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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #11
55/206

Part 11-4 Attack target 攻撃対象

Российское судно зарегистрировало контейнеровоз большого судна «Соня», 3 НМ в проливе Большой Пояс у берегов Дании 18 октября Местное время 18:30 Среднее по Гринвичу 17:30

10月18日グリニッジ標準時17:30 現地時刻18:30 デンマーク沖大ベルト海峡3海里 ロシア船籍コンテナ輸送大型船ソーニャ


 暗がりの中に幽かに浮き出た人間大の長方形の箱。


 棺桶(かんおけ)に横たわり暗闇にダイヤモンドの虹彩を溶け込ませたそれは遥か先のネットワークに載る膨大な情報を追い続けていた。


 ロシア製軍事通信衛星を通してデンマーク沖にある1つの双方向通信システムが接続するのは本国の連邦通信局(ROSSVYAZ)のネットワーク網でそこからアクワリウムとして知られるGRU──ロシア連邦軍参謀本部情報総局の軍管区本部第2局に設置される軍事情報次世代通信クラウドシステム──シーボプ21BCCSだった。


 通信回線を開き継続させているのはロシア船籍コンテナ輸送大型船・ソーニャ積載のイソテイナー(/Isotainer:海上輸送用コンテナの名称の1つ)の中に積まれた軍用移送用コンテナ──通称棺桶(かんおけ)に横たわるロシア陸戦兵器研究所が開発している白兵戦戦闘オートマタ・シリーズ最新ヴァージョンのMー8オルガだった。


 攻撃対象は本国のテストベッドに居たときにインストールされていた。


 試験モードでなく初戦がその攻撃対象との戦闘になると知らされた瞬間、Mー8オルガは攻撃対象の情報収集を始めた。


 戦闘対象名称:マリア・ガーランド


 その個別情報を自己の変数データ領域に入れ情報を構築してゆく。性別、年齢、住所、社会保障番号、自宅電話番号、セルラーフォン番号、嗜好、発言から攻撃対象がトップダウンで動かす民間軍事企業(P M C)の規模、武装、戦闘記録まで。


 M-8オルガはコンテナ船でどこに向かうか知っていた。


 奇襲戦線はアメリカ合衆国ニューヨーク。


 長い時間、オルガはネットワークにつながれた環境にいた。戦闘中も維持可能な限りデータ転送は行わなければならない。情報は武装を意味すると初期設定されている。


 ネットワークの中にある膨大な情報はただの数値に過ぎない。


 だが数値が形作るものにはエントロピーの増大に反する意味(・・)が存在する。


 意味を持つ数値の集合体はカオスの中に自然発生しない。


 その数値を生みだした外の世界のなにものか。


 なにものかはエントロピーに反し情報の大海を生みだした。


 その海原にオルガはアメリカ海軍特殊部隊ネイヴィシールズの行動を追い続けていた記録を見つけ、さらに攻撃対象とされる軍事衛星撮影の動画ファイルを見つけだした。


 一昔前の記録は精細に欠けたが、1人の兵士が多数の兵士と格闘する記録。その1人を追い続ける中でオルガは圧倒的多数の兵士の人員数をカウントしてゆく。俯瞰ふかんの画角の範囲内にうごめく兵士。100を越え、500を越え、1000に達しようとする大隊規模の陸戦兵士。


 半時間以上に渡り白兵戦が続けられ近接した対地攻撃Fー15Eの空爆と、スペクター攻撃機による機銃掃射が始まる。


 あの小柄の兵士は生存結果を残せたのだろうか?


 それはNDCに君臨する攻撃対象が物語っていた。


 攻撃対象とされるマリア・ガーランドと概算値が違っているのは記録時の年と現在の身長差だと判定する。


 人間年齢16歳のマリア・ガーランドが白兵戦1000対1を乗り切る能力(ポテンシャル)を持つのなら、1対1でこれから戦わなければならない状況下をどう想定するか。


 M-8オルガはさらに情報を求め続けた。


 巨大複合企業(コングロマリット)NDCの新規部門であるPMC──民間軍事企業に関する一般的報道側面は少ない。だが連邦保安庁(F S B)参謀本部情報総局(G R U)は世界最大級の企業動向に注視し独自の情報収集を行っている。


 民間軍事企業(P M C)とし判明している装備はベルギーFNH社の特注バトルライフル、PDW、各国から輸入する爆薬類、暗視装置──ナイトヴィジョン、特殊戦無線機類の取引記録が不明なのは傘下さんか企業からの特注品だと推測された。兵員規模は公表時に一中隊規模。


 アメリカ国内のNDC関連企業の広大な敷地を使い訓練中と思われる二中隊規模。合計120余り。


 最高指揮官:マリア・ガーランド

 副最高指揮官:ダイアナ・イラスコ・ロリンズ


 兵員メンバー内に各国特殊部隊出身者の名が幾つか連なる。


 ロシア対外情報庁(S V R)の特殊部隊ザスローンが襲撃地点とし想定指示したニューヨーク・マンハッタンは総力戦となる損耗と米軍、捜査当局の増援が攻撃対象側に付くのを警戒しての短時間特殊戦だった。


 M-8オルガは作戦内容を精査していた。


 交戦規定では、火器使用を許可され攻撃対象を護衛から切り離し、白兵戦の後、戦闘力を奪い拘束する。その際に攻撃対象に死亡もしくは重傷以上の怪我を負わせてはいけない。地元警察へは火力攻撃と足止め撹乱かくらんをザスローン部隊撤収まで継続。


 撤収プランはA、B、Cの3プランがあり、いずれも現地調達の移動手段だった。


 そこでM-8オルガはかせとなる地元警察の武装を調べ始めた。


 自体単独戦闘なら火力によらなくても任意の突破は容易たやすいと想定した。


 白兵戦戦闘機械であるオルガはテストベッドでのダウンロードで参謀本部情報総局(G R U)所属部隊スペツナズの戦闘規範と技術、映像解析データを受領していたが、それで不足する事態が想定され、各国特殊部隊の公開映像、各種の民間格闘技関連情報まで調べ始めた。


 それでも作戦完徹想定率が90%にいたらず、ネットワークに記録される膨大な映像資料の検索解析を始め軍事規格の通信機器のトラフィック使用率がほぼ100%に達して、その打開策を模索中、イソテイナーの扉が開かれ光が差し込み、M-8オルガは軍用CCDを守るため偏光レンズの液晶フィルターを暗くし透過光率を落とした。


 オルガはネットワークでのデータリンクを継続したままFOV(:光学照準器視野)に入り込んできた人間の顔を瞬時に識別した。


 ロシア対外情報庁(S V R)の特殊部隊ザスローン所属、イグナート・ニキートヴィッチ・シードロブナ上級軍曹の蓄積データと合致するとスタンバイ・モードを維持した。




 イソテイナーに積まれた最新戦闘機1部隊分もの高額な陸戦兵器の様子を確認しに来たシードロブナ上級軍曹は、移送コンテナに寝ているそれ(・・)を目にし眉根をしかめ深夜に負けたことを忌々しく思いながらつぶやいた。


「高級ダッチワイフめ──」


 淡いブラウンのタイツを穿いた華奢きゃしゃな両脚をしプリーツの濃(こん)のミニスカート、その腰に掛かる灰色の大柄なシャツには派手でカラフルな幾何学模様が踊り、上にショッキングピンクのパーカーを羽織っていた。


 色白の小顔でわずかに細いあごと夕陽にさらされウルフカットのブロンドヘアーをした人形はまさしく北欧少女そのもので、無言で眼を開いたままでいることを彼は不気味に感じた。


 彼は棺桶(かんおけ)の外に引き出されたケーブルでつながれた維持管理用機器のロシア製ノートパソコンを操作し、陸戦兵器のモード、温度管理グラフを次々に呼び出し確認し問題がないことを理解し、1つのグラフ値に気がついた。


 画面を切り替え記録をさかのぼる。


 通信データ量がこの半日100%に達していた。


「こいつの通信規格は、と──」


 つぶやきながら、彼はベリエフAー100(:早期警戒管制機(AWACS))のデータリンクと同じだと思い出した。


 こいつは寝てながら交戦状態だと呆れ返った。迎撃航空部隊の交わす同じ情報量で何をしてるんだと上級軍曹は困惑し棺桶(コンテナ)の中を見下ろした。




 きらめくダイヤモンドの虹彩が見返していて、彼は背筋に冷たいものを感じた。






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