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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #14
71/206

Part 14-4 Crush 激突

St.Peseta Monastery New River Northern Phoenix, AZ. Dec 4th 2009


2009年12月4日 アリゾナ州フェニックス北部ニューリバー (セント)ペセタ修道院



 その大きな修道院の4分の1は孤児院のためのエリアになっている。



 恵まれない子ども達に愛の手を。





──そんな事は嘘っぱち。





 面倒をみる子どもの数だけ州から助成金が降りる。修道院には70名あまりのシスターが居たが、子どもらも同じほどが暮らしていた。それぞれが問題を抱えた子ども。それを神がお救いになる。だが神の目は節穴だと来院初日に7歳の少女は思った。



 陰湿ないじめが口をあけた。



 それはただの通過儀礼。



 そう教えてくれたのも同じ孤児の女の子。



 新しい子が来れば、いじめる側に加われ救われる、と。



 だが少女にとって後の子を待つ通過という時間が永遠と等しかった。



 初日に少女の空の皿と器に食べ物を分け与えてくれたのは、セシリー・スウィニー。赤毛のお下げのあばた顔の1歳年上の子。





──名前や歳なんて教えてもらう前からわかっていた。





 少女が食後の休み時間に建物の外で暖かな日差しを浴びていると話しかけてきた。



「パトリシアかぁ、可愛い名前ね。私はセシルでいいわよ。あなたは?」



 そう言って彼女が壁際の芝生に並んで座り込んだ。



「パティ──ママがそう呼んでた」



「へぇ──ママを覚えてるんだ。私なんか3歳の時にはぐれた(・・・・)んで顔も知らないの」





──捨てられた(・・・・・)と認めたくないのも知っていたの。





「ここは新しい子にいつもこんな事をするの?」



 少女の問いにセシルがあばた顔で苦笑いした。その一瞬に彼女が思いだしたいじめに少女は鳥肌だった。セシルはトラウマの塊だった。孤児院を逃げだす事が自殺のへ一歩だと我慢し続けた。



「大丈夫よ。目立たない様にしてれば。みんなあきる(・・・)から」



──あきられる(・・・・・)のにセシルは1年半も堪えていたのを知っているの。



 少女は自分の特別な力を知られてはならないと思った。セシルがその赤毛の事だけで執拗ないじめにあってきた様にどんな事をされるか怖ろしく感じた。



「シスター達は止めに入らないの?」



「あの方々は良い人ばかりよ。みなに平等に接して下さるわ」



──それは本当だと知ってしまった。いじめた子もいじめられた子も水の入ったバケツを持たせて何時間も立たせる。



「大人しく暮らしていると、養子縁組みの話があったときにね真っ先に紹介されるから色々されても頭にこないことね」



──もらわれるために自分に嘘をつき続けるのかと驚いた。



 そんなにわたしは我慢強くない。自分がどこで爆発するか昨日知ってしまったと少女はギャングスタの末路を思いだしまた気持ちが悪くなりだした。壁に飛び散った血飛沫(しぶき)を頭から締め出した。



 建物の角から数人が歩いて来るのが見えて少女が顔を向けると、”転ぶほどお腹が空いているのか”と言ったおかっぱ髪の子を先頭に6人の子らが近づいて来る。セシルも気がつき少女に小声でアドバイスした。



「愛想よくしてなさい。あいつらあきる(・・・)から──」



 芝生に腰を下ろしている2人は子どもらに取り囲まれ見下ろされた。



「見かけないと思ったらこんなところで悪口を言い合っていたのね」



 おかっぱ髪の子が口元で微笑みながら青に焦げ茶の混じった虹彩で睨みつけた。



──名を知ってしまった。おかっぱ髪は自分を”ゾーイ・ジンデル()”と意識に付け加えていた。



「新人!──」



 セシルと少女が黙って見つめているとゾーイが目を細めた。



「あんたの事よ!」



 そう言ってゾーイが芝を深く蹴って少女に土を浴びせた。



「いいこと! 今日から私がゆるすまで、食事の4分の3をここにいる6人に差し出しなさい!」



 6人にセシルと自分は入っていないと少女は思った。





「食べ物のやり取りはいけないと規則で決まっているわ」





 少女がそう言い返した寸秒、ゾーイの顔がこわばってみにくい笑顔となった。



「じゃあ、あんたら規則違反だわ。来なさい! シスターのところに連れて行くから」



 少女がにらみ返していると横に座っていたセシルが無言で立ち上がった。少女が顔を巡らせるとセシル以外の子らからににらみ下ろされた。その顔に”お前はどうすんの?”と書いてあるようだった。









 午後の授業は教室に戻れなかった。セシルと少女は事務所前の廊下に両手にたくさん水の入ったバケツを持たされ立たされた。取り合ったシスターがいなくなると静かな廊下で少女は謝った。



「ごめんなさい。わたしがゾーイにあんな事を言ったから」



「いいのよ。シスターの前であなたが食事を盗られたと言い出さないかそっちの方がヒヤヒヤだったわ。言いだしたら皆、晩ご飯はなしで寝る時間まで反省させられるから」



──そう。以前に何人か食事を盗られたと言いだして食事を抜かれた事があったと少女は知ってしまった。



 急にセシルがボソリと尋ねた。



「ねぇ、パティ──皆、自己紹介してないのにどうしてあなた──ゾーイの名前を知っているの?」



「あぁ、授業中に他の子がゾーイに声をかけたのを覚えていたの」



 セシルがその後、黙ってしまった。その沈黙に少女は考えを覗き見るのが怖ろしく感じた。午前中に少女が受けた授業は静かで声を出していたのはシスターだけだったのを少女は思いだした。



──用心深く。誰にも知られてはならない。人の考えが自由に見れらて──人の頭に入り込めるなんて。



 3時間立たされて少女が教室に戻ると自分の席の横にたたずんだ。



 座る椅子がなくなっていた。



 涙なんて流さない。



 こいつらのせいで流すものか!



 晩ご飯の時間、セシルと少女は食事をせずに祈りの時間となった。今度は誰も2人に食事を分け与えてはくれなかった。皆、()に回るのが怖いのだと少女は全員の頭をのぞき込で知った。いいや、全員ではない。



 1人、ゾーイだけは別なことを考え続けていた。



 誰と誰をけしかけ、どんなことをすれば新人が泣いてゆるしをうか──。少女は自分が刃向かった(・・・・・)と名前の前に付けられているのを知ってしまった。



 その夜、少女は自分の使う寝室とベッドをシスターに教えられ、みなと同じ様に顔洗いを済ませ相部屋の寝室に戻った。まさかベッドを隠しはしないだろう。



 少女は12月の冷え込む夜をシーツ1枚で震え続け、それぞれがまどろみの中、毛布を誰が隠し、そうせよと誰が指図したかを探り当てた。









 朝になりみなが起きだし廊下で見た光景に少女は驚いた。



 別な寝室から出てくるゾーイにすれ違うみなが「おはようございます」と頭を下げていた。少女はゾーイの前を通らないと洗い場に行けず彼女を無視して通り過ぎようとした。その瞬間、そばにいた取り巻きに囲まれ前をふさがれた。少女が振り向くとわずかにあごを出しすましたゾーイが細目で見下ろしていた。



 震えた一夜が少女の意識に駆け上がった。



 刹那、みなが困惑する事が起きた。







 ゾーイ・ジンデルがいきなり床に両(ひざ)を落とすと少女にこうべを垂れ震えながらつぶやいた。



「おはようございます、パトリシア()







「小さすぎて聞こえない」



 少女がそう告げると困惑した取り巻きが後退り、床に座り込んだゾーイが廊下にいるみなの目にさらされた。



「おはようございます、パトリシア()!」



「おはようゾーイ」



 少女がそう返事をし洗い場へ歩き去る後方でおかっぱ髪の子は床につけた自分のこぶしにらみ据え噛んだ唇を震わしていた。



 朝食の時間、再三シスターに注意されてもみなささや声は止まなかった。誰もがスプーンを動かしパンを千切る合間に新人の少女を盗み見た。少女は昨日もらった分をセシルにそっと返し半分だけ口にした。セシルが困惑した面もちで少女を見つめたが、少女は微笑み返し何も言わなかった。









 授業中、1枚の小さなメモが机越しに渡されセシルと少女以外の子が目を落とした。



 注意しな! あいつは催眠術で操るぞ! 目を見たら操られるぞ!



 授業中の盗み見る視線に気がつき少女が瞳を流し向けると誰もが慌てて顔を逸らした。朝の出来事がそんなにショッキングだったかと少女はやり過ぎだったと反省した。だが一度も少女の方を見ようとしない子がいた。







 ゾーイ・ジンデルは握った鉛筆が折れそうなほど力を込め、新人のあのエメラルドの様な眼をつぶすプランを練り上げていた。











 ルームミラー越しに見えた追い越しをかけてくる車高の高いFWD(:4輪駆動車のアメリカでの一般的表現の1つ)が気になった。



 カエデス・コーニングはハンドルを操りながら周囲に警戒する視線を送っていたが、久しく感じていない気持ちの高ぶりを認識し続けた。



 助手席の床に転がった少女はとんでもない力を──能力を持っている。人の頭に入り込み操る事ができる。それは間違いないと彼はみずからが体感した信じられない出来事を思い返していた。



 こいつは俺様の頭に俺様の手で銃口を突きつけやがった。



 それがどんな方法でどんな理屈かはわからない。わからなくともこいつが人を思いのまま操れる事に違いはなかった。



 だがどうやったら、俺様がこいつを自由に差し向ける事が出来るだろうか?



 迂闊うかつに向かい合うとまた同じ様な事になる。自殺するつもりなど毛頭なかった。要は、こいつが俺様を操ろうという気にならなければよかった。どうやったら、俺様がこいつを自由に操れる? 考えろ。考えるんだカエデス・コーニング!



 窓越しのビッグタイアの轟音に彼が顔を向けると真横にFWDのマッドタイアが回転していた。ウインド枠のギリギリ上を見た瞬間、カエデスはハンドルを思いっきり左へ切った。



 FWDの助手席窓から振り下ろされていたハンドガンが振り上げられたのとPC(:パトロールカー)が張り出した前後の大きなタイアにぶつかったのが同時だった。



 大きな音と共に激しくふらついたのは車高の高いFWDだった。



 彼は一般車がなぜ撃とうとしてきたのだと顔を強ばらせ、ハンドルを左手1つで操りながら助手席へ右手を伸ばしショットガンのストックをつかんだ。そうして銃口を運転席横窓の縁に引っかけると引き金を引いた。爆轟と共にガラス窓が砕けほとんどが外へ飛び散り跳ね上がったバレルがカエデスのあごしたたかに打ちつけた。



 ふらついたレジャーヴィークルの助手席ドア下部とフェンダーに多数のダブルオーバックの鉛球が食い込み、同時にその横でふらついた警察車輌が右横の小型乗用車を弾き飛ばすとその車がスピンして後続の2台を巻き込んだ。



 カエデスは目眩が治まるとあごの痛みを我慢して、窓の下部にスライドを当てショットガンを押し切り、排莢はいきょうさせると窓枠から浮かし次弾を装填し顔から遠ざけもう一度トリガーを引き絞った。



 爆轟と共に今度はFWDのフェンダー前に全弾が食い込んだ。直後、レジャーヴィークルから撃ち返してきたサイクルレートの高い音に彼は目を丸くした。





 サブマシンガンで撃ってきやがった!











 高齢の運転をしてくれてる男がどこまでできるかという思いは杞憂きゆうだった。



 ローラ・ステージは借り上げた4輪駆動車がPCに追いついた瞬間、助手席の窓を下ろすと、右手にグロック18Cを握りしめ外に突き出し前輪に狙いを定め引き金を引こうとした。瞬間、横の警察車輌のルーフが勢いをつけて迫った。彼女が腕を上に逃がしたのとぶつかった轟音が同時だった。



 乗っている4輪駆動車はサス上げをして車高が高く大きく蛇行した。その直後、警察車輌のサイドガラスが弾け火炎が膨れるとドアに多数の金属音が食い込んだ甲高い音が車内に響いた。



 ふらついた警察車輌が巻き込んだ一般車がハンドルを切り損ね回転し後続の車にぶつかるのが見えた瞬間また警察車輌から発砲されフロントの横へ撃ち込まれた。



 ローラは窓から今一度腕を突き出すと斜め前に銃口を向けた。パトリシアが後部席かトランクに載せられている可能性があり近くなった後輪を狙うわけにはゆかずあえて遠い前輪タイアを狙い引き金を引き絞った。



 瞬間、フルオートでグロックがうな排莢はいきょう口から空薬莢(やっきょう)が多量に踊り出た。揺れる2台の車輌と片手撃ちが裏目に出てほとんどの銃弾がフェンダーからボンネットへ流れボディに穴を穿うがった。



 彼女は腕を引っ込め、素早く空になった弾倉を床に落とし抜くと予備のマガジンを押し込みマガジン底を手で叩き三度警察車輌へ狙いを定めた。





 その刹那、いきなり激しく前に突き出され銃を落としそうになり腕を引っ込め後ろを振り向いた。







 別な赤い4輪駆動車が猛然と彼女のレジャーヴィークルに突っ込んできた。











 仕事を時々休まさせられる。



 一年前に重要事件容疑者を逮捕してからは保安官事務所の誰もが彼女を持て余すようになった。



 皮肉屋の同僚先輩もあれ以来、表立ってからかってこなくなった。



 無理もない。1週間も新聞やニュース番組のクルーに追い回されたのだ。小さな保安官事務所がとんでもない騒ぎになった。



 そうして意味もなく強制的に休みを押しつけられる様になった。



 ボストン・ヘーバーリル地区保安官事務所の保安官補──アリシア・キアはいやみや侮蔑を受けるより辛いと感じ始めていた。



 度々の休みはなぜか持ち日数以上の有給休暇扱いにされているので文句も言い出せない。



 地元でする事もきて彼女はマサチューセッツ州ウースター郡の叔母を訪ねて来ていた。



 れない市道でナビゲーション便りに車を走らせていると、警告灯も電子音も使わず1台のクルーザー(:アメリカでのパトカーの俗語の1つ)に追い抜かれた。彼女がどんなPOPO(:アメリカでの制服警官の俗語の1つ)だと眼で追うと、猛然と走ってきた青いFWDに追い抜かれ事もあろうかそのレジャーヴィークルからハンドガンを握った腕が突き出された。



 警察車輌が襲われている!?



 いきなりクルーザーが青のFWDにぶつかると運転席の窓ガラスが砕けガンブラストが窓の横に膨れ上がった。直後右へ蛇行した警察車輌に一般車がぶつかられ、それが隣の車線で後続の2台とぶつかり合った。



 こいつ何やってるんだ!



 アリシアは車間をめ二度目の銃火がはっきりと見え青のレジャーヴィークル助手席からハンドガンが突き出された一瞬、彼女はアクセルを思いっきりベタ踏みした。寸秒車高上げした青のレジャーヴィークルの後部を激しく突き上げた。



 リアガラス越しに振り向いた助手席の搭乗者がハンドガンを握っているのがシルエットで見えていた。









 アリシア・キアは一度車を下げると勢いをつけもう一度激しく自分の4輪駆動車をぶつけたが、青のレジャーヴィークルと争っているクルーザーに自分が逮捕した猟奇殺人鬼が乗っているなどとはこの時思いもしなかった。












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