Part 10-1 Keep on Chasing 追い続ける
Worcester County, Mass. 12:20
12:20 マサチューセッツ州ウースター郡
ローラ・ステージは腰のクイックホルスターにグロック18Cを戻しながらゲートを破って走り去った車のテールランプが林の木立に消え去る前に背中に当てられた手で振り向き青ざめた表情のパトリシアを眼にした。
「あいつ──通り過ぎるあいだ──わたしを見ながらニヤツいてた」
少女の頭から足下までざっと眼を走らせたFBIボストン支局の女警部は、怪我をしてないことに安心したがすぐに行動をとった。彼女はスーツから取りだしたセリー(:米国での携帯電話の俗称)のテンキーを素早くタップしFBI支局の部下へ繋いだ。
「サブリナ! デバンスFMCからカエデス・コーニングがたった今、脱獄したわ! 緊急で付近に検問の手配と捜索指示を! 車両はGMのSUV──テレイン。シルバー・メタリック、左前輪がバースト──そうよ、遠くまで走れないし、ハイウェイの検問は除外! ──そうじゃない! 逃げ道を塞がれる上の道を使うようなマヌケではないからよ!」
相手は同じFBI支局の部下──サブリナ・ディーンだった。説明しながらローラはパティの右手をつかみ急ぎ足で壊されたフェンス・ゲートへ行くと詰め所の刑務官を睨みながら管理事務所前の駐車場を目指した。
「何か情報が入ったら知らせて。今から追跡に入る」
通話を親指のタップで切りセリーをスーツに戻しながら彼女は斜め後ろへ振り向き少女へ問いかけた。
「パティ、カエデスの意識に入り込めなくても捜索はできないの?」
少女はしかめっ面で即答した。
「ローラさん、ダイヴできない相手は探し出せないわ。でも──」
医療刑務所に乗ってきたFBIの車両まで来ると警部はパティから手を放し、車のキーを取りだし少女が続ける言葉に耳を傾けながらドアを開いた。そうしてすべてのロックを解除するとパティが助手席のドアを開き乗り込みながらローラに希望を与えた。
「連れ去った看護士──ヒルダ・コレットをもう見つけてるの」
ローラは運転席に乗り込むなり少女へ頷いてエンジンをかけた。
「どこへ向かってるの?」
「運転させられてるヒルダは行き先を聞かされてないわ──それと──」
車を出そうとフット・パーキングを解除した警部はハンドルを握りしめたまま動きを止め、少女の方へ振り向いた。
「──カエデスは車を乗り換えたの。ここに来るとき最後にあった十字路でヒルダに出会い頭の車にぶつけさせて止まった相手の車を奪ったの」
それを聞いてローラは道を思いだした。最後の十字路は西へハーフ・マイル(:約800m)ほども離れてない市道との交差点だった。刑務所で奪った車の左前輪はパンクさせたのだ。使えないとカエデスは判断したのだろう。
彼女はダッジ・ディランゴを走らせ始め急激に速度を上げた。カエデスはまだそんなに離れていない。今なら追いつけそうな予感があった。片手でハンドルを操りふたたびセリーをスーツから取りだし通話履歴から、先ほどの部下のサブリナを選び通話ボタンをタップした。
「パティ、今、あいつが逃亡に使ってる車両は?」
T字の曲がり角に近づき、ローラはそちらに気を取られ少女が小首を傾げているのがわからなかった。
「わたし──車詳しくないから──」
「車種は? 色ぐらいわかる!?」
「あっ、ピックアップだよ。白色。ぶつかって右の荷台の横が潰れてる」
ローラは即座に部下へ手配車輌の変更を伝え、少女にそのトラックが市道をどちらへ向かったのか尋ねた。
「西──だと思うんだけれど。ヒルダが方向音痴なので道をよくわかってないし、彼女行き先を教えられてないの」
西ならレミンスターの方角だった。小さいが4万人が暮らす町だ。遠くに行くと見せかけ潜伏する可能性もあった。そのことも含めて彼女は部下に伝え携帯を仕舞った。医療刑務所からは市道伝いに行くと11マイル(:約18km)ほどと半時間ほどでたどり着く。市道の多くは保安官達が検問するので彼らの手腕にかかっていた。後手にまわり続けると連れ去られた看護士の命も危ない。
だがまだ自分にできることはあるはずとローラは思った。
「パティ、ヒルダの見てるものを──風景を説明して」
「家のない森と野原続きだったのが、いきなり町の道に入ってる。まばらで特徴のない家ばかり。店舗が見えても一瞬。何のお店かわからない」
それじゃあ検討がつけられないとローラは苛立ちかけ、落ち着くようにハンドルを握りなおした。
「特徴を──なんでもいいわ。目立つものを」
僅かな間だ少女が黙り込み、フロントウインドから見える眺めを見つめていた。
「あったわ! 右手に踏み切り。その線路沿いの先に赤煉瓦の家! 3階建て!」
ローラは即座に携帯電話を取りだし通話にすると番号案内をタップし電話を持ち上げた肩で押さえるように傾けた側頭部で押さえた。
「私はFBIボストン支局のローラ・ステージ警部です──ええ、そうです。その緊急配備に関するお問い合わせを──いえ、今から云う特徴のある番地または通り名を教えて頂きたい。お願いします──はい、通りの右手に線路が走っており、踏切の先に3階建ての赤煉瓦がある場所を」
僅かに間をおいて、ローラが数回相づちをうった。
「はい、フロント・ストリート1番地ですね。ありがとう。その通りに手配車輌が走行してる可能性があります。手近な検問からパトロールを──はい、このセルラーに連絡を」
ローラが住所を口にした直後パティが中央のダッシュボードのナビゲーション・システムに通り名を入れ検索していた。
「ローラさん、ちょっと待って。この先の十字路を左に! 抜け道をわたしが案内します」
ナビを見てる余裕はなかった。ローラは見えてきた交差点をタイヤを僅かに泣かせながらそれまでより細い舗装路に入った。そこから少女の案内に従い距離をおいて3度曲がるとフロント・ストリートへ出た。
パティがどうしてサイレンと警告灯を使わないのかローラに尋ねた。
「カエデスを連携で追いつめないとヒルダの安否に関わるからよ。一般車に紛れて追跡しながら保安官達を呼んで包囲しないと私1人では人質の救出は難しいわ。それより──」
パティは何を頼まれるのかとナビゲーションから顔を上げ運転する警部へ振り向けた。
「カエデスが車を乗り換えた時、2台目の車の運転手はよく車を明け渡したわね」
「刑務所のSUVにショットガンが積んであったんでそれを使い脅すのをヒルダが見てたわ」
脱獄犯が銃をとローラは眉根を寄せた。ますます人質の救出が困難になるし、カエデスに時間を与えてしまうと市民に犠牲者がでる可能性が高くなる。
カエデスの逃げる道は片側一車線の追い抜きしにくい道だった。車の流れは多少速めだが、流れ以上で追いすがるにはサイレンを鳴らし警告灯を点けないといけない。だが司法関係車両だとカエデスに気がつかれるリスクは犯せなかった。
ローラは対向車が途切れるのを見計らい前を法廷速度よりやや速いスピードで走るステーションワゴンを強引に追い抜きにかかった。反対車線を猛スピードで走る彼女達の車の前に遠くにいた対向車が急激に近づいてきた。
「ワァオ!」
助手席の少女が楽しんでるともとれる声を上げ、ローラは強引に4台追い抜くと車体を揺すりセンターライン右へとディランゴを戻した。
「パティ、カエデスの車近くの目立つものは?」
「うーん、林ばかりになったから目印が────あっ、開けた場所に出たわ。右側にベージュの筒を4、5本立てたような──たぶん何かのタンク。周りに砂利の山が幾つか──あぁ、また林ばっかり」
パティが教えてくれる内容にローラは一瞬、ヒルダの視線を直接見せてもらおうかと考えてそれを投げ捨てた。運転中に数秒でも意識が離れると事故でも起こしたらとんでもない遅れをとってしまう。
ローラが視線を右に振ると少女がナビの画面を一生懸命にスクロールさせて何かを探していた。
「何がわかったの!?」
「右手にまた開けた場所があってリップ・イット・レンタルの看板が見えたの。焦げ茶のログハウスのそばに黄色い工事車両が並べられてたから、それがレンタルなんだと──あっ、マップにあったわ! 建設機材レンタル店──1マイル(:約1.6km)ぐらいしか離れてないわ!」
「カエデスの車が走ってる道の名前を!」
ローラはさらに2台追い抜きぐんぐんと加速させながらパティに尋ねた。少女は僅かにナビを操作し目的の名称を見つけた。
「プロスペクト・ストリートよ。もうレミンスターに入る」
ローラは僅かにアクセルを緩め、また携帯電話をスーツから取りだし助手席のパティに手渡した。
「番号案内でレミンスター警察に繋いでもらって」
少女がレミンスターの警察署を呼びだすあいだ、ローラはさらに数台追い抜いてカエデスに少しでも距離を詰めようとした。
「繋がったけれど、なんて言えば?」
ローラはセルラーを右耳に押し当ててと少女に頼んだ。
「私はFBIボストン支局の警部ローラ・ステージです。デバンスFMC(:医療刑務所)から逃走した受刑者カエデス・コーニングの捜索情報をお伝えします──はい、そうです。現在、私は受刑者を追跡中、プロスペクト・ストリートからレミンスターへ向かっています──そうです。プロスペクト・ストリート! なんとしても市内で追い込んで下さい! ──はい、お願いします」
そこまで話すとパティが電話機を彼女から離した。
「パティ、あなたがセルラーを預かって。それとあなた拳銃を安全に扱える?」
「ええ、きちんと訓練受けています」
「私がシートの背もたれから腰を離すから、右腰の後ろのホルスターから私の拳銃を抜いて、左の腰の後ろにあるクイック・パウチからマガジンを1本抜いて拳銃のものと差し替えて」
「拳銃? マシンガンみたいだったわ」
「司法関係者向けのマシンピストルよ。車の中で暴発させない。2人とも大怪我ではすまないから」
ローラがハンドルを引き寄せるように身を背もたれから離すとパティが手早く腰の後ろに手をまわしグロックと予備マガジンを抜き取ったので、ローラは身体を後ろに戻した。
「大丈夫です。マシンガンやバトルライフルも扱えますし」
「勘違いしない。あなたにカエデスを撃てと言ってないわ。弾倉交換したらホルスターに銃を戻して」
「撃てるということを覚えておいて」
ダメよと言いかけてローラは姪のマリアが言っていたことを思いだした。少女が特殊部隊の一員だと言っていたのだ。とんでもないとローラは思った。パティを安全にするという約束でFBIの捜査を手伝わせているのだ。たとえ銃器の訓練を受けていてもダメだ。それでも──とローラは思った。
「撃たなければいけないとき、その銃──グロック18Cは一般のハンドガンよりかなり暴れると知っておきなさい。フルオートはレシーバー後端のレバー2つマーク。できるだけフルオートにしない」
「了解」
返事をした少女へローラは僅かに視線を向け顔を強ばらせた。パティは銃のスライドを少しだけ引き戻しエジェクション・ポート(:排莢口)を覗いていた。
「何してるの?」
「銃を渡された時は装填されてるか確認することと習ったから」
言いながら少女は静かにスライドを戻しマガジンキャッチを操作し弾倉を引き抜いた。そうして中指と薬指で挟んでいる弾倉をマガジンウェルに押し込んでマガジンの底をダッシュボードにぶつけたのでローラは驚いた。弾倉の装填不良防止と弾倉の弾丸を均一なテンション状態にすることまでパティが知ってるのだ。
「パティ、あなたアサルトライフルをきちんと扱えるの?」
「問題なく。色んな奴を使えます」
「トランクに1挺あるわ。私が頼んだら装填を頼むかもしれないから。それと──」
ローラは聞くのを躊躇した。自分の思い過ごしだと割り切った。
「人は撃ったことないよ。射撃訓練だけ。ああ──」
ローラは思考を読まれたのかと思った。だが少女の説明で話しの流れから補足したのだと気づいた。
「なに?」
「インドアアタック(:室内突入)もOK」
ローラはため息をついて警告した。
「トランクにプレートキャリア(:防弾着)もあるから」
「はーい」
パティが返事をした直後、ローラが預けたセルラーの呼び出し音が鳴り始めたので少女は太腿に銃と弾倉を乗せたまま、携帯電話をポケットから取りだし応対した。
「──はい、伝えます。カエデスが奪った車が見つかったって」
車だけが見つかったのだ。じゃあ、人質のヒルダと奴はどこへとローラは困惑した。
プロスペクト・ストリートをT字路の突き当たりまでピックアップトラックを走らせ看護士に左折させすぐに細い路地へ右に曲がった。しばらく道なりに走るとカエデス・コーニングは左手に大きな駐車場のあるコの字に囲むように幾つかの何かの商業店舗を見つけた。出入り口の店舗名が連なる広告塔にウォーター・タワー・プラザとあった。
カエデスは看護婦に道からはずれその駐車場にトラックを入れさせ800台ほど駐車できそうながら空きの大通りから離れた奥の方へ車を停めさせた。車が止まるなり眉間に皺を寄せヒルダ・コレットが訴えた。
「わたしを解放して」
「いいや、まだだヒルダ」
男はそう言いながら辺りを見回していた。そうしてピックアップにあった麻布でショットガンをカバーすると車から降りた。
「そのジャンパーを着ろ」
ヒルダは言われるままに、元の運転手が着ていた防寒着に車内で袖に手を通した。そして命じられる前にドアを開いた。
「よし、俺に付き添うように左腕を握りしめ横を歩いてついて来い」
ピックアップのフロントを回り込んできた囚人に言われ彼女はそうした。それでいながら辺りに助けてくれる人がいないかヒルダは視線を游がせた。だが50ヤード以内に人影どころか動くものがなかった。逃げだす素振りを少しでも見せたら撃たれるだろうかと、彼女は囚人の手に持つ銃を意識した。
カエデスは駐車場の大通りに面した方へ歩き始め道沿いのアップルズというレストラン前から走ってくる車を見計らい看護士を連れ横断歩道を渡り木立の先に見える数階建ての横に長い建築物を目指した。
安全な場所に──警官らの来ない安全な場所を探すのだ。
中断された人生を取り戻せ。
その思いにとり憑かれたように逃げ場所を、隠れ場所を求めた。
偶然にも看護士を連れ目指す建物はヘルス・アライアンス医療センターだった。
横断歩道を渡る2人をレミンスター警察の巡回パトロール29号車の巡査達はじっと見ていた。渡り終え医療センターへ向かいだした手配されている脱獄容疑者と思わしき男を追い病院へとハンドルを切った。




