Part 11-3 Out of control 掌握外
Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 12:49
12:49 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター
紅蓮の炎が肺の中まで焼き尽くす。
瞬時にタイヤを焼き焦がされ動かなくなったピックアップトラックのフロントグリルの前でクリスチーナ・ロスネス──クリスを抱きしめたロバート・バン・ローレンツは覚悟を決めた。
その急激に上がる灼熱がヘッドギアのCCDカメラを機能停止に追い込み、断熱性の優れた電子擬態仕様のバトルスーツ越しにサウナに入ったような温度を皮膚に刻み始め、それが急激に引き潮の岸辺の海水のように遠ざかった。
分隊を任されたロバートは理解できずに女性の部下から顔を上げフェイスガードを片手で跳ね上げると押し寄せる焦げた匂いに身構えた。それは焼けた様々な匂いだったが、まったく熱を感じずにまず眼にしたのは蒼い輝きのスクリーン越しに荒れ狂う火焔の気流だった。蒼い大きなスクリーンは球面の内側のようにトラック後部へと落ちるように湾曲している。
何が起きてるのだと困惑したまま彼はボンネットの上に立つ見慣れたスターズ専用のコンバットブーツを眼にし伸びた二本の脚に沿って見上げた。
そこに立つのはヘッドギアを被っていないプラチナブロンドの女──チーフ!
──マリア・ガーランドだった。
彼女は両腕を腰の左右に伸ばし拳を握りしめ爆炎の上流を睨み据えていた。
──ロバート! 奴に手出しするなと命じたはずよ! 命令不服従!
突然意識に入り込んできた上官の叱責にロバートは口で応えた。
「奴を、あの化け物を居住区に行かせるわけには──」
──説明は後で! 私が退路を創る! 質問はなし!
退路を作る? いいや『創る』と彼女が意識したことをどう受け止めればいいのかという思いと、このテルミットの嵐をどうやって!? 何かの電磁場──力場なのか!? と困惑したまま彼は手を貸しクリスを立たせた。
爆炎が極めて薄い蒼のスクリーンに遮られている状況をフェイスガードを上げたクリスも見回し問いたげな視線を最後にロバートへ向けた。その直後だった。いきなり半球形のスクリーンドームがショッピングセンターへと急激に伸びてトンネルのようになった。
「チーフ、あんたは!?」
彼に問われマリーが僅かに顔を振り向け微笑んだ。
「心配いらないわ。それよりも急いで退避! これをいつまでも維持できる自信がないんだ!」
言われた直後ロバートとクリスの2人は顔を見合わせスクリーンのトンネルを駆け出した。先を走るクリスが顔も向けずにリーダーへ尋ねた。
「中佐! これ、どうなってるんですか!? 山の中のトンネルみたく空気が冷えてます! それにチーフ、維持できる自信って──機械任せじゃなく、手作業のように!?」
「俺に聞くな! チーフが後で説明すると言ったんだ! あれのことだ必ず納得させてくれる!」
250ヤード(:約229m)余りを30秒かからずに駆け抜け建物の側壁へ回り込むと壁沿いに他のもの達が身を隠しまわりを覆う蒼いスクリーンを見回していた。渦を巻き荒れ狂う焔の濁流がスターズ隊員達を護るスクリーンに弾かれその殆どが上空に立ち上っていた。
「中佐! 何ですか、このバリアは!? 爆炎をすべて弾き返してます!」
第4セル・リーダーのマーカス・テイラーに問われロバートは彼の『バリア』という言葉がただの障壁でなく空想映画に出てくる砲弾を寄せつけない光の壁を想像させ、『爆炎』という造語がチーフとのやり取りで流れ込んだ彼女の意識の言葉に繋がった。
『──ハイエルフが使っていたのは爆炎術式の精霊魔法なのだ。怪物が火炎放射器やテルミットを使うなど論外だった。ならあのハイエルフと同じように魔法術式を操れる可能性があった──』
ハイエルフ? 精霊魔法? 爆炎術式だと!? 馬鹿げてると彼は思いを投げ捨て、ショッピングセンター両壁に身を隠すもの達へミュウを意識し命じた。
全員、中距離即応戦闘用意! 駐車場へ出ずにクリーチャーへ弾幕を張る! チーフは1人であの怪物に挑むつもりだ! 少しでもあの化け物の足を引っ張りチーフを優位に立たせろ!
ロバートが命じた寸秒彼らを覆う蒼いスクリーンドームから指揮官へと繋がる力場トンネルが消失し、吹き荒れていた爆炎が途切れると、FNーSCARーHを構えたもの達はピックアップトラックのルーフに登り荷台へと飛び降りる黒の戦闘服を着た最高指揮官を光学照準器越しに見つめその際先に四本腕のクリーチャーを確認すると各々が射撃を開始し徹甲弾を上官に掠らせることなく送り込んだ。
ピックアップの荷台に軽く飛び降りマリア・ガーランドは30ヤード(:約27m)先に初めて肉眼で異形のものを眼にして唇を引き結んだ。
その瞬間、彼女は自分の周囲を唸り飛び越えてゆく軍用弾の一群を耳と肌で感じた。
群がった徹甲弾が怪物の直前に幾つもの青い波紋を広げその変形したバレットが化け物の立つセダンの前に雨粒のように転がりその音が聞こえていた。
やはりこのクリーチャーはあの耳長女──シルフィー・リッツアのように精霊魔法を操れるとマリーは警戒心を強め攻め手をどうするかと考え始めた。
魔法障壁は同種の魔法障壁なら相互干渉しないのはハイエルフとの近接戦闘で理解できていた。敵の魔法障壁を越え間合いに入らなければ怪物にダメージを送り込めないと思った。彼女は自分が爆炎を弾き返すように、間合いの外からだと化け物が精霊魔法やエレメントによる攻撃を中和し無効にする予感があった。
あれだけの徹甲弾を受け波紋しか変化を見せない怪物の障壁飽和力はどれだけなのだ!?
水蒸気爆発の破壊力はハイエルフの防壁を真っ赤に染め上げていた。この町の中心地で同じエレメント操作を迂闊にはできない。絶対に犠牲者がでてしまう。
そうだ! シルフィー・リッツアは攻撃機を撃ち落とすのに光の矢みたいなものを放っていた。
あれは何だったのだろう? 光線? レーザー?
あれに出来て自分にできないわけがないと思った。
どうやったらレーザーは発生するのだとマリーが考え始めた刹那、1年前にルナの知識をすべて受け継いだ中からレーザーに関する物理の詳細が理屈を越え感覚として感じられた。
ただマリア・ガーランドが思い描いたのは、とんでもないことだった。
それは自らが手にする気の遠くなるほどのエレルギーに酔いしれていた。
車というこの世界の燃料で動く馬のいらない馬車を多く置けるこの広い駐車場を思いだした術式1つで焼き払えた。
この力の集積を得るために危険を犯して3つのハイエルフの集落を襲いその殆どを喰らい能力を手に入れたのだ。
残りの警察官という人を一撃ですべて倒した。
だが、まだ銃という飛び道具を使い攻撃をしてくる人が残っている。しかし、もう金属の弾丸に逃げ回ることはない。展開する魔法障壁は枯渇することもなく守り続けており、たとえこの先、軍という戦闘に秀でたものらが大型で強力な武器を持ちだして来ても恐れるに足らなかった。
少数のあの黒い戦闘服に身を包んだ見えない兵士らが何か大きな金属の筒を爆轟で飛ばし襲ってきたが、爆炎術式で逆手に取った。
逆手に取れたはずなのだ。
なんなのだ!?
あの車の上に立つのはハイエルフなのか!?
同じ魔法障壁に守られ爆炎をまったく寄せつけない。
そのものも黒い戦闘服を着ており、あの集中的、効率的に襲いかかった見えない兵士らと同じ感じがするのに、武器も使わずに逃げもしない!
別な危険の匂いがしていた。
こいつはここで喰らっておかないといけない。
この世界を餌場とする大きな障害になると本能の警告が響き渡っていた。
この肉体なら防御力で劣るが、近接戦なら速力で圧倒できるだろう。いくら鍛え上げても人の限界は見えていた。ハイエルフにですら凌駕したこの形態なら、人など一方的に押して潰せる。
近づきさえすれば、手のとどく近くなら、あれらが使う飛び武器も役に立たない!
それは白銀の髪を靡かせる敵を見据えながら、足場としていたセダンのルーフからいきなりアスファルトへと跳び下りるとゆっくりと距離を詰め始め、そうして4本の腕それぞれの指4本のセラミックの爪をより長く鋭く伸ばしだした。
トラックの荷台に腕の長さほどのグラスファイバー製の柄のフェアリングアックス──伐採斧が載っていてマリーはそれを右手で拾いピックアップから地面へ跳び下りた。
戦斧のようにスパイクが柄から突き出ていれば心強いのだが、普通の斧でも使い方次第で近接戦闘を有利にできる。中世以降、兜や鎧を砕き密集陣形を切り崩すのに使われて戦斧に発展しソードよりも好まれた。スピードで劣るが破壊力は絶大だ。
14の時にネイヴィーシールズの白兵戦訓練で使ってみせて古参の曹長に愕かれた。ハイスピード軽量級の自分でも使い方次第なのだとマリーは思いだし苦笑いした。
4本の腕が白兵戦でどのように働くのか!? だがどれだけ繰り出そうとも1つの身体から伸ばされるそれら腕が2人の兵士相手に近接戦闘するよりも劣るのは明白だと思った。
トラックから下りるのに合わせクリーチャーがセダンの屋根から一気に地面に下りてきた。爆炎術式を使える遠距離攻撃型だと眼にした一瞬思ったが、どうして、殴り合いもできるらしい。やる気満々なのだ。
マリーは斧を振り上げ肩に柄を載せると輻射熱が立ち上がるアスファルトをゆっくりと歩いた。堅いはずの地面が緩い。ハイエルフのあの爆炎は数千度の温度があったが、眼の前の怪物の術式はそれを上回るのかもしれなかった。術式でどうして魔法効果に差が生まれるのか今一つ理解できていない。それは純粋に技術の卓越度によるものなのか、精神力の違いなのか。
術式を詠唱せずともエレメントや精霊の力を使える自分に魔法の強弱の使いまわしがわからない。下手に使うととんでもない範囲に被害をもたらす危険性があった。このショッピンセンターの敷地ぐらい簡単に凌駕しそうな予感が意識の片隅にこびりついていた。
フェンリルの刃を躱すために使ったあの質量を一点集中させたマイクロブラックホールですら思いつき1つで感覚だよりにやってみたが、強くやりすぎればとんでもないことに結びつきそうだった。
意識を落とすと自分の内に世界樹の脈が伝わってくる。
攻撃魔法は抜きだ。気が立って力を開放し過ぎれば術者の自分すら無事では済まないだろうとマリーは戒めた。
20ヤード(:約18m)と近づき化け物がはっきり見えてくると、ヤヤワンダ州立公園に向かっていた時にアリッサを通して見たものとはかなり違っており、昆虫の寄せ集めだった名残りは4本腕の頭だけだった。
蜻蛉か飛蝗のような頭をしていて赤黒く見える肌が細かな鱗の群生なのだとわかった。腕から下の胴体や脚の形状は鍛え抜いた人と変わらないような雰囲気があった。だが見た目を額面通りに受け取らない方がよかった。筋肉の密度が人と同じとは限らず、力やスピードにも差があるだろう。
あのハイエルフも異様に動きが素早かった。
これだけ近づいてなお駆け込んでこない敵が様子見でいることを理解していた。
お前ほどの破壊力と再生力がありながら、怪物よ人になぜそこまで警戒する?
この距離で相手の腕の先の指が4本でありその黒光する爪が15インチ(:約38㎝)ほどもあり異様に薄く尖っている事実にあれが奴のファイティングナイフであり、スパイクなのだとマリーは思った。16本のナイフ相手の格闘かと自分が胸を高鳴らせている。
シリア兵士一千人相手に斬り合いを演じた16歳の自分が今ここにいた。
間合いが十分に詰まり、相手に理解出来ていなくともマリア・ガーランドはクリーチャーへ大声で告げた。
"Hey, let's do it !!"
(:さあ! やろうじゃないか!)
その須臾敵が突進してきた。




