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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #15
73/206

Part 15-1 Lady Misfortune 不幸女

N.S.A. New York Bureau, Federal Bureau of Investigation NYC, NY. 13:10

13:10 ニューヨーク州ニューヨーク市 連邦政府庁舎 国家安全保障局ニューヨーク支局


 内勤は気が楽でいい。まれに人間関係が難しいから嫌だというものもいる。



 そんなことはない。



 人間関係なんて慣れればルーチンの範疇はんちゅうだ。外に出るとイレギュラー続きで心臓が磨耗まもうする。特に今日などダニエル・キース即応課主任が局長とニュージャージーに出ているのでお気楽だ。仕事はファイル整理と電話番だけ。今年配属になったばかりのここの課の新人達は私がとても勤勉だと思っている。



 始末書製造マシーンの異名を持つヘレナ・フォーチュンはサブリングス局長が頑張るようにと去年の核爆弾テロの後日、この即応課に配属した事を正直(うら)んだ。だけど配属されて気づいた事が1つ。



 テロなんて早々ない。



 重大(Serious)事件( Incident)がなければ本部や各支局から回されるテロ事案の確認と書類整理が仕事となる。



 お気楽! と1日数回小声で口ずさむ。その合間に帰ってあれをしよう、これをしようと想像たくましく妄想にはげむ。



「今日も楽勝──」



 言った瞬間、彼女の目前の電話外線ランプが灯り着信音を鳴らし始めた。ヘレナは小さく咳払いをして受話器をとり上げ応対を始めた。



「はい、こちら国家安全保障局(NSA)NY支局即応課担当ヘレナ・フォーチュンです」



『ニューヨーク市警本部部長のマクラクラン・スーイットだ!』



 いきなり怒鳴りつけられ彼女は眉根を寄せた。



「どうなさいました?」



『ウィリアムストリート123の1ブロックで野獣(ビースト)が暴れ犠牲者が多数でている!』



 ビースト!? 動物園からの逃走動物なら園職員とあんた達が捕らえるのが仕事じゃないの?


けものでしたら動物園へ一報を入れた方が──」



『馬鹿もん!! 暴れとる野獣(ビースト)を見に行け! テロ級の野獣だ!!』



 テロ級のけもの? 彼女は笑いかけ我慢した。そんな動物がいたらサーカスにでも引き渡したらいい。



生憎あいにくと私どもは──」



『頼んだぞ! うちの警官からけっこう犠牲者が出てる!!』



 そう言うなりいきなり電話が切れた。



 切れる直前に電話先で数人が怒鳴りあう声が聞こえていた。



 仰々(ぎょうぎょう)しい。市警は去年のテロ以来、物事を大袈裟おうげさに言ってくる。今年になってテロだと出動した6回すべてがただの地域犯罪者が発砲をしていただけだった。内2度はただの強盗が居直り拳銃を撃っていた。



 まあ、様子を見に行くぐらいなら、とヘレナが思った矢先に向かいのデスクからメレディス・アップルトンが声をかけてきた。



「フォーチュン先輩、事件ですか? 事故ですか?」



 彼と隣席のヴェロニカ・ダーシーがノートPCから顔を上げ手を止めてじっと見つめる。すましてヘレナは新人達に答えた。



「事件と言えば事件ね」



 その返答に今年配属された2人が瞳を輝かせヘレナを見つめた。留守中の責任者の先輩は法務局へ出かけている。ここはできる(・・・)先輩をこの2人に見せないといけない。



「いいでしょう。現場を見に行きましょう。市警に最後に頼るべきはNSAだと知らしめるのも必要ですし」



 そう言ってヘレナはSIGーP226を取り出そうと引き出しを勢いよく開くと、引きすぎて引き出しが外れ横に中身すべてをぶちまけた。ヘレナは驚きの表情を見せる新人2人に笑顔を返しながら、右足で落ちているものを机の下に追い込みハンドガンを拾い上げスーツからさらに落とし物をした。



「先輩、所持火器は226だけで大丈夫ですか?」



 メレディスに問われ、彼女は一瞬考えた。



 去年の核爆弾テロの時はハンドガン1つという非力な武装で恐ろしい目にあった。今年はそのてつを踏んではいけない。私はできる女なのだから。







「アサルトライフルと沢山の弾薬を持っていきましょう!」











 ニューヨーク市警察緊急サービス部隊(ESU)は他の州でSWATと呼ばれる特殊武装戦術部隊の役割と緊急救難業務をこなす市警察職務とは個別の組織であり、重武装事件に対処するだけでなく災害救助も広範囲に行える技術と装備を持つ。市内に10のユニットを持つESUはそれぞれ地区ごとの受け持ちがあり、ウォール街のあるローワーマンハッタンを担当するのはESS#1分隊(スコードロン)だった。



 市警本部より緊急要請を受けたESS#1分隊(スコードロン)は、多数の死者を出している戦闘状態に2台のEーOne社製大型レスキュートラックと2台のレンコ工業社製ベアキャット、3台のキャデラックゲージレンジャー製ステップスルーパネルバンという非軍用装甲車輌でウィリアムストリートへ急行してきた。事態の重大さをかんがみ当日ESS#1分隊(スコードロン)に戦術指導に来ていたESU・Aチームも同行し25人の特殊戦術警官が現場南北へ臨場した。



 ウィリアムストリート南側ジョンストリートの交差する108番地に到着しベアキャットからM4A1を手に降り立ったAチームのケビン・アービー警部は顔を強ばらせた。交差点からウィリアムストリートへ向かって突っ込んでいる4台のポリスカー(PC)が縦に真っ二つに裂かれて左右に倒れており周囲に多数の制服警官(ブルースチール)が首から頭部を切られ明らかに絶命していた。反射的にケビンは携帯無線でESS#1分隊(スコードロン)2分隊に命じた。





"Everybody Keep Out ! William St. !! The suspect is cutting off a person's head in some way !!"

(:ウィリアムストリートに入るな! 容疑者は何らかの方法で人の首を跳ねている!)





 彼は即座に右腕を横に振り、同じ南側にたどり着き降車したたESS#1分隊(スコードロン)のもの達にビル陰に隠れる様に合図し、自身も角のディスカウント・ショップの柱に身を退しりぞき通りを覗き込んだ。彼は北側の交差点に近い右のビル前にいびつな大きなものを見つけうごめくそれが何なのだと眼を凝らした。



 乗用車ほどの大きなものが蜘蛛くもに見える事を理解できず、しかもその後尾がさそりの尾のようなもので三本もあり揺れ動いている。



 いきなりその車ほどの生き物がビルから後ずさると、前脚2本に腹をつらぬかれた男女2人が引きずりだされた。2人はまだ生きており激痛に顔をゆがめ前から突き抜いた怪物の爪を抜こうと懸命にもがいていた。だがそれでも蛇の様な頭が男性を、背中から伸びる百足むかでの頭が女性の頭部に喰らいついた。そうして首から上を失った遺体が鮮血を吹き出しながら左右に投げ出され人の頭だけを喰らった化け物は再びそのビルの一階店舗に頭部を突っ込んだ。



"Everybody load the carbine ! Shoot and kill creatures like cars on the east side of the street when giving a signal ! Check the creatures from the shield !"

(:全員、カービンを装填! 合図したら通り東側にいる車ほどの生き物を射撃し射殺する! 遮蔽物から生き物を確認しろ!)



 彼が無線で通達している時に脇からカービンを手にし覗き込んだ男女のESS#1分隊(スコードロン)隊員数人がそれぞれつぶやいた。



"Holy.....Bullshit !"

(:なんてこった──)



"Hell No !!"

(:ありえないわ──)



"Fuckin' !!!"

(:くそったれ!)



 即座に警部の周りでESU隊員らがカービンに装填している合間に通りから人の叫び声が聞こえアービー警部が壁角から見えている右目を強ばらせた。また腹をつらぬかれた女性が引きられ店から出てくると、怪物が後ずさりした店舗の前の隙間からスーツ姿の男性が警部の方へ向かい駆けだした。



 だが走れたのもつかの間、男性は顔を強ばらせ視線を下げ自分の腹を見つめた。



 白いカッターに急激に広がる真っ赤な血糊の中央に湾曲した赤紫の斑文のある腕よりも太い爪が突き出ていた。



 背中から化け物の尾の1つにつらぬかれ男はそれでも前に行こうと脚を繰り出すがその革靴がアスファルトを滑り後ろへ引きられそうして引き戻された男に後ろから百足むかでの頭が喰らいついた。



 店舗内に逃れられない生存者がいる。



 もはや猶予はなかった。だがAチームの教官はすでに倒されている制服警官らの周囲にベネリM4スーペル90、イサカ・ショットガンやM4A1が落ちておりその周囲に数え切れないほどの空の薬莢やっきょうが落ちている事も理解していた。







 5.56ミリでは効果がないのかもしれない。



 いつかはこんな日が来ると子供の頃から想像していた。



 手にする武器はあまりにも無力で────



 防ぐたてはあまりにもひ弱で────



 対峙するはこの世のものと思えない地獄の産物────



 どこまでも追ってくる地獄の使者────







"Listen, If you can't do damage to the creatures, run first if Thing come towards you."

(:全員、生き物にダメージがなく、そいつが向かって来たら迷わず逃げろ)



 そう無線通達した直後、彼は命じた。



"Open Fire !!!"

(:全員、撃てェ!!!)







 刹那、ウィリアムストリート134番地スマッシュ・バーガーにいるろくでもない(・・・・・・)客に向け、25人の怒れる男女がフルオートの銃器のトリガーを引き絞った。











 この世界をあとにした人々に素晴らしき祝福があらんことを。



 集められては運ばれてゆく遺骨を見送りながらマーサ・サブリングスは部下3人を連れてヘリへ戻るためにショッピングセンター駐車場を後にした。



 地獄のごとき焦土しょうどで警官、鑑識、消防士、みな陰鬱いんうつな面もちで死者を送りだしていた。



 多くの犠牲者を出したこの惨事にあの女指揮官が関わり阻止できなかったのはなぜ?



 核爆弾テロを食い止めたと信じて疑わないあの謎の特殊部隊がこの地獄を止められなかったのはなぜ?



 回収した分離核弾頭(MIRV)の1つが50口径ライフル弾で狙撃されていた事実から、エンパイヤステートビルのエレベーター機械室に開いた穴をみつけ辿たどり、4970ヤードという信じられない距離にあるOWTCビル屋上に見つけた幾つもの空薬莢(やっきょう)



 雪の吹き荒れる夜に2.8マイル(:約4545m)というとんでもない距離から数十発のライフル弾で厚いコンクリート壁を穿うがち針の穴を通すような狙撃を成し遂げる特殊部隊が阻止できない相手とはなに?



 一組織の限界を考えながら同時にマーサは若い合衆国が世界に対し挑み続けている原動力が、垣根を越えた協力体制であることを承知していた。



 セリー(:携帯電話のアメリカでの俗称)のバイブレータが震えメロディを奏で始めたのでマーサはスーツから取り出し発信相手の名を確かめるとNSAニューヨーク支局だったのでタップし耳に当てた。



「はい、マーサ・サブリングスです」



『即応課のジム・ローウェルです。支局長、実はヘレナ・フォーチュンが現場へ出ているみたいで』



 名前を聞いた瞬間マーサはあの問題児がと眉根をしかめた。



「現場? どこの何の現場?」



『それが、今し方ローカルテレビのニュースチャンネルで知ったのですが、複数の警官らがローワーマンハッタンで何ものかと交戦中で警察や市民に多数の被害が出ているんです。メモ帳の走り書きに同じウィリアムストリート123番地の名が──どうやらそこらしいのですが』



 多数の警官や市民の被害という言い回しに彼女は引っかかり、国家安全保障局(NSA)の職員が情報収集にローカルテレビのニュース番組をとマーサはいらついて問い返した。



「彼女のモバイルフォンに掛けてみたの?」



『鳴らしたら、彼女のデスク下に落ちていました』



 状況を高度に理解し迅速じんそくに対応する。それが非正規戦の鉄則だと彼女は思いだした。



「即応課全員、完全装備! その暴動の地区に出動! 現着し状況確認後、私に知らせなさい。無理な介入は禁じます。相手を見て動揺しないよう通達!」



『了解、マム』



 通話を切りセリーをポケットに戻しながら見えだしたヘリコプターへ駆けだした彼女は、部下3人が何も問わなかったのに走りついてくる事にわずかだが勇気をもらった。そうして思ったのは、あの女指揮官がきっと先にその暴動に首を差し入れてくるという予感。







 彼女はスーパー事務所のタイムラプスに映っていたクリーチャーを思い続け、ニューヨークで後手に回ればここと桁違いの被害者がでると確信した。



「私の権限で軍の特殊部隊を召集投入できるだろうか?」



 そうつぶやきマーサ・サブリングスは一旦いったんは長官であるサンドラ・クレンシーに持ちかけしかるべきルート──国防総省(ペンダント)を通しSOUを動かそうと思ったがとどめた。



 そうして陸空州軍の国内派兵を禁じている民警団法(/The Posse Comitatus Act:1878制定の連邦法)をかんがみ、その抜け道を考え陸戦に得意なデルタフォースを意識しながらヘリに乗り込み決意しセリーを握ると統合特殊作戦コマンド(JSOC)の直通番号をタップした。












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