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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #13
62/206

Part 13-1 Strong Indignation 痛憤

Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 12:58


12:58 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター



 振り向いた瞬間、眼の前に見えたのは、あの時に姉を喰い殺した左右に開く獰猛どうもうあご。その怨嗟えんさの対象にやっと追いつきながら、術式を詠唱えいしょうするどころかソードすら抜く余裕がなく、シルフィー・リッツアは狙われた顔を反らした一瞬に左肩に深くそのおぞましいものが食い込んだ。



 ほんの一瞬で左肩から腕を喰い千切られ、シルフィー・リッツアは痛覚神経を遮断しようとしたが、え難い激痛は関門を跳び抜け彼女は怨敵おんてきに押さえ込まれるように硬い地面に両(ひざ)を落とした。それでもハイエルフの意地でわずかなすきに高速詠唱(えいしょう)を成し遂げ異空間のスキャバードへ残った右腕を差し入れ隔絶されし証──ディスタント・テスティモニィのつかを握りしめた寸秒、化け物が4本の腕のひじを曲げふたたび頭部を喰らおうと顔を振り下ろしてきた。



 怨嗟えんさらせずここで一種族が尽きるのだと彼女は確信ともつかぬ覚悟を抱いた。



 左右に開いたあごの奥深くから赤黒い絶望が染め上げようとするのを茫然ぼうぜんと見つめた須臾しゅゆ────怪物の左顎あごが斜めに切れ飛び、シルフィー・リッツアの眼前に黒い影が急激に広がるのをおよがせた虹彩で追い続けた。





「動くなシルフィー! 動けばすぐに失血死する! お前が生きている間にコイツ(・・・)を倒す!」





 背中を向ける黒の戦闘服に身を包んだあの魔族の女兵士が白銀のショートヘアを振りわずかな流暢りゅうちょうなエルフ語でそう告げると跳び退いたベス(・・)を追いパールのような輝きを放つ短剣1つで挑んでゆく。



 どうしてこいつはベスとそんなものでやり合えるんだ?



 どうしてこいつは我の命を気に病むのだ?



 どうしてこいつは────。



 数え切れない疑問が意識に吹き上がり、それを追い上げてきた新たな感情にハイエルフは身体を震わせた。





 目前で人の女が────魔法など操れるはずのない白銀の女が、あいつ(・・・)へ迫り魔法陣(マジックサークル)も広げずにいきなり至近距離で乱れ打ちの連続爆炎を打ち込んでゆく。恐ろしく速い爆炎術式の連鎖となにもかもえぐりとる破壊の衝動。そのあまりもの美しさにシルフィー・リッツアは左肩の激痛すら一瞬忘れとりかれたように視線を向け続けた。







 これほど魔法を自在に操るものを一度も眼にしたことがなかった。











 いきなり地上際の空間に現界してきたものの顔を知っていた。



 もう少しで────あと少しでハイエルフ最高の戦士と慕われ敬われていたシルフィー・リッツアの全知識を奪い取ってしまええたのに!



 それ(・・)は切り落とされた左(あご)を急激に再生させながら跳びすさり追いついてこようとする白髪の(えさ)に間合いを取ろうとした。



 エルフから奪った知識にも、幾種類かの精霊から喰らい取った能力からも術式無しに──魔法陣(マジックサークル)を広げずに攻守いかなる魔法も操れる術はない。



 迫ってくる白髪の女が至近距離で──行使する自身すらをも巻き込むこんな狭い間合いで──いきなり連打のような爆炎を放ち始めた。怒号と爆膨の炎球は地面を穿うがち、周囲の空気すべてを吸い込むほどの暴力を放ち、それが消えぬ瞬時に瑠璃色の真っ青な魔法障壁(マジック・ウォール)を身にまとい突き抜けくるその女がさらに焼き尽くそうと向ける視線1つで倍の数の火球を生み出して投げつけてくる!



 全力で跳び退しりぞそれ(・・)は己を守る魔法障壁(マジック・ウォール)が赤紫に変わり始めていることに愕然となった。



 一発も直撃を受けていないのに、守るたてが悲鳴を上げていた。



 この世界の(えさ)から得た知識では、魔法など夢や空想の産物で、使えるものなどいないはずなのに──ハイエルフや精霊よりも厄介な術式使いがいる!



 これ以上追い込まれる前に、とそれ(・・)は決意した瞬間、異次元の通路──ことわりの道を背後に開こうと、再生の終わったあごで高速詠唱(えいしょう)を吐き出すと背後に三重の黒い魔法陣(マジックサークル)が広がり通路が開いた。



 そこへ飛び込もうとした刹那、あろうことか追いすがる女兵士が視線を異空間通路に振り向け、それ(・・)の背後の魔法陣(マジックサークル)が開いた回廊から火炎が噴き出した。



 もはや逃げるすべはひとつ。



 それ(・・)は皮膚を密にうろこ化し瞬時に最大限強化するとそに火炎に飛び込んだ。











 眼の前でシルフィーが怪物に左肩を喰い千切られた瞬間、怒りがまるで鉛玉のように内にあるのが意識できた。凝固して居座った形ある憤怒ふんどが何なのか、マリア・ガーランドは一瞬で理解する。



 自然の摂理──弱肉強食の頂点に人もエルフも立っていないことへの不愉快さ。



 鉛のしこりが溶解し煮えたぎる噴流となり胸の内に渦巻いた。



 たったの一撃で腕1つをなくす。



 あの一撃が頭を狙ったものだとわかっていた。



 顔を振り喰い千切ったエルフの腕を吐き捨て、頭を後ろに引くと今度こそ彼女の肩から上を狙ってくる。そのために2本の腕でシルフィーの右腕を、2本の腕でハイエルフ胴をつかみ放さないクリーチャー。



 間に合うかなんて考えてはいなかった。



 ただハイエルフの方へ猛然と駆け、辿たどり着いたと同時に振り回したファイティングナイフで見えた化け物の左(あご)たたき切った。



 願望がかなわないと一瞬で悟ったのか、それとも返した手に握るファイティングナイフを指を踊らさせ逆手に持ち、その切っ先で昆虫の顔面を突き刺そうと狙ったのを気づかれたか。マリア・ガーランドがさらに踏みだしたのと同時に怪物は数歩も跳び退いた。



 エルフが残された右腕を空中に差し込んでいるのが、素晴らしく美しいブロンドロングヘアーの片側に見えていた。



 またフェンリルのやいばを使うつもりか!?



 そんな物騒なものを居住地で使うな!!



 マリーはクリーチャーを追いかけシルフィーの横を通り過ぎた直後警告した。



「動くなシルフィー! 動けばすぐに失血死する! お前が生きている間にコイツ(・・・)を倒す!」



 そのわずかな間に、4本腕は2人から20ヤード(:約18m)も間合いを取っていた。



 その間合いが攻撃系術式を放つ危険性をはらんでいることにマリア・ガーランドは直感で気づき追いすがると怪物のいる場所の空気すべてをプラズマとして意識した。瞬間に十万度を超え第四の物性と化した空気が球形の爆炎になるとすぐにそれが拡散し薄れその後ろに逃げ延びたクリーチャーの姿が見え、女指揮官は駆けながら次のプラズマを先に生みだした。二つが三つとなり、四つ五つと連続して生みだし怒りが膨れ上がるように超高温の火球が連なり大きくなり続けた。それでもすべてから逃げ切る化け物をどうして捕らえられないのかと彼女は苛つき眉間にしわを刻み込んで追い続けた。



 十数個めの爆炎が薄れ始めた先の怪物の背後に二度目に眼にするそれが何なのか、マリーはヤヤワンダ州立公園でハイエルフが見せた技を思いだした。





 よそへ逃げるつもりだわ!





 顔を引きつらせ彼女が選んだのはクリーチャーの背後に現出しつつある異空間の回廊にありったけの火のエレメントをかき集めた。



 瞬間、戦艦の主砲が放つ火焔よりも大きな焔が三重の魔法陣(マジックサークル)から吹き出しその圧力に駆けている彼女の脚がすくわれようとしたのと同時に化け物はその焔に飛び込んだ。爆炎のエネルギーでいびつに曲がった魔法陣(マジックサークル)が弾けるように消え失せるとその場所にコンバットブーツの靴底を滑らせ立ち止まりマリア・ガーランドは魔法陣(マジックサークル)の流れ霧消する残渣ざんさを見つめ我に返えると背後に振り向きハイエルフの方へ駆け戻った。



 シルフィー・リッツアは己の流した大きな血溜まりに横たわり右手で喰い千切られた肩を押さえ少しでも出血を減らし死へ抗っていた。



 その流れ溜まった彼女の真っ赤な命に両(ひざ)を落としてエルフの手のひらの上からマリーは両手で大きな傷口を押さえ込んだ。



 駄目だわ! このままでは死んでしまう!!



 そう思った刹那、マリーは怪物に対処していたロバートら二小隊にドク──スージー・モネットがいるのを思いだしすぐに来るように精神リンクで命じようとし躊躇ちゅうちょした。怪物に動揺し、その上ハイエルフの存在を眼にしたらきっと大きく困惑するのがわかりきっていた。だったらどうするの!?







 その苦悩の表情をハイエルフは喘ぎながらわずかに開いた瞳で見ていた。



──なぜコイツは我を助けようとしているのだ!?



────半時間前にはあの野原で我の奥義に殺されると意識していたはずだった。



 この銀髪の女は本当に魔族の首領なのだろうか。



 いいや、それ以前に敵対するものなのかすら朧気おぼろげになりかかった意識でシルフィーは不確かに考え続けていた。そのかすみだした視界に光が──まるで深々と舞い降りてくる粉雪のような光が見えだし何なのだとまぶたに力を込めよく見ようとした。



 頬に舞い降りてきたものが銀の羽根だと気づき、自分の死にいたる深傷ふかでに両手を当て懸命に出血を止めようとする女の背にまばゆいばかりの白銀の────翼だと!? シルフィー・リッツアは震えだした瞳をおよがせ愕然となり見たものを受け入れ罪の意識に捕らわれてしまった。







 われは────天族にあだをなしてしまった。











 見たものがすべて。



 そう超民間軍事企業(ExPMC)特殊部隊のメンバー達は思い、それでもFNーSCARーHのストックを肩付けしナパーム弾をばら撒かれた様相の駐車場で爆炎の嵐が通り過ぎても、いたるところのアスファルトから立ち上る煙の合間にあの4本腕の怪物を探していた。あの爆炎の中ですら無事だったチーフが駆け戻り怪物に襲いかかられ片腕を失い倒れた何ものかの看護に当たっている光景に、その重傷者が駐車場に現出した方法が熱波による蜃気楼だと誰もが困惑し続けていた。



「ドク! 負傷者の救護を! 残り全員ドクの移動に合わせダイヤモンド陣形で全周警戒!」



 ロバート・バン・ローレンツの命令にみなが次々に返事を返し、半数が先行し移動し武力警戒態勢を取るとそこへスージー・モネットが駆けて、その間残りのものが即応射撃態勢につくローテーションで二百ヤードほど先にいるマリア・ガーランドの元へ急激に移動し続け一分半で大きく指揮官を取り囲み外へ警戒の視線と銃口を向けた。



 両(ひざ)を地面につき怪我人の手当てにある指揮官の向かいに駆け寄ったドクがまず眼にしておどろいたのは、その血溜まりの量だった。怪我人は控え目に見ても1ガロン(:約3.8L)を越す多量の出血をしており、このままでは患者(クランケ)が出血性ショックを起こすことを危惧し、彼女は背負うアリスパックを地面に下ろしながら輸血が必要なケースで用意しているのが水分とナトリウム、カリウムしか点滴できないリンゲルだけだと可能な手を考えた。



「チーフ! 手当てを私がやります!」



 この場で立たせた誰かから輸血するしか──そこまで考えスージーは開きかかったアリスパックのフラップの手を止めてしまった。





 患者の失ったはずの左腕が何の傷もなく肩に繋がっていた。だが左肩から破れた狩人の着る衣服のような薄革の上着が怪我が事実であったと物語っていた。





 ライフルスコープで見ていた状況で間違いなくこの患者(クランケ)は左上腕から切断する重傷を負ったはずだった。それよりもドクがさらにおどろいたのは患者クランケの耳だった。明らかに頂頭部よりも細く尖った両耳が伸びている。



 患者クランケの左肩から両手を離したマリア・ガーランドが外周警戒に当たるもの達を気にしながら顔を上げ唇に人差し指を当て小声でドクに命じた。



「スージー、耳を隠せるものを」



 慌ててスージーはアリスパックから低体温症のための折り畳まれた保温シートを取り出すとチーフに手渡した。マリーはそれを手早く縦長に折り返しシルフィーの両耳を隠すように頭の上からあごにかけ被せあご下で結びつけ固定した。その直後、患者(クランケ)まぶたを開き喋った言語にドクは困惑した。



 初めて耳にする言葉だった。



 ヨーロッパの色んな言語に明るい自分が皆目見当がつかないと驚いているとチーフが同じような言語で返事を返しコミュニケーションが取れているとドクには思えた。直後、チーフが手を貸しその患者(クランケ)が身体を起こすと意外と大柄なことに出血量が致命傷症とならずにすんだ理由を理解した。



 そのほおかむりをした患者(クランケ)がドクと背を向け歩哨に当たるもの達へ視線を巡らせドクに話しかけた。スージーが理解できずに眉根を寄せているとマリーが通訳した。



「駆けつけてくれたことへの礼と、あなた達が私の仲間なのかと──」



 途中でチーフがその患者(クランケ)に謎の言語で説明すると微かにそのものがうなづいた。





「ドク──シルフィーの耳のことはみなには言わないで」





 マリーが小声でそうスージー・モネットに命令というよりも頼んだ。ドクが問いたげな面もちでいるとにわかに突風が吹き始め、シルフィーと教えられた患者(クランケ)だったはずのものが仰ぎ見た。





 駐車場へ急激に降下してきた戦術攻撃輸送機ハミングバードが旋回し開いた後部ランプが見えてきて腕組みをし仁王立ちのアン・プリストリがマリーのそばにいるハイエルフをにらみつけていた。





 そのめる視線が尋常でないとマリア・ガーランドにはわかっていたが、怪物の逃げ延びた先がどこなのか、大西洋の状況はどうなのだとそれらの方が気がかりで仕方なかった。











 ビルの合間の細い路地で大きなごみ集積コンテナのふたを開き捨てられているものの中に、もしや売り物になりそうなものか食べ物がないかと見窄みすぼらしい衣服を重ね着したホームレスの男が上半身を乗り出し中身をまさぐっていた。



 突然横の空気が揺らぐと、ホームレスの男はその気配にコンテナから身体を引き抜き横を見つめた。その瞬間いきなり十ヤードほど先に真っ黒な三重の魔法陣(マジックサークル)が広がり火焔が噴き出しホームレスの男は驚き地面に座り込んだ。



 その炎に押し出されたように人の姿をかろうじて残す肉の塊がアスファルトに転がり落ちた。



 寸秒で黒い三重の輪が消え去ると、置き去りにされたその煙立ち上るかたまりが何なのかとホームレスの男は四つん這いでゆっくりと近づいた。



 ホームレスの男が手が届きそうな近くまで寄ると表面が魚のうろこのようなものにびっしりとおおわれたその塊が突然二つに割れ開くと、子どもの腕ほどの太さの触手が数本矢のように素早く飛び出しホームレスの男の顔と身体に巻きついた。



 その男がうめき暴れそのぬらぬらとした赤紫の触手を解こうともがいた。それでもずるずると割れたかたまりに引き寄せられると、いきなりその左右に割れていたものが男にのしかかり左右から無数の牙が伸び男の服や皮膚に食い込んだ。



 もがき痙攣するホームレスの男が徐々に細胞膜に包まれてゆくと靴を残しまゆの中に取り込まれた。



 取り込んだ(えさ)に急激に酸を吐き出しながら消化し始めると、それ(・・)は身体と体力を取り戻すためにさらに(えさ)を求めた。







 うろこの六ヶ所に突起物が膨れ盛り上がり、歪な音を立てながらかにの脚のような細長い触足を伸ばすとそれ(・・)は爪音を響かせ人通りの多い通りを目指した。










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