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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #11
53/206

Part 11-2 Russian Roulette ロシアンルーレット

USS Maryland SSBN-738 Ohio-Class Sixth Fleet Silent-Service U.S.Navy, Middle of the Atlantic Local Time 16:47 GT-17:47 /

Banker(/PEOC) White House, Washington D.C. 12:48


グリニッジ標準時17:47現地時刻16:47 大西洋中央 合衆国海軍所属第6艦隊潜水艦 オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦メリーランド/

12:48 ワシントンDC ホワイトハウス バンカー(PEOC)



 大西洋中央海嶺(かいれい)上の水深50フィート(:約15m)に留まっているオハイオ級戦略原潜メリーランドのセイル後方1番と12番の垂直発射管ハッチがわずかな水泡を広げ跳ね上がり開くと奥にSLBM──潜水艦発射弾道ミサイルの白い樹脂製保護カヴァーが姿を現し垂直発射管奥に繋がる炸薬が爆発しサブタンクの海水を一瞬で蒸発させ爆発的な水蒸気の波動がカヴァーに包まれたトライデント(Two)を水中に押し上げた。



 トライデント(Two)はその水蒸気の圧力で一気に50フィートをたたき上げられ分割したカヴァーを脱ぎ落としながら海面に近づくと水蒸気爆発の慣性力の飛び上がる力を失いかけた。そのマイナスGを第3段に搭載された制御基盤の加速度センサーが捉えた。



 直後、第1段のロケットモーターに火が入ると暴力的な加速度で弾体を押し上げ始める。それと同時に第3段フェアリング先端にロッドアンテナのように入れ子式になっていた5段のスパイクが伸びきりフェアリングにかかる空気抵抗を半減させ始めた。



 第1段ブースト・フェイズに入ると同時にドレーパー・ラボ製のアストロ慣性誘導システムが制御を引き継ぐ。3軸のレーザー・リングジャイロと天体観測誘導のセンシング・データが第1段のマズル変動アクチュエーターに指示を出し、設定されたミッドコースへ乗せるために何度も弾体後部を細かく振りながら始めは大きくその振りを収束させるころには海面から400フィート(:約366m)の高度で毎秒280フィート(:約307㎞/h)を越えさらに加速し続ける。



 50秒足らずで第1段の燃焼が終了する直前、第2段のロケットモーターに押し上げる作業が引き継がれ切り離されると速度はマック10(/Mach:マッハ)以上に達した。そこからブーストフェイズの終端へ向けさらに加速し続け35秒で最終モーターの第3段が点火し大気層の最外部高度1000キロで極めて希薄になった空間を最大効率で加速しマック18を超える35秒後にロケットモーターの燃焼が終了しそこからさらに最高到達へ向け慣性力で上昇し続けた。











 宇宙感知赤外線衛星(S B I R S)──早期警戒衛星NROLー42が大西洋中央海面に突如として現れたブーストの噴炎をキャッチし地上管理センター(M C S)へのデータリンクに情報を載せた。



 受領したミッション・コントロール・センター管制官は即座に空軍宇宙司令部指揮下の第460スペースウイングに発射炎感知情報から発射位置、軌道、落下予測位置を算出しNORAD(:北米航空宇宙防衛部)へも戦術情報入れると再度計算しながらプロセスの一部をDoD(/Pentagon:国防総省)へまわし、直後国防総省からデフコン2への警戒態勢指示と計算検証を終えた弾道ミサイルの逐次軌道情報を海軍と陸軍のデータリンクへ載せた。



 弾道ミサイルのブーストフェイズでの迎撃は時間的に間に合わず、まず指示を受けたのはSMDC──アメリカ陸軍宇宙ミサイル防衛司令部で同時にデータはニューヨーク州にある100thMDB──第100ミサイル防衛旅団にリンクし、レディング国防長官からワシントンD.C.へ向かうトライデント(Two)複数目標再突入体(M I R V)をすべて落とせとの指示で宇宙感知赤外線衛星(S B I R S)からの軌道データを元に地上配備のXバンドレーダーで捉えようと開始した。



 直後、ブーストフェイズを終えかかった慣性上昇中の17フィート(:約5.2m)の弾体を担当観測官が掌握しターゲット・ロメオ1と識別コードを振られた予測落下軌道データを様々な迎撃群へと送り最後にワシントンの首都防空高射隊にも回しPACー3の最終迎撃態勢にリンクさせた。



 そうしてまずコロラド州東部コロラドスプリングスのサイロにある火器管制センター(F D C)の5人の担当官が指令確認、データ確認と続けて7/24(:365日24時間待機)状態の数基のGBI──地上配備迎撃ミサイルに弾道ミサイルのミッドコースデータとの命中予測座標高度(I P D)を送り込み、1秒を争う事態に担当当直指揮官が即座に承認しオペレーターが2基の迎撃ミサイルの射出ボタンを次々に押し込んだ。



 サイロから爆煙を吹き広げた55フィート(:約16.8m)あまりの大陸間弾道ミサイルと同サイズの迎撃ミサイルがブーストフェイズに入り空へ曲線を描き急激に立ち上っていった。







 空軍宇宙司令部指揮下の第460スペースウイングに発射炎感知情報から発射位置、軌道、落下予測位置を得たのは地上配備部隊だけではなかった。



 アメリカ東海岸バージニア州ノートフォークから訓練のため出航していた大西洋上180海里(:約333km)を航行中のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦レイテ・ガルフとアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦パーク、オスカー・オースチンに艦隊総司令より弾道ミサイル迎撃命令と時を同じくしてJTIDS(:統合戦術情報伝達システム)データリンクに入った諸元からCICの防空レーダー担当官はイージスシステムのレーダービームを最高出力で絞り込んだ。



 3艦はほぼ同時にブーストフェイズを終え軌道頂点を越えようとしている高度1200キロメートル上のトライデント(Two)を捉えデータリンクで座標高度と予測コースを共有した。



 3艦の防空レーダー担当官は解析波に微妙なエコー(:余弦)があることに気づきそれぞれのCIC当直士官へ報告し、CEC──共同交戦能力のリンクで解析値に誤りがないことを確認すると、レイテ・ガルフとパーク、オスカー・オースチン各艦長達はロフテッド軌道頂点に達する前にトライデントが複数目標再突入体(M I R V)と同時にデコイを放出した可能性があると判断した。そうして反射波のもっともピークが立つ標的の落下コースへとRIM161スタンダードミサイル SMー3の迎撃コースを兵器担当士官へ指示した。



 諸元データを転送し終わりそれぞれの兵器担当士官が報告するとレイテ・ガルフが4発、パークとオスカー・オースチンが2発ずつ連続してSMー3を射出させ8基の弾道ミサイル迎撃弾が艦橋前後部甲板にあるMk41 VLSから火炎と白煙を曳きながら大空へ立ち上っていった。











 ブーストフェイズが終わりまさに複数目標再突入体(M I R V)を放出する直前に連続して立ち上ってきた2基のGBIうち最初の1基が外気圏で軌道修正をかけながらトライデント(Two)に直撃し弾体をその質量(マス)エネルギーで打ち砕いた。その飛び散った破片の際を2基目のGBIがすり抜けた瞬間、破壊された1基目のトライデント(Two)の噴炎に隠れて同時上昇していた2発目のトライデント(Two)が現れGBIに交差し複数目標再突入体(M I R V)を放出した。8基の再突入体(R V)と8個の展開したデコイが頂点を飛び越え緩やかな落下に入るとほとんど真空に近い層を落下し始めた。



 それらに対処して続けてGBI8基が地上サイロから飛び立ったが、すでに電離層へと落ち込んできたRV(:再突入体)8基は増え始めた空気抵抗に軽いデコイを置き去りにし急激に加速を続けて直滑降に近い角度で音速の16倍を上回っていた。



 その一群の際へ海上から駆け上ってきた8基のSMー3が一気に襲いかかった。



 それぞれの発射艦からのデータリンケージで得た情報を元に8基のSMー3──軽量大気圏外迎撃体(L E A P)がセンシングし個々の再突入体(R V)へと向かい次々に爆発し破片を弾道弾へと浴びせた。その火炎と大量の破片が後続のSMー3のキネッテク弾頭(K W)のコースと照準を狂わせ、広がった破片と爆炎から3個の再突入体(R V)が無傷で飛び抜け落下し続けた。



 その大量の破片がノイズとなり地上レーダーのXバンド波を大きくかき乱すと、地上サイロからの後続のGBI6基がRV(:再突入体)を上回って飛び越えた。



 戦略原潜メリーランドから打ち上げられた弾道ミサイルのブーストフェイズでの完全迎撃に失敗し即応したのは皮肉にも襲撃された戦略原潜と同じ名を持つワシントンD.C.の北メリーランド州ミドルリバーの第175州空軍基地に臨時駐留する陸軍戦域高高度迎撃ミサイ(T H A A D)ル部隊だった。



 統合戦術情報伝達システ(J T I D S)ムデータリンクに上がる次々と移行する状況をTHAADのC4IR──コントロールユニットに搭乗した2人の迎撃要員は確認し続けいつ出番が回っても即応できるように、別車輌のIバンドとJバンド(Xバンド)の合成開口レーダーで落下してくる投射体(R V)の弾道を高度1000キロから追い続けていた。



 サイロから打ち上げられた6基のGBIが完全に核弾頭を補足しそこねると、THAAD高射隊指揮官の中佐は即座に迎撃命令を下した。



 2台のM1075トラックに搭載された合計20本のラウンド・キャニスターから交互に3基のTHAADミサイルが爆炎と白煙を曳きながら飛び出すと音速の5倍を目指し加速し始めた。炸薬を持たない弾頭のほとんどはコントロールユニットや受信機が占めミサイルの固体燃料が減るにつれ加速をさらに速め高度5500フィートで最高速度に達しそれを4メートルに近い固体燃料が燃え尽きる高度49万フィート(:約150㎞)まで維持し次弾を打ち込めるように最高迎撃高度でのヘッドオンを目指した。



 迎撃高度15000フィート(:約4.6㎞)前でシーカーの3~5μmの波長を拾うアンチモン化インジウム凝視焦点(ぎょうししょうてん)アレイは再突入体(R V)が大気との摩擦で放射し始めた輻射熱を見つけると10個のスラスターベントから高圧ガスを吹き出し巧みに方向を修正し落下軌道との交差座標を修正し相対速度マック25(/mach:マッハ)で迫った。



 1基目のTHAADが円錐形の投射体(R V)へ激突しその運動エネルギーで粉砕し、コンマ数秒後に2基目のTHAADミサイルが投射体(RV)を捉え大破させた。その1基目と2基目の破片群が3基目の投射体(R V)に多量にぶつかるとたたかれたフェアリングが不規則な運動をもたらし偏心する歳差運動に入り3基目のTHAADがその投射体(R V)へぶつかり火花を散らしながらすれ違った。



 その不規則な運動が、地上や海上からのレーダー群による落下軌道予測を極めて困難なものにしてしまうなど誰しも想定していない事態となる。











 電話で逐次状況を受けているレディング国防長官の顔を曇らせた。



 国家安全保障会議室(N S C R)で原潜メリーランドの対処を検討していた全員がホワイトハウス最下層にある大統領危機管理センタ(P E O C)ーへと移り、壁面に埋められた大型液晶に映し出される大西洋からワシントンD.C.へと伸びる破線に注目していた。赤いリングで囲まれたRV──投射体の文字がまだ点滅している状況に、打ち上げられた迎撃群がまだ作戦を完徹しきれておらず、みなが国防長官の告げる説明に一喜一憂し続けていた。



「その1発の核弾頭をなぜ落とせんのだ!」



 苛立ちが高じてニック・バン・ベーカー大統領がレディング国防長官へ声を荒げた。



「閣下、全軍が全力で対処しています。まだTHAADの第2群と首都防空部隊のPACー3があります」



 やり取りを聞いていたサンドラ・クレンシーNSA長官はメリーランドが打ち込んでくる核弾頭はロシア海軍の彼らが言ったように間違いなく不活性(イナート)弾頭だと確信していた。



 彼が大統領へ要求を突きつける連中が相手の頭を撃ち抜くはずがないと説明した通り、要求を通すためには国を動かせる指揮系統を一時でも断ってしまうリスクは犯さないと思っていても落ちてくる弾頭に内心不安を自分も抱いていた。



 もしも連中の目的が金以外のイデオロギーや怨恨えんこんとかだとする場合、差し向けた8個の複数目標投射体(M I R V)の内1つが活性弾頭であれば良かった。ギロチンの刃は1枚で首を落とせる。



 その場合、合衆国は全力で迎撃に当たりそれを阻止できなかった事実が敵の手でプロパガンダとし利用される。



「サンドラ、あなたのロシアンルーレットには実弾が入っていないと言ってちょうだい」



 そばにいるパメラ・ランディCIAアジア統括官がクレンシー長官の耳元で囁いた。



「間違いないさ──パメラ、1つ質問したい。君ら中央情報局は世界中のサーバーへのハッキングを行えるが、スイスに出入りするすべての通信パケットをすり替えられるか?」



 質問された統括官が真意をみ取れず彼を見つめ瞳をまばたいた。



「何を考えているの?」



「ヤツらが大博打に賭け(ベット)を重ねてきたんだ。こちらもチップを積み上げ付き合わなければと思ってね」



「あなたの考えを聞かせてちょうだい」



 パメラに問われクレンシーが口を開いたその時、クライド・レディング国防長官が暗い口調で告げた。









「PACー3が打ち損じた──」












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