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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #9
42/206

Part 9-1 World Tree 世界樹

Wawayanda State Park, NJ. 12:28


午前12:28 ニュージャージー州ワワヤンダ州立公園



"The target of the ground attack is personnel. Repeat. Personnel. Woman ─ blonde long hair. We're in a field a hundred and seventy yards south of the West 300 yard forest from heli smoke. Can be suppressed by cannon."

(:対地攻撃の目標は人員だ。繰り返す。 人員だ。女性──ブロンドロングヘアー。ヘリの煙から西300ヤード 林の南170方向200ヤード先の野原にいる。機関砲で制圧可能)



"Roger, JTAC, Approve the target of CAS.We are inbound to target."

(:了解、統合末端攻撃統制官。近接航空支援対象(攻撃目標)を受領。射程内に入る)



 ブロンドロングヘアーと聞いて隊長機のブルー・サンダー1のヴァージル・エルトン中尉は一瞬美人かと問い返そうと思ったがやめにした。



"Vigilant !. The enemy is in possession of AAM"

(:注意しろ。敵は対空兵器を所持!)



 それは穏やかでないな。だが低空進入し一撃を浴びせ低空で飛び去る航空機に対し赤外線誘導のミサイルは対応し辛い。ヘリみたいな鈍足なら大いに問題だがと中尉は思った。



"Roger, JTAC, Prepare a countermeasure."

(:了解した、地上誘導班。対抗策を準備する)



"Did you hear that, buddy, BT-2? RWR and chaff available.Cleared hot.Weapons free."

(:聞いたか相棒? RWR(:後部警戒レーダー)とチャフを用意。攻撃準備)



"Yeah, Copy that, BT-1.Weapons free."

(:ああ、用意した)



"First we try to strafe the GAU-8"

(:まずは掃射してみる)



 ブルー・サンダー1番機の中尉は操縦席正面右の多機能ディスプレイに表示されていたRSTA(:攻撃目標指示班)の指示する地図上の表示を液晶周囲のボタン操作で機首の高解像度カメラに切り替えた。



 そうして操縦桿を緩やかに押しながらそれまで高度5000フィートを360ノット(:約667㎞/h)で巡航してきたAー10CサンダーボルトⅡ対地攻撃機は指示された対地攻撃座標の1マイル前から主翼両側のエルロンを上下に展開し急激に高度と速度を落としフラップを10度下げ高度150フィート(:約46m)に沈降し、進入角度30速度を250ノット(:約463㎞/h)で標的を捉えた。右斜め後方の2番機も100フィート(:約30m)で追従していた。



 林越えに見えてきた標的が火炎放射を行っているので見間違いないと判断し中尉はヘッドアップディスプレイのCCIPガンクロスに標的を据えた。











 目の前で空中から引き抜かれるオーロラの輝きをあふれさすクレイモア(:大剣)が自分の身長ほどもある凶器だとマリーの反射神経は迂回よりも間合いに飛び込むことを強要した。



 大柄な相手の女がどれくらい力があろうともかなりの重量があり6フィート(:約1.8m)近くも刃渡りのある剣を引いて攻撃に移るにはかなりの間が空き、その前にマリーは相手の喉元にナイフを押しつけ行動の自由を奪うつもりになった。



 相手のエメラルドのような瞳をにらみつけ相手のつきだしている右足首の真横に左足を踏み込ませて、右手に握ったファイティングナイフを直線的な弧で相手の喉めがけ振り上げかかった瞬間、クレイモアをすでに身体の後ろに引ききった相手の瞬発力に驚かされ、さらにはその相手が一瞬にして7ヤード(:約6.4m)も跳びす去り、マリーも瞬時に突き出した右足で後ろに跳び退いた。



 須臾しゅゆ、2人の間の土が連続して吹き上がりその土煙が横へ走った。



 低く重いジェットの音にマリーが視線をおよがせると100ヤード(:約91m)先をパスした2機のジェット戦闘機がその先の森林の群れを飛び越え左へ翼を傾け低空で急激な旋回に入った。



 サンダーボルト(トゥ)! 対地攻撃機!



 おどろいたマリーの右視野の中で振り向いた長身の女が左手を攻撃機へと振り上げ早口の大声で何かを怒鳴った。刹那、その女の振り上げた腕の先──空中に真っ白なフレアが膨れ上がり、まるで短いビームのような光4つが消えかかる航空機へと走った。



 その直後、2機の後続で斜め後方を飛んでいる機体後部に光が吸い込まれた瞬間、爆轟が広がりエンジン2つの付いた機体後部が千切れ飛んだ。



「止めろ!」



 破砕した機体のキャノピィが吹き飛び座席が射出されるのを確認しマリーが女に向けて怒鳴りつけた直後、彼女へ振り向いた長耳の女がまたしても聞いたことのない言語で何か吐き捨てると、クレイモアを後ろに振り切り猛然と駆け込んできた。









「いいか、シルフィー・リッツア。貴公はすでに我々同族において最強となった。よってこれからの修練は外に対し求めなくてはならない」



 こうべたれ片(ひざ)をつき、立てたひざに左手を載せ、右手を胸に当てる彼女の前で千年生きると云われる長老がその年齢を重ねた眼差しで見下ろしていた。



「顔を上げよ、シルフィー。これは貴公に授ける我が種族の原拠。ディスタント・テスティモニィ──隔絶かくぜつされしあかし



 顔を上げ彼女が眼にしたのは、長老が空間から引き抜く見たこともなき輝きを放つクレイモア。



「老師──それは破壊の剣ではないのですか。すべてを打ち砕く剣。恐れ多くもわたしなどが手にするにはおこがましい」



 言いながら刃の波打つ虹色の光に彼女は魅了されていた。



「そうだ。万物を切ると云われるこの剣を貴公が抜くとき、対峙するは魔王か至高の眷族けんぞく。貴公はそれを見切りさやに戻すか刃を交えるか銓衡せんこうしなくてはならぬ」



「老師、もしわたしがそれを見誤れば──」



「神の怒りの前に我が種族──ハイエルフのみならず多くの種族が滅びゆく」



 彼女は思わず生唾を呑み込んでしまった。長老が云わんとしていることは命を持つあらゆる種族──それは契り結ぶ精霊達にも及ぶことを意味している。しかしはかりごと巧みな魔王と至高な眷族を見間違えば──。



「老師──教えて下さい。眷族けんぞくを見誤ることなきよう」



「簡単じゃ、シルフィー。心の眼でしかと見よ」



 そう言い長老が彼女の左肩にクレイモアのわずかに暗く輝くフラー(:)を載せた瞬間、彼女のエメラルドの虹彩が大きく開いた。









 爆轟の雷鳴を引きずる荒れ狂う大気の渦を従え白銀の髪をなびかせ見事な翼を広げしそのものが見下ろしていた。









 見つめる宝玉の双眸そうぼう────ラピスラズリの輝き────どこまでも蒼い天空の瞳。









 眼の前の矮小わいしょうやいばを向けるこの銀髪の人間の女が眷族けんぞくであるわけがない!









「我を たばかるな! 魔王風情が!!」



 エルフ語で怒鳴りつけナイフのような軽さのクレイモアを引ききりシルフィー・リッツアは対峙する黒い戦闘服に身を包んだ紫紺の瞳の女へと突撃した。











 何なのだ!? 眼の前で長身の女が振り上げた素手一つで対空兵器を放ち、対地攻撃機を意図も容易く撃墜してしまった。



 マリーはその女に知らない言葉で怒鳴りつけられ、意味を知ろうと意識を集中した寸秒、レベル9でブレイン・ダイブしてしまい相手の何もかもを受け入れてしまった。



 直後、おそろしい速さで迫った相手の全世界に呑み込まれマリア・ガーランドの見上げたもの────天空を覆うように繁った万物の命をつなぐ────世界樹のざわめき。











 その圧倒的なビジョンに意識を凄まじく殴られてしまった。














☆付録解説☆



1【A-10 Thunderbollt Ⅱ】(/:サンダーボルト・トゥ)米軍現用の対地攻撃機です。圧倒的な制空権を握る空軍に空の敵を任せ対地攻撃のみというその独特の設計思想により膨大な火器搭載量と戦場における長時間の滞空能力、頑丈な構造による生存性で敵地上部隊や構造物を破壊します。搭載する爆発物のみならず、劣化ウラニウム弾の徹甲弾を発射する30mm大口径の機関砲ですら装甲車輌を撃破する能力があり甚大な被害をもたらします。



2【JTAC】(/Joint terminal attack controller)統合末端攻撃統制官。FAC(/Forward Air Control)前線航空統制兵でFST(:火力支援班)であり対地攻撃の誘導、BDA(:爆撃判定)などを行います。戦術爆撃の支援を行う航空知識も併せ持つ特務兵でCAS(:近接航空支援)なども行います。



3【CAS】(/Close Air Support)近接航空支援。最前線で活動する味方地上部隊との調整と、爆撃機、攻撃機に対する優れた統制が必要とされます。射爆撃の効果を最大化するとともに肉迫する味方への誤爆を防ぐ目的もあります。



4【World Tree】世界樹。様々な宗教や神話に登場する、世界が一本の大樹で成り立っているという概念です。天を支え、天界と地上、さらに根や幹を通して地下世界もしくは冥界にも通じているとされます。













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