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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #16
78/206

Part 16-1 Crap くそっ

St.Peseta Monastery New River Northern Phoenix, AZ. Dec 5th 2008


2008年12月5日 アリゾナ州フェニックス北部ニューリバー(セント)ペセタ修道院



 修道院に来る一般の人は少なくない。だがほとんどは礼拝堂や告解室の利用にとどまる。



 あたりまえで、女子修道院なのでよほどの事がないと他の場所に足を踏み入れない。



 少女がその人を初めて眼にしたのは孤児院に来てから3日目だった。



 修道院長(アッバティツッサ)の部屋から出てきたその人と偶然廊下で出会った。



 歳は二十代半ばですらりとした身長と派手すぎない質素な身なりの男の人だった。院内で誰かと出会うときちんと会釈する決まりになっている。



 少女はきちんと会釈して男の人も会釈してくれたのでどんな人か顔を見た。綺麗な顔立ちで合った視線に少女は眼を丸くした。





 瞳が──虹彩がオレンジ色をしている!





 そんな人が世の中にいるなんて思いもしなかった。



 自分のエメラルドの様なものも珍しいけれど。



 いったい何の用で修道院に来たんだろう?



 その人が少女に笑顔を見せてくれると、少女は少なからぬ興味を持った。



 誰か孤児を引き取りに来たのかしら?



 余計な詮索せんさくはしてはならない。それは必ずトラブルの元になるから。それでも歩き去るその人に振り向き少女は名前ぐらいいいじゃないのと思った。



 綺麗に整えられたブロンドの後ろ髪を見つめ少女はその人の意識に手を伸ばした。いつもなら、どんな相手でもすんなりいくそれ(・・)が、その日に限って上手くいかない事に少女は困惑した。







 名前どころか────意識の片鱗にすら入り込めない!







 今まで、誰であろうと、どんな人であっても何かしら読みとれるのにその人の考えの一片ですらわからない。



 何も考えてないのだろうか?



 いや、そんな事があるはずはない。どんなにボーッとした人でも何かしら考えている。



 少女はもどかしくなり、その人の後をついて歩き始めた。その人は真っ直ぐに正面玄関へ向かい歩いてゆく。その合間に何度となく意識に入り込もうとしたけれど、一度たりとも上手くいかない事に少女は混乱しながら歩いた。



 正面玄関も近くなり、少女は思い切って声をかけた。



「あのう──」



 その人は直ぐに歩くのを止め振り向くと少女を見てまた微笑んでくれた。



「はい、なんでしょう?」



「あのう──なにも──なぁんにも考えていないんですか?」



 その人はわずかに小首を傾げ考えて返事をしてくれたので、少女はその直前にもう一度その人の意識に手を伸ばしたけれどまったく読めなかった。読めないどころか入り込んでいるという実感すらない。



「いいえ、そんな事ないですよ。どうしてそんな事を尋ねたのかな?」



 その人が優しい笑顔で少女に尋ねたけれど、少女はその力を──人の意識に入り込めると話すつもりはなかった。



 今までどんな人でも、たとえ相手が子供でも、話したが最後、困惑させて不気味がられて強い拒絶に相手をおとしいれてしまうと知っていたから。



「いえ、その──あまりにもボーッとしてるみたいだった──から」



 その人はひざを折ると、少女の視線に合わせ姿勢を下げた。近くになったその人のオレンジ色の瞳に少女は視線を奪われた。



「君、面白い事を言うね。私の後ろ姿で『ボーッ』としてると思うんだ。あぁ、お名前は?」



 少女は自分から声をかけたので仕方なくその人に名前を教えた。



「そう──瞳の色に似合った可愛いお名前ですね。私はヘラルド・バスーン。ヘラルドと呼んでいいですよ──で──どうして──私が『ボーッ』としてると?」



「後ろ姿がそう見えたから」



 ヘラルドという青年が一瞬、そう、一瞬だけ視線を逸らし考え込んだ。



 その寸秒を逃さず、少女は三度みたび入り込もうとした。





 扉ではばまれているという感じではない。







 突き抜けて────通り越して遠くを見てる気分にさせられた。







 眉根をしかめた少女の表情に気づきヘラルドが視線を戻した。



「君は私の勘考かんこうを見ようとしてるのかい?」



「かんこう?」



 青年は右手の人さし指の先を自分の顳顬こめかみに当て落ち着いた声で告げた。







「『考え』だよ────」







 少女のエメラルドの虹彩が勢いをつけ縮み開いた。



 頭に入り込めると知られてしまった!



 この人も同じ力を持ってる!



 少女は混乱しながらも尋ねずにはいられなかった。







「教えてください! ────この力を捨ててしまいたいの!」







 少女の訴えに、ヘラルドという青年が軽くかぶり振ると優しく答えた。



「残念だけどそれはできないと思うよ。それは君が君の記憶すべてを投げだすよりも難しく、人をやめるに等しいんだ」



 少女には一瞬、意味がわからなかった。



 ただ、目の前の青年は、それができないと言っているのが少女には理解できた。それに考えが読めるというのも勘違いだったのだと思い始めた。



「いえ、すみません──馬鹿なことを聞いてしまいました──」



 少女がうなだれて肩を落とすと、ヘラルドは彼女のあごの下に人さし指の先を当て上向かせた。



「君が持っている力はギフトだ。神の贈り物なんだよ」







 神の贈り物────その贈り物が家で銃を振り回した男らの命の火を奪い去った。







 その記憶を振り払う様に少女はかぶり振り青年へ告げた。



「いえ、忘れてください。ほんとうになんでもない事なので」







「パトリシア────(ギフト)のコントロールを学びたまえ」







 丸く見開いた瞳を揺れ動かし少女は後ずさると、青年にきびすを返し走り出した。



 名前を────名前を一言も出さなかったのに、あの人は頭の中をのぞき込んだ!



 その人が、この力を手放せないと言いきった!



 廊下の角を2つ駆け曲がると、その先で同じクラスの子から呼び止められた。



「パトリシア! ちょっと用があるの。来て!」







 そう言って相手の女の子に手をつかまれ引っ張られた少女は混乱のあまりに相手の思考も読まずに歩きだした。







 少女は、その子が陰湿なゾーイ・ジンデルの取り巻きの1人だという事にも失念していた。











 衝撃にまた揺さぶられ、後ろから突っ込んできた車が二度に渡りぶつかって来たのは、事故でなく意図的だとローラ・ステージはグロッグ18Cをつかんだまま振り向いて即断しテールゲートの窓越しにそのSUVをにらみつけた。



 乗っているリンカーン・ナビゲーターに負けじと劣らず大きなSUV──赤のフォード・スーパーデューティーだった。



 右手に見える運転手を見て、一目でショートカットの若い女性だと認識し、ローラはその意志の強そうな顔に見覚えがあること思いだした。



 どこで見た!? そんなに前じゃない!? 少なくとも一年以内!



 カエデス・コーニングの裁判傍聴席に──違う!



 証言台に立った女!



 ヘーバーリル地区保安官補!!





 保安官がなぜ邪魔を!? 脱獄犯を追跡してる最中なのに!?





 目まぐるしく考えFBI警部は右手のハンドガンを見つめいきなり1つの事実に思い当ると吐き捨てた。



「あの馬鹿! 私が警官を襲ってると!!」



 その直後、車間を取り、三度アリシアの車が加速しながらローラの車にぶつかってきた。だが今度は真後ろでなく左のテールランプに激しくフロントグリルがぶつかり、青のリンカーン・ナビゲーターは大きく左に後部を振ると進行方向に対しいきなり真横を向き、左に傾いた瞬間全輪のトレッドがアスファルトを手放した。









 眼の前で警察車輌に不法なフルオート・ハンドガンで襲撃していた青のリンカーン・ナビゲーターに三度目──今度はバンパー中央にでなく相手車輌の角を押し切るピット・マニューヴァーでスピンに誘い込む手筈てはずだった。



 だが押し切った直後、車高を上げたリンカーン・ナビゲーターは大きく左に傾くと一気に空中に浮き上がりアリシア・キアの運転するフォード・スーパーデューティー進行方向へハイサイド状態で横転し逆さまでスピンした。



 その襲撃車輌と急制動をかけたアリシアの車片側1車線しかない市道を行き交う車はパニックになった。



 彼女の背後で3台が玉突き事故を起こし、横転スピンした青のSUVが対向車の小型乗用車に激突した。



 エンジンを切らずにフットパーキングを踏み込みシフトをパーキングに入れすぐさまアリシアはダッシュボードからクイックドロウ・ホルスターごとグロック21を取り出しドアを開くと銃を引き抜きホルスターを座席に放り込み振り上げたハンドガンのトリガーに人さし指を乗せ中央線上でひっくり返った青のリンカーン・ナビゲーター助手席に照準しながら、足を繰りだすと割れた助手席窓からアスファルトへ突き出した手がグロックを握っているのを眼にし大声で命じた。



"You're not the sort !!"

(:銃を捨てなさい!)



 だがその手がハンドガンを手放すどころか、握ったまま社内に引っ込められアリシアは顔を強ばらせまた怒鳴った。



"Gun Down !!! Or I'll Shoot YOU !!!"

(:銃を捨てろ! さもないと撃つ!!)



 ブロンドのカールした髪のスーツ姿の女がゆっくりとドア窓からいつくばり出てきながら言い返した。



"It's out of your jurisdiction...Sheriff's Deputy...ALICIA."

(:管轄外でしょ──アリシア──保安官補)



 名と職業を言われ、管轄外とまで指摘され困惑し、半身()ってでた女の横に向けた顔を見てアリシア・キアは口を開き唖然となり銃口を下げ覚えていた名をつぶやいた。







"Rola Stage Inspector......!?"

(:ローラ・ステージ警部!?)



"...Oh...crap !"

(:あぁ、くそっ!)









 直後、FBI警部からののしられた。



"That's my line !! Asshole !!!"

(:それはこっちのセリフよ! 大馬鹿!!)











 追いかけてきたFBI警部の車が派手に事故ったのをルームミラーで見ていたカエデス・コーニングはそのままメインストリートを逃げるつもりなどなかった。



 あの女警部はきっと地元警察に手配し検問を配備しただろう。



 彼は目立つ警察車輌(PC)で逃げ回るのは得策ではないと判断した。



 数分、車を走らせ信号のある交差点でハンドルを右に切った。上り坂に続く車のすれ違うのがやっとの道で大通りと違いいきなり住宅が減り木々が生い茂っている。



 少ないが家々はそれなりに大きいがきちんとした芝生付きの敷地もなくそれほど高そうにも思えない中級所得層の比較的質素な住宅がとびとびに建ち並んでいる。



 彼はゆっくりと車を走らせ坂を登りきるとさらに速度を落とし物色し続けた。



 坂の先は民家がなく森を走り抜けているような様相でここにポツリと目的とする家があればともすれば家の大半が枝葉に隠れ見えないので最適なのだがと彼は考えた。



 それが好都合だった。



 だがまだ望ましくない。



 少し走らせ十字路をもう一度の右手へ折れ少し走らせ道の右側一面が鬱蒼うっそうとした森で左手に木製のシャッターが2つ連なる車庫が見えた。



 カエデスは車を止めバックさせるとその車庫のある敷地とも定かでない落ち葉だらけのスペースに警察車輌を入れて停めるとエンジンを切った。



 立地として申し分ない。



 家正面は森で裏は林だった。右手の薄い若葉色の二階建ての家は近所の家から離れており、車庫や家屋の様子は木々であまり見えない。



 彼はPCから下りると、腰ベルトに右手をかけ見回りに来た警官の振りをして家のまわりを一周しどの部屋にも灯りがついていないことを確かめ玄関に戻り折れ曲がった数段の木製の階段を上りドア前に立つといきなり呼び鈴を鳴らした。



 少し間をおいて痩せた白人の中年女性がドアを半開けにし顔を上げた。最初から不安そうな表情でカエデスはこの女が家の中から見ていたのだと思った。



「なんでしょう?」



「ちょっと巡回をしてまして。ご自宅に他にどなたか見えますか?」



「いえ、この時間は私1人なんです。主人の帰りは遅いので」



 それを聞いて彼は奥さんに微笑んだ。家人は警官のその笑顔に逆に不安になりわずかに眉根を寄せるとカエデスは静かに告げた。







「いいかんをしてるよ奥さん」







 言うなりカエデス・コーニングは無言でホルスターからグロック19を引き抜くと女性の額に銃口を押しつけ家に押し入った。












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