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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #10
50/206

Part 10-4 Complicated 錯綜(さくそう)

White House, Washington D.C. 12:40


12:40 ワシントンDC ホワイトハウス



 NSCR──国家安全保障会議室に集まっているみなが一斉にドアへ振り向いた。



 遅れて入って来たのは、先のニューヨーク・核テロで更迭こうてつされたグレン・ファーガシー陸軍大将の代わりに11ヶ月前に国防長官に任命されたクライド・レディング陸軍大将だった。彼は長テーブルに全員が座れる数の革張りの黒椅子が置かれているのに誰も座らずに立って寄り集まり話し込んでいることにわずかに驚いた表情を見せた。



「遅れて申し訳ありません」



 制帽を脇に抱え彼がニック・バン・ベーカー大統領へ謝罪するとリッケン・ホフマン海軍大将が彼へ手早く事案説明に入った。その間に大統領はサンドラ・クレンシーNSA長官の解釈に耳を傾けていた。



「ロシア海軍へギリシャ海軍から強奪されたS123撃沈命令が出されているのは、関わったものらがロシア海軍の息がかかった連中だと思われます。ロシア対外政策のお得意『口封じ』です。問題は──」



 そこでクレンシーは一度言葉を切り思考を整理した。襲撃されたオハイオクラスのSSBNー738メリーランドは戦略ミサイル原潜であり、モスクワ核軍縮条約下の同艦に120基の核弾頭再突入体が装備されているとリッケン・ホフマン海軍大将が説明してくれた。



 各国はアメリカ戦略原潜の音源データを渇望しており、艦自体に価値はあるだろうが、手早く核爆弾を手にしたい連中からすればそれだけで6億ダラー(/Dollar。US $)の価値がある。



 狙いはそれほど単純だろうかとクレンシーは考えた。



 違う予感があった。



 アメリカ下院議会では、物事は単純な方が正しいといったポリシーがあるが世界情勢は複雑怪奇だ。しのぎを削る軍事バランスではあの手この手で相手国を出し抜こうと知恵を絞る。



 メリーランドを襲撃したもの達の名前や軍での立ち位置がわかれば何かしらの理由が見えてくるのではと彼は思い中央情報局のパメラに尋ねた。



「S123撃沈命令はロシア大統領から出されているんだろうが、その情報(すじ)はどこからなんだ、パメラ?」



 彼女は一瞬(まぶた)を細め何か思案をしたとクレンシーは思った。



「軍上層部とだけしか話せないわ。亡命をくわだてている軍人はいるものよ」



「君はもしかしたら、襲撃に加わった人員の首謀者らも知っている──?」



 パメラは一瞬ニック大統領へ視線を振った。彼がうなづいたので大統領と中央情報局の間に何があるのだとクレンシーは考えた。こと情報戦に関してはホワイトハウスは常にCIAとNSAを競わせる。両局とも膨大な予算獲得と発言権の範囲を広げるため多くの場合情報リソースは明かされない。それは上院公聴会に召喚されても歪められていた。



「ロシア海軍北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団671RTM B448シチューカ──ヴィクター(three)型タンボフ乗員60名あまりよ」



 ヴィクター級といえば一世代前の攻撃型原潜じゃないかとクレンシーは驚いた。近年ヤーセン級やオスカー級新型に交代されつつあるとはいえまだ一線の核戦争抑止力の艦だった。



「サブマリーナとしてベテランなわけだ」



 海軍兵はどの種の艦でもとても経験が重要になる。それは技量を持ったパイロット並みだ。それが原潜乗員となると士官の知識・経験は遥かに貴重だ。それを多数むざむざ殺させるだろうか? ロシアは現大統領の長期政権下で海軍のテコ入れを図っていた。襲撃に加担した首謀者の粛正しゅくせいだけで事は済むのではないだろうか。



 ロシアの真意を推し量る必要があった。



 クレンシーが振り向くと状況説明のやり取りを終えたクライド国防長官とホフマン海軍大将も彼らの話しに耳を傾けていた。



「ホフマン大将、ロシア海軍の北方艦隊で現場海域へ急行してる艦隊は、通常作戦行動時に比べどれほど多いのですか?」



「通常の作戦行動には随伴艦を含め10隻ほどだが、今回は倍以上の数を繰り出している。それがどうしたんだ?」



「仮に撃沈命令が本物だとして、1隻の通常動力型潜水艦を沈めるのにそれほど必要なんですか? 攻撃型を数艦派兵するだけで事足りるのでは?」



「それは間違っておる。通常動力型は潜行してる限りは戦略原潜並みに静粛性が高く海原で捜し出すのは困難を極める」



 その捜し難いものを沈めるのに現場海域へ先行してるのがアクラ級2艦? クレンシーは変だと思った。大艦隊を繰り出すだけのプレゼンスを示してるロシアがそんな手緩いことをするだろうか? ホフマン大将もそのことに気がついていて対応に6隻もの攻撃型原潜と第2空母打撃群(C S G 2)を現場へ出している。



「ホフマン大将、現場海域へ向かうロシア海軍の原潜はその2隻だけじゃないとお考えなんですね」



 クレンシーの意見に大将は驚いた表情を微かにのぞかせ口を開いた。



「ロシア海軍が得意とする潜水艦戦術は旧ドイツ海軍Uボートのものに近い群狼ぐんろう戦術だ。少数の艦で作戦行動は行わない。最低で2艦、今回の場合その倍から3倍以上の艦を出していると思われる。急行する北方艦隊の空母護衛用にさらに2艦以上が随伴しているはずだ」



 クレンシーはちょっと考えて大将に質問した。



「そのロシア潜水艦隊は我が軍の第2空母打撃群(C S G 2)に対してではなくあくまでもS123を沈めるためにとお考えなんでしょうか?」



 ホフマン大将がわずかに眉根を寄せた。質問の真意を探っているだとクレンシーは思った。



「メリーランドが襲撃された海域へ先に向かっているのはロシア潜水艦の方だ。当然、その襲撃に使われたS123を沈めるために──君はそうじゃないと考えとるのか」



 クレンシーはうなづくと説明した。



「そのギリシャ海軍艦を沈めるのなら一度に潜水艦隊を派兵するでしょう。逃がしてはならないからです。ですがそうでなくロシア艦隊に──この場合、拿捕だほする我が国のメリーランドとS123に対する露払いが目的で──つまり邪魔する艦艇を近づけない為にアクラ級を表向き先行させたのでは? つまり我が国の第2空母打撃群(C S G 2)の足止めに──」



 そこまで説明しクレンシーは視線を落とし中断し思案した。



 S123撃沈命令はフレチネフ大統領からトップダウンで下され、それがロシア艦隊司令部を通し衆知されたからこそ、一部のものが中央情報局へリークしたのだ。だがそこに別な意図が隠されているとしたらどうだろうか。ロシアの大型艦艇には必ず政治士官が乗り合わせている。その政治士官は艦艇でも艦長並みの発言権を持つ。政治士官だけが知る行動原理で洋上に出た原潜に特命が下されれば、表向きは強奪されたS123撃沈への大統領命令が公式に残り、実際は別な狙いがありそれを行う可能性があった。



「ホフマン大将、我が国の第2空母打撃群(C S G 2)でロシア艦艇──北方艦隊を押し切りメリーランドの奪回を行えるのですか? メリーランドがロシア艦艇に取り囲まれたら、数の原理で彼らのいいようにされてしまう。もちろんロシア側の拿捕も含めてです」



 その危険性を耳にしたベーカー大統領が即座に海軍大将に問うた。



「リック、派兵した艦艇で可能なのか? ロシア側から混乱する戦略原潜を守り抜けるのか?」



「大統領、サポート部隊を出すとご報告はしました」



 海軍大将の言葉にクレンシーが食いついた。



「サポート部隊? 艦隊規模の?」



「別な2つの空母打撃群──第1空母打撃群(C S G 1)第5空母打撃群(C S G 5)第2空母打撃群(C S G 2)を追い急行しています」



 当然、ロシア側の北方艦隊と我が国の3艦隊が真っ向から対峙たいじすることになるとクレンシーは考えた。一触即発が大規模な戦闘に突入する危険性をはらんでいる。



「ホフマン大将、メリーランドは襲撃された後も洋上に?」



「潜行したのを衛星で確認している」



「潜っている分にはロシア側も手出しができないでしょうが、我が軍の兵士を──艦内での奪回戦闘に兵士を送り込めないんですか?」



「複数の潜水艦救難艦が随伴しておるが大西洋に救難艇は1基なので少数単位なら兵士を送り込めないこともないが──」



 説明の途中で国家安全保障会議室(N S C R)のドアが開き、ホワイトハウス職員補佐官の女性が姿を見せ大統領を含め数人が顔を向け大統領がどうしたのか尋ねた。



「どうしたんだロッティ?」



「大統領、大切な会議中すみませがわたくしのセリー(:携帯電話の米国俗称)にあなた宛てのお電話が入っております」



「君の携帯電話に? 貸したまえ。受けよう」



 大統領に言われその職員補佐官が会議室に入り扉を閉じてから大統領へ歩み寄り傍らのデスクの上にセリーを差し出した。それを大統領はつかみ上げ耳に押し当てた。



「ニック・バン・ベーカーだ。誰だね」



『私は貴方あなたの国の戦略原潜メリーランドにお邪魔させていただいているソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)だ』



 とっさに大統領はセリーのハンズフリー・アイコンをタップし会議デスクに置いて話し始めた。状況を理解し議論していた数人が押し黙り振り向いた。



「ソスラン・ミーシャ・バクリン大佐(KPR)、君がメリーランドに乗り込んでいるという証拠はあるのかね」



 大統領が故意に相手の名前を復唱し、とっさにコックスCIA長官が自分のセリーをスーツから出し該当人物の確認を始めた。



『声が遠いな。まあ大西洋からの衛星回線だから仕方ないか。大統領、見たまえメリーランドの司令所(C R)だ』



 それを耳にしたホフマン大将が大統領の目配せで画面をのぞきに会議デスクに置かれたセリーへ近寄った。そうして映し出されている映像を一目見て本物だと判断し大統領へうなづいてみせた。



「本物の艦内みたいだ。要求を言いたまえ」



『まず、我々の本気を知って頂こう。これからホワイトハウスをわずかに外し1発のトライデント弾道ミサイルを撃ち込む。心配はいらない。8基すべての再突入体(R V)はイナートだ。プレゼントが届き次第確認したまえ』



 いきなり通話が一方的に切れた。



 強張った表情の大統領が顔を上げるとレディング国防長官が説明しながらデスクの中央に置かれているホワイトハウスの電話に飛びついた。



「閣下、不活性化(イナート)弾だという保証はありません。国防総省(DoD)へ緊急対応指示を出します」



 素早くナンバーをプッシュし国防長官が通話し始めた。



「私だ。クライド・レディングだ。デフコン2に移行。大西洋から1基のトライデントが上がる。推定投射座標はホワイトハウスを中心とした半径200ヤード(:約183m)! 対応できる海軍のミサイル防衛(M D)艦と首都高射隊に迎撃指示──そうだ! 我が軍のミサイルだ。構わん。D.C.に複数目標再突入体(MIRV)を落とさせるな!」



 国防長官は大統領とホフマン大将の顔色をうかがいながら手短に指示した。



 その受話器をレディング国防長官が戻し大統領が他の誰にでもなく若きクレンシーNSA長官に問うた。



「サンドラ、本当に不発弾だと思うか!?」



 クレンシーは大統領にうなづいて明瞭に答えた。



「間違いありません。投射体8基は不活性弾頭(イナート)です。要求を突きつける連中が相手の頭を撃ち抜くはずがないです」



 彼がそう言い切った直後、規定通りに国防総省(DoD)から緊急連絡を受けたホワイトハウス付けシークレットサービスの男達6人近くが国家安全保障会議室(N S C R)に駆け込んできた。その警固のもの達はみなが一様にPDWかハンドガンで武装しており会議室にも大統領を脅かす敵がいるものとして部屋にいたもの達へ鋭い視線を振り回し物々しい雰囲気になった。



「大統領を確認! これよりバンカー(PEOC)へ移動!」



 バンカーとは都心部の核攻撃に堪えうるホワイトハウス最下層にある危機管理センターだった。4人のシークレットサービスに取り囲まれベーカー大統領は対応に集まっているもの達へ大統領危機管理センタ(P E O C)ーへ来るように振り向きながら怒鳴り、その最高責任者を誘拐するようにシークレットサービスの男達が廊下へ連れだした。廊下にも同じ数のスーツ姿の武装した男女がおり、東棟にあるエレベーターへ向け30人近い男女が移動することとなった。



 その護られた大統領の後を駆け足で急ぐクレンシーのひじを誰かがつかみ彼は顔を振り向けた。横に進み出て来て彼に耳打ちしたのはパメラ・ランディだった。



「サンドラ、これは東のプレゼンスではないわ。恐らくはウラジーミル・イワノヴィチ・クロエドフが復権を狙い画策したもの」



 言われた瞬間にクレンシーは小声でアジア統括官に言い返した。



「海軍総指揮官上級大将を解任された奴か!? とうに海軍の定年を過ぎてる奴だ。パメラ、君はどこまで知っていたんだ!?」



「彼が原潜指揮官2人を邸宅へ呼びつけたあたりから。フレチネフ大統領はロシア連邦保安庁(F S B)から報告を受けウラジーミルの策謀を握り潰すために北洋艦隊全軍へS123を沈めるように命じたと分析してるの」



 クレンシーはその最後の言葉に食いついた。



「分析? 情報を得たのでなく君らがつなぎ合わせたのか? ウラジーミルが復権するのに何が必要なんだ?」



「多分、政治献金──莫大な金額の──よ」



 政治献金なら核弾頭を武器商人に流せば6億ダラーが手に入り使えるだろう。オハイオクラスの戦略原潜を手土産にすれば上乗せして6億の価値も上がる。



 だが磐石ばんじゃくなフレチネフ大統領が一度更迭(こうてつ)した指揮官を迎え入れるだろうか? ましてや定年を過ぎた男を?



 軍への復権でなく、党本部への乗り出すのなら6億ダラーでは足らないとクレンシーは思った。そうして同時にウラジーミルが狡猾こうかつな男だとも彼は思い出した。かつて太平洋艦隊にいたころから北方艦隊上層部を失脚させる為にあの手この手を使っていたほどなのだ。メリーランド襲撃に失敗しても北方艦隊が失墜するだけ。彼は北方艦隊だけでなく更迭こうてつしたフレチネフ大統領にも恨みを抱いているだろう。党本部に名をげ自分を追い落としたフレチネフ大統領を失脚させようとするなら莫大な金が必要になる。



 大博打(ばくち)を打つつもりだ。



 イーストウイングのエレベーターにたどり着き、大統領やシークレットサービスが開いたエレベーターに乗り込み振り向いたベーカー大統領へ定員となったエレベーターの外でサンドラ・クレンシーは大統領へ大声で知らせた。









「大統領、連中の狙いがわかりました!」











 その時、遠く離れた大西洋上空静止衛星軌道の宇宙感知赤外線衛星(S B I R S)──早期警戒衛星NROLー42が海面に突如として現れたブーストの噴炎をキャッチし地上管理センター(M C S)へのデータリンクへ緊急情報を載せた。












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