Part 16-5 Situation Control 状況掌握
Operation Control NDC HQ Chelsea Manhattan, NYC 13:16
13:16 ニューヨーク市マンハッタン チェルシー NDC本社作戦指揮室
ヘリポートにいるマリア・ガーランドに報告を済ませ作戦指揮室へ戻った情報2課主任エレナ・ケイツはヘリポート直通エレベーターの扉が開く前に両の頬を手のひらで叩きつけ自分を追い込んだ。
私が仕切らないといけない!
扉が開き情報部で働く皆が見えると、その時になり先任チーフのフローラや今のチーフ──マリア・ガーランドの重責を身近に感じた。
彼女は自分の課のブースを真っすぐ目指し、課長デスクに置いてあるヘッドセットをつかみ上げるとそのブームマイクを頬に当て、接続を作戦指揮室室内に切り替えブースの仕切りボードの上から皆を見回しながら一度深く息を吸うと話しだした。
「皆さん聞いて下さい!」
一瞬でテニスコート8面もある作戦指揮室の100人あまりの喧騒がかき消えた。そうして誰が話しだしたのだと見まわすものが多く見うけられた。
「情報2課エレナ・ケイツです。現在チーフはニュージャージーに端を発する謎の生命体対応で手を回せません。この状況下でロシア海軍兵と思われる者に占拠された我が合衆国海軍戦略原潜から首都ワシントンに核弾頭が撃ち込まれました」
事の重大さに、もはや多くに視線が自分に集まっている事にエレナ・ケイツはマリアがいつもこの状況をものともしない彼女の精神力に感嘆した。
だが、私達がいつも直面する事案はすべて重大だわ。
「チーフも原潜乗組員の家族が人質に取られ脅迫されているとみています。そこで現在、クラッキング収集した情報をもとに同原潜士官家族の状況を手分けし調査してますが、拉致確定時点で訓練中のスターズ第2、第3中隊を人質救出に向かわせます」
多くの聡明な情報職員は誰がその総指揮をするのだと考えているだろう。人の命が直接関わる重責にできるなら加わりたいと願うもの。かけがえのないものを地上から消し去るという自分のミスを予感するもの。同じ職務にいながらそれぞれが違う。
「チーフはその事案対処指揮を私に命じました。ですが──」
証券会社のフロントアナリストの生活を奪い去られ1年前に世界中のテロリストに闘いを宣言したマリア・ガーランド。
「──対処ポイントが複数に及ぶ場合、私1人では完全掌握できません。そこで1拉致家族につき各課長及び課長補佐を現場指揮主任に命じます。1つひとつの各事案に対し詳細はあなた方にお任せします。その大まかな状況と対処を逐次私へ知らせて欲しい」
誰もが命の奪い合いに身を投じる闘いなど望みはしない。あの指揮官は望まずして闘いに呑み込まれた。
「マリア・ガーランドは、人質を取られている場合、各容疑者が密な連携を取っているとみて同時救出作戦を指示しました。その襲撃指令は私が判断し命じます」
明日の、1時間後の、瞬きの後、一瞬先に息を止め、胸の鼓動が止まる未来を受け入れられない。
「これより、私の方へ全士官家族の得た状況を報告────以上」
ヘッドセットを机に置いて数回瞬いただけで、2人の主任が声をかけてきた。
「レノチカ、調べていた2家族はほぼ拉致確定よ」
「ケイツ主任、うちの課が扱っている3家族のうち2家族は90パーセント確実に拉致されている」
1課と6課の課長2人が来ただけで4家族も人質に取られている状況にエレナは目眩を感じた。3課から5課が調べてる8家族のうち何家庭が無事なのだろうか。それにまだ士官家族だけを調べていた。下士官より下の水兵も調べだしたら完全にお手上げになる。
「90パーセントの2家族を徹底して調べて。確実な情報がほしい」
6課の主任に命じて、エレナ・ケイツは同時対処できるのはせいぜい10家族前後だと考えた。
「うちの関連企業、なんでも使いなさい。ただ連続し士官家族へのアクセスが増えると容疑者に怪しまれるわ」
それも第2、第3中隊全員を手薄にしか差し向けられない。拉致家族が増えるほど全体の救出成功率が急激に下がる。
情報第4課のファーシー・グルナントがこちらへ渋い顔で来るのを見て、エレナ・ケイツは覚悟して受話器を上げ受けつけたAI交換手に通話希望の相手を告げた。
「情報2課主任、エレナ・ケイツです。キャンプ・コマンダーを────」
彼女はジョージワシントン・アンド・ジェファーソン・ナショナル・フォレスト内のNDC所有地にある特殊戦訓練設備にコールした。
スタングレネードが2発炸裂する中をFNHーP90を屈むように抱え込んで構える3人が続けざまにドアを破壊した出入口から室内に駆け込み、白煙の広がる先にこれまでの6回とはまったく異なる位置にいる立てこもり犯4人へ銃口を向け、同時に武装している3人を識別し1秒で瞬殺した。
その瞬間、左右の窓を破り突入した2人の1人が立っている容疑者が抱え込んだ女性の人質を奪い庇い1人が背後から犯人を射殺するとブザーが鳴り、天井周囲のスリットから一斉にスタングレネードの白煙を轟音と共に急激に吸い込んでゆく。
頭部や胴体のバイタルポイントに幾つもの青い弾着の跡が残る4人の倒れた男らが立ち上がると、その1人が手首のタッチパネルを操作した直後、吸い込まれる様に着衣や壁、家具類の青い弾痕が溶け込んだ。その人質を取っていた3番手で出入口から突入した男に効果弾を撃てと叱責し、その後窓から突入した男で人質を庇ったものにやり方がまずいとガスマスクをかけた女性を背後から頭に覆い被さる様にして見本を見せた。矢継ぎ早に教えるのはDEVGRU──海軍特殊部隊SEALsの1部隊隊員の元1人だった。
8Cー7設備で今日21回目の室内突入だった。
ここバージニア州西部の広大な180万エーカー(:約7300平方キロメートル)の国有林はウエストバージニア州、ケンタッキー州にまたがりその7分の4が未開発地区で、国から荒野地域に指定された殆ど人の入り込まないの一角、660エーカー(:約2.67平方キロメートル)の土地を莫大な金額でNDCが買い上げていた。
そこは訪れた兵士希望者から『キル・キャンプ』と言われ、対テロ特殊戦を想定した様々な訓練設備があり、多くの人がそこで生活できる町もある。
マリア・ガーランドの就任する3年前から先任フローラ・サンドランが設備拡張を続け、同時に大隊規模の兵士を訓練できたが、特殊戦の内容から少数精鋭の特殊部隊訓練施設として機能していた。
特殊戦設備には一般の射撃レンジは優に及ばず、様々な建物ビルからバンカー攻撃、大型航空機、船舶のインドアアタックまで想定されたものがあり、今年の夏から2中隊規模──150名の元特殊部隊兵や法執行関係者が選抜訓練を受けていた。
その最高責任者であるビリー・ホプキンスは合衆国陸軍グリンベレー部隊の元大佐であり彼は脱落者を赦し退職させるが、残されたものがミスを犯すことを決して許しはしない『ビッグ・ウィリアム』として畏れられていた。
彼は足繁く施設を見て回り、使えるとみなした隊員を引き抜き冥府コースターと噂されるメニューに放り込む。そうしてさらに現場で通用する兵士を養成していた。
67あるインドアアタック施設の民間住居タイプを見ていた彼のモバイルフォンが着信音を鳴らし液晶を見ると本部とあり外に出ながら着信を受けた。
「ホプキンスだが」
『本部作戦指揮室情報2課GMエレナ・ケイツです。今、お時間はありますか?』
本部の情報屋が何だとホプキンスは眉根を寄せた。
「かまわん。前置きはいい要件を」
『兵士が必要となる事態です。仕上がり投入できる員数は?』
仕上がりだと? 年末に80人引き渡すはずだったと彼は唸り答えた。
「ざっと40名だ」
『足りません。その倍を』
嫌がらせか!? 中途半端な状態だぞ! しかし第1中隊で処理できないほど戦いは規模が大きいのか?
「わかった。何とかしよう。事案は?」
『一般住宅からの人質救出です。ただし、住宅数は10前後──10家族前後です』
またあの銀髪女が人道で動いたな! 先任サンドランと何も変わらん対処療法だ。己を少佐と呼ばせる軍隊マニアめ!
「容疑者らは一般犯罪者か?」
『いえ、違います。兵士として訓練を受けています。元同じ部隊の軍人──ロシア人と思われます』
ロシア人!? 陸軍兵か? まさか相手も特殊部隊上がりなら出す半分は失われるぞ。
「もう1つ聞く──容疑者らを射殺するのか?」
『いえ、マリア・ガーランドは全員の拘束を指示しました。人質も容疑者も誰1人殺すな、殺させるな、と厳に命じられています』
ホプキンスは大きく息を吸ってしまった。
「時間を半時間くれ。選びだす」
『了解しました』
「あぁ、もう一つ。仕切るのはガーランドか?」
『いえ、私です』
彼はその返答に一番驚いた。
「エレナ・ケイツ──物言いからわかるが、君は兵士上がりじゃないな」
『確かに。ですが状況を俯瞰し判断を下す知識はあります』
ふん! 情報屋風情が、と内心思いビリーはこちらから報せると通話を切った。
あの社長、ガーランドもそうだが、ちょっと聞きかじり優秀な兵の面構えをする。現場で必要な判断を下せる人選が必要だと『ビッグ・ウィリアム』は考えながら全セクションの責任者に10分以内に来るようにとメールを出した。
21人全員に事案概要はメールで知らせておいたので8分後、集まるなりホプキンスは質問攻めにされた。
「────現時点で明確な事はそれ以上ない。まず兵を選べ。10人に1人、分隊を現場指揮できるものを選べ。過去の階級は問わない。事案処理に適切なら新兵でも構わん。これより戻り1350までに人選を知らせよ」
「装備は? 本部装備はそれほどなかったと覚えてます。それと輸送手段も」
旅客機専門で指導してる元デルタ兵大尉のロビン・アンダーソン教官が尋ねた。
「装備は恐らくはキャンプの使えるもの持参となる。兵員輸送手段についてはこの後に詰める」
皆が事務所から出て行くときに最後になったその元デルタ大尉にホプキンスは声をかけた。
「ロバート、できるなら君も行ってくれないか」
「兵が足らないと?」
「それもあるが、元兵士にしろ法執行官にしろ戦闘経験が少ないからだ。街中のただの撃ち合いと違う。経験がないと状況判断を誤る。投入した1分隊でも無事に戻したい」
開いたドアを閉じて内側に立つとロビンは頭を下げた。
「すみません。お断りします。家族のために一線から身を退けたんです」
ホプキンスは唸ったが退かなかった。
「君は家族同様、隣家にも何かあったら──目の前で強盗などに遭ったら動くだろ」
「よして下さい大佐。隣人も士官家族も同じだと仰るんでしょうが、カリフォルニアで事故に合う人を救えないのと同じです」
「わかった。ただこれだけは思いだして欲しい。我々は退役してなお国民のために物事を決める。それは誓いが生きているからだ」
「ええ、一度軍人たるものは生涯軍人ですから」
成りゆき上、ホプキンスはもう無理強いする事はなかった。職務随行上の義務違反と懲戒解雇をちらつかせ他の兵を脅した事もあったが、随分とやってない。二度とやらないと思った。
誰かを押さえつければ、そこから動けはしない。
愚か者のやることだ。
言い残し彼が出ていくとホプキンスはファイルキャビネットに置いてある数個の勲章を見つめ呟いた。
「我々が軍人になったのは、国という人々を護るためだった。」
押さえつけられ護ったのではない。
自主的に燃え上がったのだ。
調べさせた士官家族12世帯の内9家族も人質になっている事が判明した。
エレナ・ケイツは救助作戦発令が確定すると同じ情報2課の部下達に手分けしNDC傘下企業で社所有のヘリコプターを持つ会社のリストを作らせた。
アメリカはとても国が広く、企業に限らず、一般民間人でも小型飛行機やヘリコプターを所有する。企業ともなるとその移動距離や時間が問題となるのでビジネスジェットを所有維持してるものも少なくない。
装備を持つ兵士を4人から6人単位で輸送でき、近隣に下ろすためジェットレインジャーかヘリコプターズの小型ヘリが望ましかった。たぶん中型では下ろせる場所が激減するだろう。少なくとも1カ所に兵士を送るために最低3機は必要になり、作戦予備機も含め30機は必要になる。
だが本社命令でも傘下企業にとっては依頼であり強制力はなかった。無理強いすれば独禁法に抵触するぐらいの知識が彼女にはあった。それでも本社に恩を売れば子会社として躍進の機会となる。節税のためのダミーでもなければ企業経営者としてチャンスととらえるだろうと思った。
一番の問題は家族の無事な救出だが、回避しなければならない最大の問題は他の襲撃部隊との『衝突』。
いずれ軍、または政府法執行関係者の誰かが家族拉致に気づき特殊部隊を出してくる。
『衝突』は救助作戦を阻害し人質達の命を危険に晒す。
襲撃以上にデリケートな状況判断が求められる。
襲撃────チーフや特殊戦部隊の皆が特別な符丁で言っていた言葉をいつのまにか自分も使うようになったとエレナ・ケイツは気づいた。
そうだ。DAだ。ダイレクト・アタックの頭文字だろう。
軍隊用語なのだろうか。機会に色々学んでみようと僅かに意識が逸れ、部下の1人から18機確保と知らされ彼女は集中した。
DAタイミングを図るため士官家族の動向を逐次モニターする必要があったが、メリーランド乗艦員すべての家族安否を確認した方が良いだろうと疑心暗鬼になり、他の情報職員に無理強いする事になった。
すぐにエレナ・ケイツは1課から6課まででなく、他の付随作業を行う職員にも調査を命じだした。
今やNDC特殊戦部隊STARsの情報部門──iーWorker──112名は総員で事に当たっていた。それでいながら大きな問題が降りかかる。
僅か数十分後、指揮官マリア・ガーランドが対処している謎の生命体が関わるとは、この時点で誰も予想しなかった。
悪いことは重なる。それがまさに現実となる。




