Part 16-2 Fier ! Fier ! Fier ! 撃て!
In the sky, Manhattan, NYC 13:15
13:15 ニューヨーク市マンハッタン上空
まるで振り回されたフレイルの一撃を食らった様な衝撃の後に押し寄せた滝の大瀑布の様にヴィジュアルと言葉────それら洪水がつむじ風の様に立ち去ると、人間の作った飛ぶ乗り物──『戦術対地攻撃輸送機』の貨物室壁をバックに眼の前に白銀髪の女が顔を覗き込んで、額に押し当てた手のひらを離した。
戦術対地攻撃輸送機────!?
なんで初めて聞く単語の意味をしってるんだ!?
「なっ、何をした──わ、我に──?」
戸惑いながら己が話す言語がこれまで使った事のない──英語というものであり、微妙なイントネーションまで自由に操れる事にハイエルフ──シルフィー・リッツアは戸惑い続けた。
「コンプリート! シルフィー、言い知れぬ喪失感や深い気持ちの落ち込みとかはない?」
マリア・ガーランドに問われ、ハイエルフは瞳を游がせた。
「ない──ないが──まるで、霧の晴れた山頂から千里眼で世界を見渡してるみたいだ!」
「それは数秒という一瞬であなたの知識が数千万倍に膨れ上がったからよ。じゃあ、ちょっと試させてあげるわ」
そう言ってマリーはしゃがむと近くの床に並べられていたジャベリンのミサイル携帯輸送発射筒体を引き寄せシルフィーの前に抱え上げた。
「これが何かわかる?」
「これは──」
爆発したような多量のヴィジュアルと言葉の知識が頭に溢れかえり彼女は目眩を感じてしまったが思いついた言葉を告げた。
「こ、これはアメリカ海兵隊仕様のFGMー148Cジャベリン対戦車ミサイル──だ」
ミサイルという矢尻に爆裂魔法をかけたよりも遥かに強力な破壊兵器! 人は成形炸薬で爆発力に指向性を持たせスピアの様に絞り込む技術を持っている!
「正解よ。あなたが思い浮かべている操作教本は海兵隊向けM98A2仕様のマニュアル330ページあまりよ。それを理解できて?」
「わかる──わかるが──お前ら武器1つにこんな複雑な──こんなにも難しい説明書きを作るのか!?」
マリーはジャベリンの発射管を床に置くと立ち上がり腰に両手を当て笑顔でハイエルフを見下ろした。
「あなた方が強力な魔法を伝承するのに作成していた分厚いグリモワール同様に強力な火器にはそれなりに複雑なマニュアルが必要になるの。正確無比な効果を得るのと事故を防ぐためにね」
シルフィー・リッツアは憮然として銀髪の女を見上げながら火花のように飛び散る知識1つひとつに圧倒されていた。自分の暮らしていた世界の人間はひ弱で、文化も乏しく、剣を振り回すのが関の山だった。
だがこの世界の人間はなんだ!?
空を海を陸を──空の上の星々の住処にすら恐ろしく強力な武器を携える。
人間はこの地上すべてを数千回でも焼き払えるインフェルノの様な地獄の劫火すら手に────あの忌々しいベス──ベルセキアですら簡単に屠りさる事が────。
「お前ら──すべての人は────悪魔王の誘惑に身を委ねたのか?」
マリーは厳しい質問に僅かに小首を傾げ優しく答えた。
「いいえ、一部の人を除きそれは間違いよ。多くの人は自分達を律して、道徳に反する行いを抑制しようとしてるわ」
マリーは腰を折り上半身をシルフィーへ傾けると右手を腰から放し彼女の顔の前に人さし指を立てた。
「あなたが道徳的であると知ったから人の武器と技術を授ける気になったの」
「道徳的? この世界でお前ら人を少なくとも手の指の数は────」
「何かの誤解から、あなたが身を護り怒りに駆られてやったのだと思っているわ。それより────」
マリーは床にある4挺のバトル・ライフルの1つを拾い上げ弾倉パウチの並んだベルトと一緒にハイエルフへ放り渡した。
「その武器が何か知ってる?」
シルフィーは両手で受けた重い火器を見下ろして銀髪女へ顔を上げた。
「FNーSCARーHだ。近距離戦サイティングには装着されたトリジコンRMRタイプ2ダットサイトを使い、おまえ達は簡易住居の壁越しに敵を討つため主に7.62ミリM933徹甲弾を多用している」
マリーは軽く頷き指示をだした。
「正解!、手早く装填! Mー18とDM51も渡すから用意!」
その瞬間、シルフィー・リッツアは対人地雷と手榴弾のマニュアルが脳裏に浮かび上がってそれらの殺傷力に唖然としながら、生まれて初めてバトル・ライフルのチェンバーチェック後にマガジンを叩き込んだ。
真っ青になりスーツから派手に流れるメロディーを止めようとシェリーを片手で取りだしたヴェロニカ・ダーシーは相手の名がマーサ・サブリングス支局長と気がつき思わず通話アイコンを親指でタップしてしまった。
『ヴェロニカ・ダーシー! そこにヘレナがいるなら代わりなさい!』
腕を突きだしヘレナ・フォーチュンにモバイルを渡そうとしたヴェロニカは、先輩の視線が交差点へ向けられているのに気づき振り向くと、腹や胸を貫かれた警察特殊部隊の隊員が3人もウィリアムズストリート北へ引き摺られて行くのをトラックの脇から眼にした。
突然、交差点へ向かい引き返し始めたヘレナが振り向きもせずに2人に告げた。
「あんた達は逃げなさい──」
ヴェロニカは横にいるメレディスへ顔を向けると、彼が交差点へ向け顎を振り、そうして彼女へ視線を戻すと頷いたのでヴェロニカも頷き返した。
トラックを越え装甲車の横手に来ると警官の遺体が道に倒れていた。それでも先輩が肩にストックを押し当てSG751SAPRーLBを構えたまま突き進む後ろ姿を見つめていてなんと頼もしい背中だとヴェロニカは思った。
交差点に近づき縦に真っ二つになった警察巡回車輌や他多数の遺体があり、その半数は首から上がなかった。
そこから北側へ30ヤードにかけまるで数本の幅広の刷毛で引き伸ばした様に複数の血糊が伸びており、その先に警官3人を突き刺した怪物が通りを北へ後退りしていた。
何を──とヴェロニカが考えた瞬間、ヘレナ・フォーチュンが猛然とクリーチャーへ向け発砲し始め、化け物が足を止めた。幾つもの青い波紋が化け物の前に広がりそれが化け物の視界を奪っていた。
続いてメレディスが撃ち始め、ヴェロニカも怪物へ撃とうと銃を振り上げた刹那、いきなりその大型の蜘蛛は刺し貫いていた警官らを左右に放りだしすべての爪をアスファルトに突き立てた。
いきなりその大きな化け物が地面を弾き爆然と突進し始め、ヴェロニカはうろたえた。
走っても逃げ切れない! ヴェロニカは自分はこの向かってくる怪物に殺されると本能で覚悟した。刹那、彼女の前で銃を撃ち続けるヘレナが怒鳴った。
「横のビルへ逃げなさいあんた達!」
先輩から怒鳴られ、ヴェロニカ・ダーシーとメレディス・アップルトンは通り右手にあった銀行の両開きドアをガラスを割りそうな勢いで押し開き駆け込みそこが正面にATM3台の並ぶ大型乗用車1台分のスペースしかなく、愕然としたメレディスが振り返りクリーチャーへ銃口を振り上げ撃ち始めた瞬間、ヘレナの弾倉が空になった。
2人の元へ叫びながら銃を振り上げたヘレナを追い走り込んできた怪物が顔を振り向け尖った爪を振り下ろしたが、それの顔正面に幾つもの青い波紋が重なり空を切った赤紫の模様の入った爪がアスファルトに食い込んだ。
「先輩! ここATMコーナーで逃げ場所が!!」
逃げ込んできたヘレナはヴェロニカに大声で言われ見回すと3台並んだATMの左横にドアを見つけ開こうとしたが鍵がかかっていたので、がしがしに蹴りだした。
それを見かねたヴェロニカがドアノブの方へ銃口を上げヘレナに怒鳴った。
「先輩、離れて!」
ヘレナがガラス壁まで後ずさると、ヴェロニカがほんの一瞬トリガーを引いた。それでも轟音と共に7発もドアノブに食い込み、ノブがバラバラになると警報が鳴り始め天井の隅にある青いフラッシュライトが点滅しだし、凄い勢いでATMとドアの前に防犯シャッターが下りてしまった。
「ど、どっ、どうすんのよ!?」
どもりながら顔を引き攣らせたヘレナ・フォーチュンが振り向くとヴェロニカ・ダーシーがまた青ざめていた。その横で撃ちながらメレディス・アップルトンが彼女らの方へ後退りしてきた。
振り向いたヴェロニカが迫ってきた大蜘蛛へ撃ち始め、ヘレナがマグチェンジにもたついていると新人2人の弾倉が空になった。
その直後ガラス扉を突き破り2本の触足の爪がATMのシャッターに食い込みヘレナと新人2人は慌ててコーナーの左右に逃げ出した。
弾倉を叩き込み銃を振り向けたヘレナ・フォーチュンは姿勢を下げガラス壁を覗き込む大蛇の頭と眼が合い顔を強ばらせたままその開いた大きな口めがけ撃ち始めた。僅かに遅れてメレディスがマグチェンジを終わり撃ち始め、遅れてヴェロニカがそれに加わった。
だが今度は青い波紋が眼くらましになることなんてなかった。
狭い場所の両側に3人の人が逃げ場を失っているのを知ってガラス壁を突き破り蛇の頭を突っ込んだ。
至近距離の敵に猛然と3人が軍用弾を撃ち込んで次々にそれぞれの弾倉が空になったその時だった。
凄まじい爆轟と共に火焔が外の怪物周辺へ膨れ上がり押しつけられた蜘蛛の巨体がATMコーナー外を塞いだ。
何が起きたのか理解できずに3人が見つめていると、塞いだ化け物の外でまた爆轟が響き、天井からひび割れたボードがバラバラと落ち始めた。
凄いぃ!
魔法障壁ごと押し切った!!
南へ2ブロック離れた交差点角の高いビルの端角にある丸いスペース上からベスにジャベリンを撃ち込んだシルフィー・リッツアは、その興奮から百年ぶりにニヤツいてしまった。
弓矢に比べ撃つ手順はとても面倒だが、弾道が大きく上がりいきなり降下して怪物の背中に命中した。
────シルフィー! ラウンドチェンジ! 次弾はストレート攻撃!
「うるさい気がそがれる!」
向のビル屋上にいる銀髪女が意識に入り込んできてミサイル発射管を交換し、次はモードを切り替えろろと命じてきて、彼女は英語で声に出し言い返すと右肩に担いでいたものを下ろし一度左ハンドグリップ手前側面のモード切り替えをつまみ回し電源を切った。そうして照準機をハーネスも含め取り外し未使用のミサイル筒体の前面キャップ・ロックピンを外し前方エンドキャップラッチを反時計回りに回転させキャップを取り外し、その筒体に照準器と取り付け、冷却器を筒上面ラッチに引っ掛け取り付けハーネスを手早く差し込んでゆく。
その後ハイエルフは胡座座りしたまま電源モード切り替えをOFFからDayに左へ回し変え、照準機左右にあるハンドグリップをそれぞれつかむと再びミサイル発射管右肩に担ぎ上げ座る向きを90度変えるとビル屋上の外周縁の腹までもない仕切り壁にラウンド前部を乗り出しベスのいる通りへ振り下ろした。だが光学照準器は怪物へ向くが発射管はその軸よりもかなり上を向いている。
そのまま彼女は右ハンドグリップ中央にあるトグルスイッチ横の攻撃モード選択を一度親指で押し込んで標準トップアタックモードからバンカー攻撃へ切り替えた。
その合間にも銀髪女が3発目をベスの頭上から襲いかからせ、通りにいるあれが魔法障壁ごと揺さぶられきりきり舞いしてるのをシルフィーは光学照準器から見ていた。
そうして彼女は左ハンドグリップ前面のシーカートリガーを人さし指で握り込み3秒待ち、光学照準内の四角い視野上の右端にあるSEEKシグナルが点灯した直後、一度シーカートリガーを放しながら点灯したランプ右下にあるトップアタックモードのTOPシグナルが消え下のダイレクトモード──DIRが点いているのも確認した。
ミサイルシーカー・クールダウンとミサイルに通電し直後プログラム・ソースがミサイルへダウンロードされ光学視野中央にまわりを見回し攻撃している相手を探すベルセキアを捉えもう一度シーカートリガーを握り絞め怨敵にミサイルシーカーをロックオンさせた。
裸眼で見た距離はおおよそ200ヤード(:約183m)だった。
ハイエルフはマニュアルの仕様を思い描きながら、あの銀髪女がこのビル屋上を選ばさせたのはストレート攻撃の行える最短距離が164ヤード(:約150m)以上だったからだと測量もせずによくわかったものだとあの女の眼に感心し呆れた。道一本挟み先の交差点からは近すぎた。
右目で覗く光学照準に射撃可能の表示とクロスラインが表示されシルフィー・リッツアは鼻で笑うとエルフ語で呟き右人さし指でトリガーを絞った。
"Fjandinn !!"
(:クソ野郎!)
ズパンと音が響き照準器と肩の発射管が揺れると光学視野の右側に上から下に向け白い煙が見え僅かに間を置いて右上から視界中央に向け薄い白煙を曳きながら下りてくる白に近い焔の点が見えだしそれが急激に中央へ下りてゆくとそこに対戦車ミサイルが激突し凄まじい爆炎が広がり爆轟が響いてきた。
すぐさまに流れる多量の煙の合間から見えてきたのは、精霊シルフの守護────魔法障壁が赤紫に変わりかけている破綻の色彩。
10ヤードも弾かれた怪物の防御が悲鳴を上げ始めていた。
楽しさが一気に吹き飛んだ。
人を襲い喰らっているどころではなかった。
それは、いきなり魔法障壁ごと、狭い一角に人を追い込んだその場所のビル壁に叩きつけられ、障壁の外に凄まじい火焔が広がった。
爆裂魔法攻撃だと最大限の警戒の視線を張り巡らせた直後、また魔法障壁の外で爆発が起きてそれは10ヤード近くアスファルトを転がってしまった。
いったいどこから狙ってきてる!?
4つの目で足らず、背中のもう1つの顔にかなり無理をさせ別な目を────遠視が利く1組の目を作り、通りの南を見渡した。
いない!?
動く奴がいない!!
寸秒、またしても魔法障壁に爆炎が広がり衝撃にそれは10ヤード以上も後ろへ滑った。
堪えられないのは──屈辱!
この意識の中を駆け巡る苦み走った思いのはけ口を求め、それは高速詠唱を行い通りの南側へ向け200ヤードを火焔で満たした。
その炎が消え切らぬ前に、またしても魔法障壁の外で爆発が起きてそれは自分がひっくり返していた乗用車に無様にぶつかると苛立ちにその車を引き裂いた。
まるで玩ぶように、いいようにされていた。
もっと連続して爆裂魔法を放てるだろうに、間隔をおいてじわじわと絞めにかかる!
それは己の魔法障壁が赤紫に染まりかかっているのに気づき、恐れと同時に凄まじい怒りを感じ、通りを南に向け駆け始めた。
見つけだし、八つ裂きにしてくれるわ!!
ガラスの割れ落ちたATMコーナーで、ヘレナ・フォーチュンは驚きに眼を丸く見開き震えていた。
外はまるで戦争が始まった様な続く爆発に、彼女は左手に握るヴェロニカのモバイルフォンに気づいた。
持ち上げ見ると、液晶画面に支局長・通話中とあった。
耳に当ててみたが、耳の奥に金属音が鳴り響きまるで聞こえない。それでも彼女はマーサ・サブリングスへ報告を始めた。
「支局長──すみません──爆轟で耳がやられて──聞き取れません」
彼女がATMコーナーの反対側を見ると隅に新人2人が強ばった表情で固まっていた。
「メレディスとヴェロニカは無事です」
「通りで──ウィリアムストリートで戦争が始まりました──爆弾が幾つも爆発しています」
ヘレナ・フォーチュンが歩道へ近づくと物凄い熱気に足を止め、恐るおそる外を見回した。
直後、右からあの蜘蛛の悪魔が駆けて来たのでヘレナは身動きもとれず唖然とそれを見つめていると、また今度は交差点の方で爆発が起きて一度通りを走り抜けた怪物が多量の爆煙を曳き連れ派手に転がり戻ってきた。
驚いたヘレナ・フォーチュンは顔に当てたセルラーに悲鳴を上げた。
☆付録解説☆
1【FGM-148C Javelin】歩兵携行対装甲ミサイル。現行アメリカ陸軍・海兵隊と他国で使用される戦場兵器の1つで、タンデム成形炸薬による強力な破壊力とロックオンによるファイア・フォゲット(:撃ちっぱなし)、赤外線サーマル機能、弾道選択機能があり、射手の保護も十分に考慮されています。
作中でシルフィーが操作する同ミサイル再装填・射撃手順は海兵隊ジャベリン選別兵の教育課程で習うM98A2型の手順に準拠し、一部小説としての変更はあるものの取材によりほぼ実弾射撃を再現しています。




