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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #7
35/206

Part 7-4 Convene 招集

N.S.A.(/National Security Agency) HQ Washington D.C. 12:30

12:30 ワシントンDC 国家安全保障局本部



 昼食時、長官秘書のナターシャに食事をとりに行くように告げようしとたサンドラ・クレンシーが長官室のドアを開くと、ビジネスフォンの受話器を耳に当てている彼女が顔を振り向け通話口を右手でふさぎ彼へ告げた。



「長官、トニー・カーチスさんからお電話です」



 サンドラの意識の中でトニー・カーチスという名がすぐに緊急事態管理局の局長という役職に繋がり嫌な予感が湧き起こった。



「ランチにしておいでナターシャ」



 微笑んでうなづいた彼女へサンドラはうなづき返しドアを閉じると部屋奥の執務デスクへ行き、ビジネスフォンの受話器を手に取り保留ランプの点滅するボタンを押し込んだ。



「はい、サンドラ・クレンシーです」



『長官、大変な事態が起きている。今、ニックが皆を招集に掛かっている』



 耳にしながらサンドラはまずニックという名でニック・バン・ベーカー──大統領を瞬時に思い出し、国内テロなのかと懸念を抱き、次に皆とは誰なのだと思い、それによって事態が大きく変わると思った。



「そのみなに私が入らないとよいがな」



『冗談じゃない。ニックは真っ先に君の名を告げたんだ』



 それを知っているという事はカーチス長官はその時点で大統領執務室にいたことになるとサンドラは思い、事案はかなり以前から進行していたことがうかがえると思った。



「わかりました。15分で執務室へ行くと大統領へお伝え下さい」



 すぐにサンドラは外套がいとう掛けからトレンチコートを手にすると長官室の扉を開いた。秘書室でナターシャが支度を終えハンドバッグを手にした所で彼へ振り向いた。



「あら、長官もお昼ですか? ご一緒します?」



「うん、そうしたいところだがこれからホワイトハウスだ。カフマンは在局してるかい?」



「はい、局長。この時間お部屋におみえです」



 廊下へのドアを開き、サンドラは先にナターシャを廊下へ出させるとねぎらった。



「それじゃあ、ナターシャ留守を頼んだよ。ゆっくりしておいで」



「ありがとうございます長官。きちんとお昼は頂いてね」



 軽く笑い声をこぼしサンドラは彼女と逆方向へ急ぎ足で歩き始めた。



 長官──去年の冬の入りにニューヨークの核テロ対応の功績を認められその地位にまで登りつめた。だが前長官のグレッグ・アボッドが癌のため他界し急遽きゅうきょNSA長官の空席を埋める必要があったという事情を考慮しても若すぎるという声が政局内外でささやかれているのを彼は承知していた。



 NSA──国家安全保障局をCIA以上の諜報機関として改革を進める彼は、世界最強の国家アメリカがCIAの情報を鵜呑うのみにして愚行に走らないように政府中枢へ信頼たるセカンドオピニオンを行えるようにと考えていた。



 サンドラ・クレンシーは対テロ執務室の部長室の扉をノックし入るようにと中から返事があるとドアを開き覗き込んだ。デスクで電話中のウッディ・カフマンが苦虫を噛み潰したような顔を上げ受話器を手のひらで塞ぎサンドラに尋ねた。



「どうされました、長官?」



「カフマン、プレジデント・パレス(:ホワイトハウスの別称)へ行くぞ」



「わかりました」



 カフマンはそうサンドラに返事をし椅子から立ち上がりながら通話先へ進捗しんちょくをセルラー(:携帯電話の俗称)へ伝えるようにと告げ受話器を置いた。



「何が起きてる?」



 一瞬、間がありカフマンが言葉を選んでいると長官は思った。



「ニュージャージーで州軍ヘリが2機落とされる事件が起きまして、サブリングス支局長が」



 ヘリが2機となると事故の線は薄いと思い、どうやって落としたのだとサンドラは思った。州軍のヘリはもうほとんどがイロコイからブラックホークに代替えされていた。ブラックホークは多少の銃撃を受けても操縦士が重傷か死亡しない限り墜落し難い機体だ。2機同時にマシンガンで落とせる機体ではない。



「ジャージー(:ニュージャージーの俗称)の件になぜマーサが? ジャージー支局は?」



 コートの袖に腕を通しながらカフマンが説明した。



「事案の現場がニューヨークとの州境に近くニュージャージー知事がニューヨーク知事へ対地攻撃を要請したためにサブリングス支局長が現場確認へ向かっています」



 対地攻撃(CAS)──だと!? 事案はそんなに大事おおごとなのか? いいやジャージーの州軍のほとんどはヘリボーンの航空機械化兵だけだ。ヘリで兵士を送り込めないとなっての航空支援なのだろう。地上には先行した偵察部隊がいてその要請をしたとなると、それはもうNSAの仕事の範疇はんちゅうから出てしまう。そう考えながら先に廊下へ出て足早にエレベーターへと向かうサンドラの後をカフマンが追いかけた。



「ホワイトハウスへはどのような事案で?」



「いいや、何も聞いていない」



 そう答えたが、サンドラ・クレンシーはジャージーの1件がパレスに呼ばれる理由なのかと思いながら、エレベーターの前に立ち止まった。











 14分後ホワイトハウス入りした2人は、スタッフから案内された部屋がオーバルオフィス──大統領執務室ではなく国家安全保障会議室(NSCR)だと知り困惑した。



 談話室というおもむきのない作戦会議室のその部屋は時には軍事戦略の報告や指示が出される部屋ともなる重要な政策が行われる部屋だった。



 スタッフによりドアが開けられサンドラ・クレンシーがまず眼にしたのは中央奥にいるニック・バン・ベーカー大統領でその右に海軍大将のリッケン・ホフマン、大統領の左手にはザカリー・マクナマラ主席補佐官、その横にブライアン・コックスCIA長官と彼の後ろに控えるようにパメラ・ランディがいた。



 サンドラは懇意こんいであるパメラとだけ一瞬目配せしただけで、国家安全保障会議室(NSCR)のドアが閉じられると開口一番大統領のニックがサンドラへ告げた。



「では、始めよう。ホフマン大将、概要を」



 白い海軍軍服で胸に多くの略式勲章を付けた白髪の大将が説明を始めた。



「大西洋中央現地時刻16:20──ワシントン時刻12:20に第6艦隊所属の戦略原潜オハイオ級メリーランドから衛星経由で緊急無線が入った。浮上修理中に何者かにより襲撃を受けている」



 隠密行動が鉄則の弾道ミサイル原潜が浮上することが異例。無線通信を行うことも異例。第6艦隊といえば大西洋が作戦海域なので大西洋の洋上で偶発的な海賊行為を受けるのも異例。まずは固定観念を取り払うことに努めてもNSAのできる範疇──デジタル情報収集(シギント)で役立てることなど大西洋上ではたかが知れてるとサンドラは思った。



 だが、なぜこの場にCIAアジア統括官のパメラが呼ばれているのだと彼は考え、ロシアが絡んでいるのかと結びつけた。



「クレンシー、コックス、君達には戦略原潜の襲撃される目的を予測し起こりうる不測の事態を予測してもらいたい」



 大統領が自分とCIA長官へ命じたことは、確実性のないものを含めるととんでもない量になる。そこからの対処となると幾何級数的だとサンドラは眉根を寄せた。



「原潜を拿捕だほ強奪し第3国に売り飛ばすつもりなら機密保持と核拡散阻止の観点から早々に処理しなければなりません」



 トニー・カーチス緊急事態管理局局長がそう告げ処理(・・)という言い方に反応したのだろうリッケン・ホフマン海軍大将が何かを言いかけそれを大統領は片手を上げ制するとサンドラに向かい問いかけた。



「クレンシー、もっとも考えられる犯人らの目的は何だ?」



 それを自分に問うのかと彼は一瞬驚き、順を追って説明した。



「洋上襲撃なら、近隣に接近に用いた船舶があるはずです。まずはその衛星写真を見ないと。それから単純な海賊行為か、もっと高度な軍事戦術かの大まかな判断がつきます。いずれにしてもメリーランドの乗員達が大人しく侵略者(・・・)らの指示に従うとは思えず、洋上にとどまればいずれアメリカ艦艇に取り囲まれよそへは移動させられなくなり犯罪行為は破綻します。ですが襲撃者らが対象をアメリカの最重要艦艇と知って襲ったのなら、それらのことも想定してるでしょうから、メリーランドを自由に移動させる術をあらかじめ用意していると予測できます」



 そこまでサンドラが説明すると大統領と顔を見合わせたホフマン大将がわきに抱えたブリーフケースから雑誌サイズの数枚の写真を取り出しNSA長官に手渡した。



 受け取った彼はそれが衛星からのものであると即断し、オハイオクラスの原潜に接舷するもう1隻の潜水艦を見つめた。それをCIA長官のコックスとパメラものぞきに彼の傍らに寄って来た。



「Uー214型じゃないですか。どこの国のものかすでにおわかりなんでしょう?」



 サンドラは拡大率の違う写真を代わるがわる見つめながら海軍大将に問いかけた。Uー214からメリーランドへ武装兵士らが乗艦しているのも鮮明に確認できた。



「去年、ギリシャ海軍から強奪されたS123カトソニスと思われる。他の同型艦艇すべての所在が確認されている」



 ホフマン大将が情報収集力が海軍にもあるのだと力説してるようにサンドラには聞こえた。



「通常動力艦といえども、潜水艦1隻を動かせる連中なら、オハイオクラスを動かせるとも考えられますね。これはそこら辺の犯罪者ができることではないな。どこかの国が絡んでいる」



「どこだと思う、クレンシー?」



 ベイカー大統領が穏やかに彼に問いかけサンドラは眉根をしかめた。



「ロシアだとお考えなんですね」



「どうしてそう思う?」



「この場にアジア統括官のパメラ・ランディを呼ばれているからです。ロシアが絡んでると確証がおありなんでしょう」



 サンドラが悪戯っぽい表情で問うとまた大統領と海軍大将が顔を見合わせ大将が説明した。



「現場海域に最大戦速で急行するアクラ級2隻を我々は追尾している。方法は機密保持から教えられんが」



 サンドラは衛星による海面の波の解析から潜行する潜水艦を追尾する最新型のシステムがあることを知っていたがあえて触れなかった。



「ニック、勘弁してください。すでに何らかの手を打たれたんでしょう。私とコックス長官にはそれに附随ふずい発生する国際事案に対象させたいとお考えなんですね」



 サンドラが大統領へそう軽く抗議すると、横からホフマン大将がまた説明した。



「大統領命令ですでに近海にいた第2空母打撃群(CSG2)と攻撃型原潜6隻を向かわせたんだが、敵さんの本当の目的を知りたい。それによって戦術を変えなければならん」



 ロシアが何を考えているのかとサンドラが思案し始めると、パメラが悪戯っぽい視線を投げかけていることに彼は気がついた。



「ランディ、隠し事はなしだ」



 サンドラがそう告げると彼女がとんでもないことを言い始めた。







「大規模な大西洋演習が名目ですが──」



「──北方艦隊にS123を沈めるようロシア大統領命令が下されているわ、サンドラ」







 襲わせたロシアがどうして、とサンドラ・クレンシーは疑問が膨れ上がった。その難問を解くために自分が呼ばれたのだと彼は気がついた。



 思惑が外れると、メリーランドの乗員達100名あまりの人命に関わるのだと思った。











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