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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #8
38/206

Part 8-2 Shield 楯

USS Maryland SSBN-738 Ohio-Class Sixth Fleet Silent-Service U.S.Navy, Middle of the Atlantic Local Time 16:30 GT-17:30

グリニッジ標準時17:30 現地時刻16:30 大西洋中央 合衆国海軍所属第6艦隊潜水艦 オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦メリーランド



 オハイオ級戦略原潜メリーランドの狭い発令所(CR)内に対峙する男らの熱気と殺意がみなぎっていた。武装したメリーランドの保安要員が10人ほど増えている上に襲撃して来た男らが同じ数以上立っており、いつもの定員倍以上に増えていた。



「何が目的だ?」



 家族を人質にとられた動揺を部下達に隠すように艦長のダリウス・マートランド大佐(CAPT)は冷静を装って相手のリーダー格の男に問いただした。



「ウォッカを飲みに行こうと誘いに来たとでも思ってるのかね──云わずと知れてるだろう。まずキーを渡してもらう。次に座席を譲ってもらう。まぁ、お抱えの運転手に雇って欲しいと願うなら、それを無碍むげにしないのが我が国の流儀だが。我々も原子力潜水艦ドライバーズ・ライセンスなら所持してるんだよ」



 英語の会話が理解出来ているのか、その襲撃者の斜め後ろのHK-53カービン銃を持つ典型的なイワン鼻の男が含み笑いをらしたのをメリーランドの数人が気づいていた。だが合衆国艦の者の多くは付け焼き刃の知識で原潜が操れるなど信じなかった。



"Люк закрыт?"

(:ハッチは閉じたか?)



"Да, полковник. Полностью закрыто!"

(:はい、大佐(KPR)! 完全閉鎖です)



 襲撃者のリーダーらしき男が振り返りもせず尋ねると破壊した艦首側水密ドアの傍に立つ者がメリーランドの乗員に理解できない言葉で返事をした。



「艦長──!」



 メリーランドのマートランド艦長傍らのパーネル副長(X.O.)が声をかけ襲撃者から渡されている改造したセルラーを手渡した。その理由が艦長にはすぐわかった。携帯電話が叫んでいた。



『あなた! ダル! 助けてダル!──』



 2人の黒ずくめの男に両腕を羽交い締めにされ庭のプールへと引きずられてゆく妻──クローイが泣き叫んでいた。その姿を見やりマートランド艦長は奥歯を痛いほど噛み締めた。その画面の中で妻の左腕を抑え込んでいる男が手に持っている娘のいぐるみを目前のプールに投げ込んだ。



 まるで生きているようにもがくいぐるみが凄まじい泡と水蒸気に包まれ形を崩してゆく。わずか数秒で毛玉のようになり形もわからなくなった。



 男らがクローイをプールサイドにひざまずかせ左右の男らが妻の頭をそれぞれの片腕で強引にうつむかせ垂れ下がったウエーブの長髪の先から白煙が立ち上り妻が激しく咳き込みだした。







「止めろ! 止めさせろ! 条件は呑む! 言うことを聞くと言ってるんだ!」







 叫んだのはマートランド艦長横のパーネル副長(X.O.)だった。



「お前────」



 艦長がパーネルに悲痛な声をらした。副長は声を抑えて彼の説得を試みた。



「マット、こんなことで私は家族を失いたくない! 彼らとて核戦争を望むわけではない。この艦の拿捕だほなりを拒む理由にならない。あなたのご家族もこんなことでむごたらしい死に方をする理由にしてはならない」



 息急いきせき切ったように訴える彼が重大な規律違反を犯しているには明白だった。



"Подожди!"

(:待て!)



 侵略者らのリーダー格の男が手にする無線機に異国語で何か告げるのをマートランド艦長は耳にしていた。彼は男らが用意周到であり、通常なら絶対に艦内から使う事のできない無線機を容易たやすく使っていることに抗いきれないものを感じた。



「この(She)をどうするつもりだ!? 乗員の命に関わるなら容赦なくお前らをたたく」



 艦長が襲撃者のリーダー格の男に尋ねた。直後、その男がマートランド艦長に命じた。



「良いな──快い決断だ。まず潜行させてもらう。洋上に止まるのはサブマリーナにとって大変な脅威だからな。深度122m、中央海嶺(かいれい)の真上に戻ってもらう。ハッチは我々で閉じさせてもらった」



 その控え目な命令にマートランド艦長がわずかに逡巡しゅんじゅんしともすれば部下に躊躇ちゅうちょととも取られる間合いだった。艦長の口を出た言葉は艦の不具合に関する訴えだった。



「問題がある。当艦は原子炉の冷却水給水システムに不具合がありまもなく原子炉を止めなければならない」



 言いながら彼は手にしたセリーを盗み見ると妻がプールサイドから離され芝生の上に座り込んでいる姿が映し出されていた。内心安堵し艦長は襲撃者のリーダー格の男へ視線を戻しながらどうやって船外に通信を行っているのだといぶかしんだ。



「それに関しては問題にならない。我々の掌握範疇しょうあくはんちゅうだ」



 リーダー格の男がマートランド艦長を見つめたまま背後の男に命じた。



"ОтПустите панель."

(:パネルを解放しろ)



"Согласия."

(:了解)



 背後のその男が腰のパウチから別な小型無線機らしいアンテナの付いたものを取り出し、トルグスイッチを覆った樹脂カバーを親指で跳ね上げスイッチを押し上げた。その直後発令所(CR)に何かの大きな金属音が響き渡りメリーランドの乗員達は辺りを見回した。



「もう、大丈夫だ。確認したまえ」



 襲撃者のリーダー格の男がそう告げ、パーネル副長(X.O.)潜水航海士(DM)ショーン・サンダーソン少尉(ENS)に命じた。



「ショーン、コンディションパネルをチェックしろ」



 少尉が操作卓に向かい合い液晶パネルを見ながらマウスを操作し直ぐに報告した。



「2次冷却循環水熱交換ユニットの温度下がり始めています! 給水圧規定値に上がりました!」



 やり取りを聞いていてマートランド艦長は苦々しく思った。何もかもがお膳立てされていたのだ。すべては艦を浮上させ乗り込むための計略だった。もう後戻りできない場所まで来ていると彼は思い上等兵曹(CMDCS)に命じた。



「発令所当直士(COD)官──潜行しろ。座標を中央海嶺(かいれい)に回頭。速度半速」



 メリーランドの乗員達の前方にいるマイヤー指揮上級上等兵(CMDCS)曹発令所当直士(COD)官は真意を確かめるように1度艦長へ振り向いて見つめた。



「どうした? マイヤーCOD?」



 艦長から問いただされ彼は正面に向き直ると大声でメリーランドの要員に命じた。



「ダイブ! ダイブ! ダウントリム5! ABT(:全タンク)注水! ハーフアヘッド!(:半速前進。約17㎞/h)! DM(:潜水航海士)! 海嶺かいれいへの方位は!?」



 慌てるようにショーン・サンダーソン少尉(ENS)が電子海底図面前に立ちスケールを当て方位を読み取った。



「方位250! 海嶺かいれい到達まで3分! 深度2960(:フィート。約902m)」



 大西洋は概ね2000m前後の水深があるが海嶺かいれい周囲は隆起が激しくその1/3の水深しかない場所もある。それを上等兵|は重要視していた。潜水航海士から報告された方位と安全深度を理解しマイヤー上等兵曹が2人の操舵士に命じた。



「ポート45!(:左舵45度)」



「ソナー感!(・・)、シエラ1(:ソナー聴音艦1)潜行125(:方位)、250(:距離)」



 司令所(CR)右舷側に4卓ある司令所ソナー要員の1人がヘッドセットに片手を添えモニターを見つめながらそう報告した。より詳細は発令所(CR)前室のソナールームの要員の方が詳しく聴音しているがそれを司令所ソナー卓の者へ取り次いでいるはずだった。



「気にするな。我々のエスコートだ。速力を上げすぎるなよ。AIPだからな。それと我々を受け入れるなら向けられているアサルトライフを下ろしてくれ。落ち着かない」



 男に言われマートランド艦長は保安要員がまだM4A1を構えていることを知り銃を下げ半数に発令所(CR)から出るように命じた。



「我々をどこへ行かせるつもりだ?」



「それは問題ではない。当面の事案は、生き延びることだ。この艦は君達の国からも我々の国からも狙われることになる。それを一丸となって切り抜けないとならんぞマートランド艦長。言い忘れていた。自己紹介しておこう。私の名はソスラン・ミーシャ・バクリン──」



「ロシア海軍北方艦隊第11潜水艦戦隊第7潜水艦師団大佐(KPR)だ────」



 ロシア海軍大佐(KPR)と名乗った男がまるで驚く間合いを与えるように言葉を区切った。




「マートランド艦長、積み荷のトライデント弾道弾の2つ──1、12番ミサイル弾頭をイナート(:不起活性化)にセットするよう指示してくれたまえ」







 命じられた内容にダリウス・マートランド大佐(CAPT)は顔を強ばらせ生唾を呑み込んだ。











 流れる帯域ノイズの複数のピークがドップラーシフトする様子に気がつきNDC攻撃型原潜ディプス・オルカのソナーマン長エドガー・フェルトンはヘッドセットの音に耳を澄ませながら、変化の先を予測し報告した。



「メリーランド潜行。続いてカトソニス潜行。方位250へ回頭。速度7(:約13㎞/h)。深度100(:約30m)。速度、深度共に増え続けています」



 その報告に3次元作戦電子海図台(3DCCT)の傍らに立つ戦術航海士クリスタル・ワイルズへダイアナ・イラスコ・ロリンズは顔を向けた。



「クリス、2艦の向かう先を」



 戦術航海士は艦長の命に従いレーザー・ホログラムの海図を移動拡大させた。



「中央海嶺(かいれい)です。最短コースを取っています。現在速度維持で3分17秒後到達」



 ルナは横にいる副長ゴットハルト・ババツに尋ねた。高齢の彼は連合軍と戦い生き抜いたドイツ海軍サブマリーナの経験の持ち主だった。



「ハルト、向かっくるロシア海軍原潜とメリーランドへ乗り込んだロシア海軍兵は一戦交えるつもりなのでしょうか?」



海嶺かいれいへ向かっているのは、やり過ごせると考えていないからです。迎撃する意志とみます。地の利を活かすつもりでしょうな。やり過ごすだけならこの辺りは変温層に富みレイヤー層の陰に潜み止まるはずです。ですがあえて海嶺かいれいを選ぶのはそこにロシア原潜を導き注視させるためです」



 説明を受けながら彼女はメリーランドやカトソニスとロシア原潜との間に入るのは得策ではないと思った。優れたアクティブ・タイルによりどの艦からもまず発見されることはないだろうが、ロシア海軍お得意の飽和攻撃によりまぐれ当たりの魚雷で損害を受ける可能性がある。また2艦を狙う魚雷のバブルで同じように損害を受ける恐れがあった。



 攻撃の概念は主に3つの段階を踏まえるとルナは学んだことから思い起こした。第1がコンストレイント(/Constraint)──拘束。これは相手から主導権を奪い戦場において追従、対応に終始させること。第2がグァンダム(/Gundam)──機動。拘束した敵に対し十分な機動をもって翻弄ほんろうすること。そして第3がブロゥ(/Blow)──打撃。決定的な優位性を維持し最大限の攻撃力で敵を壊滅させること。古来あらゆる戦いにおいて優秀な指揮官はこの原則を変形適応させ戦場で用い活路を見いだしてきた。



 この第2段階──グァンダムには大別して3つのやり方がある。



 まずもっとも単純な正面からの突破という方法。これは機動という迅速じんそくさを持って敵の対応以上の速さでたたみかける。



 次の主たる方法は敵を素早く包囲し敵の防御を分散させ突破する。



 3つめの策としては、地の利を活かす敵の側面へ迅速じんそく迂回うかいし側方から集中的にたたき陣外決戦へと引きずりだし突破する方法。



 ロシア原潜4艦と敵対するなら正面突破は論外だった。さらに包囲するための僚艦のない我々には包囲突破は望むべくもない。ましてや挟撃きょうげきとなる可能性を承知してのメリーランドとSー123のたてとなるべきではない。



 消去法により結論は明確だった。優先順位はもっともたる脅威から排除することではない。いずれにせよ側方からの襲撃となるのでうごめくどのこまにも任意の時点で手を伸ばせる位置を維持すること。なら────。



「クリス、ロシア原潜の進路延長とメリーランドの進行延長の交点座標を出して」



 ルナが命じるとゴットハルト副長が横から尋ねた。



「何をお考えなのですか艦長」



「えっ? あぁ、チーフならこの状況にどんな手を使うかと思ったの。あの人はどんなに困難でも正面突破を選ぶでしょうけれど」



「噂はうかがっております。普通なら巧妙こうみょう心と取られるやり方を好まれると。でも違いますな。豪傑ごうけつではない」



 言い切り副長はそういえば社長と艦長は髪形こそ違えど白銀の色合いがそっくりなことに気がついた。片や戦闘狂と揶揄やゆされる社長に対し、片やどこまでも繊細で鋼鉄の橋でさえたたかずには渡れないのが艦長──ダイアナ・イラスコ・ロリンズあなたなのだと彼は内心思った。



 ルナはわけがわからず顔を振り向けていた。



「潜水艦乗りなら誰しも、手練れの駆逐艦を魚雷1本で沈めたいと望みます」



 Uボートの航海士をしていた男が戦火を逃れてなお抱く心意気を語っていた。







「きっと、みずからの腕を試したいんですよ」











 土煙が急速に流れ薄れる。



 ヤヤワンダ州立公園の野原で横を振り向いたマリア・ガーランドの目前に直径で50ヤード(:約46m)、深さ30ヤードのクレーターが出現し野原をえぐっていた。



 その中央にぐしゃぐしゃにねじれた車の幅より広い円筒のものが突き立っていた。



「プロフェッサー・マジンギ! あなたカリフォルニアから弾道ミサイルを打ち込んだでしょう!」



 ヘッドギアのAIが怒鳴りつける彼女の声を分析しバッファに溜め込んだ音声をさかのぼり上空を旋回してるハミングバードのカーゴルームへ送りつけた。



『おう! 概算だったから28秒早く着いたな! 社長! ミサイルに向かえ! 太陽炉(STC)の対抗策がある!』



 一瞬躊躇(ちゅうちょ)しマリーは横へ駆け出すと一気にクレーターを駆け下りながらマーク83FFB(:低抵抗投下型汎用爆弾)のクレーターより大きいと意識に浮かび、それがルナの知識であり副官がどうしてそんな大きな爆発物の破壊の様子を知っているのだと驚きながら突き立ったミサイルの傍へ駆け寄った。



 だが電柱ほどの高さに地面に斜めに立つぐしゃぐしゃのミサイルを見てどんなものを運んだにせよ使い物にならないほど壊れてると思った。その時だった。いきなりミサイル中央の部分にドアのサイズで爆轟が起き白煙が広がり彼女は身をすくめ両腕で頭を庇った。そのマリーの目前にしわのようにねじ曲がったミサイルの外板が落ちてきて彼女は驚き跳び下がった。そうしてマリーは何なのだと見上げた。



 開いたドアほどの開口部の下側から何かギラギラしたものがうごめいていて、彼女はヘッドギアのズームを作動させるといきなり半透明のジェルのようなものがあふれミサイル側面へどっと流れ出てマリーはさらに後退りながらフェイスガードの裏で眉根をしかめた。



 まさかこのジェルを身体に塗りたくって炎に堪えろと言うんじゃないでしょうね!



「マジンギ! 何よ! スライムを私に──」



 無線に怒鳴りつけている途中で彼の声がが割って入ってきた。



『それはただの衝撃吸収アルファ・ジェルだ』



 そう教授が言った直後、いきなりマリーの前に開口部から棺桶かんおけほどの白い円筒が落ちてきて、高圧ガスの抜ける音と共にその中間が持ち上がると内部が見えた。



 その中にはスプリングダンパーに支えられた姿見を肩の高さで断ち切ったような左右に湾曲した鏡が入っていた。



「なんなのこれ!?」





『ABRS──対ビームライフルシールドだ』





 誇らしげなワーレン・マジンギ教授の声にマリア・ガーランドは苦笑いしてしまった。







「まさかビックリグのエンジンブロックを溶かす超高熱にこれで堪えろというの!?」と彼女は声に出してまで自分に問い返した。











☆付録解説☆


☆1【Mk. 83 FFB】(:マーク83フリー・フォール・ボム)米軍仕様の航空機投下型爆弾です。米軍の投下型爆弾の基本形であるMk.8xシリーズはその1桁の番号で総重量、内蔵する炸薬量が違います。Mk.83は全長3m、基準総重量460kg、炸薬量202kgの爆弾で最も効率よく被爆した場合に非舗装の比較的柔らかい地面に25mプールほどのクレーターを穿ちます。











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