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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #14
69/206

Part 14-2 Evil Day 厄日

123 William St. Manhattan, NY. 13:07


13:07 ニューヨーク州マンハッタン ウィリアムストリート123番地



 ウィリアムストリートはニューヨーク・マンハッタン島南部のウォール街の北、南北に走るブロードウェイの2本東にあるビル街の裏通りだった。



 裏といっても北側への一方通行の車2台が並び走れる道幅と両側に歩道が沿う日中人の多い通りだ。ウォール街が近いからとホワイトカラーが多く歩くわけでもなく、一般の人達の流れが絶えない。



 ウィリアムストリート143番地で交差するフルトンストリートの東側から十数人の人々が交差点へ駆けてきてその半数が直進せずウィリアムストリートの南側へ曲がり走り込んできた。



 ウィリアムストリートを歩いている歩行者達の多くはそれに気がつき走り込んできた人々が尋常でない慌てぶりに足を止めたり振り向いた。その駆けてきた数人が大声で警告し、足を止めていた歩行者達が北側の交差点へ顔を向けた瞬間、それが突然のごとく現れた。





 八足の爪をアスファルトに滑らせ制動をかけ多数の人々が逃げる通りに向きを変えたのは昆虫だった。





 眼にした多数の人が理解できずに一瞬(たたず)んだのはその大きさがまるで違っておりバッファローなみのサイズで足は一組多く、人達が唖然となったのはその造形だった。頭部に突き出たのが昆虫のそれでなくまさに襲いかかろうとする口を開いたガラガラ蛇(サイドワインダー)で尾部にはさそりの様な前に振り下ろされた尖ったペットボトルサイズの赤黒い針が突き出る長い多節の尾を持っている。



 立ち止まっていた人達が顔を強ばらせ理解し逃げようとしたが、まったく間に合わなかった。十字路から駆けだしたそれ(・・)にまず一番近くにいたパーカーを着た黒人男性が頭から胸まで一気に噛み切られた。その鮮血が飛び散りまだ空中にある寸秒同じ様に頭から腹までを2人の男女が噛み切られ腸を撒き散らし腰から下がアスファルトに倒れ込んだ。



 その段階になって一斉に立ち止まった通行人の大人達が駆け始めたが、追う怪物の足の速さが尋常でなかった。



 最後尾の人々が五歩も足を繰り出せずに、横殴りの様に首から上が消し飛び開いた動脈から血潮を撒き散らし次々に倒れてゆく。



 交差点に近い左側にあるコンディトリ・カフェから出てきたジャンパー姿の若い男が目の前の道路にまさに倒れる遺体を眼にして左を振り向き目が合ったのが悪魔のような生き物で、その男性が慌てて後ずさろうとして閉じかかった自動ドアにぶつかり上から振り下ろされた針に刺され即死した。



 店内はその光景に騒然となり、店員と数人の客が自分のセリーや店の電話で911へコールし始め店の前を怪物が通り過ぎて行くのを見ていても誰もガラス壁に近寄ろうとはしなかった。



 ウィリアムストリートを南へ逃げる人々を次々に追いつき喰殺すその怪物にとってその通りはまさにえさ場だった。二本脚で逃げる(えさ)は極めて遅くまったく無抵抗で人を1人喰らうごとにそれ(・・)は身体を強化し外観の襲う機能を強化した。



 15人が殺された時にはそれの全脚は爪の付け根から赤黒い触手が数本伸びて絡める(えさ)を探し求め、背中からは人の胴体よりも横幅のある百足むかでの体が伸び始めており、さそりの尾は三つ叉に分岐しだしていた。







 フィービー・ジュディス・シールはこの界隈で違法薬物を売りさばいているギャングスタの1人だった。



 彼はウィリアムストリートの北側から通行人らが逃げて来るのを目にして眉根を寄せた。人垣の後ろ、頭越しに見えているその怪物を見て彼は呟いた。



「俺は今、コークをやってねーぞ!」



 その怪物が次々に人を殺しながら迫って来るのを目にして、彼は上着の内側、腰の後ろに右腕を差し入れベルトの内側に差していたベレッタ92SBを引き抜いた。そうして構えあげたハンドガンをその悪魔に適当に照準し引き金を引き始めた。



 1発、2発、3発──とすぐに7発撃ち込んだのにその悪魔が猛然と近づいてくる。



「やべぇ! こいつマジでやべぇ!!」



 フィービーは自分に言い聞かせるようにそう声にするなり、右横に路駐している白のピックアップの荷台に駆け上り、転がる様に飛び降りると目の前のスマッシュ・バーガーのガラス扉を割らんばかりの勢いで押し開き駆け込んだ。その直後、背後に止まっているピックアップが轟音と共にフロントを上に跳ねるとひっくり返った。



 唖然となり顔を向け見つめていた彼は驚いた表情の赤いポロシャツの店員に背後からたしなめられた。



「その様なものをお持ちでの入店はお断りいたします。警官を呼びますよ」



 ひっくり返ったトラックを見つめていたドラッグ・バイヤーは顔を振り向けると激しくうなづいて頼んだ。



「呼んでくれ──全署員呼んでくれ!」









 笑いが止まらない。



 愉快だと(えさ)を追い続けた。



 あの忌々しい銀色髪の女も黒装束(しょうぞく)の見えない兵士もここにはいない。



 逃げ延びると同時に最高のえさ場にたどり着いた。



 しかも喰らいられる知識はこの世界の(えさ)の有り様が芳醇ほうじゅんで多岐に及んでいる。



 やはり(えさ)己等おのれらを弱肉強食の頂点と傲慢ごうまんし武器に頼ることを都合よく棚上げする。



 瞬く間に逃げ惑う(えさ)を十数人喰らいさらにと迫ると1人逃げずに『ハンドガン』を向け刃向かう(えさ)を見つけた。



 精霊魔法障壁(マジック・ウォール)で飛んでくるブレットを弾く事など造作もない。だがあえて生身の体で受け堪え──堪えるほどもなく再生能力が上回り喰らった養分を損なわれた細胞の新構築に回した。



 この偉業に、恐れをなした武器手にする(えさ)はすぐ横の『ピックアップ』という移動手段に駆け上り逃げようとした。



 魔力を使わずとも我には造作もないのだとそれ(・・)は『ピックアップ』に体当たりし弾き返した。そうして顔を上げわずかに開いた逃げ惑う(えさ)どもの先に赤と青の点滅する光を放つ移動手段が現れたのを目にした。



 この地区の『警官』という役割の(えさ)のご到着だ。



 だが今やそれ(・・)は『警官』が如何いかがほどのものか十分に理解していた。







 ESU(:SWATのNYでの呼称)でも、そうだこの世界の言いまわしで例えるなら──赤子の手をひねるほど容易たやすい!









 連絡を受けたウィリアムストリートに南側から入り逃げてくる市民に電子音を鳴らしながらPC(:パトロールカー)を進めていたハンドルを握るダレル・ギボンズはフロントウインドの50ヤード先で白いピックアップトラックがひっくり返ったのを眼にし爆発物かと顔を強ばらせた。



 だが逆さまになったトラックの腹を乗り越えてきたものをさらに見て神を冒涜するスラングをつぶやき助手席の相棒に尋ねた。



「ジーザス──! なぁ──カート、ありゃあ何だ!?」



 問われたカーティス・ジェイコブスは通りにいるものが映画の撮影現場にある作り物に思えた。あんなおぞましい生き物は見たこともない。映画ですら見た覚えがなかった。



「何か知らんが──ベネリでの接近戦は御免こうむるぞ」



 同僚がそう言うのを決して本心ではないとダレルは思ったが、なら自分がと考えそれを否定した。



「降りたらトランクからカービンを出した方が良さそうだ。俺が車を歩速で進めてたてにする。俺のカービンも装填して助手席に放り込んでくれ」



 カーティスが了解したとスピードを落とした車から降りて後部に行くとオープナーで開いたトランクの蓋に姿が見えなくなった。すぐにダレルは運転しながらダッシュボード中央に掛かるスピーカーマイクをつかみ通話ボタンを握り込んだ。



「こちら23号、センターどうぞ──」



『こちらセンターです。現着ですか? 状況をどうぞ』



「通りで──123番地の辺りだ。通りに得体の知れない大きな生き物が暴れている。どうぞ──」



『生き物ですか? 容疑者の数と武装は? どうぞ──』



「武装は──容疑者と言えればだが、存在自体が武装だ。どうぞ──」



『はぁ? 意味を取りかねます。火器(FーArms)で武装しているのですか? どうぞ──』



「車をひっくり返したんだ! 応援に武装はカービンが必要だと報せてくれ」



 そこまで伝え助手席ドアが全開になりM4A1と弾倉6個が放り込まれカーティスが「装填済み!」と怒鳴りそのドアをバリケードに彼がカービンを構えシングルショットで3発撃つと猛然とフルオートで撃ち始めた。距離は40ヤード、決して遠すぎず、それでも怪物は倒れるどころか動きを止めず向かって進み来る。



 ハンドルを握るダレルが「冗談かよ!」とこぼしルームミラー越しに通りに入ってきた応援車輌2台を視認した瞬間、怪物の前に湾曲した青いスクリーンが広がると同僚の発砲音に合わせその表面に幾つもの波紋が生まれては消えだした。



 怪物がそのバリアの様な物ごと突き進むので慌ててダレル・ギボンズはPCを急停止させ、助手席のカービンをつかみ弾倉数個を運転席のシートに放り投げながら開いたドアの後ろに立ちセレクタをセーフからフルオートに切り替え構え振り上げた刹那、青いスクリーン越しの怪物を囲み二重の青白いネオンサインの様な模様と文字の入ったリングが浮かび上がった。



 いきなり怪物のバリア前に真っ白に発光する球体が生まれ、彼ら2人のニューヨーク市警本部警邏(けいら)車輌に3ヤードの長さのビームが飛来した須臾しゅゆ、事もあろうか車中央に火花が走り車体が左右に割れ倒れた。



 2人の警邏けいら巡査は無防備にそのこの世のものと思えない生き物に対峙するしかなくなり、それを見ていた後続のPCが逃げ来る群集を抜けた直後停止し同じ様にカービンを用意する間に、怪物は路駐車輌の陰に逃げ込み射撃を続けるダレル・ギボンズとカーティス・ジェイコブスに向け目の前のGMセダンを跳ね上げ飛ばし青いスクリーン前の発光球から2度ビームが走ると2台の応援車輌が真っ二つに裂けた。



 ひっくり返り降ってきたセダンに2人の警官らは慌てて逃げ退しりぞき障害物に使った日本製のハイブリッドが轟音と共に潰れそれでも射撃を続けると、青いバリア前の真っ白な発光体が波打つ様にうねりウニのごとく尖ったものに変化した。今度はそこから人の太ももほどの6条のビームが生身の警官らに襲いかかった。





 一瞬で6人の警官らが首を失いその場にくずれ落ちるのと通りの前後の交差点に2台ずつ駆けつけた警察車輌が急停止したのが同時だった。









 もはやその通り104番地から142番地までの1ブロックには人は立っていなかった。











 市警本部の指令センター(C2)にある911受令センターからの直通電話は繋がり放しで受けた緊急要請通報の内容を伝え続けていた。



 パトロール巡査の配備担当をしているクリスティーネ・トーヴェ・スヴェノニウスとヴィオレーヌ・アンジェル・ベスコンの2名の女性はそれぞれの卓にあるモニタをにらみ据えマウスを操作し地図上の車輌アイコンを次々に指定しては口の脇に突き出したヘッドセットのブームマイクにひっきりなしに指示を出し続けていた。



 すでにパトロールに出ている16台すべてを該当地区に回しその内6台と交信が途絶えていた。指令センター主任は状況が泥沼化してるのを見切ると地区担当の緊急出動部隊(ESU)センターへ自身で出動要請をかけた。受けた相手方の担当者からその暴徒容疑者の数と武装を問われ主任は怪物(クリーチャー)だとしか言えず、問い返され1体のクリーチャーだと声を荒げた。



 そう告げた彼は同じ電話を内線に切り替え市内監視課(CSD)へコールした。



『はい、CSD』



「ウィリアムストリート104番地から北へ1ブロックの通り状況をモニタしてるのか!?」



『お待ちください──』



 指令センター(C2)主任が苛々しながら待つと電話を受けた担当がとんでもないことを言いだした。



『あのぅ、通りで映画撮影を──あれって何かの作り物ですよね──』



 主任は呆れて怒鳴りつけた。



「そんなわけあるか! すでに回した6台のPCが現場で音信不通になってるんだ! 現着した連中はみなカービンを撃ち続けてる!」



 そう言い終わる前に背中を見せモニタに食いついてるヴィオレーヌが声を上げた。



「主任! さらに3台と交信取れません!」



 それを耳にして主任は市内監視課(CSD)の受けた職員へ怒鳴り付け加えた。



「映像を出動したESUに回せ! 最大級の武装と人員を必要すると伝えろ!」



 そう言い終わり受話器をたたきつけた主任へ今度はクリスティーネから聞きたくもない報告を受けた。







「現在、現着してるはずの12名の個別無線に応答がありません!」



 止めてくれと主任は思いながら彼女に問い返した。



「混線してないか!?」



「いえ! 無線はクリアです! 呼び掛け(コール)を続けますか!?」



 その問いに合わせる様にヴィオレーヌが彼に尋ねた。



「主任! パトロール配備担当課(PDD)が何人出すのだと聞いています! 34名までなら可能だと!」



「出せるだけ出せと伝えろ! ウィリアムストリートが戦場になってると言え!」



 厄日やくびだ──今日は定時で上がれない。



 絶対に深夜になる!









 主任は食べたばかりの昼食を吐き戻したくなりしゃがみこんでゴミ箱をつかみ前屈みになった。












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