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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #12
60/206

Part 12-4 Inert 不活性

Banker(/PEOC) White House, Washington D.C. 13:06


13:06 ワシントンDC ホワイトハウス バンカー(PEOC)



「PACー3が打ち損じた──」



 クライド・レディング国防長官のその言葉がみなの沈黙を永遠の長さに引き伸ばしたようだった。ホワイトハウス最下層の|大統領危機管理センター《PEOC》にいる半数のものが国防長官へ顔を向け、残りのもの達は壁面の大きな液晶パネルに映し出されている弾道ミサイルのコースとその現在位置で点滅する赤いシグナルに注目していた。



 点滅は連続した点灯に変わり、右肩に表示されていた着弾予想時刻はゼロになって微動だにしない。



 だが通称バンカーと呼ばれるホワイトハウス地下の要塞にいるもの達は何の地響きも音も感じなかった。バンカーが恐ろしく強固なのか。それともトライデント(Two)投射体(RV)の核爆発威力が過大評価されていたのか。



「レディング──どこに墜ちた!?」



 国防長官に問いかけたのはトニー・カーチス緊急事態管理局局長だった。その質問にレディング国防長官は片手を持ち上げ『待ってくれ』と声にださず唇だけを動かした。



「──わかった。至急その周囲半マイルに規制線を引き関係者以外近寄らせるな! いいか、弾頭が不活性(イナート)か緊急に調べさせろ。現場指揮官に最大限の権限を与えろ」



 受話器を下ろしたレディング国防長官はニック・バン・ベーカー大統領へ顔を向けると報告し始めた。



「閣下、撃墜し損ねた1発がラファイエット広場に着弾しました」



 ラファイエット広場といえばホワイトハウスから北へ道一本挟んだわずか200ヤード(:約183m)足らず先の独立戦争の貢献的外国人指導者の銅像が複数ある緑地だった。ザ・パレスのそんな至近距離に核弾頭を撃ち込まれたという威信を砕く行為にニック・バン・ベーカー大統領は青ざめ、彼が次こそ実弾だと困惑し切っているのがNSA長官には手に取るようにわかった。



 場所を聞いたサンドラ・クレンシーNSA長官は確信を抱いた。これは奪われた核を使った純然たるテロ行為だったが、プロパガンダや怨恨を晴らすためのものでない。オハイオ級戦略原潜を占拠したロシア人らの目的はだった1つ。





 莫大な金もしくはそれに類するものを手に入れることだ。





 物理的損害でなく、心理的損害(プレッシャー)を与えることの方が重要であり、全米の、それどころか自由に海洋移動の可能な戦略原潜ならNATO同盟国すべてにすら核弾頭を自由に行使できることで──歴史上類を見ない恐喝きょうかつができる。



 生ぬるい!



 世界中を核戦争の蟻地獄ありじごくに引きり込むと脅すだけで、どの国からでも湯水のように何かを奪い取れる。



 だが、と期待に胸膨らませる子供の瞳を輝かせるサンドラ・クランシーは考え、打ちひしがれる国家元帥に声をかけた。



「大統領、連中の要求してくるのは間違いなく金です。世界中の人類の生存権に銃口を向けて脅し取ろうとするのを指をくわえて言いなりになることはないんです──」



 言葉を切り、部屋にいるみなが耳目を集める中、若き合衆国国家安全保障局の代表者はとんでもないことを告げた。



「あのテロリストどもに雲の上を歩かせましょう」



 意味が分からぬと、ほとんどのものが眉根を寄せた。











 国防総省(DOD)のヘリポートから陸軍のブラックホークでラファイエット広場に五分で駆けつけた2人の海軍将校──ベネディクト・ブロウズ少佐(LCDR)とダン・メイヒュー中尉(LTJG)は戦略原潜搭載の弾道ミサイル・トライデント(TWO)に関してのスペシャリストだった。



 彼らは旋回するUHー60Lの左スライドドアの窓から見えてきた9.4エーカー(/acre:約157mx242m)の樹木の少ない緑地中央の芝生にできた直径約10ヤード(:約9m)、深さ6フィート(:約1.8m)ほどのクレーターを見つめ、周囲の状況を確認した。



 まだ現場に軍が到着しておらず、立ち入り規制してるのが制服警察官だけであり、EODS(:爆発物処理専門家)がいないことに一抹の不安を抱いたが、どのみちMk5投射体(RV)ーW88核弾頭のコード解除や一次爆縮用(プライマリー)の原爆に使われている合成爆薬の無効化はSWATや市警の爆発物処理者には無理な話だった。



「ダン、俺が解除コード処理をする。お前は起爆モードが何になってるか探れ」



「少佐、パネルが変形してないと良いですが」



「大気に焼かれてきたんだ。どのみちこじ開けなくてはならんさ」



 タッチダウン寸前にロックノブを引き左後方へドアをスライドさせ2人の海軍将校は工具類と起爆モジュール接続用機器を入れた黒のコンバットバッグを下げ芝生へ飛び降りた。そうして半屈みの姿勢で駆けローターブレードの回転半径から出てクレーターへ一直線に向かった。



 2人はクレーターを滑り下りると中央に土に斜めにめり込んで円錐えんすいの後部を2フィート(:約60cm)(さら)してる投射体(RV)の左右に陣取り、コンバットバッグのファスナーを開きメイヒュー中尉(LTJG)が工具パックを開いてボルスター付きトルクスドライバーとスパナを取り出し、ブロウズ少佐(LCDR)はパナソニック製MIL規格適合品の強固なラップトップPCを用意し始めた。



 中尉は投射体(RV)底面の四角いパネルを固定してる特殊スクリューを外しにかかり、8個で固定されている内のまず角の1つにトルクスドライバーの先端を差し込みハンドルの後端を左手のひらで押さえ込みスパナでボルスターを左回しに力をかけた。大気圏再突入で投射体(RV)のフェアリングは高温になるが、底部はそれほどでもなく指2本かけたレンチが最初は抵抗したが、それを過ぎるとすんなり回りだし、そこで止め他のものを緩めにかかる。



 そうやってすべて回る状態にしておいてパネルのマーキングがある場所から決められた順番通りに抜きにかかった。外す順番を誤ればパネルを開けるよりも速く起爆モードに切り替わり速爆し、地上で爆発するTNT換算300キロトンの水爆が直径245ヤード(:約224m)、深さ70フィート(:約21m)のクレーターを穿うがち、1/2マイル(:約805m)も離れた鉄筋コンクリート建造物までをも根刮ねこそぎ破壊する。



 メイヒュー中尉(LTJG)がレンチを外しハンドルを右手で回し浮かせたトルクススクリューを外しにかかり、ブロウズ少佐(LCDR)が声をかけた。



「間違うな。反時計回りに1、4、8、2、5、7、3、6だ」



了解(COPY)、ルテナントC(:少佐)、最後の1個はミスりません」



 少佐が鼻で笑ったのを聞き、メイヒュー中尉(LTJG)は手際よく次々に外しにかかった。ものの1分足らずですべてのスクリューを抜いた後、中尉は工具パックから2本のマイナスドライバーを取り出しそれをパネルの左右の辺に打ち込んだ。そうして交互にねじり倒すと、いきなりシリコンパッキンごとチタン合金のパネルが飛び上がり投射体(RV)の外へと滑り落ち2人とも顔を強ばらせた。



 内部があらわになり次の作業に入ったのはブロウズ少佐(LCDR)だった。



 分厚い断熱材を引き抜き、ウレタンの衝撃緩衝材をめくると投射体誘導モジュールと起爆制御モジュールのベークボードが見えた。LEDセグメントはすべて沈黙していたが、モジュールが停止しているわけではなかった。兵器として確実に作動するように回路は冗長性を持たされており、重複する回路全体の消費電力を抑えるために起爆モードにシフトするまでは低消費モードであるが、待機状態よりも高い活動率で起動していた。



 彼はラップトップに繋いだケーブルのUSBコネクタを起爆制御モジュールの端に並ぶ4つのソケットの右から2つ目に差し込んだ。そうして近くのデップスイッチを入れると通信プロトコルが確定しLEDのデジタルセグメントが一度全点灯し基底値の0表示に変わり、ラップトップの制御プログラムによりPCの液晶画面に通信確立の表示ウインドが開いた。



 ブロウズ少佐(LCDR)はすぐに16進数10桁の機能停止コードを入れようとして、起爆制御モジュール側のコードを見て眉根をしかめた。



「ダン、お前のラップトップを繋ぐ必要はないぞ」



 少佐に言われメイヒュー中尉(LTJG)はコンバットバッグから取りだしたラップトップを開きかけた手を止めた。







「起爆制御モジュールが不活性イナートコードに設定されている」







 彼が顔を上げると公園際の道路に5台のハンヴィが連なり停車し陸軍の兵士らが降車すると現場指揮官が3人の武装兵士を連れ足速に近づいて来た。











 国防総省(DOD)経由でホワイトハウス最下層のバンカー(POCE)に連絡が即座に入った。受けたのはザカリー・マクナマラ主席補佐官だった。



「──わかった。何か他に特異な点があればまた報せてくれたまえ」



 電話を切ると、顔を向けたマクナマラ主席補佐官を大統領と国家安全保障(NSA)長官、中央情報局(CIA)長官が見つめていた。



「大統領、着弾した弾道弾は不発でなく、不活性(イナート)に設定されていました。現在、迎撃された他の再突入体(VR)の捜索が行われています」



 強張った表情をベーカー大統領が緩めクレンシーNSA長官へ尋ねた。



「サンドラ、連中の意図が破壊でなく幸いだったが、次は爆破するだろうか?」



「ええ、ニック。連中はこれで本気と実力を示したんです。次は要求(Threaten)を突きつけてきます」



 大統領は助けを求めるような視線を若き安全保障局長官へからませた。



「テロリストらの狙いはなんなのだ」



「言ったように金ですよ。莫大ばくだいな金を要求してきます」



 クレンシーのその話にブライアン・コックスCIA長官が食いついた。



「10億、いいや100億ぐらい──か」



「いいえ、恐らくは5000億ドル」



 クレンシーの言った金額にレディング国防長官が声を荒げた。



「国防予算額じゃないか! なぜそう言い切れるんだ!?」



あいつら(・・・・)がロシア製核弾頭でなくアメリカ製のもので脅してきた理由です。ロシア艦隊の原潜乗組員だった彼らが容易に近づける自国の弾頭ミサイルを手段に選ばず、あえて守備の堅い我が国の攻撃兵器を手に入れて脅そうと考えた根底には脅し取る莫大な金額だけでなく、我が国に底知れない屈辱を与えるためです」



 クレンシーに説明に大統領が眼をおよがせていたが、コックスCIA長官が否定した。



「ありえん──そんな金額をどうやって受け取るつもりだ!?」



「それをあいつらは熟考じゅくこうしたんです。短絡的にスイス銀行の1つに振り込ませるようなことを要求しない。取引の匿名性を打ち出してしているのはすべてのスイス系銀行ではないが、多い。それを巧みに使うでしょう。ニック、あいつらが金をつかめると期待するにメリーランドの乗員すべてを救出し、あいつら(・・・・)の占拠を急襲するためにシールズを送り込むんです。そのためにも要求を受け入れ丸々言われる金額を振り込むんです」



「振り込むだと!? 5000億ドルだぞ! 国家予算の20パーセントなんだぞ!」



 上擦うわずった声でニック・バン・ベーカーは指摘すると、彼はボーイスカウトのような笑顔を見せるNSA長官の表情に気がつきそのにこやかなサンドラ・クレンシーがぼそりと説明した。







「数字だけの金額を──決して決算されない数字をつかませ雲の上を歩かせるんです」











 ────ショッピングセンターの駐車場で突如とつじょ魔空間から現出したハイエルフにマリア・ガーランドがエルフ語で怒鳴った。



"Silfy ! Fanacht sábháilte !!"


(:シルフィー! 気をつけて!!)



 スターズ指揮官へ一度視線を向け、シルフィー・リッツアが素早く逆側へ振り向いた刹那、4本腕のクリーチャーに飛びつかれ彼女の鼻先で左右に大きく開いた焦げ茶色のあごが凄まじい音を立て食らいついた。












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