Part 17-1 Mode Trample 蹂躙(じゅうりん)
NDC-SSN001 DEPTH ORCA(/National Datalink Corporation Sub Surface Nuclear), 1 nautical mile to the Mid-Atlantic Ridge Local Time 17:27 GT-18:27
グリニッジ標準時18:27 現地時刻17:27 大西洋中央海嶺まで1海里 NDCーSSN001型原子力潜水艦ディプスオルカ
もはやノイズカーテンに隠れる意味はなかった。
飽和攻撃の一撃で先の攻撃よりも周囲へ灯台の様にその存在と在処を曝けだしてしまう。だが残る4艦の潜水艦乗組員に知らしめる必要がなある。
この海域に怖ろしき敵がいることを────。
NDC攻撃型原潜ディプス・オルカの発令所でダイアナ・イラスコ・ロリンズは右手を前方へ振り上げ指さし弾んだ声で矢継ぎ早の命令を下し始めた。
「副長ゴース、方位深度そのまま、最大戦速!」
即座に彼が発令所へ復誦の声を轟かせる中、ルナの指令は飛び続けた。
「兵装キャス、右舷・舷側魚雷対抗近接防衛兵器照準をヤーセン型Kー560セヴェロドヴィンスクに! 攻撃モード『蹂躙』!」
兵装担当カッサンドラ・アダーニ──キャスは、本気でルナは敵艦にあれをやるのかと眼を丸くした。だが艦長の指示はそれだけではなかった。
「前方1番から2番非殺傷弾頭、3番、4番、通常弾頭、いずれも索敵モードを音響・レーザー・ミックス・AI下層域予測進路ウエーキ追尾! 70ヤードでセーフティ解除、1番、2番雷撃開始!」
異種同時攻撃の指示にキャスは俄然やる気になり真っ先に行動を始めた。
「戦術航海士クリス、音探エド、ヤーセン型Kー561カザンが全速で下へ逃げる! 逃すな!」
副長が発令所の各要員へ大声で復誦するのを背後に聞きながら、ウエポン──同艦兵装担当のキャスは唇の片側を吊り上げニヤつきヴァーチャル・コンソールのキーボードを拡張に切り替え一瞬でそれへ両の腕を伸ばし左手で魚雷制御、右手で魚雷対抗近接防衛兵器を制御し恐ろしい速さでキーをタップしてゆく。
魚雷対抗近接防衛兵器のトラムプル・モード──蹂躙は試射の2度だけで、本来は魚雷を破壊阻止する目的を艦船攻撃に拡張する。一撃で敵を屠りさるだけでなく随行艦がいる場合、絶大な心理重圧になる。
人の乗った、それもロシア最新型艦に撃ち込むなど初めてで相手がパニックで何をするかと考えキャスはわくわくしつつ、同時に艦首バウ後方左右の雷管へ装填指示を出し、ロータリー・ラックから全自動で高速装填される5秒の間にルナから指示された諸元を各魚雷に転送し、次々に発射管尾詮が閉じ海水が高圧注水され戻る射撃可能表示シグナルをヴァーチャルモニタで確かめ1番、2番射出をタップした。
38ノットへ爆進する大型潜水艦の両舷から高圧海水で飛びだした27インチ(:約69cm)径の大型ミサイル魚雷のノーズコーン先端とカップ終端全域から多量のバブルガスが吹き出し一瞬でサステーナに点火するとすると雷尾を複雑に振りながらバブルシェラウドに包まれ加速し始めた。
2本は僅か数十ヤードで雷速100を超えてなおスーパーキャビテーションと外殻表面のディンプル加工、テフロンコートにより海水との摩擦抵抗から守られ50ヤードで1段目を切り離しするとさらに固体燃料を燃やし加速し続け380ノット(:約704km/h)を目指しさらなる高みに向け加速し続け対向するKー560セヴェロドヴィンスクの右舷舷側20ヤードを掠める様に通り過ぎた。
直後、追うようにセヴェロドヴィンスクの舷側30ヤードの幅に迫った巨艦のハル右舷舷側にセイルを中間にその前後合わせて16枚の15インチ(:約38cm)角の連なる扉が次々に開きその艦の前後3ヶ所からレーザーコーンが広がるとスイープが始まっていた。
水中を紫外線領域に近い高波長域レーザーがロシア艦の外殻音響タイルに当たり即座に反射した光との差分を検出した魚雷対抗近接防衛兵器のセンサーがプログラムへデータを転送すると、プログラムソースが目標変数値を魚雷として取り扱い、認識した瞬間、予備弾も含め全弾頭の諸元を上書きすると、近い方の艦首側から一秒に5発の速さで3フィート(:約91cm)長の迎撃ミサイルを撃ち出し始めた。
その生みだすバブルウエーキーが幅を広げる瀑布の様にロシア艦セヴェロドヴィンスクへ斜めに伸びて行くと直後ディプス・オルカは真横に到達し第2波を射出しならがら高速ですれ違いKー560を置き去りにKー561カザンへと向かった。
885ヤーセン級初号艦Kー560セヴェロドヴィンスクが急激に旋回し艦首を180度後方へ向けきった寸秒、ソナーマン主任のヴィークトル・ウルノフ少尉補は海水中広くからパッシブソナーに入り込む輻射ノイズに注視していた。
まるでそのノイズシャワーが生み出した様に、突如前方274(m)という直前に出現した敵艦に度肝を抜かれ、バウソナーの解析変換された敵艦が対向して35ノット以上で向かって来ており、なおかつそのシエラ1が2本の魚雷を射出し、それがシュクヴァルもどきの凄まじい航跡音を放ち一気に100ノットを超えた時点でやっと我に返えり、大声で背後にいる艦長らに報告した。
"Фронт азимут 2, дистанция 686 m , вражеский корабль ! Торпедная атака !! Два торпедных звука, Скорость торпеды 290, Расстояние 91 m !!!"
(:前方方位2、距離686(m)、敵艦! 雷撃です!! 雷音2、雷速290(:約537km/h)、距離91(m)!!)
艦長キリル・ミハイルヴィッチ・タルコフスキー大佐は雷撃2と雷速290に驚きソナーコンソールへ顔を振り向けた。
彼はそんな近距離までなぜヤーセンのソナーが見落としたのだと考え、シエラ1が停船してたのかと思ったが、35ノットという速度にそこまで加速してきた段階で見落とすなど絶対有り得んとロシア最新型艦の能力を疑いさえしなかった。
だが雷撃された時点で213(m)という目前まで現に来ているのだ! それよりも雷撃対抗処理だと、ヴィストE(:ロシア海軍魚雷対抗システムの一種)を自動射出──自動では間に合わん! と慌てて考えを変えた。
”Вручную огонь 4 Вист-Э ! Левый борт Полный ! Максимальная скорость двигателя !!”
(:ヴィストE、4基手動射出! 左舵一杯! 最大戦速!!)
"Капитан ! Тогда задняя часть корабля ударит вражеский корабльc !!"
(:艦長! それでは艦尾がシエラ1に激突します!)
"Не важно ! Вражеская Торпедаn......"
「構わん! 魚雷を────」
言いかけたその瞬間、発令所右舷内壁を前から後ろへ凄まじいキャビテーションが一瞬で駆け抜け発令所皆の視線が追いかけた。
"Вражеская торпеда отплывает в Казань в тылу ! "
"Расстояние 366 m ! 302, 183, 91 - скорость торпеды увеличивается дальше, Невероятно - Торпедо Скорость 380 ! Я не могу схватить расстояние !!"
(:敵雷撃、後方のカザンへ! 距離366(m)! 302、183、91────雷速さらに増加、信じられない──雷速380(:約704km/h)! 距離がつかめない!!)
とんでもない雷速を報告するトーラの横でもう1人のソナーマンが艦長へ大声で伝えた。
"Вражеский корабль пройдет на расстоянии 27 m рядом с правого борта... ! "
"Новая торпедная атака, Количество торпед, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9 - еще, больше, не подсчитано!! Слишком много, чтобы подтвердить !!"
(:敵艦、右舷舷側27(m)で通過──!! 雷撃です!! 新たな雷撃、雷撃数、1、2、3、4、5、6、7、8、9────まだ、もっと、数えられない!! 多過ぎて確認できません!!)
キリル・ミハイルヴィッチ・タルコフスキー大佐はシエラ1の雷管が幾つあるのだと困惑し、しかも距離27(m)で、しかも──しかも、並んだ状態で雷撃など不可能だとすべてを否定しようとした。刹那、自艦の前方から側面へまるでビルを破壊する重機が大型の鉄球を複数連続でぶつけてきている様な衝撃を幾つも感じる直後、魚雷室から順に浸水の報告が入り始め、2ヶ所聞いている最中にタルコフスキーは次は発令所だと気づいた瞬間、発令所前後の右舷隔壁に一気に亀裂が走り海水が噴き出した。
魚雷の爆轟も衝撃も聞いていないのにこの被害は何だと彼が混乱の極地に入り込んだ矢先に発令所でずっと様子を見守っていた政治局員が隣に来るなり大声で怒鳴った。
"Капитан ! Вы не в состоянии использовать собственность русского народа ! Эвакуируйте всех в спасательных капсулах !! Когда он начнет тонуть, он разрушится сразу !!"
(:艦長! 貴方は艦長としてロシア国民の財産を預かる能力がない! 総員、脱出ポッドで脱出させなさい!! 沈降が始まると一気に圧壊するぞ!!)
ヤーセン型Kー560セヴェロドヴィンスクはロシアが自信をもって西側へ叩きつけた最新型多目的型原潜で絶対に西側原潜に殺られはしない!
なぜだ!? なのにこの圧倒的な攻撃力は何なのだ!?
艦長は前部浸水箇所内壁に自艦のものでない黒く尖った何かが突き出てるのに気づいた。まるで人の足の大きさの巨大なアイスピックが突き抜けている。そこから怒り狂った様に海水が噴き出している。
そうして初めて彼は総員退艦指示を命じた。
885Mヤーセン型Kー561カザンのソナーマン──キリル・コチェルギン少尉は前方を走るKー560セヴェロドヴィンスクの直前にいきなり現れた敵艦を即座に発令所に立つ上官達へ報告し、続いて起きている状況を逐次続けて報せ始めた。
「シエラ・ワン! セヴェロドヴィンスク、前方方位2、距離823(m)──雷撃! 雷撃2! シエラ・ワンからです! 雷音、例のシュクヴァルもどき! 凄まじい勢いで加速! 雷速200、260──セヴェロドヴィンスク右舷舷側20を──セヴェロドヴィンスク横を通過! 雷撃2、アクティヴも打たず僚艦を素通り! 雷速300を超えています!」
艦長アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐はそのシエラ・ワンが海域に潜んでいた第3の敵だと考え、直後発令所当直士官越しに各要員へ大声で命じた。
「最大戦速! 潜行! トリム20、左舵最大!! ヴィストE──4基手動放出! FTC(:疑似気泡発生器.カウンターメジャー)6本放出!」
「シエラ・ワンさらに雷撃! 数──20以上! 多過ぎて数えられません! セヴェロドヴィンスクに着弾────爆発してない!? 多数のシュクヴァルもどきがセヴェロドヴィンスクに激突してます!!」
次々に復誦が聞こえ、その中のソナーマンの報告にシリンスキー大佐は爆発せずに全弾不発とはどういう事だと眉根を寄せたが、ソナーマンへ怒鳴った。
「シエラ・ワンの雷撃との距離は!?」
「近すぎ速すぎてイルトィシュ=アンフォラYa(/Irtysh-Amphora MGK-600統合ソナーシステム)の処理が──今、おおよそ距離──256(m)」
シリンスキー大佐はシエラ・ワンの放った魚雷がアクティヴも打たずに至近距離のセヴェロドヴィンスクで誤爆することなく後方にいるカザンを狙ってきた精度と技術力に西側の代表的魚雷Mk.48系だという概念をすべて投げ捨て、自国のシュクヴァルの様に盲目でなく食い下がる予兆があった。
「グリーシャ! 海底までの深度は!?」
潜水航海士のグリーシャ──グリゴリー・マラートビッチ・バーベリ上級中尉が電子海図台の大型液晶に表示された海底図と艦の予測沈降率と速度から、海底到達点が中央海嶺の麓で比較的浅いとわかるなり艦長へ報告した。
「おおよそ579(m)であります。方位20へ向かい緩やかにさらに隆起しています」
シリンスキー大佐は艦の実用潜行深度よりも深いが圧壊深度までは余裕あると判断した。
「グリーシャ、お前の見立てを信じるぞ。発令所当直士官、最大戦速維持で深度578でバブルゼロ」
命じられた発令所当直士官は、海底に近づけ過ぎる操艦が艦尾方向舵やスクリュウを損なう無謀な操艦だと強張った視線を振り向けたがシリンスキー大佐が頷き返したのを見て復誦した。
「アイサー、最大戦速、深度578でバブルゼロ!」
未知なる敵雷撃に対し三次元機動で逃げようとするロシア海軍885Mヤーセン型2番艦Kー561カザン後方で2発の水中ミサイルは弾体中央と後尾から真逆の横へブラストを吹き出させまるでタグボートの様に急激な旋回を開始し、設定されたルックダウン・レーザー・スキャニングで猟犬の如く獲物を捜し求める最中、シリンスキー大佐は敵のシュクヴァルもどきが通常魚雷と違い射程がそう長くないと自信を抱いていた。
☆付録解説☆
☆1【Вист-Э/Vist-E/ヴィストE】ロシア海軍の新世代潜水艦用魚雷対抗システムです。
製造取り扱いはRUSSIA'S Military Technical Global Corporation РОСОБОРОНЭКСПОРТ(/RSOBORONEXPORTロスボロン)社で123ミリ径、全長810ミリ、重量13.5キログラムの円筒形でシェラウドを上部に展開しドリフトエンベローブを維持しつつ、敵魚雷のアクティヴソナー受信、もしくはプログラムされた帯域にスポットまたは連続で広帯域の欺瞞信号を放ちデコイのソナーイメージを作り出します。
動作時間は6-8分、15メートルから350メートル水深まで使用可能で12ノットまでなら潜水艦速度の衝撃に耐え射出できます。




