Part 12-5 Psycho Dive 憑依(ひょうい)
UMass Memorial Health Alliance Hospital Worcester County, Mass. 12:50
12:50 マサチューセッツ州ウースター郡 ユーマス・記念ヘルス・アライアンス病院
駆けつけた病院警備員に昏倒した責任者を任せローラ・ステージは通路を駆けだした。少女と一緒にガンケースに入ったカービン銃も無くなっているので、それも気がかりだったが、気持ちばかりが焦り、彼女は通路の角を曲がる都度に辺りを見回し意識を集中した。
パティ! パトリシア・クレウーザ!!
例え離れていても精神リンクの呼びかけに応じなかったことのない少女が返事を返さない。
時間が刻々と過ぎてゆく中で、嫌な考えが雪だるまのように膨れ上がってゆく。眼を離したのはほんの僅かな時間。人質となっていた看護士ヒルダが言っていたようにカエデス・コーニングが警察官の格好をしてるなら、自ずと次の行動が予測できた。
警察車輌が一番怪しい。新しい逃走車に使う可能性が極めて高かった。
だが例え警察官の格好でも少女1人を抱きかかえて行ったのならとても目立ったはずだ!
いいや! パティがあいつに拉致されたとする理由はなかった。病院の一室で気を失い倒れているのだわ。
「くそっ!」
希望を投げ捨てた刹那、悪態をつきFBI捜査で人質が取られた可能性のある時の奪回率が頭によぎった。
人質の70%は生きて帰らない。
初動でしくじれば、パティの命が危ない。
少女が拉致された前提で行動するんだ。そう決めたローラ・ステージは幾度目かの角を曲がると大きなエントランスの先に病院の一番大きな出入り口を見て、駐車してる車数台が眼に止まった。
カエデス・コーニングの行動原理は何だろう?
それを読み解かないと、追い詰めるどころか姿すら見ることはできないだろう。プロファイリングの知識を総動員しなきゃならない。
あの男は自分の願望のために連続して女性を掠い殺し皮膚を剥がした。誘拐した場所は日時は別として何れも日中だった。
しかも誘拐場所の殆どが人目につく場所なのだ。
奴は人目を恐れない。
大胆に犯罪を決行する。
そんな男が警察官の制服を着て警察車輌に乗ったら、こそこそと裏口から余所へ向かうだろうか?
面会室から連れ出されたカエデス・コーニングが部屋に駆け戻り怒鳴った言葉を思いだした。
『聞け! ローラ・ステージ! あの少女を生かしたまま剥いでやる! お前の目の前でだ!』
絶対的な自信が──己を疑わない意志の強さがあの男の行動原理なのだ。
連邦捜査局警部は病院から出ると北側にある大通りに面した大型駐車場へ駆けだし、多数ある車のルーフ越しにレミンスター警察車特有の薄型の警告灯の載った車を探し始めた。
PC(/パトロールカー)を駐車場に見つけるのは容易かった。
昔なら背の高い青の警告灯がルーフに搭載されていたが、昨今はどこの警察署や保安官事務所でも超薄型のフラッシュライトが載っている。この病院がある地区の警察車輌のカラーリングは知らなかったが、州警察車輌だから白字に青系のストライプか、白と黒、もしくは黒とスチールブルー(:灰に近い青系色)だろうと想定した。
むやみに駐車場を歩き回らず、少女を乗せた台車を車の通行の邪魔にならない場所に停め、黒の制服の腰に手を当て、いかにも警察官が巡視しているポーズでルーフ越しを見ていく。
しばらく眺めていると数十台並ぶ車の先に黒のLV(:レジャービークル.SUV)が見えた。ルーフに半透明の煙草カートンほどの厚みのものが載っている。
あれだと思い、カエデス・コーニングは台車を押し始めて振動以上に平台に載せたリネン袋が動くことに気づいた。
十分な量のフェノバルビタールナトリウムを打ったわけではなかった。袋に入れた少女が覚醒しかかっている。彼は騒ぎになる前にもう一度注射して静かにさせるか一瞬考えた。麻酔薬は限りがある、後々使う時のことを想定し残しておくべきだった。不意に台車を止め辺りを見回し袋の中間部を思いっきり蹴り上げた。
猿ぐつわをしているのでくぐもった呻き声が袋から聞こえてきて、さらにもう一度蹴りつけるとピクリとも動かなくなった。
そうして再び台車を押してゆく。
急がずに、慌てずに──あの連邦検察官のが院内で慌てふためいている隙に少女を連れ立ち去るつもりだった。
デベンズ連邦医療刑務所の面会室であのローラ・ステージがこの少女とまるで家族のように密接な関係でいることに気がつき、あの警部の前で少女の皮膚を捲ることを思いついた。
州を跨いだ事件を起こしたわけでもないのに地検に連邦捜査局がしゃしゃり出て、精神疾患による減刑を狙っていたのが、おじゃんになった。
お陰で、86年の懲役だ。
だがあの警部に意趣返しができると思うとゾクゾクしてくる。
カエデス・コーニングは溌剌とPC(:警察車輌)に歩き寄り、制服を奪ってきた警察官から取り上げたキーで助手席ドアを開錠しそのフロアに少女の足を折り曲げ押し込んだ。
そうして座席にガンケースから出したカービン銃を置き、もう一挺のショットガンをバレルを少女の身体に載せストックを背もたれ側に立て掛けた。
「ねぇオフィサー(:お巡りさん)!」
ギクリとして彼が車から身体を引き抜くと、背後に見知らぬ小太りの中年女性が立っていた。
「はぁ?」
彼が曖昧な返事を返すとまるでダムが決壊したようにその痘痕女が喚き始めた。
「聞いてよ! たった30分駐車場を使ったら、私の車ドアをぶつけられたのよ! たった30分も安全に停められないと病院受け付けに言いに行ったら病院は責任とれないの一点張りで! 誰か見た人がいないかと探していたら、ちょうどいいとこに警察官のあなたがいたの! 買ってまだ4ヵ月の新車よ! 犯人を見つけて頂戴! 警察の義務でしょ! 逃げ徳を許さないで! まだ30分なのよ!」
女が延々と繰り返しそうで彼がため息をつくと、女が喰ってかかった。
「ちょっと、なによその態度は! あなた市民に奉仕するのは義務なのよ! 法を守りなさいよ! 当て逃げを見つけなさいよ! 税金を無駄に──」
いきなり女が言いよどみ開いた口を動かさなくなった。
カエデスがホルスターから引き抜いたグロック19の銃口を女の額に向けていた。
小太りの女が叫び声を上げるよりも、素早く冷静に彼は引き金を引くと乾いた銃声と共に頬に浴びた返り血がカエデス・コーニングに恍惚感を呼び起こした。その寸秒、彼は己に起こったことに顔をひきつらせた。
そこの生活は眼が覚めてから、眠りにつけるまで苦痛しかなかった。
警察に保護されて、少女が市の福祉職員から連れて来られたのは訳ありの子供ばかりが暮らすセント・ペセタ修道院だった。
少女の父は博打と借金まみれ。母は重度の薬中で少女を産んだ。6歳の時まで家庭が形を保っていたのは奇跡のような状態続きだった。
ある日、借金の取り立てに来たギャングスタの連中と父が口論になりアパートで撃ち合いになった。
──なにもかも嘘なの。
金を返しやがれと口で言いながらギャングスタの連中が考えていたのは父の臓器を売って金にすること。
金をいつ返すと言いながら、次の言い逃れを半ダースも思い浮かべていた父。
撃ち合いが始まった時にソファにいる母は見ていながら何も考えていなかった。
ギャングスタの連中が臓器は1つよりも2つ、2つよりも新鮮で若いものが高いと考えながら、寝室に追い詰められた。
──それをすべて知っているの。
半時間後に駆けつけた警察官がベッドと壁の間で震えている少女を見つける。その民家を襲ったギャング数人は自分らで撃ち合い、最後の1人は自分の口に銃口を向け脳髄を撒き散らしていた。
怖かっただろうと抱き上げられ少女は泣きじゃくった。
──だけど、別なことを考えていたのを知っているの。
家に来た警察関係者の多くは、死人の数と比例する書類の山を意識し続け、現場検証の書類を誰に負わせるかばかりを考え、優しい言葉をかけ頬に触れ髪をなでながら、生き残った少女の引き取り人を探すことを面倒がり、誰に仕事を押しつけるかばかりを考えていた。
一晩、警察署のソファで寝かされ、その間に少女の身寄りがないとわかると翌朝市の福祉職員が現れた。
その年配の女性職員は、心配はなにもいらいと宣言し、住むところも、食べるものも、学校に行くことさえ叶うのだと得々と言い含めた。
──でもそんな風に考えていなかったのを知っているの。
また市の負担が増えると考え、親が犯罪で死んだようにこの娘も遅かれ早かれ同じ道を辿るんだと考えながらその修道院へハンドルを握っていた。
引き継いでくれたシスターは、必要なこと以外言わない寡黙な人だった。彼女は少女を見下ろし一瞥すると手を引いて、これから生活する場所を寝室から始まり教室まで最低限の言葉で押しつけた。
──それでも何を考えていたのか知っているの。
これは自分への試練なのだと引き取った子供に接していた。だらしない男女関係を続け身ごもった子を殺してから、その埋め合わせに他の子の世話をしていた。埋め合わせることで、贖罪になると信じていた。そうではないと気づきながら自分が信じていることに縋っていた。
教室に案内され、数十人の子供達に紹介された。
今日から皆さんと暮らすことになった──シスターは書類に目を落とし皆に名を告げた。そうして仲良く教え合って下さいとつけ加える。
少女は好奇の視線に晒された。
どんなやつだろう? 言うことは聞くのかな? パンやスープを分けてくれるかなぁ? だが半数は別なことを考えていた。
初めは挨拶代わりの儀式だった。小突かれたり、足をかけられ転ばされたり、髪を引っ張られたり、与えられたものを盗られたり、シャワー室で冷水を浴びせられたり。少女は初日に気持ちを引き締めた。
──あの力を使ってはならないの。
──昨日何があったか覚えているでしょ。
少女は昔のことをいつも今みたいに思う。今もこれが半覚醒であり、深層意識が自分を戒めていると知っていた。
ベッドと壁の間で身体強ばらせ震え願ったことを、今のごとく思い出していた。
「──お前らなんか銃口向け合って死ね!」
助手席フロアに転がされたリネン袋の中でパトリシア・クレウーザが舌打ちのように呟いた瞬間、カエデス・コーニングは握っているグロック19の銃口を自分の顳顬に持ち上げる右腕に驚愕の眼差しを向け、人差し指の引き金が引き込まれ始めるのを感じていながら──どうすることもできないでいた。




