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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #12
59/206

Part 12-3 Mirage 幻影

Б-461 Волк Большая подводная лодка 971 Аккра «Щука-Б» 24-я Дивизия Подводных Лодок 12-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), Середина Атлантики Местное время 17:06 Среднее время по Гринвичу 18: 06


グリニッジ標準時18:06 現地時刻17:06 大西洋中央 ロシア連邦海軍北方艦隊第12潜水艦戦隊第24潜水艦師団一等大型原子力潜水艦アクラ型Kー461ヴォルク



 艦尾方向舵上のポッドから引き伸ばしていた曳航ソナー(TASS)の巻き取り回収しつつMGKー540Skat3に集まる艦各所のソナー・データの広帯域(ブロードバンド)カラーグラフを流し見てチェックしながらアクラ級Kー461ヴォルクのソナーマン──ミロスラーフ少尉補はコンソールの上下モニターに分割して表示されている内の1つ、ピックアップされ自動解析される狭帯域(ナロー・バンド)移動追跡グラフ(M T G)が表示し続ける今や敵艦となったS1(シエラ・ワン)──S123カトソニスが先に右舷旋回し終わり逃げ始めたのを確実に追い続けていた。



「方位280、距離975(m)、シエラ・ワンなおも方位変更、方位290、距離1006(m)」



 潜水艦同士の戦闘では、最初にソナーで敵艦を発見し雷撃を行った艦が有利だが、原潜対通常動力型では遭遇戦で雌雄決しなかった場合、そうならなかった。



 魚雷のホーミングを有り余る動力と、対抗手段でくぐり抜けた原潜は確実に通常動力型を追い詰める。静音に多少優れた通常動力型に比べてもその艦のサイズ違いからくる搭載ハル・ソナーの大きさの差から、見つけだした獲物を見逃さず、しかも足の速さと持続力から雷撃に最高のポジションをつかみ取る。それから逃れる術がないのは海軍アカデミーの幾多のシュミレーションからでも明らかだった。



 それを知らぬはずはないとアクラ級ボルクの艦長スタルシノフ・S・エレメンコ大佐(KPR)はS123に乗り込んでいる元671RTM B448シチューカ・攻撃型原潜の乗組員らの行動を怪しんだ。



「マラート、S123の進路は中央海嶺(かいれい)を越えるか?」



 艦長に問われた潜行航海士は即座に海図台上でマークしているシエラ・ワンの現在位置から転身方位の進路線を引き直した。



「あと90秒で海嶺かいれいを越えます」



「ソナー、ゲパードの現在位置を」



 大佐(KPR)の要求にソナーマンのミロスラーフ少尉補は即答した。



「僚艦、方位120、距離670(m)、速度18で追従」



 海嶺かいれいの深度にもよるが、乗り越えたS123は反対の斜面を利用し、再度有利な攻撃ポジションを得ようとしているのは明白だった。逃げ切れないなら闘うしか道は残されていない。



 潜行深度ギリギリで下を取りやり過ごし、アクラが通り過ぎた後方、魚雷の信管作動距離まで隠れ雷撃してくる。それを逆手に取る場合、僚艦、ゲパードのユーリー・ヴィクトール・ブスターブ中佐は私の意図に気づくだろうか?



「S123が越える海嶺かいれいの深度は?」



「この辺りは隆起しています。最長部で深度488(m)」



 S123──214A型の公式作戦深度は400(m)余りだったが、トルコ海軍の同型艦が我が国の艦に逃れるようにその下488を超え潜行した記録があった。離叛りはんしたとはいえ、ロシア海軍の攻撃型原潜の乗組員らだ圧壊深度ギリギリまで艦を沈降させてゆく。



 古くともアクラ級を舐めるな!



海嶺かいれいを越えS123の下を取る! デッドスローダウン(:極微速前進)、メインタンク、前部タンク微音注水、潜舵10、ボウトリム(:艦首トリム)15! ソナー、潜行航海士、S123と斜面の間に割り込む! 壁面との距離をげんに!」



 艦長の指示に発令所(C R)当直士官が復誦ふくしょうし、緩やかに床が前方へ傾斜して始め、発令所(C R)の誰もが海嶺かいれいを舐めるように潜行してゆく自艦の船底を強く意識した。



「ソナー、ゲパードは!?」



「方位、距離変わらず。追従し潜行し始めました。深度152(m)上にいます」





 彼ら2艦の先、1005mを先行するカトソニスの通過する側方1219(m)に別なものが静かに待ち構えているとはアクラ級双方のソナーマンはこの時、気づいていなかった。











 米海軍の装備するAN/BQQー10ソナーシステムの概略をつかみ、4卓のコンソールに表示される左から動体追跡、帯域別検知、水上・水中艦・雷撃識別、海域環境測定の各分析を見て671RTM B448シチューカ(/ヴィクターⅢ)型タンボフのソナーシステムよりも使えるとマルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉(LT)は、オハイオ級メリーランドの照明を落としたソナー・ルームで熱中していた。



 まず自動で拾い上げるBBS(/Broadband Source:広帯域音)の音響積分データ──ソナー・音響データは時間の累積値とエリア・スイープの分布からピーク(:感)を見つけ、その音響特性を識別、それをNBS(/Narrowband Source:狭帯域音)別のソナーに割り振り中波帯から極低周波数帯までのいずれかで注視し追跡し続ける。



 対象との距離・方位のみならず、移動ベクトルを解析し設定値先の座標を吐き出し続け、同時にナローバンド・データから音紋を取り()の艦種をも即座に判定し右から2卓目のコンソールに表示され、蓄積情報から想定される移動能力、感知能力、兵装別攻撃エリアが示される。



 当たり前のように振る舞うロシア人のソナーマン──マルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉(LT)にメリーランドのベイクリック伍長(PO3)は今や熱を入れ説明に没頭していた。



 艦長が殺され暫定の艦長となった元副長(X.O.)のバートラム・パーネル少佐に命じられ、初めは胡散臭うさんくささからロシア人のソナーマンを小馬鹿にしてベイクリック伍長(PO3)は相手が片言で英語を理解できるので概略説明をしていただけだった。



 だが、途中、雷撃走航音と二度の爆轟を拾い上げ、何が起きてるのかと不安にさいなまれ、マルコワが状況をソナー・ルームの3人の米海軍ソナーマンに説明すると、ベイクリック伍長(PO3)は艦内だけでなく外も尋常でない状況にシステムの説明に本腰を入れ始めた。



 直後、ドイツ製214型が多量のキャビテーションを撒き散らし全力で海嶺かいれいの峰を越え現れ、追うように現れた2艦がアクラ級だと知りベイクリック伍長(PO3)は顔を強ばらせ慌ててトーキーをつかみ発令所(C R)へ報せた。



「ソナー()! 海嶺かいれいを越えて来た214を追いかけるシエラ(Two)(Three)感知! アクラ級です! 3艦とも海嶺かいれいの斜面に沿い急激に沈降中!」



『追跡しつつ戦術情報を上げ続けろ!』



 バートラム・パーネル少佐(LCDR)の指示にベイクリック伍長(PO3)の他2人もAN/BQQー10ソナーシステムの操作に取りかかり、その刹那ジャニベコフ少尉(LT)の告げた言葉に彼らはコンソールから顔を上げ見合わせた。



「アクラ級2艦を沈める!」









 発令所(C R)内はソナールームよりも緊迫していた。



 2発のトライデント弾道弾を打ち上げたばかりか、海域に入って来たのがアクラ級2艦でその意図がバートラム・パーネル少佐にはひしひしと覆い被さっていた。



「パーネル艦長、カトソニスを追うアクラ級2艦はカトソニスだけでなくメリーランドをも沈めに来たのだ。対処してもらおう」



 ドイツ製214から乗り込んで来たロシア海軍の艦長ソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)が極めて控えめにメリーランド艦長に命じた。



「対処するって──沈めろというのか!?」



 問い返した少佐は攻撃すれば、完全に戦争行為になってしまうと戸惑った。



「そうだ。カトソニスの露払つゆはらいの段取りをしてもらおう。時間はない。躊躇ちゅうちょすれば彼らは全力で我々を沈めにかかるぞ。Mk(マーク)48ADCAPを4本、各2本ずつ使いたまえ。アクラ級艦長はデコイとジャマーを使いそれぞれ左右に分かれ回避機動をする」



『ソナールーム、シエラ1(214型カトソニス)深度396m! シエラ2、3──シエラ1を追い抜き深度427!』



「さあ! パーネル艦長!」



 一瞬の間があり、パーネル艦長は決意した。



「兵装士官──1番から4番にMk48を装填──諸元値シエラ2、3の音紋とトラックコースを! 回避機動に沿い有線誘導! 終末誘導をヘリカルにしろ!」



 告げた指示を復誦ふくしょうする兵装士官の声を聞きながら、彼はアメリカ原潜で初の敵対潜水艦を沈めることになおも葛藤かっとうしたが、魚雷室とソナールームからの報告についに本気になった。



『魚雷室、1番から4番、Mk48ADCAP装填! ホーミングビーム諸元受け取りました!』



『ソナールーム、シエラ2、3、雷管前扉(らいかんぜんと)解放音()!』



 アクラ2艦が魚雷発射管を開いた事実にパーネル艦長はすぐに当直士官へ命じた。









「1から4番管! 前扉ぜんと開け! 撃て!」









 SSBN738オハイオ級メリーランドのハル中間部左右から次々と19フィート(:約5.8m)もの長さのトッピードが圧搾あっさく海水により射出されると、内燃機関のもたらす急激な力によりポンプジェットから凄まじく水流を吹き出し雷速55ノット(:約102km/h)へ急激に加速し通信ワイヤーを引き伸ばしながら激進し始め、標的の深度へと4発のモド7は頭部を下げ暗闇へと淡いキャビテーションをきながら溶け込んだ。











 MGKー540Skat3統合ソナーシステムの上段モニターに表示されるブロード()バンド広()帯域ソナ()ー・カラーグラフに突如とつじょ反転表示されたピークが出現し、その音源をナローバンド狭帯域(N B S)が受け取り音紋からアメリカ製魚雷Mk48と種別表示された瞬間、アクラ級Kー461ヴォルクのソナーマン──ミロスラーフ少尉補は振り向いて発令所(C R)で怒鳴った。



「トッピード! 米軍Mk48が4! 方位、80! 距離1219(m)、雷速89(km/h)!」



 S123の追撃に執心しゅうしんしていたスタルシノフ・S・エレメンコ大佐(KPR)は顔を強ばらせ振り向いた。魚雷が追い抜いたS123へ向けられたものでないと直感が彼へ警告していた。その艦長に海図台で速算した潜行航海士が到達時間を告げ始めた。



「到達まで42秒、41、40──」



 襲ってくる魚雷がどこからであれ、あまりに対処余裕がないとエレメンコ大佐(KPR)は指示を飛ばした。



「FTC(:疑似気泡発生器カウンターメジャー)を2本放出! さらに10秒後2本出せ! 最大降下トリム! ハードポート(:左舵一杯)! 最大戦速!」



 命じられ潜行航海士が大声で警告した。



「艦長! それでは海嶺かいれい斜面に接触します!」



「ギリギリを回頭し水圧で落石を落とす!」



「34(秒)、33、32──」



 急激な潜行と回頭で艦内の補強材と複殻式の内殻に大きな応力が加わり激しいきしみを艦内に響かせ、1度目の魚雷欺瞞(ぎまん)装置が排出されたバブルカーテンを広げる下に左へ急激に回頭しながら潜行してゆくヴォルクの発令所(C R)にソナーマンの悲痛な声が上がった。



「雷音ロスト!」



 強張った目で音響スペクトラムにあるはずの雷音のピークがなぜこの距離でロストするのだと探すミロスラーフ少尉補ともう1人のソナーマンの視線が複数のモニターにおよぎ、いきなりそのスクリュウのキャビテーションを捉え、そこにさらに複数の別なキャビテーションを見つけ彼らは幻影を見ているのかと混乱した。



「なっ!? 雷音再び感知! ですが、それ以外に671(m)に複数の雷音──!?」





 彼らソナーマンが初めて耳にするその音は、既存の魚雷の音とは明確に異なる未知の航跡音だった。











「メリーランドからの雷撃4、接近! 距離1600(:約488m)、1500、1400──」



 ディプスオルカの指揮所で3DCCT(:三次元作戦電子海図台)をにらみ据える戦術航海士クリスタル・ワイルズの眼がレーザーホログラムの立体海図に赤く伸びる航跡先端の数値を読み続けていた。彼女は上司であるダイアナ・イラスコ・ロリンズ──ルナやこの艦の能力を信じていたが、魚雷の侵攻線上に自分の乗る船がいることで冷や汗を浮かべてともすれば読み上げる声が震えそうになるのをこらえていた。



 搭載されるすべての機器類は厳格にテストされたものでも(:魚雷対抗近接防衛兵器(T C I W S)が諸元通りに機能しなければ、複数の魚雷にディプスオルカはひとたまりもなかった。



「1300、1200──」



 爆発物の直撃コース上に割って入らせたルナ艦長の意図は明白だった。ロシア海軍艦とメリーランド、U214の間でたてとなり互いの火力を削ぎ落とし、全艦の機能を奪う。クリスがそう意識したその時、兵装担当(Weapon)カッサンドラ・アダーニ──キャスが声を上げた。



「TCIWS魚雷感知! 右舷迎撃モードへシフト!」



 その刹那、ディプスオルカのセイル前後のハル側面に16枚の15インチ(:約38cm)角の連なる扉が開くと、凄まじい勢いで前方から順に3フィート(:約91cm)のミサイルが射出されそれぞれが先端から多量のキャビテーションを吹き出しサステーナがわずか30ヤードで100ノット(:約204km/h)に乗せ、そこからさらに加速し続け50ヤードで200ノットを越えてなお加速しながらキャビテーション越しにレーザー・コーンを広げ索敵さくてきし後部噴射口のノズルの方向修正を加え続けた。



 暗闇の前方から迫る4本のMk48を見つけだすと、その1本ずつに4発の迎撃ミサイルが激突し魚雷弾頭を質量エネルギーで粉砕し、迷走する4本の魚雷はそのまま海底へと螺旋らせんを描きながら沈んでいった。





「全魚雷機能停止! 迎撃終了! TCIWS待機索敵(さくてき)モードにシフト!」



 そうキャスが報告した直後、ルナが声高に新たに命じた。



非殺傷弾頭(N L W H)ミサイル1番、2番それぞれをアクラ級にロック。ゲート解放! 艦首右舷サイドスラスタ全開! 右舷シュラウド・リニア・ジェット前進全開! 左舷シュラウド・リニア・ジェット後退全開!」



 急激な超信水旋回でその場の回頭をしてゆく艦内にいるすべての乗組員が何かにしがみつき脚をすくわれたり、何かにぶつかるのをえ5秒弱で巨大な艦が90度回頭し、逆転させた推力でその挙動を押さえ込み揺れが収まると指揮所でルナが声を上げた。







「1番、2番、雷撃! 撃てェ!」







 その射撃命令にキャスは兵装コンソールのタッチスクリーン・キーボードに指を走らせタップした刹那、ディプスオルカの艦首後方側面から27インチ(:約69cm)径のミサイル2発が焔を広げ飛びだした。



 その爆轟が指揮所に広がる中、命令を下したNDC副社長ルナは新たなロシア海軍原潜2艦──ヤーセン型が襲いかかることを意識し対処を決意していたが、北と西からロシア海軍とアメリカ海軍の艦隊が近づきつつあることまでは知らなかった。











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