Part 13-5 Black-Magic 黒魔術
TAT(/Tactical ground Attack and Transport aircraft)-2 Humming-bird, Flying over NJ. 13:07
13:07 ニュージャージー州上空 戦術対地攻撃輸送機ハミングバード機内
ショッピングセンターから回収した中隊の憔悴感が半端でないとわかっていた。
何から話せば彼らが納得するかとマリア・ガーランドが思案していると、真っ先に尋ねてきたのは中隊を率いてあのベスに対応しようとした第2セルのロバート・バン・ローレンツだった。
「チーフ、我々に説明が──納得できる説明をして頂きたい。まず、あの怪物は生物兵器なのですか?」
あのクリーチャーを意識した瞬間、シルフィー・リッツアの知識が意識に溢れ出しマリーは寸秒呆然となった。
「あれは──」
言葉に詰まりカーゴルームの全員の視線が刺さるようだとマリーは思った。くそう! ありのまますべてを話したらそれだけで私はすべての信用を奪い取られる。彼女は破れかぶれでさもありな話を始めた。
「ロバートの言うとおりあれは生物兵器として研究されていたものが輸送中の事故により野放しになったもの」
すぐに半数以上の隊員から挙手が上がった。マリーは一番近いジェシカ・ミラーに視線を向け頷くと彼女が質問した。
「チーフ! あんな化けもん作っていたのはどこの軍ですか!? ぶっ潰してやりましょう!」
「調査中です」
素っ気なく答え次にマリーは第4セルのスナイパー──コーリーン・ジョイントへ顔を向け頷くと彼がぼそぼそと尋ねた。
「あれは、得体の知れない火器を──火炎放射器のようで火力がナパーム弾並みのいかれた火器を使っていました──最初は空から対地攻撃を受けてると思ったけどそうじゃない──あれ自身が青い光に守られ焔を自在に操っているのを──チーフ、貴女もです──何も背負ってないのにあんな爆炎を──」
あぁ! スナイパーの観察力を侮っていたとマリーは内心焦りだした。
「我がNDCラボが開発している新型兵器です。実用化の目処が立てば、超小型で携行でき凄まじい火炎力での制圧が可能になります」
マリーの説明にいきなりクリスチーナ(クリス)・ロスネスが問いかけた。
「チーフ! じゃあ、あの火炎地獄の退路となった青いトンネルもラボで開発しているんですか!? チーフはまるで手作業のように維持できる自信がないと!?」
精霊シルフの加護だと言ってあなたは信じてくれるの!? マリーは自分の中にあるルナの物理学や工学の知識を引っ掻き回してそれらしい答えを探した。
「ええ、コントロールの難しい電磁力場制御が必要なエネルギーシールドです。あれも開発している極秘のものの1つです」
説明直後に第1セルのガンファイター──ポーラ・ケースが鋭く突っ込んできた。
「チーフ、どうして生物兵器がうちのラボの研究技術を使いこなしているんですか? 変じゃないですか? まるであの化け物がうちのカリフォルニア・ラボの生物兵器みたいじゃないですか? ロバートとクリスが逃げてきた光のトンネルや我々を火炎から防いでいた青いドーム・スクリーンをあの怪物も使っていたんですよ!?」
「今は──今は話すわけにはゆきません。 この件には多くの極秘情報が──」
マリーが苦し紛れの説明をしていると巻き舌で絡んできた女がいた。
「少佐ぁ! あのバリアやぁ、テルミット・ナパームぅのことは極秘でも何でもいいやぁ。だぁがぁよう! この女はなにもんだぁ!? こいつぅ、地面から出てくるのを上空から見てたんだぜぇ! 黒く光るリングの中から出てきたこいつぅ!」
アン・プリストリが後部ランプ傍の内壁ベンチに座り状況を見つめている頭に布を巻いたシルフィー・リッツアを指さした。
「こいつぅ! エルフじゃん!」
どうしてアンが耳を隠したシルフィーをエルフと見切れるのだとマリーは驚いた。どうやって説明したらと困惑仕切っているマリーの背後でハイエルフが座席から立ち上がりアンを指差しながらマリーへエルフ語で怒鳴った。
「何で人に紛れた魔物がいる!? やはりお前、魔族の首領だったな! よくも天族の幻覚で我を愚弄して──」
その剣幕の途中で機首側にいたアン・プリストリの瞳が一瞬猫の眼のように縦長に尖った赤いものに変化し元の丸く青い虹彩に戻り、他の隊員達を掻き分け後部にずかずかと歩いて来ると、シルフィー・リッツアに飛びかかった。そのアンを巧みに受け流しランプドアへハイエルフが投げ飛ばすと、アンが内壁に走り寄りパネルを一枚はがしそこから電話帳半分ほどの何かを素早く取りだしたのをマリーは見ながら2人の喧嘩を止めようと躍起になり両腕を突き出していた。
「ハイエルフなぁんぞ──くせぇんだぁよ! 吹っ飛びやがれぇ!!」
そうアンが巻き舌で絡みながらコードを引き伸ばし床に据え置いたものにマリーは仰天した。
二脚を開いたクレイモア対人地雷の爆殺面がシルフィー・リッツアの方を向いていた。
アン・プリストリがコントローラーのセーフティーカバーを跳ね上げボタンを操作したのとマリーがクレイモアを蹴り飛ばしたのが同時だった。凄まじい爆発に片足を持っていかれたとマリーが思った瞬間、湾曲した蒼いスクリーンが彼女の前面に出現し、爆轟と共に飛び出した700個の鉄球が高速で弾き返されランプドアと後部天井を打ち抜いた。
刹那ランプドアが一瞬で空中に持っていかれ、吸い出されそうになったシルフィー・リッツアの右腕をマリーがつかんだのと同時に彼女の頭の巻き布が吸い飛ばされ、追うように彼女らの横を唖然とした表情のアン・プリストリが滑りながら破壊口へと持っていかれた。
マリア・ガーランドが自分も足をすくわれ開口部へ向け浮かび上がったその須臾、その破壊口の際に蒼いスクリーンが現れ、マリーとシルフィー、それにアンがぶつかり空中に止まった。
腕をつなぎ合わせた隊員達から3人が引き戻されると、霧散するようにスクリーンが消え失せカーゴルームの床に座り込んだマリーは両腕にハイエルフとアンの首をつかみながら部下達に見つめられ呆然としていた。
駄目だわ! 隠しきれるものじゃない!
「わかったわ。よくお聞きなさい。この人は見ての通りハイエルフ。この世界の住人じゃないし、今、あなた達が見たスクリーンは────」
「黒魔術よ!!」
「止めて下さい指揮官。奇術だなんて。どんな仕掛けかわからないが、いずれきちんと説明を頂きたい。我々は子供じゃないんですから」
ロバートがそう言いだしたものの、殆どのものの視線はシルフィー・リッツアの長く尖った耳に向けられていた。その中で熱心にマリーに尋ねてきたのが第5セルのマーガレット・パーシングだった。
「ねぇねぇ、チーフ──彼女、ほら、ファンタジー映画に出てくるエルフのコスプレイヤーですよね。耳、精巧な特殊メイキングぽい。どう見ても作り物に見えないんですけれど。ちょっと触らせて下さ──」
言いながらマーガレットが手を伸ばしてきたので、マリーはたしなめた。
「止めときなさい! 取れたらメイクするのに高いお金と時間がかかるから」
マリーにそう言われマーガレットは慌てて手を引いたがアン・プリストリがまたハイエルフにつかみかかろうとし、シルフィー・リッツアも腕を上げアンの手首をつかもうとするのでマリーは両腕を目一杯伸ばして2人を遠ざけた。
「この新顔はシルフィー・リッツア──我が社の新企画のマスコットキャラクターとして雇ったけど、アイルランド・ゲール語以外の言葉──英語は駄目だから」
その適当な説明にアンが喰ってかかった。
「嘘くせぇぞ少佐ぁ! こいつのどこがぁアイリッシュだぁ!」
マリーは我慢できずに押し殺した声でスターズNo1の問題児に警告しつかんでいる首への指を締めつけた。
「アン! 機外に放り出すわよ!」
アンが悪態をつけずに代わりに歯をぎりぎり言わせ始めると今度はエルフ語でシルフィーが好き勝手言い放った。
「おい、銀髪女! その邪眼の魔物を我に倒させろ!」
あまりにもハイエルフがじたばたするのでマリーは首をつかむ左手の指にも力を込め同じように押し殺したエルフ語で警告した。
「シルフィー! あなたも大人しくしなさい! でないとこの世界の地上に激突し恨みを果たせずに死ぬことになるから!」
それでも諦めない2人に特殊部隊指揮官は立ち上がると壊れ空中への大穴となったカーゴルーム後部へ彼女らを引き摺り縁に立たせ高速で流れる眼下の雲海をじっくり見せるとやっと大人しくなった。だがその背後で怒鳴り声が響いた。
「誰だ! 俺の機体を爆破した奴は!?」
その声がパイロットのヴィクトリア・ウェンズディ──ヴィッキーで彼女にアンが腹立ち紛れに言い放った。
「俺だぁ! Mー18使ったのはぁ! 悪ィかァ!?」
直後、飛んできた大型のモンキーレンチを顔面に受けアン・プリストリががっくりとうなだれると、シルフィー・リッツアが大声で笑いだしマリア・ガーランドは2人を床に放りだした。
そうして皆へ振り向き怒鳴った。
「あの逃げだしたクリーチャーを探し出し我々が倒さないといけない火急の事態にどいつもこいつも言いたい放題で!」
マリア・ガーランドが右手のひらを横上に突き出すとそこに人の頭部ほどの赤いフレアが立ち上がり揺らめき始め見ている多くのものから息を呑む音が溢れた。
その人垣の間から右腕が伸ばされ、床でまだ笑っているハイエルフを指さしマリーへ質問した。
「マリー! その人の頭の中、バリバリのファンタジーしてるんですけど! 精霊魔法とか、攻撃系魔法とか、爆炎術式っていったい何なんですか!?」
隊員達が左右に分かれ後ろに立つミュウ・エンメ・サロームがまだシルフィーを指さしていた。
マリーは自分の額を左手のひらで押さえるとぼそりと呟いた。
「ミュウ──あなたの勘違いよ──」
NDC本社ビルの最上階フロアにテニスコート八面分ほどもある情報収集分析部──作戦指揮室があり100名以上の情報担当員が世界中からの様々な情報からテロに関係すると思われるものをピックアップし精査していた。
その八角形のブースの1つのデスク上のインカムが呼び出し音を放ちすぐに近くの職員がヘッドセットを耳に当て通話ボタンを押しマイクロフォンに答えた。
「はい、作戦指揮室4課のステイシー・ジェイコブズです」
『マリア・ガーランドです。情報3課のGM(:課長)へ繋いで』
ステイシーは立ち上がり他の8角形のブースや並ぶデスクを見回し、ニコル・アルタウスの姿を見つけられないので同じ3課のアイラ・トゥワンに大声で尋ねた。
「アイラ! あなた達のボスはどこ!?」
すぐに衝立越しにブロンドのショートカットの若い女性が顔を覗かせ返事をした。
「シリウスと社外に出てまーす!」
ステイシーは肩をすくめ立ったままブースの衝立に手をつきインカムに返事を入れた。
「チーフ、ニコルは席を外しています」
『それじゃあ2課GMのエレナ・ケイツを』
指定され彼女は第2課のブースへ視線を向けると、丁度エレナ・ケイツが席を立ち上がり数冊のフォルダーを抱きかかえたところだった。
「エレナ・ケイツ! チーフから」
2課GMはフォルダーをデスクに放り出しインカムでなく受話器をつかみ上げ耳に当てると通話ボタンを押し込んだ。
「エレナ・ケイツです」
『エレナ、貴女が指揮して全員の作業を中断、怪物が暴れてるという情報を見つけ出し、その場所を確認後、私に報せて』
言われ一瞬エレナは眉根をしかめた。
「チーフ、クリーチャーですか? イベントか何かの出し物ですか?」
『本物の怪物! 人を襲い喰う化け物です!』
そこまで言われ、彼女は今日のチーフは少し神経質だと感じながらスターズが出撃しているニュージャージーの警察の動向をモニタしていた他の職員の言葉を思いだした。同じように人が食べられていると複数の警官の無線連絡が錯綜していたのだ。
「わかりました。その索敵範囲はどのようにしたら良いのですか?」
寸秒、間がありマリーが指示した。
『北米大陸を中心にヨーロッパ、およびアジア方面全域』
エレナは顔を強ばらせた。チーフの指示は北半球のほぼ全域を意味した広域だった。
「了解、これより全通信網の検閲を始めます」
通信が切れ受話器を戻すとエレナ・ケイツは一度深く息を吸い込み腹に力を込め全員に向け声を張り上げた。
「発令! チーフより指示が下りました!」
無線連絡の呼び出しを聞いた23号車の巡査カーティス・ジェイコブスは助手席でスピーカー・マイクをつかみ取ると返事をした。
「こちら23号車」
『ウィリアム・ストリート123番地で市民から通報。何者かが通行人を襲っています。至急現場へ急行してください。現在、他に3車が現場へ向かっています』
「了解した」
ウィリアム・ストリート123といえば現在地からほんの1ブロックしか離れていないファイナンシャル・ディストリクトの一角で南側にウォール街もある金融の中心地だった。
「カーティス、5分かからんぞ。用意しろ」
運転しているダレル・ギボンズがそう言うと、助手席の相棒は運転席との間からベネリM4スーペル90ショットガンを引き抜き、初弾を装填し言い放った。
「銃撃戦にならんことを祈ろう」
ウィリアム・ストリートは銀行や商店が連なる通りで、日中は歩行者も多く一刻も早く現着し危害を加えている犯罪者を捕らえる必要があった。
彼らニューヨーク市警本部のパトロール巡査は、金融街で人を襲っているのがただの犯罪者だと思っていた。
臨場(:現着すること)し驚愕する。




