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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #14
68/206

Part 14-1 Misery 凄惨(せいさん)

Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 13:07


13:07 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター



 フロント・キャノピー越しに見えてきたそれが、NSAニュージャージー支局から教えられたショッピングセンターだとすぐにわかった。周辺道路には警察車輌が多く駐車し警告灯を派手に点滅させていた。



 ならショッピングセンター駐車場へベル412EPIを下ろせるのかといえば、そこはまるで野焼きした牧草地の有り様で多くの警官や消防士がうろついている。



 旋回するヘリコプターがどちらへ向きを変えても下ろせないとわかるとマーサ・サブリングスはパイロットにショッピングセンター南にある干上がり湖底が見えている貯水池の空き地を降下場所に選んだ。



「局長、何が起きたんでしょうか?」



「酷い有り様ね」



 NY支局対テロ即応課課長ダニエル・キースに尋ねられても彼女に答えようがなかった。



 旋回するように降りてゆく機内副操縦士席から見える付近店舗や住宅の外にも数多くの人がいて、彼らに聞くほかないとマーサは思っていた。



 ヤヤワンダ州立公園で見た水蒸気爆発から彼女は肝を据えていたつもりだった。だが黒こげのショッピングセンター駐車場には百台近い焼け焦げた乗用車が見て取れ、ニュージャージー支局から教えられた通りだとすると、このショッピングセンターで多くの警官が何ものかに対応しようとし、救援や増援を求める無線がずっと続いていたことから、民間人も入れると犠牲者は数十人どころかもう一つ上の桁になりそうな事実に彼女は陰鬱になりそうだった。



 多量の土埃つちぼこりを舞い上げスキッドが地面を捉えかけた時、北側の木立から2人の制服警官が制帽をローターの風で飛ばされないように押さえ歩いて来るのが見えていた。



 マーサはコクピットのドアを開く前に黒のサングラスを掛けSG751SAPRーLBのスリングを首掛けしグリップを握り銃口を斜め下に向けヘリから下りた。



 同時にヘリから下りた4人を見回し、歩いてくる警官がダニエル・キースの方へ向きを変えたので彼女は苦笑いを押し殺した。



「失礼、どちらの方ですか?」



 キースに警官が尋ね横からマーサが身分証を提示しながら答えた。



「我々は国家安全保障局(NSA)のものです。現場責任者に取り次いで頂きたい」



 すぐに警官が胸のスピーカーマイクをつかみ問い合わせると署長の居場所を知らせてきた。



「ご案内します。あなたがリーダーですか?」



「何か不都合でも?」



「いえ、一番お若そうに見えたものですから」



 警官に先導され貯水池を北に歩き木々を抜けると、道1本を挟みショッピングセンター駐車場が見えた。その様々なものが焦げた匂いにマーサは鼻をひくつかせた。



「被疑者は?」



 黙々と歩く警官らにマーサが尋ねた。



「不明です。これだけのことをしたんです。単独犯ではないでしょう」



「生存者に目撃した人はいますか?」



「いえ、敷地内にいた民間人、警官全員が死亡してます」



 一番道路に近い駐車場の車を眼にしてマーサは思わず凝視してしまった。



 タイヤはなくなりホイールだけが残り、すべてのガラスもなくなり車内外が真っ黒にすすこけていた。形から割合最近の型のフォードのセダンだと判断したが、難燃材である内装もすべて燃え尽き金属のボディとフレームだけが残っている。ただガソリンを掛けてもここまでは焼けないだろうと思った。



 だがそれよりももっと奇異なことに彼女は驚いた。



 駐車場外部植えられた申し訳程度の木々がまったく焼けていない。



 十ヤードしか離れていない車輌すべてが丸焼けなのに木々がまったくダメージを受けていなかった。



「局長、あの地面」



 ダニエル・キースに教えられ、彼女は歩く先の地面を見てまた驚いた。



 アスファルトが波打っていた。



 視線を先へ左右へ向けると駐車場のアスファルトすべてが外周へ向かい波打っている。



 どうやったら、こんなに広いアスファルトが波打つんだろうか? 想像できることはただ一つ。駐車場奥の方から熱波が──恐ろしい温度の熱波が広がったとしか考えられなかった。



 焦げた車や、現場をなにやら探してまわる警官と消防士をかわし建物へ向かって行くと、彼らが何を探しているのかマーサはやっと理解した。担架に人骨を拾い上げていた。服も身のまわりの金属品を除いてすべて燃え切った人の位牌いはいそのもの。あまりにもの高温で焼かれ人骨が灰のようにもろくなっている。



 駐車場中心部へ近づくともっと凄惨せいさんだった。



 車が溶解しかかっていた。



 完全ではないにせよ、ボディの薄い部分が溶けて垂れ下がりそのまま冷えて固まっていた。



 そのボディを凝視しながらマーサはあるものを思いだした。



 ヤヤワンダ州立公園の草原に落ちていた暴動対処用の盾のようなもの。盾の周囲には小型のファンが連なり、ひっくり返すと湾曲し突き出した面が焼けただれカーボンのようになっていた。



 確証はないが、ここにもあの特殊部隊が来て何ものかと一戦交えているような気がした。



 尋常ならざるものと苦戦するあのプラチナブロンドの女指揮官。



 いいや、考えすぎだし早計だとマーサが視線を振り向けてまた驚いた。



 ショッピングセンターの建物外壁が明らかに溶けかかっていた。焦げたりすすけているだけでない。ステンレスやアルミの装飾品フレームまで溶解し垂れている。それなのにガラス一枚隔てた建物内部に熱の影響はなかったみたいだった。



 ガラスの内側に貼られているポスターやポップがそのままきれいに残っていた。



 案内する警官がショッピングセンターの建物正面玄関から入って行くのでマーサ達も付き従った。



 中に入り、マーサは目眩めまいを覚えた。



 床に倒れている遺体のどれもが首がないか、ひどい有様だった。急にララ・ヘンドリックスが駆けだし外へ出て行くと吐き戻す音が聞こえ、無理もないとマーサは思った。



 衣料品ショップでなく右手の食品ストアへ警官が歩いてゆく。その背中越しに見えてきた様相にまさにここが戦場だったと彼女は思った。



 野菜の冷蔵陳列棚の一部は倒壊し、散乱した食品の間、床のいたるところにカートリッジが落ちている。マーサはその一つを拾い上げ見ると7.62ミリ弾のものだった。



 一般的な警官達はSWATを含め7.62は使わない。彼らは街中では5.56で十分だとする。コラテラルダメージを低減させるためだった。



 落ちているカートリッジの範囲と方向を見て、彼女は軍隊のようなもの達が周囲いたるところから襲われ、応戦したように思えた。



 倒れている首なし遺体には貫通銃創がない。少なくとも戦いを繰り広げた軍隊が来たときにはこの食料品ストアには生存者が皆無だったのだと思えた。



 だが、SWAT隊員の遺体はあるものの軍人のものはまだ眼にしていない。



 何ものかを追い立てていた部隊は、普通の兵士ではなかったのだろう。犠牲を出さずに何ものかを狩ろうとしていた。



 それでもあまりにも民間人の遺体がむごたらしく多かった。それなのにいくつも首なしなのに肝心の頭部を1つも眼にしていない。



 マーサはもうこの段階で、人が何か異質なものと戦っていたのだと感じ始めていた。



 案内していた警官が、ストアで現場検証と遺留品回収をしている警察関係者に尋ね署長の居場所を聞くと、ストアの奥に向かった。そうして精肉と鮮魚売場の間のステンレスのドアを押し開けバックヤードへ入り、マーサ達はサングラスを外し暗い作業場へ入っていった。



 署長は数名の私服刑事と共に事務所にいた。



「何だね君らは?」



 振り向いた署長が尋ねると、案内してきた警官の1人が署長に国家安全保障局のもの達ですと告げても彼は驚いた表情を浮かべず、変わりに言い切られた。



「あんたらは、こいつを追いかけて来たんだな」



「何をですか?」



 マーサが尋ねると、署長は1台の小型液晶テレビを指差し、タイムプラスを操作している刑事に例のものを見せてやれと告げた。



 さかのぼり再生され始めた映像は店内の複数の防犯カメラがとらえた記録画像だった。



 陳列棚の端に見下ろす形で録画している記録がまず再生された。



 音はなく、しばらくマーサ達が見ていると、遠く棚の奥側で中年女性が横切るように駆け抜けそれを追い何か黒く大きなもの──牛よりも大きい何かが異様な速さで横切った。画面が不鮮明で何かわからない。あまりにも速く横切ったので形定かでなかった。



 また間があり、今度は画面のすぐ近くを大きなものが素早く横切った。眼にしたもののその輪郭が信じられずマーサは思わず巻き戻し、スローか静止画にしてくれと言いそうになった。



 ちょっと間があり、今度は陳列棚の上を巨大なものが乗り越えていった。



 マーサが苛々しだすと、いきなりカメラが切り替わり別な陳列棚通路の映像になった。その画面下にいきなり人が現れた。入り込んで来たのではない。通路にいきなり人が出現したので、マーサは直前に録画が停止していたのではと思った。だが奇異なことにその1人は相当に場違だった。黒いライダースーツのようなものを着て同色のフルフェイスヘルメットを被り背中にアリスパックを背負っている。明らかに買い物客ではない。そのものは棚の上を見上げながら陳列棚中央付近まで軽い駆け足で行くと右手頭上に視線を向け立ち止まった。



 そうして背中のアリスパックとの間に片腕を差し込んだ刹那それ(・・)が棚を越えて下りてきた。通路に立ちふさがるそれ(・・)を眼にしてマーサ・サブリングスは何の冗談なのだと苦笑いしてしまった。







 それ(・・)はタランチュラのような蜘蛛の体に百足むかでの半身が伸びていて、その周囲に節足の手か脚かわからないものが左右に広がってくねくねと動いていた。どう控えめにみても凶暴性の具現化だった。







 アリスパックを背負ったものが背中から右腕を抜くとソードオフが握られており、そのものが子どもでなければ向かい合う怪物は牛よりも大きいことになる。



 バレルを切り落とした極端に短いショットガンが振り向けられ2度跳ね上がり突進しかかったその怪物の脚や胴の一部が砕け散った。それでも怪物が突進しアリスパックのものはさらに左腕を背にまわし別なソードオフを引き抜き怪物へ向け連続し2発撃った。



 怪物は胴の一部をさらに撒き散らしバランスをくずし陳列棚へ倒れ込み棚が耐えきらずにくずれだし戦っているものはカメラアングルのギリギリ下に跳び後退った。



 だがそれだけ体組織を撒き散らしダメージを受けながら怪物は斜めになった棚から体を起こし、ショットガンを持った何ものかは画面の外へ逃げ、怪物は追いかけるように画面下へ突進し崩した逆側の陳列棚の角に激突しカメラを揺すりながら画角の外へと移動していった。



「この化け物は、いったい何なんですか!?」



 署長に問われマーサは答えに屈した。わかるわけがない。まるで映画に出てきそうなクリーチャーで作り物か合成の──CGにしか思えない。彼女は逆に署長に問い返した。



「あのクリーチャーはここショッピングセンター以外でも人を襲ったんですか?」



「ここ以外!? ここだけで勘弁してほしい! ここだけで民間人と警官合わせて117人が殺されたんだ。まだ遺体は出てきそうなのでもっと増える。増えますよ!」



 アリスパックを背負ったヘルメット姿の何ものかも黒いライダースーツのようなものを着ていた。もしかしたら、あのプラチナブロンドの私設部隊はヤヤワンダ州立公園からこのショッピングセンターへあのクリーチャーを追って来たのだろうか。



 だがどちらにせよ、警察の手に余る事案だとマーサは思った。警官達は今、このショッピングセンターを捜索していてクリーチャーと戦闘していない。ならクリーチャーはどこかへ逃げ、あの黒い戦闘服(バトルスーツ)を着ている特殊部隊もそれを追っているのだ。



「あのクリーチャーを見つけても決して撃ち殺そうなどとせず我々に報せて下さい。軍の──特殊部隊を手配します」



 マーサがそう告げると署長がさらに噛みついた。



「撃ち殺そうなんてするものか! 録画見ただろ! あれだけ体を撃たれても人に襲いかかっているんだ! SWAT隊員のカービンの空弾倉が幾つも転がっていて、空薬莢やっきょうで足の踏み場もないのに、あの怪物は人を襲い続けてる! 国家安全保障局がもっと早く動いていたら、こんなことにならずにすんだんだ!」



「見ての通り、あのクリーチャーは歩行型です。歩きまわれば人の眼に触れる。この地域の市民に警告し即座に通報するよう手はずをしてください。今の我々にできるのはそれだけです」



 振り向き事務所を出かかった彼女を刑事の1人が呼び止めた。



「必ずあれを倒してください。そのためなら何でもします」



「わかりました。全力で倒します」



 そう返事をしマーサがバックヤードへ歩きだすとすぐにダニエル・キースが気づいたことを説明した。



「局長、あの怪物と対峙していた人物が使っていたのは散弾でなくスラグ弾です。散弾ではあの至近距離でもあそこまで貫通しません。それを胴体に3発喰らってあれだけ動けるとなるとグリズリーよりも厄介な相手です」



「ダニー、あのクリーチャーがドラゴンのように炎を吐くと思う?」



 急に突飛なことを尋ねられ彼は一瞬返答に困った。



「まさか! 生き物が炎を吹いたりしないでしょう。局長、あの怪物が駐車場を焼いたと?」



「あんなものがいるだけで十分にイレギュラーなのよ。我々が驚く能力を持っていると用心しないと膨大な死傷者をだすことになるわ」







 マーサがそう告げた瞬間、バックヤードに並べられた商品を山積みにした台車へララ・ヘンドリックスがまたしても吐き戻した。












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