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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #10
51/206

Part 10-5 Torpedo Attack 魚雷攻撃

Б-461 Волк Большая подводная лодка 971 Аккра «Щука-Б» 24-я Дивизия Подводных Лодок 12-я Подводная Зскадрилья KСФ(/Краснознамённый Се́верный флот); ВМФPФ(/Военно-морской флот Российской Федерации), Середина Атлантики Местное время 16:55 Среднее время по Гринвичу 17: 55


グリニッジ標準時17:55 現地時刻16:55 大西洋中央 ロシア連邦海軍北方艦隊第12潜水艦戦隊第24潜水艦師団一等大型原子力潜水艦アクラ型Kー461ヴォルク



「艦長、これ以上の定格を上回る原子炉運転は危険です」



 機関士長の言葉に海図台でスケールと計算機を操る潜行航海士へアクラ級攻撃型原潜Kー461ヴォルク艦長のスタルシノフ・S・エレメンコ大佐(KPR)は声をかけた。



「マラート、弾道ミサイルの射音があったと思われる海域までどれくらいだ?」



「3.7海里(:約7km)です」



 時間にして45分の間、原子炉を定格の120パーセントとという炉心暴走の一歩手前で運転させ続け40ノット(:約74km/h)という猛速度で現場海域にたどり着いた。



 その時間の間、彼は弾道ミサイルを打ち上げたアメリカ原潜が単独でないという想定理由を幾つも考え続けた。



 離叛りはんした671RTM B448シチューカの乗組員らがそこでアメリカ原潜とコンタクトを取り祖国を売り渡す謀叛むほんを行っていると直感がささやき続けた。



「クブリヤン、炉を定格出力に落とせ。微音航行に入る」



「アイ・サー!」



 機関士長の大尉(KL)うなづくと開いたままの水密ハッチに手をついて奥へ急いだ。



「当直、方位深度そのまま。微音航行。ミロスラーフ、曳航ソナーを出せ。艦首アレイは10度角ごとのスイープに切り換えろ」



 艦長の指示に当直士官とソナーマンが同時に答えた。



「アイ・サー、微音航行に移行──機関低速──速度5ノット!」



「アイ! 曳航ソナー出します。シャーク・ギル(:MGK-540Integration Sonar System:統合音響解析装置)艦首アレイ、10度角スイープ」



 復誦ふくしょうしていたソナーマンが音響卓についたまま艦長へ振り向いた。



「ピン(:音探)を打たなくてよろしいのですか?」



「必要ない。我々が来ることを40ノットで宣伝したんだ。敵対するものは固唾を呑んで待ちかまえている。持久戦でも引けを取らないと思い知らす」



 エレメンコ艦長の説明にソナーマンは一瞬唖然とした面もちになったが、聴音戦に集中するため旧態然としたコンソールに向かい合った。







 索敵さくてきに入ったヴォルクの140度後方457メートルで、同じアクラ級Kー335ゲパードのユーリー・ヴィクトール・ブスターブ艦長がソナーマンから報告を受け先行するヴォルクの微音航行移行を知り追従すべく指示を出していた。そうしてヴォルクが音探を打たないことで曳航ソナーを繰り出すことをかんがみ艦をスターボード(:右舵)へと回頭させ曳航ソナーを繰り出した。



 一昔前のロシア海軍潜水艦戦術では積極的なピンを多用したが、近代、潜水艦の音響ステルス化が進化し戦術も様変わりしていた。



 両艦ともアメリカ東海岸近郊においてアメリカ海軍攻撃型原潜ロサンゼルス級の追尾をレイヤー(:変温層)の陰に逃れたことのある進んだ技術を持った乗組員らが多数乗艦していた。ロシア海軍アカデミーは優秀な指揮官を出すようになっていた。



 5ノットの速度で7キロメートルという近距離を航行する両艦はオハイオ級並みに静かで、パッシブソナー(:受動音響)で見つけるにはアメリカ海軍戦略原潜メリーランドのソナーシステムでは能力不足だった。



 だが中央海嶺(かいれい)の峰下の岸壁に陣取ってホバリングしていたUー214型カトソニスの船体サイドのFASー3フランクアレイソナーとパッシブレンジングソナーが旧態然とした近づくヴォルクとゲパードのスクリュウ・キャビテーションの中域ノイズを微かに捉えた。



 ソナーマンのマカーフ・ポレジャエフ准尉(MM)はイワンの地獄耳と云われるロシア海軍トップのソナー要員マルコワ・カバエワ・ジャニベコフ少尉(LT)仕込みの優秀な部下だったが、艦長のアレクサンドル・イリイチ・ギダスポフ中佐(KVR)から接近する艦すべてを沈めよと命じられており、対処を機械任せにした。



 データバスで繋がるノルウェー製のCWCS──統合武器管制システムMSIー90Sが代わりに反応した2艦の進路先への予測データ諸元を受領した魚雷2本のシーカーがパッシブモードの初期値に切り替わり、1番と3番魚雷発射管の扉を開いたカトソニスからDM2A4魚雷が圧搾空気で加圧された海水で打ち出された。2本のトッピード(:魚雷)は5メートル先まで惰性で進むとシュラウドの中で二重反転スクリュウを回転させ始めわずかに沈降させていた尾部を持ち上げ猛然と突き進んだ。その淡い水泡の航跡にシュラウド後端中央に繋がれた光ファイバー・ケーブルが発射管からどんどんと伸ばされ暗い海底に消えてゆく。



 電動動力の立ち上がり速度は極めて早くわずか37メートル先で50ノット(:約92.6km/h)に加速した2本はその先146メートルで安全装置を解除し指示されたAOB(/Angle of the Bow:魚雷命中座標)へ慣性誘導され突き進みながら発射したカトソニスのMSIー90Sから吐き出されるAOBの変更座標をファイバーで受け取り何度も船舵を切り大きくカーブしながら1本が先頭のアクラ級、もう1本が後方の同級艦を目指した。









「トッピード(:魚雷)! 方位30、距離914(m)、雷速50(knot:約96km/h)!」



 ヴォルクのソナーマン──ミロスラーフがソナーの2つのモニターを見比べ艦長へ大声で怒鳴った。



「到達時間1分46秒」



 即座に潜行航海士のマラートが海図台上の海図にラインを引き伸ばし艦長へ予測到達時間を報告した。



「射点マーク! 雷音はMk48か!?」



 艦長に問われソナーマンはわずかな間だヘッドフォンを片手で耳に押し当てスクリュウ音に聞き入った。



「違います! もっと静かで速度がやや劣ります。おそらく音紋からイタリア製ブラック・シャークです!」



 雷撃をしてきたのは間違いなくS123カトソニスだとエレメンコ大佐(KPR)は判断した。Uー214型の諸元を思い出し、中間誘導がファイバーで可能だと思った。なら、カウンターメジャー(:対抗措置)を放出しギリギリでかわすことは不可能だった。終末誘導はシーカーがアクティブに切り替わる。気泡のノイズをかき分け突っ込んでくる!



「MBT、FBTエアーベント! ハードポート(:左舵一杯)! フルアヘッツー(:最大速度)! 深度579(m)!」



 当直士官が復誦ふくしょうする間にも2人の操舵手が大きく操舵桿そうだかんを左に切り奥へ押し込んだ。急激に左へ回頭し艦首を下げ始めたアクラ級の発令所(C R)は大きく床を左へ前方に傾け座っているものですらコンソールや椅子をつかんで堪えた。そのCRに2つのタンクから抜けていくエアーの音が滝のように派手にもった。



「ソナー! ゲパードは!?」



「大きく右へ転舵! 加速しながら急速潜行中!」



 よし! いいぞ! とエレメンコ大佐(KPR)は思った。ゲパードのブスターブ中佐は浮ついた曳航ソナーを避け逆に艦を逃がしていた。



「トッピードは!?」



「大きくコース修正! こちらのコースへ追いかけてきます! 距離640(m)!」



 こちら2艦はアクティブソナーの反響が大きい海底に向かい、魚雷のアクティブソナーは大きく乱れる可能性があった。中央海嶺(かいれい)の山肌にいたS123からは聴音しにくくなる。



「戦術士官、深度518(m)でFTC(:疑似気泡発生器カウンターメジャー)2本放出!」



「アイサー、深度518でFTC放出!」



 内壁に並ぶコンソールの前で戦術士官(T O)が魚雷対抗処置の設定をする間もソナーマンの読み上げる魚雷までの距離が縮み続けた。



「魚雷4本射出準備! 諸元受け取り待機!」



 発令所当直士官(C O D)が急いで壁に設置されているマイクをつかみ魚雷室へ繋ぎ復誦ふくしょうした。



「距離488(m)──457──427──ブラック・シャーク、ピンを打ち始めました! アクティヴ誘導に変更!」



 メインタンクと前部タンクのエアーが抜けきり艦底のフラット・ポートから海水を2つのタンクが満たすとCRは急に静かになった。その内殻に聞こえるのは微かに魚雷の発するアクティヴ・ソナーのハイドロフォンの音とソナーマンの告げる魚雷接近までの距離だけだった。



 いきなり発令所当直士官(C O D)が艦長へ深度を読み上げた。



「深度488──503──」



 それを受け戦術士官が戦術コンソールのFTCカウンターメジャーの排出スイッチにかけていた指を動かした。直後セイル付け根に近い放出口から腕ほどの長さの2本の筒が連続して飛び出し内部の化学反応で発生した多量の水素ガスが円筒頂部周囲の複数のホールから噴き出した。そのガスカーテンのノイズが発令所(C R)へ響き大きくなる魚雷ソナーの音波をわずかにもらせた。



「距離、244──213──海底からのピンの反射にロストしそうです──183──ブラック・シャーク、バブルカーテンに突入!」



「深度518、549、579です!」



 指示到達深度に達した直後、エレメンコ大佐(KPR)は当直士官へ怒鳴った。



「バブルゼロ!(:艦水平) スターボード45!(:右舵45度)」



 限界深度に近い圧力と急激な回頭で艦内に内殻と支持構造材の歪みが生むきしみが広がり発令所(C R)の男らの顔に不安がさらに浮きでる中、再び魚雷の発するソナー音が急激に甲高くなりソナーマンの声が残酷に告げられ続けた。



「──122──91──61、信管作動します!」



 直後、ソナーマンがヘッドフォンを耳から下ろした瞬間、爆轟に包まれ直下地震のような揺れに男らが振り回された。その響きが急激に収束する寸秒、もう一つの爆轟が発令所(C R)に聞こえてきた。笑顔の戻りかかった男らの顔にまた不安がよぎる。



「当直士官! MC1(:全艦)損害報告! ソナー! ゲパードは!?」



 艦長に命じられ当直士官がマイクで艦内放送を告げ、ソナーマンが慌ててヘッドフォンを耳に戻し聞こえる音に集中した。



「ゲパード健在! エアー・ベント! 急激に上昇し旋回しています!」





「マラート潜行航海士、マークした座標深度からの敵S123の移動予測範囲とこちらの攻撃進路を出せ!」







「お前達、ロシア海軍の鉄槌てっついを下す番だ!」







 艦長の声に発令所(C R)の男らの表情が引き締まった。











 ディプス・オルカのCR(:指揮所)で三次元作戦電子海図台(3DCCT)はさみレーザー・ホログラムで映し出されるロシア艦2艦が動き続ける姿を見つめるダイアナ・イラスコ・ロリンズ──ルナと戦術航海士のクリスは、たった今、近傍で行われた初めての実戦にやっと息を吸い込んだ。



 アクラ級2艦の艦長は優秀だとルナは思った。



 彼女はロシア艦が下手な回避行動を行うようなら、介入し2発の魚雷を逸らすつもりだった。



 急激に反転し、Uー214のホバリングしていた場所へ向かいだした攻撃型原潜が間違いなく反撃に出ると判断した。所詮、ロシア海軍の内輪もめだ。ルナは看過したかったがマリア・ガーランドの命令はこの海域で起きる戦闘から可能な限り命を守り抜き、襲撃されたメリーランドを奪回せよとのことだった。



「さて、これからどうなさいます艦長?」



 副長ゴットハルト・ババツの声に楽しそうな響きがあることにルナは眼を細めた。



「勿論──Uー214と海嶺かいれいの山脈逆側にいるメリーランドを守ります。────副長! 4艦に割って入る! アクティヴ音響タイル完全出力! 進路をロシア艦2艦の侵攻路の側面へ! 1から6までの魚雷弾頭切り替え、非殺傷弾頭(N L W H)! 7から12までは通常弾頭(N W H)! 魚雷対抗近接防衛兵器(T C I W S)アクティヴ!」







 声を上げた艦長の命令を副長が復誦ふくしょうする直前兵装担当(Weapon)カッサンドラ・アダーニ──キャスが「ウヒョ!」と声を上げ短く口笛を吹きルナが鋭い視線を彼女に向けた。












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