表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #7
32/206

Part 7-1 Differentiation 細胞分化

Shopping Centre along the Marshall Hill Rd. West Milford North-Jersey, NJ. 12:12

12:12 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ウエスト・ミルフォード マーシャル・ヒル道路沿いのショッピングセンター



 眼の前で仲間が殺されたからなのか。



 その姿が生理的に受けつけないのか。



 そんな事はわからない。



 ただ、この昆虫の化け物みたいな凶器の塊をここショッピングモールから出してはいけない。



 その一心で横に開くあご上の焦げ茶色の甲羅こうらのごとき額か鼻かも判然としない──顔だと思うものにタリア・メイブリックはありったけの5.56ミリ軍用弾をフルオートで撃ち込み続けた。足元に空のブラスがリズミカルに落ち散らばる。



 怪物の撒き散らす肉片と緑の血飛沫(しぶき)が左右に並ぶハンガーラックに掛けられた衣類を異様な模様に染め上げてゆく。



 30弾の弾倉がものの2秒で空になる前に彼女は化け物を見据えたまま素早くバーチカルグリップから左手を放しプレートキャリアの外に取り付けたパウチから次のものを引き抜き最後の1発がチェンバーに送り込まれ撃ち出されると同時に、新しい弾倉を親指、薬指と小指で保持しその手でマガジンキャッチを押し込み空の弾倉を足元に落とした。



 リノリウムの床に空のマガジンがぶつかる金属音を響かせる直前に新しい弾倉をカービンのレシーバーに差し込みチャージングハンドルの左を摘まみ引き放ちボルトを前進させ次弾を薬室に装填するなり引き金を引いた。



 その3秒の間合いにそれ(・・)は2本の触足の爪で顔をかばいながら進み出てきた。怪物までわずか8ヤード(:約7.3m)とめ寄られタリアは後ずさりながら2秒で1弾倉使い切り4個目の弾倉に交換しさらに撃ちながら3ヤード後ずさった。



 かばうならそこが弱点だと暗い斑紋の浮かぶ紫の爪の向こうへと彼女は銃弾(バレット)を執拗に送り込み続けた。



 じりじりと進み出る化け物の足元でひざから下を失ったバーニッシュ警部は多量の血糊を曳きながら横へといずり逃げようともがいていた。それをFOV(:光学照準器の視野)の外にある左目で見ていたタリアは逆側へ怪物を引きつけようと後ずさる向きを左へと変えた。



 また弾倉が空になると彼女は5(たび)カービンを片手撃ちしながら、胸のパウチを指がまさぐりすべてフラップが開いていることに気がつき、意識を腰に着けたフォルダーに入ったサイド・アームに振り向けた。アーム・トランシジョン(:武器交換)をして5本のロング・マガジンを撃ちきるまでに残り25秒あまり。



 あと25秒! その後、どうするの!?



 バーニシュ警部をおいて逃げるわけにもゆかず彼女は眼をおよがせ打開策を手繰り寄せようとした。その最中にレシーバーからボルトが後退し止まった硬質な音を最後に引き金を引いているカービンの銃口が沈黙した。



 タリアは胸の前にM4A1を放り出し、右手を拳銃へと伸ばした刹那警部が彼女の名を怒鳴った。



「タリア!!」



 化け物の直前を横切るように床から投げよこされた2つのものを彼女は両手を前へ振り上げで受けとめた。渡された弾倉2つ。その1つをマガジンパウチに差し込みカービンのグリップを握り6.3ポンド(:約2.86kg)の重量を片手で振り上げながら左手に握る弾倉を差し込もうとした目前で、クリーチャーが一気に間合いをめてきた。



 フルオートの銃声が沸き起こりそれ(・・)の後頭部から多量の肉片と体液が飛び散りだした。



 警部が逃げるのを止め仰向けで突撃銃を構え撃ち出し、怪物がその床へ振り向き触足で銃弾をはじこうと構えた。だが後頭部をさらした寸秒、タリアはチャージングハンドルを引き放ち化け物の無防備な頭へ向けフルオートで発砲した。



 その前後からの攻撃にクリーチャーはいきなり逃げようのないESU(/SWAT)リーダーへ触足を振り下ろし胸を刺しつらぬいた。その怪物の後頭部に自分だけでも20発の軍用弾を撃ち込んでいるにもかかわらず動き続けるものがもはや生き物などとは思えず、彼女は下唇を噛みしめトリガーを引き絞っていた。



 そうして最後の弾倉に替えようとした目前で怪物がいきなりハンガーラックをなぎ倒しながら逃走をはかった。その遠ざかる化け物の背後の甲殻目掛け全弾撃ちきると、彼女は荒い息をつきながら最後の弾倉に交換し、警部のもとへ駆けると床に両(ひざ)をついて自分を捨て身で助けてくれた上司に手を差しのべようとしてうなだれてしまった。





 バーニシュ警部は眼を見開いたまま、すでに事切れていた。





 たった半時間足らずで緊急出動部隊警官が15人も殺された。





 市民に犠牲者を出してはならない!





 タリアはすぐに顔を上げ、ショップ・ライト──フードスーパーマーケットへと逃げていった怪物へと意識を集中した。そうして警部の胸のパウチから予備弾倉を2個引き抜き、顔を巡らせ亡骸なきがらとなった同僚達を探した。







 あの化け物を追いめるには、持ちきれないぐらいの弾倉がいると彼女は思った。それに武器も必要だ。それらを集め狩り殺さなければならない。そう思いながらタリア・メイブリックは床に落ちているM4スーペル90ショットガンをつかんで立ち上がった。彼女のフリッツヘルメットの後ろから垂らした赤毛のポニーテールが怒りで燃え上がっているように見えた。











 対地攻撃輸送機ハミングバードから降り立ったロバート・バン・ローレンツ率いる14名のNDC特殊部隊の分隊は舞い上がっていた砂埃すなぼこりが落ち着く間にミュウのマインドリンクで意志の疎通そつうが全員できるかテストし、エミック(:電子擬態)で姿を消したまま、まず半数が周囲に驚異となる存在の有無を確認しリーダーのロバートへ4方の状況を知らせた。



 湖の名を持つ小さな貯水池の干上がった湖畔周囲はわずかばかりの木々を隔て道をはさみ西側に住宅地があった。それが南へ伸びている。貯水池の北側は道1本(はさ)み事案該当地のショッピングセンター駐車場が広がっていた。



 その駐車場やショッピングセンター建物だけでなく周辺道路を通行止めにし多数の警察官が警戒に当たっていた。



 ロバートは電子擬態を過信せず道を渡り直接駐車場へ入らずに貯水池の北東に広がる林を抜けショッピングセンターの裏から建物へ向かうこととし全員に告げた。



 時折、警察車両の電子サイレンが聞こえる程度で極めて静かだった。だが微かに遠方からフルオートの発砲音のようなものが聞こえていた。屋外ではないどこかの建屋で射撃している者がいる。



 ロバートはポーラ・ケースとアニー・クロウ、リー・クムの女性隊員2人と男性隊員1人に先行させ、残り11人を連れFNーSCARーH STDを振り向け警戒しながら貯水池北の道へ向かい、警察官のまばらな場所を選び舗装路を渡りショッピングモール東の林へと入り込んだ。林には警察犬を連れた警察官の姿はなくそれでも彼らは落ち葉や枯れ枝の踏む音も立てずに速歩よりも遅い速さでショッピングモール裏を目指した。



 ポーラ、どの辺りだ?



 ロバートがミュウを介した超空間の精神リンクで尋ねると先行する3人の中で1番古株の彼女が即答した。



────ショッピングセンター裏手の搬入場が見える場所まで来ています。手前1棟──白い建物はショッピングセンターとは別なものです。おそらく銀行かと。警察官多数。民間人の姿見えません。指示を。



 思考を伝えながら彼女のヘッドギアが写す画像がロバートのフェイスガード液晶モニタに新たなウインドを画面右下に開き映しだされた。ショッピングセンターの裏手や横にも警察官が数えられないほどいた。



 中に入るどころか、近づくのも容易ではないと即断できた。



 その場で警戒待機。



────了解(Copy)



 ロバートは全員が同じ場所からショッピングセンター内部に入るのが困難だと思った。2手に分かれ別ルートでの浸透へとプランを切り替え今度は無線で命じた。



「ドク!」



『何ですか、ロバート?』



 傍らにいるスージー・モネットの肉声と無線機の音声が微妙にずれエコーがかって聞こえた。



「第1、2セルの7人を指揮。このまま北側民家を迂回しショッピングセンター北西から内部へ入れ。浸透できなければ報せ外で警戒待機」



『了解しました』



 返事をするなり彼女は第1セルのアニーと第2セルのジェシカ、ジャック、ウォルトに声をかけロバート達から離れてゆく姿が彼の液晶モニタに緑色の輪郭線で表示されていた。切れ者の医者だが戦闘員としても率いるに値する知識と状況判断力を持っているとロバートは意識した。



「コーリーン!」



 ロバートが呼ぶと第4セルのスナイパー──コーリーン・ジョイントが即答してきた。



『はい、中佐』



 NDC民間軍事企業の特殊部隊スターズで階級で呼ばれるのはチーフであるマリア・ガーランドと自分だけだ。だがチーフが少佐と呼ばれる手前、私を中佐と呼ぶのは問題だとロバートは一瞬思った。



「ポーラの画像を確認したか?」



 彼が確認済みと返事をし、ロバートは指示を出した。



「裏手に黒い重油タンクがある。君はそのタンクを指示があれば狙撃し破壊もしくは爆破しろ。方法は任せる」



『了解!』



 ミュウ! 聞いているか?



────はい、ロバート。



 北北西へ6マイル(:約9.7㎞)州立公園へと行ったミュウが超空間の意識伝達で彼へ返事をした。



 ショッピングセンター裏と東側面で侵入可能な場所を探してくれ。



────わかりました。



 ミュウに進入経路の確認を依頼し彼は顔を向け第4セルの残りマーカスとクリスそれにヴィクターにあごを振り行くぞと命じた。3人がうなづくのを見て元SAS(:英国陸軍特殊空挺部隊)中佐は英国女王から命じられたダイアナ・イラスコ・ロリンズの加護を忘れ目前の戦いに意識を絞り込んだ。



 敵手の武力が不明な場合、可能な限り遭遇戦(:ミート・エンゲージメント)は避けなければならない。戦いには基本的原則があり背くものは時を経ず破綻する。警察官達は特殊武装戦術部隊(S W A T)を分隊単位で投入しながら破綻していた。



 意味することは敵手が単純な獣のたぐいでなく学ぶ力があり経験を生かす頭を持っているということだ。火力を持たない化け物でありながらSWATの攻撃を退しりぞけ倒したとなると機動力で倍以上。銃弾防御でNIJスタンダードのアーマープレート・クラスⅣ並みの耐性があるということになる。



 人を襲い喰らう獣というより暴徒と化した機械化歩兵を相手とすると心得こころえて対処した方が良いのか。



 知者はまどわず、仁者じんしゃうるえず、勇者はおそれずと東洋の知者が説いていたと反省する。



 戦闘力とは兵力と機動力を2乗した積として得られる。



 ならば化け物の足を封じれば仕留められる。



 物事がそう単純なら英国はドイツにああも苦しめられることはなかっただろう。ロバート・バン・ローレンツは冷ややかな笑みをフェイスガードの下に浮かべ警官隊の警戒が集中する背後でショッピングセンターの状況を念入りに偵察し始めた。











 それ(・・)は唖然としながら身体を回復させるための場所を探し爪を鳴り響かせ食品棚の間を駆けた。



 人間の反撃がこうも執拗しつようで、厄介やっかいだとは考えもしなかった。



 だが────。





 ──愉快だ! 愉快で仕方ない!





 ただの餌が喰われることを単純に拒むだけではない。



 見たこともない襲い方を駆使して倒しにかかる。



 小集団に分かれ綿密に脅威を探し、連携を持って退路を塞ぎ、徹底してたたく。それは他ならぬ個の戦闘能力の低さが生んだ戦い方だ。



 エルフのように個の戦闘力が高いとあまり戦術の進化はなかっただろう。



 人間は武器──道具を駆使するが、それはこの世界で強い個がいないということだ。







 こいつらに強い奴はいない!







 それ(・・)は、スーパーの中通路に転がった死体を前に立ち止まると、その胴体をむさぼり始めた。その直後、撃たれそこなわれた甲殻こうかくの下部組織が急激に回復し始めた。失った二つの目が眼孔に盛り上がり透明感を取り戻すのに5分とかからず、2体喰らうと力までみなぎり始めた。



 戦い方を変える必要が出てきた。



 個の戦闘力が低いこの餌どもは、連携をとり追いめにかかる。正面から倒しにかかると強力な武器で大きな怪我を負わされ退路を塞がれる可能性があった。



 まず、この餌どもが連携に使う無線という道具を手に入れ喰らった脳から得た餌どもの言語で戦闘行動の予測を立てる。そして比較的脆弱(ぜいじゃく)な部分から襲い混乱をもたらす。



 そのためには外からだけでなく、中からも切りくずす必要があった。



 そう判断するやいなやいきなりクリーチャーの胸の幾つもの甲殻が左右に連なり分かれると胸の肉が盛り上がり大きなしこりとなり始めた。それが急激に大きくなりそれにつれそのこぶを被う皮は半透明になり指の太さの濃い緑色の血管がいくつも脈打っていた。そのこぶが大きく身震いすると突然にその突起物は前へ垂れ下がりおおった粘膜越しに中のものが動いているのが見えた。



 化け物のその隆起りゅうき物が床まで垂れ下がると突然に破水し中のものが床に転がり落ちた。直後、その分かれたものは半透明の皮膚をした身体を丸め横たわり身震いし手足を伸ばした。そうして確かめるようにすべての指を上下に動かすと手をついて身体を起こしすぐに立ち上がった。分かれたそれ(・・)が振り向くとクリーチャーはこぶの名のこりを胸の中に引きずり込み左右に開いていた甲殻こうかくを閉じた。



 この世界の餌どものように言葉を交わす必要はなかった。



 顔を向かい合わせるだけで意志の疎通そつうができた。



 その分かれた新たなそれ(・・)は手を伸ばし棚に陳列されたシリアル食品をつかむと箱を引き裂き袋を破り口に押し当てむさぼり食べきれないシリアルが床にボロボロと落ちると次の箱に手を伸ばした。それにつれて急激に薄かった皮膚の色が人の肌色になり、頭には髪が伸び始める。



 それから棚沿いに歩き始めた新たなそれ(・・)は幾つもの食品の封や缶詰めのリップルを引き開きむさぼりながら半分も残し投げ捨てながら外通路へ出た。そうして通路に横たわる人の死体に歩きより服を脱がせにかかりまずジーンズを穿いた。次にシャツの袖に腕を通しボタンをとめると紺色のダウンを着込んだ。最後に転がったスニーカーを拾い素足に履かせると靴から上に視線を上げ自分の身につけた服というものに違和感がないか確かめた。服に問題はなさそうだった。



 母体が喰らい取り込んだ知識は十分に役立っていた。



 新たなそれ(・・)は、立ち並ぶ棚の列の入り口に下げられているプレートを見回し、コスメ用品の棚を見つけ歩きながら伸ばし過ぎたブロンドの髪を頭皮に吸い込み短くするとウルフカットのようになった髪を手(ぐし)ですきながら化粧品の棚を前にした。







 新たなそれ(・・)は、まず真っ赤なルージュを手に取りキャップを外し唇に塗り伸ばした。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ