Part 6-5 Vicious 恫喝(どうかつ)
NDC HQ NYC, NY. 12:15
12:15 ニューヨーク州 マンハッタン NDC本社
社長職務室と同じフロアーにある役員室の1つ経営情報戦略最高責任者室をあてがわれているシリウス・ランディは静かな部屋で1人物音をたてていた。
机に置かれた幾つかの書類に眼を通すつもりもなく、寝かしたモンブラン万年筆を黒檀のデスクトップにリズミカルにぶつけカチカチいわせている。
思いは幾つもあるが、苛つきは1つ。
最高執行責任者であるマリア・ガーランドは私の思いも知らずに爆走し続ける。どれほど身辺に及ぶ危険を排除しても、あの女は自分の方から命に関わる危険に飛び込んでゆく。
ニュージャージーになにもあの女が出向く必要性はなかったのだ。武器の摘発など地元警察に任せればいい。まるでピクニックへ出かけるように声1つで武装した連中を従え撃ち合いに行く大バカ!
強く万年筆を黒檀のデスクトップにぶつけた瞬間、ビジネスフォンの軽い電子音が鳴りだし彼女は瞳を振り向け右手を伸ばし受話器のトップを軽くタップした。
『ランディ課長、ジャレッド・マーシュ様からお電話が入っています』
シリウスはわかったと返事をし眼を細め、卓上に埋め込まれた受話器横の通話アイコンを人差し指でタップし保留外線に切り替えた。
「私よ。何なのジャッジ?」
『姉さん、あいつがまた来てます』
CIA現場職員のジャレッド・マーシュとの会話であれと共有できる人物は現時点でたった1人だった。その名に彼女のフラストレーションが一気に高まった。
「今度は何をしてるの?」
『ブロンクスで地元のチンピラを金で抱き込んでいます』
ロシア大使館の1等武官が何をさせようとしているのかと一瞬12種類の考えが頭を駆け巡る。男は簡単に吐かないだろうが、雇った手足はひねあげれば簡単に懺悔するだろう。だが元を叩かなければ幾らでも手足が増える。
「チンピラらは後回し。私が行くから尾行を続けて」
そう命じて彼女は通話アイコンをもう1度タップし外線を切った。
「今日はニコラフ・チェレンコフを叩くのに良い日だわ」
シリウス・ランディはそう溢すと立ち上がりコート掛けの方へ歩こうとして足を止めた。そうしてデスクに振り向くと鍵をかけられる引き出しからホルスターに入ったコルト・マスタングXSPを取り出した。
再三、マリア・ガーランド率いる特殊部隊がサブアームズ(:予備銃器)として使うFNファイヴセヴンを勧められていたが、諜報戦の現場は特殊部隊の戦闘とは違う。現場で敵に取り囲まれ初めて殺し合いになだれ込む。要は敵の真意を掴み片手以上の指の数の敵諜報員を出し抜き意表を突いた反撃で生き延びて握った情報を生かす。
マスタングXSPは握りしめるとグリップエンドの下に小指がまわり込むほどの小型ハンドガンで銃口も伸ばした人差し指からそう離れず相手に振り向ける先がわかりにくい。使う銃弾は非力とされる古い.380口径で人を止めるパワーは主流の9ミリには及ばないが、HP弾(:ホローポイント弾。先端に穴の開いた対人弾)なら十分に効果があった。
彼女は手早く慣れた手つきでホルスターから銃を抜きスライドを軽く引いて1弾装填した。そうして弾倉を抜き引き出しの銃弾の箱から1発を取り出しマガジンにロードさせると銃のグリップに差し入れ最後を勢いつけ叩き込んだ。それからホルスターに戻しそれを上着のフロントラインを広げクリップを腰の斜め前のパンツ・ベルトレストに差し込んだ。次に予備マガジン2つが刺さったマガジンパウチを腰の逆側──左前に取り付けてコート掛けに歩み寄りラルフローレンのコートを手に取り羽織った。
19発で解決しなければ────マリア・ガーランドとの約束が反故される。
そう自分に念押しし彼女が自室のドアを開くと、次室のデスクにいる秘書のキャンベラが書類から顔を上げた。
「課長、お出かけですかぁ?」
「そうよ、キャンベラ。ちょっとリクリエーションに。私がいない間、ゆっくりしてなさい」
「ハイ! 課長も楽しんできて下さい」
短いツインテールの赤毛を揺らしキャンベラが笑顔を浮かべていた。役員や部長ですらない自分に秘書や自室をあてがったマリーという女のためにシリウスは無表情になると経営情報戦略最高責任者室を後にした。
廊下を歩きながら、彼女は急に考えを切り替えた。
1人で大使館員と揉めるのも心許ない。対テロ部隊の情報機関であるi-worker(:情報職員)から1人誘う事に決めた。
有無を言わさずに強引に連れ出してやる。
そう思いながら彼女はエレベーターに乗り込むと振り向いて静かに命じた。
「タクティカル・フロアー」
ポンと電子音が鳴りドアが閉じシリウスは戦闘領域に踏み込んだと自分を戒めた。そうしてただ1人、ただひとりに心を許した相手を思った。
マリア・ガーランドは戦いに赴く時に一片の迷いもないのだろうか。
いいや、戦闘狂のような奴────あいつの喜びに迷いなどつけいる隙はない。
ドアが開きハデスの間がパステルグリーンの輝きを溢れださせる中へ踏み込み、網膜測定というセキュリティ検査を受けると作戦対応室が眼下に広がった。コート姿のシリウスが階段を下りてゆくのを数人のi-worker(:情報職員)が顔を上げ見つめすぐに顔を下ろした。ルナなら大声を張り上げ軍隊式に上官へ対しての挙手敬礼を命じるだろう。だが自分は軍隊式などゴメンだと彼女は思い階段を下りきった。
いつもここは慌ただしく、世界中からテロの兆候を探ろうとしている。
勝手知ったるシリウスは迷わずに情報第3課のボックスに向かいチーフエンジニアのシーナ・カサノバに声をかけた。
「チーフ達の状況は?」
栗毛のウルフヘアをした彼女が面倒くさそうに顔を向けシリウスだとわかると片側の壁面を覆いつくす空母甲板並みの巨大な液晶モニターを指差した。
「あそこと、あそこ」
あそこ、『と』、『あそこ』? シリウスは若いエンジニアが指差した先へ顔を向け、すぐに変だと気がついた。
句切られた液晶モニターの割合大きな表示に衛星からの俯瞰図で草原が映し出されている。ワワヤンダ州立公園なのだろう。だがそれから僅かに離れた液晶に別な草原とは思えない場所が映し出されていた。
「あのショッピング・センターは何?」
「うん、あそこにもうちの打撃陣が行ってる」
ショッピング・センターの駐車場と建物を取り囲むように多くの警察車両の青い警告灯が数多く明滅していた。
兵器押収に向かったのではなかったのかとシリウスは眉根をしかめシステムエンジニアに問いただした。
「何が起きてるの!?」
「ん? 州立公園? モール? あんた、チーフから聞いてないんだ。ルナの代わりなのに────」
緊張感もなく気だるそうにシーナが問い返し繋げた言葉にシリウスは苛ついたが相手にしなかった。
そうなのだ。
私は任されていながら信頼されてない。
あの戦闘狂から信頼されてないのではない。
日々テロを憎み損耗し続けるもの達の気持ちを考えない。
私の生業は諜報員なのだから。
だが、闇を走るものを舐めるな!
いきなり彼女はホルスターからマスタングXSPを引き抜きセーフティを切ると銃口を天井に向け引き金を引いた。
作戦対応室はその一撃ですべての動きが止まり、100名あまりの視線が彼女に集中していた。
" Stop upset when!!"
(:狼狽えるな!)
"Maria Garland is no joy!!"
(:マリア・ガーランドは喜びはしないぞ!)
"Show your ability in desperate!!!"
(:死に物狂いで能力を示せ!)
"Now!!!"
(:さあ!)
次の瞬間、皆の動きが活気に満ちたものになった。
満足し彼女が銃を仕舞うと、背後から掛けられた声にシリウスは振り向いた。
「良くないやり方だ、シリウス」
第3課主任が彼女を睨みつけていた。
「ニコル──今からちょっと手を貸して欲しいの」
彼の非難を無視してシリウスは目的を告げようとした。
「この尻拭いならお断りだぞ」
その言いぐさに彼女は顎を引き上目遣いにドイツ人の家系の男に微笑んでみせた。
「マリーに降りかかる火の粉を払いに行くのよ。相手はニコラフ・チェレンコフ」
「ロシア大使館1等武官だな」
外交官の名前にニコルが即応したことで彼女は満足を覚え確信した。彼は断りはしない。
「ニューヨークに来てるわ」
そう告げて彼女が降りてきた階段の方へ歩き始めると、背後で第3課主任がチーフエンジニアへ後を頼むと依頼する会話が聞こえシリウス・ランディは振り向かずに声を投げかけた。
「銃を用意して」




