと5発目に少女が麻酔剤で朦朧もうろうとした表情で両腕を上げひっぱたかれるのを防ごうとした。



 そうしてカエデスは少女のその手にグラスを持たせると耳元に命じた。



「飲めよ! 飲まないとまた殴るぞ!」



 朦朧もうろうとした少女がピンクの唇をグラスにつけ、薬を多く溶かし込んだ水を飲み始めるのを目にして、死刑囚は口角を吊り上げた。



 多量の炭酸リチウムが何をもたらすか、彼はよく承知していた。







 これでコイツは俺の言いなりだ。












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