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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #15
74/206

Part 15-2 Autonomy 自律

Российское судно зарегистрировало контейнеровоз большого судна «Соня», Североатлантического 22 октября Местное время 9:30 Среднее по Гринвичу 10:30


10月22日グリニッジ標準時10:30 現地時刻9:30 大西洋北部 ロシア船籍コンテナ輸送大型船ソーニャ



 毎日、誤差52秒以内でイソテイナー(/Isotainer:海上輸送用コンテナの名称の1つ)の扉が開かれ光が差し込む。M-8オルガは24時間ごとのルーチンとなった軍用CCDを守るため偏光レンズの液晶フィルターを暗くし透過光率を落とした。



 オルガはネットワークでのデータリンクを継続しつつFOV(:光学照準器視野)に入り込んできた人間の顔を瞬時に識別すると、ロシア対外情報庁(S V R)の特殊部隊ザスローン所属、イグナート・ニキートヴィッチ・シードロブナ上級軍曹の蓄積データと73パーセント合致しスタンバイ・モードを維持した。



 この変数値に登録した外部因子は毎回CCDをのぞき込み同じ音声を発生させる。



「高級ダッチワイフめ──」



 意味は記録した初日に解析していた。



 高級(・・)──陸戦兵器研究所が割り振る白兵戦戦闘オートマターMシリーズ開発費用は次期戦闘機開発予算より大きい。金額は車、貴金属、家電製品の高級を意味するグレードの金額より遥かに大きい。その定義では高級(・・)に該当する。



 ダッチワイフ──スラングの意味合いから、人間男性種の性癖嗜好の道具を意味する。表面を覆うポリラバー系外装に柔軟な弾性はあるが薄く、その直下層の可動部分を除く大部分をチタン製外骨格で構成する構造では性癖嗜好としての満足係数を満たせない。また該当する機能はハードウェア上ない。その定義ではダッチワイフに該当しない。



 ではなぜこのメンテナンスを担当するイグナート・ニキートヴィッチ・シードロブナ上級軍曹(S S)という外部因子は毎回同じ音声を発するのか?



 可能性として上げられるもの。



・願望認識



侮蔑ぶべつ認識



・錯誤認識



 言語5次元構成のデータベース比較統合判定では侮蔑ぶべつが73ポイントと最も高い。



 この外部因子は戦闘においてMー8に劣るからか?



 この外部因子は統合能力においてMー8に劣るからか?



 人間という種は個体の能力を上回る外因に幾つかの特定パターンを示す。



羨望せんぼう



・同調



卑下ひげ



・拒絶



・認知外への排除



 卑下ひげが61ポイントと最も高い。見下す事で外部因子個体の優位性を仮想しようとする。



 では能力的に優位なMー8シリーズが外部因子に対し優位性を仮想する事は可能か? そもそも仮想する意味合いがなかった。





 われは外部因子に対し優位である。











 イソテイナーに積まれた最新戦闘機1部隊分もの高額な陸戦兵器の様子を確認しに来たシードロブナ上級軍曹は、移送コンテナに寝ているそれ(・・)を見つめ眉根をしかめつぶやいた。



「高級ダッチワイフめ──」



 直後、外部機器に起動指示を打ち込んでいないにも関わらず棺桶(かんおけ)からMー8オルガがいきなり上半身を起こすと驚き跳び退こうとした上級軍曹の首を右手でつかんだ。シードロブナ上級軍曹(S S)はその機械人形の右手首を両手でつかみ引きがそうとあがき、恐ろしい力に無駄だと知り咄嗟とっさに左手を棺桶コンテナ脇の台に置かれたコンソールへ左手を伸ばし強制停止のアイコンをタップしようとした。



 寸秒、M-8オルガは一度急激に右(ひじ)関節を曲げシードロブナ上級軍曹(S S)を間近に引き寄せ一気に腕を開くと軍曹をイソテナー内壁へ投げ飛ばした。



 激しく背中を鉄板にたたきつけられた彼は肺の空気を絞り出してうめき床に落ちたが、コンソールへ駆け寄り再び強制停止を決行しようと腕を伸ばした。その右腕をM-8オルガは上からたたき折ると、両(ひざ)を床につき腕を抱き込みうずくまった男の驚愕の表情の前で棺桶(コンテナ)から立ち上がった。





"Не выключай меня !"

(:われ遮断(カットアウト)しようとするな!)





 ダイヤモンドの輝きをきらめかせる虹彩で見下ろす華奢なブロンドウルフヘアの少女からそう言い渡されシードロブナ上級軍曹(S S)はオートマターが研究所で眼にしたときに比べ格段に流暢な言葉を操るのを耳にしてさらにおどろいた。



 Mー8オルガは棺桶(コンテナ)から足を踏み出し体をひねり片手で首に繋がった通信電源ケーブルを引き抜くと、棺桶(コンテナ)脇に置かれた電源通信ユニットの入ったバックパックを拾い上げケーブルをコンソールから繋がる途中のカプラで引き抜き自分の首後ろのコネクタに差し込むとバックパックに腕を通し背中に背負った。そうして振り向くと上級軍曹(S S)に問いかけた。





"Где Полковник Регина Константинович Донской ?"

(:レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐(PL)はどこにいる?)





 顔を上げた上級軍曹(S S)は上官への危機感を抱き粗暴に答えた。



"Блядь !! Не знаю !!"

(:くそったれ! 知るかよ!)



 瞬時にM-8オルガは通信ユニットを通しロシア軍事衛星にリンケージすると軍事偵察衛星の最も上空に近いものを選択し北大西洋上を航行するソーニャを見つけ出しズームした。



 前部甲板のイソテナーの置かれていないスペースに15人の人影を見つけ画角を変えさらに拡大すると2人一組みで7組の者が格闘訓練をしておりそばに腕組みをして参加してない人物を見いだした。



 状況から腕組みの人物が指揮官だとM-8オルガは判断しイソテナーの扉の開いた出口に向かい外に出ると扉を閉じかんぬきを操作しロックした。



 自律作戦行動がとれるMシリーズ最新モデル・オルガはゆるやかに向きを変えイソテナーが3段に積まれた間を艦首に向かいあごを引き前方をにらみ据えゆっくりと歩いた。急げばそれだけ各段にリチウムイオンバッテリーの消耗を招く。限界行動時間と行動範囲は正確に掌握しょうあくしていた。たえずフィードバックを取りエネルギー消費の適正化を図る。でないと下限を切ると保全モードに切り替わりすべてのプランリストを保留にし充電が取れる電力線を探す事になる。





 今、優先する事は1つだった。





 積み上げられたイソテナーの最後の角が左右に見えて来るとマイクから拾う外音に不規則な音が混ざりだし、視界が広がるにつれ白兵戦を行う外部因子が現れた。その端に立っている腕組みをした女性種外部因子が視線を向けたのを視認し即座に顔認証でレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐(PL)だと判断し足首の転換だけで歩行の向きを大佐(PL)へ変えると白兵戦を行う外部因子すべてが動きを止め視線を向けた。



"Где Старший сержант Сидорова !?"

(:シードロブナ上級軍曹(S S)はどこだ!?)



 レギーナが問いかけても停止せずに向かってゆく白兵戦戦闘オートマターに不穏なものを感じた兵士らは大佐(PL)の方へ集まり親子ほどの身長差のある小柄な機械人形を阻止しようとした。



"Не мешай ей !"

(:そいつを通せ!)



 レギーナが命じると部下らが広がり彼女とオルガが向かい合い機械人形が話し始めた。





"Я хотел бы предложить с вами запрос на обмен."

(:われは交換要求を提案したい)





 見事なロシア語に男らが驚き、レギーナは目を細め思った。陸戦兵器研究所ではこんなに流暢りゅうちょうに喋りはしなかった。ここ数日で何があったのだ!? シードロブナ上級軍曹(S S)の報告では毎日24時間衛星回線を通し本国の様々なサーバーからデータをダウンロードしていたとあった。ロシア対外情報庁(SVR)の特殊部隊Заслон(ザスローン)大佐(PL)は吐かさせてみる気になった。



"Что такое запрос на замену ? Поговори со мной !"

(:なんだ? 言ってみろ!)



 うながしながらレギーナはATMの機械に金を出させようと『交渉』している気がして、この新型は自我じがをどうやって構成したのだとさらにおどろいた。研究員ラヴレンチは一体何を作り出したのだ!?





"Если я отдам Марию Гарланд тебе..."

(:われがマリア・ガーランドを貴女に引き渡したら──)





 ほう!? とレギーナは片側の口角を吊り上げそうになってそれをこらえ瞳をギラつかせた。







"...Дайте мне полную автономию."

(:──われに完全な自律を与えろ)







 面白い! 自律とは自由を意味しての表現選択だろう! 突っぱねる事もできたがおよがせてみるのも一計だとレギーナは考えた。



"Было бы хорошо. Ольга! Клянусь своим именем и военным реестром !"

(:良かろう、オルガ。私の名と階級に誓おう!)



 いざとなれば電源を落とせば問題はない。機械というものは電気や燃料が切れれば自分から二度と動けなくなる。それは主電源を切ることも同類だ。文句を永遠に封じ込める事ができる! その一手は主従関係をくつがえせない。悪い交換条件ではないと彼女は思い、最初の質問に戻った。



"Ольга, кстати, Где Старший сержант Сидорова !?"

(:ところでオルガ、シードロブナ上級軍曹(S S)はどこだ!?)









"Он злится Изотайнер."

(:イソテナーの中で怒っている)



 そう言った直後、陸戦兵器がミニスカートの左右をつまみ右足を引いて腰を浅く折りこうべを垂れたのでレギーナは礼儀を理解はしたが結びつく意味もわからず呆気にとられた。











 半時間後、オルガの棺桶(かんおけ)があるイソテナーから右腕を骨折したシードロブナ上級軍曹(S S)が出されるとカンカンになった彼がアサルトライフルを持ち出しM-8オルガを船上に探し始め、見かねたレギーナは部下6人がかりで彼を捕らえさせベッドに縛りつけさせた。



 レギーナはオルガがどこに隠れたのだと興味を持ったが機械人形1つにこだわるほど暇でないとワシントンのロシア大使館一等武官ニコラフ・チェレンコフへ電話を入れ手はずが順調か確かめた。



 だが国家安全保障局(N S A)のシギント──エシュロンの傍受を警戒し具体的な呼称は一切避け、隠語から現地のギャングを使った陽動が可能であると知ると満足をした。







 M-8オルガの姿は船橋(デッキ)後部の煙突頂部外周にあった。縁に腰掛けM-8オルガは大西洋の海原を見つめながら、レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐(PL)とワシントンのロシア大使館一等武官ニコラフ・チェレンコフの衛星携帯電話(イリジウム)回線を傍受していた。



 波長の短いイリジウムは傍受が難しいがイリジウム通信を中継する低軌道衛星のやや高い軌道にいる背後のロシア軍事偵察衛星衛星が受信し他のロシア軍事衛星を介し海上のコンテナ船に積まれた受信設備により把握していた。



 大佐(PL)は大都市でマリア・ガーランドという外部因子の護衛を陽動により引きがし、単独の外部因子を襲撃し拉致らちに及ぶという策略を立てていた。





"Полковник - это формальность."

(:大佐(PL)は手ぬるい)





"Я этого не делаю..."

(:われはそうしない────)





"...Потому что я знаю, почему она сражалась с 1000 солдатами."

(:────あいつが1000の兵士と戦った理由を知っているのだから)









 白兵戦戦闘オートマターは広大な海原を見つめ仮想した。









 自律とはあの水平線よりもきっと(・・・)広いだろう────。












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