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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #9
45/206

Part 9-4 Slashing 斬撃(ざんげき)

Wawayanda State Park, NJ. 12:30


午前12:30 ニュージャージー州ワワヤンダ州立公園



 湖を飛び越え眼下に小さな町の住宅地が流れ去り、NSA(:国家安全保障局)のヘリ──ベル412EPIはすぐに野原に点在する森林へと出た。



「ダニエル! あとどれくらい!?」



 4枚のメインローター・ブレードの爆音に負けまいと局長のマーサ・サブリングスに大声で尋ねられNSA・ニューヨーク支局対テロ即応班のリーダー──ダニエル・キースはハンディ・タイプのGPSモニタを身体の横に付けたパウチから抜きスライドドアの窓に近づけ小型の液晶画面に表示された地図を読みとった。



「局長、あと2分!」



 言いながら彼はマーサへ腕を突き出し右手の指を2本立ててみせた。



 ニュージャージー州兵の乗っていた2機のヘリが落とされたのは州立公園のどの辺りなのだと、彼女は反対側のスライドドアの窓から地上の様子へ眼を凝らした。その直後、ヘリの2発のターボシャフトエンジンの甲高い音とは違うもっと低い周波数の音に気がつき、振り返ってコクピットのキャノピー越しに前方へ視線を向けると、1マイルも離れていない林をかすめる軍のジェット戦闘機が左に翼を傾けてターンを終えさらに高度を落としながら直線飛行に入るのが見えた。



 あそこが州兵の落とされた場所だわ!



 ならあのジェット戦闘機がニューヨーク州空軍の攻撃機! だが──2機いない!? まさか────!?



 疑念の膨らみに連鎖するように林先の草原に突然起きた大地を裂いた爆発と多量に巻き上げられた土砂、急激に立ち上がる細長く登り狂う噴煙の重なり──コックス・テール・ジェット!──マグマ水蒸気爆発! こんな場所で噴火なんて有り得ない!? ヘリ後部に乗るダニエル、ララ、イーサンと操縦席の合間に争いあうように身を寄せ合いマーサ・サブリングスは700ヤード(:約640m)先の光景にとりかれていた。





 私達の来た場所で何が起きてるの!?











 僚機を落とされた瞬間ブルー・サンダー1のヴァージル・エルトン中尉(1stLt.)はホッグ・ドライバーの意地で、左手でスロットル・レバーを最大出力にまで押し込み左のラダー・ペダルを踏み込みながらコントロール・ステックを左へ思いっきり切り込んだ。



 急激な旋回で高度を失い一瞬沈降した対地攻撃機ヘッジ・ホグの2基のTE34ーGEー100ターボファン・ジェットエンジンは1.8秒で最大回転数に達し18130ポンド(:約8.2t)の推力が機速を280ノット(:約519km/h)から365ノット(:約676km/h)に嵩上かさあげした。大きなエルロンの跳ね上がった左翼がスプルース(:米唐檜(とうひ))の樹頂数本を裂き千切り、それでも逃げ遅れた左垂直尾翼が飛来した雷光に破裂した。



 左の垂直尾翼を欠いてなお樹林をかすめながら飛び続けたサンダーボルト(Two)は600ヤード(:約549m)で機首を最初の攻撃ポイントへ転換するとその木々ぎりぎりの高度で直進に入った。



「この低空と速度で墜とせる(やれる)ものならやってみろ!」



 エルトン中尉(1stLt.)は怒鳴りつけ兵装選択から2基のMk82投下爆弾に切り替えHUD(操縦計器頂部の光学情報機器)の変化した蛍光グリーンのTVV(:統合速度ヴェクトル)の小さな円の下に伸びたラインが地上にいたテロリストの方へ伸びており、それをCCRP(:爆撃連続演算モード)に切り替えた瞬間、ASL(:アジマス・ステアリング・ライン)が光学情報機器のFOV(:光学照準器)の中央に伸び、PBRL(:爆撃照準線)の延長線──爆撃通過ラインがASLと重なっていた。



 だが最低爆撃高度を下回る『X』表示が出ており、彼がCCRP(:連続演算投下ポイント)I AMサブモードに切り替えた瞬間PBRLが消えHUD中央──上下左右にラインの突き出た円のシンボルが現れた。円の内側にはアナログゲージが円弧に沿って0時から9時まで伸びてそこに接して2つの三角形があった。その2つの間が投下できるタイミングで近接した三角形どうしの間隔が非常に狭かった。だが円中央をASLが貫通している。コースに狂いはない。



 投下できるタイミングが一瞬を意味していた。



 投下まで3秒かかる。



 信管の作動高度を上回りしかも対空兵器を喰らわないぎりぎりの高さで直爆できるなら構わない。迷う余裕もなかった。エルトン中尉(1stLt.)は操縦桿のピックルボタンを押し込み続けてリリース(:投下)指示をコンピューターへ命じた。





 森林の途切れた先の投下ポイントに来た瞬間、両翼に連なるパイロンのSta.3と9(:牽吊(けんちょう)ストアステーション)下のMAUー50/Aボムラックにつかまれていた低抵抗自由落下型マーク82──1000ポンド(:約454kg)爆弾2基がラックの小さなガス爆轟で突き出たピストンに下へ押し出され前から解放され、その一瞬アーミングワイヤが抜け信管の安全装置が解除された。刹那、彼はヘッジ・ホグもろとも水蒸気爆発の狂った散弾の嵐に飲み込まれた。











 引ききった魔剣を力の限りの速さで振りだし、白銀ショートヘアの黒い戦闘服(バトルスーツ)の女が顔を振り上げた刹那、相手の双眼が様々な青をぎらつかせにらみ据えていることにシルフィー・リッツアは初めて感じる巨大な戦慄に鷲掴わしつかみにされ一瞬に近い極短時間に高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)しシルフの加護──魔法障壁(マジック・ウォール)を展開した。その須臾しゅゆ、彼女は眼の前で起きたことが理解できなかった。



 水と炎の大きなエレメントが突然出現し触れた寸秒で巨大火山の噴火のような凄まじい爆発に魔法障壁(マジック・ウォール)が悲鳴を上げ青から真っ赤になった結界に押しやられドラゴンの尾に弾かれたように彼女は後ろへ飛ばされた。



 気がとびかかった短時間にハイエルフが眼にしたのは、眼の前が噴き上がる土砂と土煙だけで爆炎魔術でないことを理解した。そうしてシルフィーは木に背中からしたたかに叩きつけられ地面に落ち混乱した。





 人間が精霊魔法を使うことなどできぬ!?





 だがあの女は詠唱えいしょうもなしにあんな大きな2つのエレメントを引き寄せた!?





 有り得ない!



 600年かけた私にさえできないのに────!





 あまりにも多量に降り注ぐ土砂の飛礫つぶてに彼女の魔法障壁(マジック・ウォール)は悲鳴を上げ続け不安定にあえいでいた。



 腕を立て地面から顔を持ち上げたハイエルフは、降り注ぐ飛礫つぶての轟音の中に強くなる別な石どうしが弾ける音が大きくなるのを聞き取り顔を上げ、土煙の中に急激に膨らむ陰を眼にした。その陰影が小屋ほどにも拡大しさらに大きくなり地面にぶつかる刹那、爆轟の波を空中に放ち落ちているすべての飛礫つぶてが向きを変え一瞬動きを止め、その巨大な岩石は縦にひびを走らせれゆっくりと左右に割れ落ち地鳴りを響かせ地面に転がり落ち、その間合いから淡い青の輝きがあふれ始めた。



 エルフが見ているのは、多量の落石が叩きつける瀑布を歩き抜けてくる女の姿。斬り倒そうとしたはずの相手の女が揺るぎなき真っ青な魔法障壁(マジック・ウォール)に守られその落石の雨を分け出てくる姿だった。だがさらにおどろかされたのは女が落石の瀑布に負けない大声で告げた言葉だった。









"Silfy, hví drepa fólk !?"

(:シルフィー! どうして人を殺める!?)









 なぜこいつはエルフ語を喋れる!?





 どうして私の名を知っているんだ!?





 起きかかった身体の動きが止まりシルフィー・リッツアは顔を引きらせた。











 800ヤード(:約732m)先の状況を電子光学ズームで見ていたケイス・バーステインはチーフが火焔を耐え抜き、長身の女と白兵戦を始めた直後恐ろしい爆発に巻き込まれたと思った。



 まるで大型爆撃機Bー52全弾倉分の投下爆弾が一度に爆発したような衝撃に彼は身構え爆風にさらされた。押し寄せたのは風だけではなかった。1インチもある石が幾つも飛来してきて彼は顔を両腕でかばった。





「チーフがられた!」



 アン・プリストリへ腕でかばった顔を向けそう怒鳴った直後、ケイスはジャベリンの射撃ユニットを放り出し仁王立ちで爆轟を見つめつぶやく彼女に気がついた。



られてねぇ! すげェぞォ少佐ァ──お前ェ──どんだけすげェんだァ──」



 爆風にケイスは見えなかったが、フェイス・ガードを跳ね上げて平然と眺める相棒の瞳が真っ赤な縦長の虹彩に変貌してるなど気づくはずもなかった。その裏煉獄のルーラー(:裁定者)真横の地面に空から甲高い音と共に落ちてきた大型爆弾が突き立ち、アン・プリストリは罵声を張り上げ必死でケイスの方へ駆けだした。











 火焔放射の次は自爆か!?



 だがどれほどの爆発物を一度に爆発させたんだ!?



 草原に伏せていた東 麗香(あずまれいか)は頭を抱え落ちてくる石や土の雨に堪え無線で他の3人のスナイパーに呼びかけた。無事だと言いながらわめくものや冷静に安否だけ伝えるものと無線が混信した。



 あの爆心にいたマリア・ガーランドは絶対に助かりはしない。しかし──と彼女は一縷いちるの望みにすがりビームライフルのシュミット・ベンダー製スコープのアイカップにフェイス・ガードを跳ね上げ裸眼で視点を合わせた。



 300ヤードもない近距離なのに激しい土煙と落石で見たいものが定まらなかった。その茶と灰の乱れ重なる色の中に有り得ないものを見つけ彼女は驚いた。





 まるで青く光るもやのようなものがそこにあった。





 それが多量の落ちてくる土砂に見えなくなる。



 なんなの!?





 チーフだけでない。あの火焔放射器女も爆発で事切れているはずだった。それなのに土砂の瀑布に消えていった青い光は人工的な感じが拭えない。


 麗香はわずかに舌打ちし、落ちてくる石に逆らい身体を起こし始め、スリングでビームライフルを背中に掛けせていた横に置いていたFNーSCARーHを拾い上げストックを肩付けし銃口を振り上げた。



 調べに行かなくてはならない。



 たとえマリア・ガーランドが死体として見つかるとしても。



 それに青い光のケープが気になって仕方なかった。











 恐ろしく多量に飛んでくる大小の石が、クレーターの中央に突き立った弾道ミサイルにぶつかり凄まじいティンパニーの連打を奏でていた。



 跳びだして行ったチーフの50秒後に大爆発が起きてクレーターの縁から顔を出していたアルバート・ジョーンズとイブリン・ノースの2人は叫び声を上げながら斜面を転がり落ちてきた。



「何が爆発したんだ!?」



 他の仲間に大声で尋ねられアルバートはかぶり振った。



「わからねぇ! まるで気化爆弾みた──ぃ─!」



 彼が大声で返事をしている刹那、空高く上がった第一陣が高速で飛来し皆は頭を寝かせた銃器のレシーバーやストックでかばいわめき散らした。



 FNーSCARのレシーバーにフットボール大の石が命中しアビス・ブリーチが衝撃に昏倒したが他ものでかばえるものなどいなかった。ただひたすら堪えている最中に今度はイブリンがねじれたストックをつかんだままうつ伏せに倒れ身動きしなくなった。



 眼に見えて落ちてくる石が減り出すと、クレーターの縁を乗り越えて、ハントとマーガレット──スナイパーの2人が斜面に尻を擦りながら滑り下りてきた。





 その音に気を失っていなかった4人は慌ててまた頭をかばいうずくまった。











 2700フィート(:約823m)の距離で旋回していた対地攻撃輸送機のハミングバードにまで最大放物線を描き飛来した石がぶつかり、急激に離れようとする機体に振り回され後部ランプを下ろし状況を見ていたワーレン・マジンギ教授は振り落とされそうになり慌ててランプ横の油圧シリンダーをつかみ堪え抜いた。



 彼は眼にした爆心にまったく焔が見えなかったことに混乱していた。まるでGBUー43/Bが地上近辺の空中で起爆したのを見たような気がして動揺したが、湧き起こった噴煙が積乱状のものでなく細長く縦に伸びたことで爆心は地上ぎりぎりか、地中の可能性があると考えた。



 しかしマーク8系の若い番号の投下型爆弾でさえ中心に一瞬火焔が見える。だが見ていたど真ん中で起きた爆発は土砂の山を蹴りだしただけで火焔はまったく見えなかった。



 爆発の起きる直前にAー10サンダーボルト(Two)が爆心へのコースで突っ込んでいたが、所詮しょせんは攻撃機1機──すべてのハードポイントに兵装してもその最大爆撃量ですら、今の10分の1の規模の爆発も引き起こせない。



 たとえ爆撃機Bー52の改修型であってもMk82爆弾で112基──TNT換算の破壊力(熱エネルギー換算ではありません)約41万7千ポンド(:約189t)分にしかならない。眼にした爆発規模なら十数機分の弾量を一点に同時投下し同時起爆させなければ無理だろう。それはクレーターの規模を見れば推し量ることもできた。



 もっと近づき見たかったが、パイロットは逆のことを考えていた。







「馬鹿もんがぁ! 遠ざかってるじゃないか!?」







 教授は苛立ちの声を上げ、ランプの上で地団駄を踏んだ。











 咄嗟とっさに選んだものが何をもたらすかなんてわかるはずもなかった。



 マリア・ガーランドは眼の前でハイエルフが大振りで大剣(クレイモア)──ディスタント・テスティモニィ──隔絶かくぜつされしあかしを凄まじく斬りつけようとしているのを見た一瞬、覚えたばかりの水と焔のエレメント2つを多量に意識し一点にぶつけるつもりで集中させた。



 刹那、打ちつける固い空気の壁を感じ、視界が大きな滝の瀑布が巻き戻され上に向かい立ち上がるように多量の土砂が飛び上がっていた。そうしてマリーは自分の周囲があおいスクリーンにおおわれ守られていることにも気づいた。



 何が起きているの!?



 地から離れる土砂が埋め尽くしていた名残なごりは大きく深く開いた穴一つで、そのもとあった地面にじぶんが浮いていることの不思議さにマリーは瞳をおよがせ視線を前に戻すと、隔てられたハイエルフの命の息吹きを感じ、同時に舞い上がる土砂の中に同じあおたてに護られる対地攻撃機が空にとどまっていることすら感じ取っていた。



 寸秒でマリーはわれを取り戻し、何もない穴のもと地面の上を確かな感触で歩き、勢いを失い落ち始めた多量の石飛礫(つぶて)を通り抜けると、地面から起き上がろうとするそのハイエルフ──シルフィー・リッツアが見えてきた。精霊シルフのエネルギーの飽和した魔法防壁(マジックウォール)に護られた人とは違う種のそのものを見た瞬間、女が背後の林で数人殺したことをマリーは思い出し怒りに駆られ怒鳴った。







"Silfy, hví drepa fólk !?"

(:シルフィー! どうして人を殺める!?)







 顔を引き吊らせ唖然したシルフィーが自分に返りクレイモアをつかんだまま跳びあがるように立ち上がった。







"Er það mannlegt !? Af hverju Þekkirðu orð Álfur !? Hvernig veistu hvað ég heiti !?"

(:人間!? なぜエルフ語を操れる!? なぜわれの名を知ってる!?)







 彼女の薄い赤から紫へ変色し始めたマジックウォールが加護の力を取り戻しつつあった。クレイモアの切っ先を振り向けハイエルフが大声で問い返した。その女の知識が詰め込まれたはずなのに思い浮かぶ断片は関係ないものばかりでマリーは苛ついた。



"Hvernig...Ég veit ekki af hverju þú komst í þennan heim...En ef þú skaðar fólk skaltu beita valdi til að útrýma þér."

(:どうやって──なんのためにこの世に来たのか知らない──けれど、人に害をなすなら武力を持ってあなたを排除する)



 言い切りマリーは右手に握るファイティングナイフのハンドルに力を込め握りしめた。







"Það er allt vegna skrímslanna sem þú sendir...Getur þú, Mannleg, útrýmt mér !? Gerðu það ! Eyðileggja með þessu sverð !"

(:元はといえばお前らがけしかけた魔物が発端──人間のお前がわれを排除するだと!? やってみろ! この剣の前に滅びるがいい!)





 シルフィーは吐き捨てるように言い切り片手で向けていたクレイモアのハンドルを自分の方へ引き寄せ左手を添えゆっくりとつかむと、切っ先を一度後ろへなめらかに振り向け頭上で弧を描き顔の左前に両手で握りしめるグリップを移しその刃の先端を高々と上げた。追いかけるように刃から虹の帯が残像を曳きながら美しい螺旋を描きソードの形へと収まる。同時に右足をわずかに後ろへ下げ戦う意志を表明した。すでに青い輝きを取り戻した彼女の魔法障壁(マジック・ウォール)は万全を期したてとなっていた。









 そのハイエルフの双眼をマリーが見つめている瞬間、それが泣き叫ぶ別な顔に変わり大地についた両(ひざ)こぶしを叩きつけそのエルフの女はうなだれ震えた。周りには頭部を失った同族のしかばねが幾つも倒れておりそれらが流れてきた霧に呑み込まれた。



 何なのだとマリーは瞳を強ばらせながらも利き腕のナイフを腰の後ろに引き寄せ、わずかに外へ爪先を向けた左足を前に出し腰を落として臨戦態勢に入りながらこの防壁(シールド)2つ互いに守られながら斬り合うことは可能なのかと疑念が膨らんだ。



 だがにらみつけていた相手の視線がおよぎ揺れてマリー後方の斜め上へと向けられたのを彼女も気がついた。後ろを振り向くなど今、この状況で許されるはずもない。急激に落石の減る空を覆っていた土煙が風に流され、もう一つのあおい防壁に護られたそれがマリーの後方頭上に現れた。



 両翼とキャノピー後部から後方すべてを無くした対地攻撃機Aー10Cウォートホッグのなれの果て。残存部分でさえ膨大に飛来した石に叩かれ外板が細かく陥没していたが、チタニウムの防御層(バスタブ)に護られたパイロットは気を失っているものの無事だった。









 シルフィーはあの岩石の瀑布の最中に眼にする黒のいくさ衣装に身を包む女がみずからだけでなく空を飛来してきた魔物のなれの果て──バッファローほどもある塊を別な魔法障壁(マジック・ウォール)で守っていただけでなく、微動だにさせず空に浮かべていることにも驚愕していた。おどろきハイエルフが見つめるその浮かぶものはゆっくりと降りてきて、短い刃物を構える女と地面にできた巨大な穴の縁の中間の地面に着くとあお魔法障壁(マジック・ウォール)かすむように消え失せ動かなくなった。



 あの短時間に人がここまでのことをできるはずがない!



 ものを飛ばし正確に操るのは並外れた魔力(スキル)の持ち主でないとできない。しかもそれをあの多量の土砂の中で正確に浮かせていたのだ。



 この白髪の女は人の姿をした魔族の上級クラスの化け物! そうに違いない! なら斬り殺すのに躊躇ためらう理由などなかった。



 ハイエルフはその人の女の姿をした魔族へ視線を戻し、相手目掛け駆け出した。相手の魔族も両脚を繰り出し低い姿勢で全力で迫ってくる。



"Reyndu að vera undir árás ! Blað árás !!"

(:受けよ! 斬撃ざんげき!!)



 両の腕と捻る身体、それに踏み換えた脚のバネすべてを込めてハイエルフは斜めに恐ろしい速さでクレイモアを振り切った。







 爆轟が広がり空気が逃げ地面の小石が衝撃に外側へと弾け飛ぶ。剣がぶつかったその中心からオレンジと白の火花があふれ飛び散った。







 その火花の中心傍ら先に魔族の女が振り上げた二の腕とラピスラズリの片眼が見えていた。その矮小わいしょうな魔剣ごときで大剣(クレイモア)──ディスタント・テスティモニィ──隔絶かくぜつされしあかしを防げると思うな! 相手の短剣に受けられた長剣を素早く引き戻し、身体の前に立てて引きつけ身体を左へ回転させ、逆側からクレイモアを襲いかからせる瞬間、シルフィー・リッツアは長剣のプロテクト解除を高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)で始め、身体の周りを一回転して加速させながらマリア・ガーランドの前に迫る剣身は虹色から真っ赤に輝きハレーションを起こした。





"Slepptu síðan, Læðingr þvingun...Hróðvitnir innsiglað til jarðar...Rísa upp og verða sverðið mitt !"

(:されば解くレージングの拘束──大地に封印しフローズヴィトニル──蘇り我の刃とならん!)





 長剣は波打つ白銀へと変貌しそのみねに一瞬猛り狂う狼の形相が流れ銀色の駆ける帯となり襲いかかった。









 一度受け切った相手の刃が引き戻されひねった身体を回し空気にうなり左から襲いかかる時にはすでに変貌し大地を食らうエネルギーを放っていた。



 刃が離れた瞬間、マリア・ガーランドも両脚を交差させ身体を右にひねり後方を回したファイティングナイフを伸ばした右腕で送りだした。その瞬間、彼女は『ディスタント・テスティモニィ──隔絶かくぜつされしあかし』の本当の意味を思い出し、凄まじき速さで斬りつけようとしてくるクレイモアの力に驚愕し、4つの属性にない特殊なエレメント一つ種をありったけ集め相手の太刀筋一点に集中させ凝縮させた。











 その直径2マイクロミリの1点──そこに太陽の一万倍の重力(グラビトン)が爆縮し空間に逃げ場のない穴を穿った。












☆付録解説☆



1【CCRP】(/Continuously Computed Release Point :爆撃連続演算モード)。アメリカ軍対地攻撃A-10C Thunderbolt Ⅱの操縦席コンソールトップに載るHUD(:情報表示機器)の表示の1パターンです。非INS誘導および非誘導武器に適用され、通常爆撃に使うモードで飛行に必要な情報は最小限度、飛行コース、爆撃コース(ドリフト加減算済み)、タイミングなどを表示しています。資料例での投下兵装はMk.82FFBです。


A-10C Thunderbolt HUD CCRP Mode

 ※黒い表示は解説のためのものです。


挿絵(By みてみん)



2【 CCRP IAM Sub-Mode】I AMのサブモードです。手動による投下タイミングを取るためのモードで中央円の内側のアナログゲージに表示された範囲で兵装投下しますが、指示を出し投下まで3秒のブランクがあります。資料例での投下兵装はGBU-38です。


A-10C Thunderbolt HUD CCRP I AM SubMode


挿絵(By みてみん)



3【レージング】(/Leyding)革の戒め。北欧神話で神々が狼の化け物フェンリルを拘束するために用意した鉄鎖です。



4【フローズヴィトニル】(/Fame-Wolf)悪評高き狼。北欧神話で神々に災いをもたらすと予言され、最高神オーディンと対峙して彼を飲み込んだ怪物フェンリルの別名です。












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