Part 14-3 Acoustic Camouflage 音響迷彩
Б-561 Казань Большая подводная лодка 885м ясен класса 7-я Дивизия Подводных Лодок 11-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), 1 морская миля до Срединно-Атлантический хребет Местное время 17:21 Среднее время по Гринвичу 18: 21
グリニッジ標準時18:21 現地時刻17:21 大西洋中央海嶺まで1海里 ロシア連邦海軍北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団一等大型潜水艦885Mヤーセン型Kー561カザン
「報告! 雷撃音沈黙。 しかし圧壊音確認しておりません」
アレクセイ・アレクサンドル・シリンスキー大佐は大西洋中央海嶺の目鼻先でカザンを微速航行の潜望鏡深度に上げ先行させたアクラ級2艦からの無線通信を待っていた。彼らの艦が18ノットで海域に到着するまでに多数の雷撃音報告をソナー担当のキリル・コチェルギン少尉から受けヴォルクとゲパードがS123を沈めたのみならずその混乱状態下でヤンキーのオハイオ級も沈めたのかと気持ちは高まった。
だが圧壊音を一度もソナーが拾っていない状況に大佐はアクラ級2艦がまだS123と、もしくはそこにオハイオ級を含めた敵と未だ腹の探り合いをしており、撃沈の無線報告を待つ意味を失いつつあった。
「キリル、セヴェロドヴィンスクは所定位置で警戒を続けているか?」
「同志大佐、セヴェロドヴィンスク──腹の下305(m)で方位、速度を当艦と維持」
セヴェロドヴィンスクは同じ885ヤーセン級の作戦随伴艦だった。カザンが無線待ちという無防備な状況の間、方位を同じにし深度をより下にとり潜む敵艦を索敵し続けていた。
シリンスキー大佐は十分に原潜指揮官の能力を持つ副長──エヴノ・ゴランヴィチ・ラジェンスキー中佐にわざと尋ねた。
「ラジェン副長、アクラ級2艦がS123ごときに手こずっているのはオハイオ級が加わり邪魔をしていると考えるか?」
6歳若いシベリア・ノヴォシビルスク出身のこの男は難問を投げかけても屈して答えに詰まった事が一度もなかった。
「いえ、艦長。それだけではないと思われます。ヴォルクとゲパード両艦の艦長は米・英海軍を何度も出し抜いた手練れです。その指揮下の2艦が結果を出せていないのは、第3の敵艦の存在が疑われます。この海域には過去シーウルフ級、ヴァージニア級、ヴァンガード級が航跡を残していますので、オハイオ級と組まれるとあの二艦長は手こずるでしょう」
今やヤーセン級改良型は能力でシーウルフもヴァージニアも凌駕している。この混乱に乗じてS123とオハイオ級に加わっている米か英の原潜に手痛いダメージを与えても艦隊指揮官は文句を言わないだろうと艦長シリンスキー大佐は考えた。
いいや、あの忌々しい連邦の裏切り者共のドイツ製通常型共々海底の藻屑にする絶好の機会かもしれん。
「発令所当直士官! 速度半速。トリム10で深度183(m)へ潜行。ソナー! 音響通信距離に入り次第セヴェロドヴィンスクのタルコフスキー大佐に連絡を入れろ。それとパッシブ聴音で3番目の敵を聞き洩らすな」
当直士官のドミトリー・グリエフ少尉補が声を張り上げ発令所全員に潜行指示を伝達し潜行士官や操縦士官、その他の担当員が次々に復誦しバラスト・タンクから船外へ空気が排出され始める。
「ダイヴ! ダイヴ! ダイヴ! 速度9、トリム10、深度183(m)へ」
当直士官が言い終えるとすぐにフラッド・ホールから水中に噴き出す空気の音が発令所へ響き出した。急速な潜行の場合、音が立つが水面に近い場合それは他艦から聴かれる心配はそれほど重要視されない。外洋の高い波が打ち合う海面の乱反射に位置測定が曖昧になるからだった。
問題は表層レイヤー下に入ってからだとシリンスキー大佐は意識した。
16ノットを下回る速度でヤーセン級は米攻撃型に見つかりはしない。10ノットを切っていると西側のどの様なソナーシステムにも察知される心配はなかった。
「艦長! タルコフスキー大佐へは何とお伝えしますか!?」
ソナーマンに問われ、彼は電子海図を見ながら答えた。
「S123と敵2艦を連携し沈める!」
Uー214の発令所でFASー3フランクアレイソナーとパッシブレンジングソナーが送りつける音の変化にヘッドフォンに最大限の注意を払うマカーフ・ポレジャエフ准尉は顔を強ばらせるしかない事に一気に脂汗が額に吹きだした。
メリーランドからの雷撃が多数のシュクバルの様な聞き慣れぬ雷撃走航音の後深海へと消え去り、なおかつまた二度の超高速魚雷の爆発後に追って来ていた2隻のアクラ級が突然沈黙した。
船体が破裂したのではない。
なのに申し合わせた様にあの鬼のような攻撃型原潜がなぜ追尾を止めたのだ!?
あのシュクバルのごとき雷走航音はどこの何という艦が放ったのだ!?
「マカーフ! ──マカーフ・ポレジャエフ准尉!」
声に気がつきヘッドフォンをしたままで振り向いた准尉はすぐ近くで呼びかけている艦長──アレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐の強ばった顔を見つめた。
「アクラ2艦はどうなった!? メリーランドは!? あの爆轟はアクラ級が撃沈されたのか!?」
「わかりません──わからないんです! 何発ものシュクバルが乱れ走りMk48四本が海底に落ちてゆき──アクラが沈黙しました!」
いつも落ち着き払い事態対処するギダスポフ中佐が困惑する表情に染まりゆくのを見つめ、マカーフ・ポレジャエフ准尉は己に冷静さを取り戻した。
アクラ級が追って来なくなったことだろうか? シュクバルと口にしたことだろうか? 自分の何が艦長を混乱させたのかと准尉は考え、ずれたヘッドフォンを耳に戻し聞こえてくる海のノイズ──そのありふれた音に意識の半分を振り向けた時だった。
ノイズが固まって偏向した。
それが一瞬で直後、自艦が揺さぶられ後流に──ウエーキに巻き込まれ上昇している向きが変えられて平穏が戻ってきた。
Uー214の艦橋を引っ掛ける様な直近で多量の海水をかき乱しながらNDC攻撃型原潜ディプスオルカは乗り越えサイドスラスターを噴かせ両舷のシュラウド・リニア・ジェットを偏向させターンすると一気に中央海嶺の峰を飛び越えた。
「艦長、危険な操艦指示でした」
副長ゴットハルト・ババツにそうたしなめられてダイアナ・イラスコ・ロリンズは顔も向けずに言い返した。
「あのものらに然るべき断罪の嵐がくる予告です」
そこまで言うとルナは戦術航海士へ顔を向けた。
「クリス! その1海里先の2艦のヤーセン級コースの直前に当艦ルートを設定」
戦術航海士クリスタル・ワイルズは驚いた顔になり問い返した。
「直──前にですかぁ──!?」
「ええ、そうです! 正面から存在を知らしめて鉄槌を振り下ろします!」
「艦長!!」
老齢の副長に怒鳴られ彼女はゆっくりと振り向き引き結んだ唇を震わせた。
「あなたが特殊部隊の一員で人を殺めた経歴があるとばかりに思っていました。ですが今のあなたは初めて人を殺したショックに鷲掴みになっている──」
そこで言葉を切りゴットハルト・ババツは見つめる女性の心に踏み込む決意を固めた。
「──ご自身で設計なすった非殺傷弾頭により120名余りを殺してしまった────御止しなさい」
ルナは元Uボートの元乗務員の顔を見つめ眉根をしかめ問い返した。
「違うと言うの!?」
ゴットハルト・ババツは向き合う超巨大複合企業の副社長を見つめやはりこの娘は若いと思った。それに複雑な状況を掌握できる眼を持ちながら純心だ。
いいや、純心ゆえ大空から見渡せる。
「エドガー! 2艦のアクラ級は中央海嶺の斜面に着床しておる──でしょう!?」
副長に問われコンソールから振り向いたソナーマン・チーフが驚いた声を返した。
「なっ──なんでわかったんだ!?」
「艦長、2艦は圧壊深度に落ちていません。機関回復しなくても17時間は生存可能です。だが予備浮力の低い両艦は自力浮上は望めません。あなたがどれだけ手腕を見せこの海戦を素早く治め、潜水艦救難艇を呼びつけるか──どうぞ艦長──次のご指示を」
そう言い副長はダイアナ・イラスコ・ロリンズに僅かにお辞儀をした。
唇を引き結び艦首へ急激に振り向き顎を引き睨みつけた英国王室の子女に追いついたプラチナブロンドの髪が膨れ上がり彼女は兵装担当カッサンドラ・アダーニへ命じた。
「キャス! ロシア海軍ヤーセン型2艦へ飽和攻撃の真髄が何か教えます! 魚雷対抗近接防衛兵器をアクティヴに!」
「全弾撃ち込むつもりで突っ込みます!」
メリーランドのソナー・ルームでロシア人のマルコワ・カバエワ・ジャニベコフはソスラン・ミーシャ・バクリン|大佐《KPR》に報告した話を振り返り困惑していた。
大佐からは気づいた子細な事でも報告せよと命じられている。
放ったMk48ADCAPが70ノット近くまで加速した直後、その進路上からVAー111ロケット魚雷の轟音にも似た多数の走航音が広がり魚雷すべてが迷走しながら海嶺の裾野に落ちていった。
その直後だ。水中輻射ノイズの何もない場所から2つの膨大なキャビテーションが広がりだしドップラーシフトに従い周波数が落ちた。
雷速322(㎞/h)を超えまだ加速するその大型VAー111もどきは2艦のアクラに確かに命中し爆轟が起きたが、圧壊した音は確認できなかった。
何かが起きている。
シーウルフかヴァージニア型が新たな武装とソナー欺瞞システムを持ってロシア艦艇を駆逐しに来たか!?
しかし本当に輻射ノイズしか聞こえていなかった。
静音などというレベルのものでなかった。
ポンプジェットのキャビテーションもセイルの切り分ける乱流一つ聴いていない。
それなのにいきなり水中にキャビテーションとロケット噴流が!
絶対に今までのロシア艦ともアメリカ艦とも違う何かがいる!
そいつは迷彩の様に水中輻射ノイズを纏い移動している。機関の静粛性、推進器の静音性にもまさり、その艦は既存の吸音タイル以上に音を吸い込み────彼は、はたと気づいた。
どんな技術革新も完璧ではない。
音は消せたとして放射熱はどうだ!?
航行すれば機関の出す熱を残しながら広げ拡散させ海水に投げだすしかない。
特殊な新型艦がAPIか原子力かはわからないが原子力ならはっきりとした温度分布の乱れを生む。
ロシア海軍一のソナーマン──イワンの地獄耳というまたの名を持つ──マルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉は乗るアメリカ艦にも当然、水中温度層を計測するプローブかセンサーがあることに気づいた。




