Part 15-4 Enigmatic Enemy 冥々たる敵
Б-561 Казань Большая подводная лодка 885м ясен класса 7-я Дивизия Подводных Лодок 11-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), 1 морская миля до Срединно-Атлантический хребет Местное время 17:24 Среднее время по Гринвичу 18: 24
グリニッジ標準時18:24 現地時刻17:24 大西洋中央海嶺まで1海里 ロシア連邦北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団一等大型潜水艦885Mヤーセン型Kー561カザン
最新クラスのヤーセン型の水中での耳目であるイルトィシュ=アンフォラYa(/Irtysh-Amphora)──MGKー600統合ソナーシステムは西側最新ソナー統合システムに勝るとも劣らないロシア海軍復活の技術の粋を集めたものであった。
主なソナー艦首モド2の大型球形アレイは広帯域だけでなく超極低周波にも対応した敵艦の微細な放射ノイズも拾い上げる。
制御卓のスペクトラムモニターも旧来の上から下へ拾い上げた帯域波が時系列に沿って連続し流れ落ちるウォーターフォールタイプでなく西側システムと同じレーダースクリーン転換表示処理され、必要に応じ液晶画面がマルチウインドに切り替わる。
ソナーマンのキリル・コチェルギン少尉は謎の西側最新艦の聞こえない音を無理に探すのでなく、海中に平均的に存在する輻射ノイズの揺らぎを追い続けていた。
謎の敵艦が近づけば、ノイズの揺らぎに歪が生じその境界が広がるはずだった。
彼は深度で91(m)下を方位15から移動してくる境界らしきものを見つけ即座に艦長へ報告した。
「艦長! 下91(m)、距離366(m)、方位15から8から9ノットで移動してくる層があります! 海流や変温層とは思えません。推進キャビテーションは聞こえません!」
アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐はより深度をとっている僚艦セヴェロドヴィンスクとの間をその層が抜け背後に回り込むのを危惧した。
──もしも、西側の新型艦ならばと危機感が膨れ上がる。
「S123とオハイオ級は!?」
「海嶺峰の反対側の下りたのはつかんでいますが、動きは────!」
少尉が言葉を切ったのでシリンスキー艦長は興味を抱いた。
「海嶺の峰の反対側からバブルを伴い何かが浮上してきました。動力音なし。タンクブローやキャビテーションではありません。水面へ向け上昇中!」
それだけの音を放ち目立つ移動するものは急場の危険性は低くそれを意に止め艦長は発令所当直士官と兵装担当士官に命じた。
「転進する! 速度維持、左舷一杯、方位195。雷管1から4に65装填、1と2の有線73(m)安全装置解除、有線爆破準備、3と4射出後直にアクティブモード。ヴィストE(:ロシア海軍魚雷対抗システムの一種)4基自動射出モードへ」
発令所当直士官が復誦する直後、発令所のデッキが急激に左へ傾きカザンの巨体が旋回しソナーでとらえられない何かを追い始めた。
「キリル、セヴェロドヴィンスクは!?」
「────わずかに遅れハードスターボードで旋回!」
艦長、アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐は海図台の角に手をつき見えない適をどのように追い詰めるか算段し始め発令所当直士官を通さず直にソナーマンへ次の指示をだした。
「ツカン作動! 何がいるのか見てみようじゃないか」
ロシア艦にだけ備わるツカン・システム──航跡検出追跡装置──水中の放射線濃度、イオン変化、微生物発光の違いなど微小な変化を様々なセンサーで探り当てるソナーに代わる艦の耳目だった。
航行した数時間後でもその航跡を探り出せる。
三次元作戦電子海図台上のヤーセン型2艦の赤いアイコンが左右に反転し自立型無人潜水機を追い始めたのをダイアナ・イラスコ・ロリンズは黙って見つめていた。
ドローンは、水中輻射ノイズを微かに放ちながら9ノットで特定のコースを取るようにプログラムされており、対水中放射音は母艦ディプスオルカと同型のアコースティック・カモフラージュ機能があるのでよほどの近距離からピンを打たれないかぎり、サイズや位置が露見することはない。
ルナはまずはメリーランドとUー214からロシア潜水艦2艦をひき剥がし数海里離れた場所で徹底して叩き行動不能にするつもりだった。
だがロシア最新艦の2艦長はとても優秀であり油断ならないと思う。
僅かな水中輻射ノイズの違いを追うということは、すでにメリーランドとUー214以外にこの海域に探知不能の艦が潜んでいると認識しているからだった。
それがアメリカやイギリスの艦と想定していてなお、追い払う程度の生易しい対応を見せるとは思えなかった。
危険きわまりないヤーセン級2艦。
だが先のアクラ級2艦と同様に行動不能にするしかない。
「中央海嶺東側壁より上昇中の脱出ポッド1基確認!」
ソナーマンチーフのエドガーに言われ、あと1艇の脱出ポッドはと不安を抱きながらもルナは先行する2艦のロシア原潜に意識を振り戻した。
問題はヤーセン型2艦が当初目的のUー214から遠ざかり過ぎたと気づき、陽動だと判断するタイミングだわとルナは考えた。1艦が気づき先にそちらを攻撃すれば、もう1艦は深海のベールに隠れメリーランドとUー214の大いなる脅威となる。優秀なディプスオルカのソナー群をもってしても必ず限界は存在し、その境界の外へロシア艦を出すべきではない。
2艦同時に行動不能にするのには絶妙のタイミングが必要だった。
海図と水中測位データを統合表示する先進的な情報端末をじっと見つめ策謀を練る若き女性艦長ダイアナ・イラスコ・ロリンズの横顔を見ていて副長ゴットハルト・ババツは第二次大戦時に乗艦した複数の艦長と比べ、遜色のない知識と状況判断力に驚かされていた。
NDC社長であり特殊部隊最高指揮官のマリア・ガーランドと同じプラチナブロンドの髪をしたダイアナは、戦闘狂という噂を耳にするM・Gとまさに対極。アクラ型2艦の乗員らを死に追いやったと自身を責めながらなお新手の敵艦へ冷静に俯瞰し氷の様な牙を覗かせ慮る。そのUボート艦長に匹敵する緻密さと大胆さを持つ彼女に唯一足らないものがあるとすれば────英断。
恐らくは、彼女の上官であるガーランドが英断を下す陰でダイアナが策略をたてる互いが互いを補う状態が失点を巻き返す原動力となっているのだろう。
ゴットハルトは30年遅れて生まれこのもの達に巡り逢えば、刺激に溢れた人生となっただろうと思った。
──今でも十分、この孫ほどの小娘に楽しませてもらっているが────。
"Captain."
(:艦長)
"Was kann ich für Sie tun ?"
(何ですか副長?)
ルナが見向きもせず問い返した。ゴットハルトは彼女がドイツ語で問い返した事に内心驚き母国語で付き合う事にした。
"Sie bist beobachten die Zukunft genau,aber...Dieser Moment ist immer zu spät.Ein wenig früh und am besten."
(:タイミングを御計りの事なのでしょうが、タイミングとは常に遅きに失する以前の一点です。少々、早すぎたぐらいですと絶妙となります)
ルナは細めた横目で副官を見つめ静かに言い放った。
"es ist so. Ernest Hemingway sagt das, 'Mut ist die Eleganz schwieriger Zeiten'."
(:そうですね。ヘミングウェイがこう言っています『勇気は、窮地のときにみせる、品格である』と)
ゴットハルトはあまりもの衝撃に息を呑んだ。
"Entschuldigen Sie, Kapitän."
(:失礼いたしました、艦長)
この小娘────鋼鉄の橋を叩き渡る用心深さだけでなくチタンの如き尖りきった牙を持っている!
元Uボート乗りの老兵はこの場に居合わせるのが楽しくて仕方なかった。
885ヤーセン型Kー560セヴェロドヴィンスク艦長キリル・ミハイルヴィッチ・タルコフスキー大佐は僚艦Kー561カザン艦長のアレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐とは同じ戦略原潜で海を学んだ旧知の戦友だった。
ほとんどの事は、喩え妻に秘密の妾を持つときでも双子の様に感づき理解し合える。
そのリョーニャ(:アレクセイのロシア愛称の1つ)が水中音響通信で知らせてきた『S123と敵艦2艦を沈める』の『2』とは何だと熟考を続けていた。
掌握しているのは売国奴の海軍兵の乗るドイツ製Uボートとヤンキーの戦略原潜だけだった。それなら数で2となるが、ドイツ製Uボートと2艦だ!?
いったい1艦はどこから現れた!?
まさか舞台袖に隠れていたわけでもあるまい。
ソナーマン主任──ヴィークトル・ルキーチ・ウルノフ少尉補は部下と3人掛かりでその3隻目の敵艦を探っていた。彼は名の由来通りカザンのソナーマン主任キリルより執念深い。そのトーラ(:ヴィークトルのロシア愛称の1つ)がシュクヴァルの飽和攻撃を行ったのはアクラ型2艦のヴォルクとゲパールトであり、S123かヤンキーの戦略原潜どちらかが中央海嶺山脈の逆側側壁に接触し行動不能だと報告した。
ヤンキーどもの海軍は優秀なロシア海軍の真似をし戦略原潜に護衛のロサンゼルス型を同行させているものだが、これだけ戦闘海域に肉薄しその兆候をつかめないとなると、敵攻撃型は戦闘に加わらず狼の様に息を殺し森に潜んでいると思われた。
だがカザンのリョーニャがS123とヤンキーの原潜に背を向けてまで何をしようとしているのか真意のほどがつかめない。
水中音響通信を共に聞いていた発令所当直の部下らの手前、上官として迷いのあるところを見せるわけにはゆかぬとアレクセイが己を戒めていると、その混迷に拍車をかける報告をコンソールから半身振り向きソナーマン主任がしてきた。
"Капитан, 183 m впереди Казань ... что-то"
(:艦長、カザンの先183(m)──何かいます)
艦長、キリル・ミハイルヴィッチ・タルコフスキー大佐は謎の第3の艦なのかと思い、
なぜ後ろを取られ舵を切らない!?
なぜ速度を上げない!?
なぜバッフルチェックを怠る!?
と疑念が膨れ上がり、直感が潜水艦という観念を覆した。
音響魚雷!────囮!
それら単語が連続し意識の隅から染め抜いた瞬間、彼は鋭く命じた。
"Максимальная скорость двигателя ! Штирборт Поворот на максимум !! Враг позади !!!"
(:機関最速! 面舵最大! 敵は後ろだ!)
刹那、885ヤーセン型Kー560セヴェロドヴィンスクは650ミリ魚雷管4本に装填しながら大きく艦を傾け多量のウエーキィとキャビテーションを曳き回し艦首 を180度転換しかかると、須臾その後方350ヤードの進行してきた経路の海水中ノイズ・シャワーの中からタイフーン級の大型艦が突然現出し膨大なキャビテーションを噴き広げ全速で向かって来た。




