Part 7-5 Threat 脅威
Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 12:19
12:19 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター
ショッピングモールの裏手を警戒していた警官のシオドア・ウォーカーは防弾ベストのショルダーベルトを片手で浮かし息を深く吸い込みながら建物の中に籠城する警官殺し容疑者を憎しみを込めて意識した。
建物の中から執拗に聞こえていたカービンの銃声が途絶えてニュアークESU(/SWAT)の連中がどんな容疑者を捕らえて出てくるかと心待ちにしたが、まったく何も聞こえなくなり数分が過ぎていた。
ESU(/SWAT)に連絡がとれないと警部が慌てているがそんなことを信じようとは思わない。10人以上の特殊訓練を受けた連中が仕損じるはずがなかった。
シオドアはショップ・ライトという食品ストアの開いたままの搬入口に動きはないか3人の同僚と睨み続けていた。その奥のドアがゆっくりと開き彼は顔を強ばらせ胸に下げていたM4A1のグリップを慌ててつかみストックを右肩に当て銃口を振り上げた。
だがドアは開いたままで誰の姿も見えず、さらに奥のバックヤードが薄暗く見えているだけだった。だがシオドアと仲間の警官3人はいずれもトリガーをすぐに引けるように指を乗せたままでいた。
林にスナイパーのコーリーン・ジョイントを残し、その警官達数ヤードの間近を5人の電子擬態で姿を消した兵士達が通り過ぎたのを誰も気がつかなかった。
周囲を警戒しながらリーダーのロバート・バン・ローレンツは、第4セルの4人を搬入口奥にある出入り口左に2人、右に1人アタッカーを配置し、10ヤード離れた場所に突発的な事態に備えバックアップ1人を位置につけ自分は出入り口右手のガンファイターであるクリスチーナ・ロスネス──クリスの背後でバックアップについた。
ミュウ! ストア裏口バックヤードの状況。
彼が意識して数秒もおかずに出入り口から中に入って見回すように光景が意識の中に浮かんできた。食品ダンボールの積まれた細長い2段式の台車が壁際に並ぶ薄暗い通路が左右に伸び、その途中数カ所にステンレスのスウィングドアが鈍い輝きを放っていた。ものの動きはなく警戒レベルで突入可能だと彼は即断した。
"Call! 4th-Cell Go!!"
(:第4セル突入)
ミュウの負担を減らすためにロバートは無線で4人に命じると先鋒としてドアの右袖壁からクリスがFNーSCARーH STDのバレルを振り向け突入し、彼はその肩越しに左へ傾けたカービンで前方のバックヤード内の光景をレシーバー真上のレールにマウントした中遠距離用光学サイト──トリジコンACOGを避け右斜め上に取り付けた近距離用サイト──トリジコンRMRタイプ2の0.55平方インチ(:約3.5平方センチ)の光学照準器視野中央に浮かび出たグリーンの三角形のダットに脅威を捉えるべく意識を集中した。
突入し右壁内側を安全確認するクリスに続きマーカス・テイラーが素早く入り込み左手の内側壁へバレルを振り向けた。
いつもと変わらない胸の鼓動を意識しながら、真っ先に入り込んだクリスはカービンの右斜め上に付けたダットサイトの12.9MOA(:約10m先の3.75㎝の幅)の三角形のグリーンダットに右の瞳へ意識の3分の1、残り3分の2を光学サイト越しの視界へと集中する。フェイスガードに注意喚起の赤いコーションマークがいつ立ち上がっても良いように左目で液晶画面全体を捉えながら、右壁の裏から次に近い死角となる台車の方へカービンを素早く振り向け、クリアと声に出さずに唇を早口で動かし、さらにその次へと光学照準器視野を振りながら短い歩幅を急速に繰り返し安全な範囲を増やしてゆく。
肩越しにリーダーのロバートが、前方の左半分を後から入ったマーカスがクリアするのを信じ、その肩越しにブル・テンダーがさらにカバーする。最後に入り口からヴィクター・ブーンが全体に意識を振り向けカバーしながら入って来ているはずだった。
冷静な機械のようにクリア、ゴゥ、ストップ、クリアを繰り返す。
僅かでも脅威を認識したら光学照準器視野を固定し武装の有無を判断、さらにその銃口がどこへ向けられているか瞬時に見極め、撃てる時に迷わず撃つ。人差し指をコントロールしタップするようにフルオートで複数の銃弾を少なすぎず多すぎずに脅威に叩き込む。
クリア、ゴゥ、ストップ、クリア!
5人の特殊部隊兵は獲物へ狙い迫る1匹の猛獣のように連携し食品ストアのバックヤードを進んだ。
足音を殺しながら辺りへ視線を移動させるタリア・メイブリックは殺された同僚から拝借したショットガンのストックを右肩に押し当てそれを軸に視線の先へと銃口を振り向けできるだけ壁を背に店舗を移動し続けた。
あの怪物に12ゲージダブルオーバック──のショットシェルが有効弾でないのは先の襲撃で眼にしていた。1弾当たり0.33インチ(:約8.4mm)の鉛玉が9発入った鹿撃ち用の散弾。全弾が当たっていなくても9mmパラベラム並みの破壊力がありそれが効果がないとなるとサイドアームズのM&Pハンドガンは頼れないことを意味していた。
だがこうやってショットガンを構えているのは、視界のどこにあのクリーチャーがいつ現れるか分かったものではなかったからだった。あの図体で天井から易々と出入りできる身軽さを見せていた。M4A1カービンを振り向ける余裕はないかもしれない。それにあの素速さ。
見えた瞬間には大まかにバレルを振り向け発砲しなければならない。
動きを制圧しカービンでトドメを刺す。
20発の5.56mmミリタリー・ボールを後頭部に喰らいながら動き続けたあの化け物。
殺さなければと持ってきた弾倉は21本。630発のライフル弾なら勝てるかもしれないとタリアは信じたかった。それでだめなら軍隊を呼ばなければ始末できない。大砲でも使わないと殺せないあの怪物が民家の方へ逃げ込めば多くの死者がでるのは明白だった。
なんとしてもこのモールで殺らなけば。
彼女は衣料品ショップから店舗前通路を通り抜け、用心しながら抜き足でショップ・ライトという食品ストアへと入り込んだ。
レジ先の外通路に何人もの遺体が横たわっている。その殆どが頭部をなくしていた。
あのクリーチャーが接近戦の最中にも同僚の頭部を食いちぎるのを眼にした。自分が負けるときは頭を食べられるときだとタリアは生唾を飲み込みショットガンのアイアンサイトを野菜売り場の先へ振り向けた。
どこにいる──出てきて勝負しろ──化け物!
長物を振り向けゆっくりと足をくり出す彼女のブルネットのポニーテールは殆ど揺れずにいた。
住宅地を迂回しショピングセンターの情報もないまま入り込んだスージー・モネット達8人は4人で1つの班を編成しレストランの厨房から店内に入り込んだ。
ミュウから見せられた状況そのものの惨劇がそこにあった。
倒れ傾いたりひっくり返ったテーブル合間に殺され頭部のない客や店員の遺体が合わせて12体あった。
優秀な外科医であるスージーは遺体の首を検分し、刃物による切り口ではないと瞬時に思った。組織繊維が裂断しておりその部位が不均一な削がれ方をしていた。切ったのではないが、力でもぎ取ったものでもない。
ミュウから見せられたイメージ通りあの百足のような化け物は人を──頭部を好んで食べる傾向があるのかもしれないと彼女は思った。
それにしても静かだと思いながら彼女は立ち上がり、自分が率いる第1セルと第2セルの皆へ言い渡した。
「コール、1st、2ndセル。あの化け物に距離を詰められたら躊躇せずに手榴弾を使用。いいですね」
一通り返事を耳にして彼女は全員に店舗前通路を通りアパレルショップの方へと向かわせた。
最初に通路から衣料品売り場の店舗を覗き込んだポーラ・ケースが立ち止まったまま左手を肩の上に出し指のジェスチャーでドクターを呼んだ。
一緒に覗いた彼女もすぐにその警戒を理解した。見える範囲で4人の武装警官の遺体が、ハンガーラックの足元にあった。床に夥しい量の空薬莢が転がっている。見上げると天井に人が同時に2人入り込めるほどの穴があった。
天井からあの化け物が下りてきて警察特殊部隊を襲ったか、人を殺すだけ殺し天井裏に逃げ込んだか、そのどちらかだった。
彼女は顔を売り場の四方へゆっくりと振り向けた。ヘッドギアが装備する空気の揺らぎを測定する動体感知と赤外線感知センサーは何も拾ってこない。もっともあの化け物が比較的高い体温を持つ常温動物ならではあったが、ヘッドギアのセンサーは蜥蜴のような爬虫類も十分に感知できる能力があった。天井へも顔を向けすべて見回したが天井ボード程度の遮蔽物で隠れることなど不可能だった。
スージーは2人を店舗前通路の警戒に残し、6人でハンガーラックや陳列棚の間を歩き回った。
すぐにドクは倒れているSWAT隊員達のどの遺体の傍にも長物の銃器がないことに気がついた。
SWATがカービンやショットガンを用意してないはずはなかった。
なら火器類を誰かが持ち去った可能性があった。その何者かは今も銃を手に歩き回っている可能性がある。そこにあの化け物も含まれた。まさか人間以外の獣が火器の意味を理解し持ち歩くとは思えないが、確認するまでは気が抜けなかった。警官以外の可能性もある。偶然助かった客が武装していることもありうる。
「コール、第1、2セル。警官の傍にカービンかショットガンが落ちてないか見回して」
すぐに見あたらないと返事が幾つも返ってきた。
「コール、第1、2セル。万が一にあの怪物が武装していることも念頭において警戒」
「マジかぁ!?」
1人ジェシカ・ミラーだけが冗談はやめてほしいばりの返事をしてきた。だがそこに歓喜の色を微妙にドクは感じ取った。ジェシカはNDC特殊部隊の中でアン・プリストリと1・2位を争うほどの好戦的な女だった。問題を起こさなければとドクは眉根を寄せた。
彼女はふと見下ろしたSWAT隊員の1人の遺体の胸がスラグ弾で撃ち抜かれたような大きな銃創であることに気づいた。しかもプレートキャリアごと穿たれていた。軍や司法関係者のプレートキャリアは通常5.56ミリのライフル弾を止めることができる。それを易々と穿つなら自分達の着るコンバットユニフォームも特殊繊維とはいえ貫通する可能性がある。
怪物の嘴だろうか? 爪だろうか? まさか仲間のSWAT隊員が撃ったスラグ弾に当たったとは思えなかった。あの化け物は足が6本ないし8本あった。絶対に白兵戦のような近接戦闘は避けなければならない。それら足を振り回されたら危険極まりない。
"Keep your distance!"
(:距離を保て!)
マリア・ガーランドの言葉が蘇った。
凄い!
チーフは出撃間際の混乱の短時間でこれを見抜いていたのだ。
マリーの命じたクロース・コンバット(:白兵戦)にするなとの意味をスージー・モネットは今、強く感じた。
歩き始めてものの数分で人の身体の使い方に慣れる。
産んでくれたマザーの肢体の方が遥かに効率的だと思いながら、それはパスタ類の並ぶ商品棚の向かい合った一角から中・中央通路に出た。
動くものはなく、気配すら感じない。
外観が人と同じ耳は鼓膜や内耳といった減音する構造ではない細胞が直接音圧を感じる仕組みなので、ストアのすべての冷蔵機の音すら五月蝿いほどに聞こえた。
中・中央通路を西側へ向きを変え機械的に歩いてゆく。
自分のスニーカーの靴底がPタイルに張りつき剥がれる音が煩わしかった。その音さえ気にしてなければ聞き洩らすこともなかっただろう。
そのまま外通路へ出て野菜コーナーへと向きを転じた。
まだ曲がる時の足首の操り方がぎこちないとそれは感じた。左右の肩が微妙に高さずれを生む。
曲がった目の前の角にポップの描かれたパネルが下がっている。
『そんなに払うのですか? 当店ではそんなことはありません』
それにも意識が削がれていたこともある。
いきなり30ヤード(:約27m)先の冷蔵陳列棚の陰からショットガンを構えた女が現れた。その女という男より戦闘力の劣るタイプは身体の周囲にスリングで6挺のカービンをぶら下げていた。
装備から警察組織のSWATだと瞬時に気がついたが、その女の有り様に知識がもたらす情報との差異に混乱し咄嗟にどう対応すべきか最良の方法を選べなかった。
立ち止まり口に手を当て小さな悲鳴を洩らした。
「ひぃっ!」
女ESU(/SWAT)隊員がショットガンを振り向けたのと同時だった。
タリア・メイブリックがショップ・ライトの野菜売場へと入り込んだ瞬間、冷蔵陳列棚の際に異物を感じ彼女は急激に視線を振り向け、追いかける様にベネリM4スーペル90ショットガンのフロント・アイアンサイトを振った。
ブロンド・ウルフヘアのチェックのシャツにジーンズを穿いた若い女性が口に両手を当て悲鳴を洩らした。
咄嗟にタリアはトリガーを引きそうになり人差し指をトリガー・ガードの横へ振り上げた。そうして左手をフォアエンドから放し人差し指だけを立てて唇に当て静かにとジェスチャーした。
タリアがその左手で女を手招きした。
ぎこちなく歩いてくるその女性のコットンのシャツの襟や胸元が血に染まっている。
「怪我は?」
タリアが尋ねると女が頭振ったが、歩き方が変なのは足を怪我してるのかと彼女は心配した。
女がそばまで来ると、タリアは床をカツカツとリズミカルに叩くタップシューズのような音を耳にして警戒心を強めた。
女の立っていた通路曲がり角から聞こえてくる。その音に聞き覚えがあった。
タリアは慌てて目の前の女の肩を左手でつかみ背後へと移動させながら、その音のする曲がり角へと銃口を向けストックを右肩に引きつけた直後、ゆっくりと、徐々に、それが現れた。
斑紋の浮かぶ紫色の爪に続き触足と前に伸ばした頭部が見え赤黒く長い首が見えてくる。
クリーチャーが彼女の方へ2組の目を向けた瞬間、彼女はセミオートのショットガンをリズミカルに連射し始めた。その爆轟と落下して床にぶつかる空のショットシェルの連続音の中でタリア・メイブリックは板を引き裂くようなバリバリと聞こえる音を微かに耳にし、何の音だと眼を游がせた。
1人生き残ったESU(/SWAT)隊員の背後でウルフヘアの女の顔が左右に裂け別な顎が左右に開きつつあった。




