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衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #6
29/206

Part 6-3 Dark Magic 暗黒魔法

Wawayanda State Park, NJ. 12:05

12:05 ニュージャージー州ワワヤンダ州立公園



 対地攻撃輸送機のカーゴルーム床が振動しダウンウッシュに機体が揺すられながら、横へ振られた身体にマリア・ガーランドはヴィクが機体後部を安全な方角へ向けようとしているのを知った。



 ショッピングモールから州立公園へ引き返す途中、彼女は残ったチームメンバーに手短に作戦要項を指示していた。



「COO(:社長)────」



 かけられた声に降下後のことへ集中してる彼女は気づかなかった。



「ガーランドCOO!」



 開き始めたランプゲートから彼女は後ろへ顔を振り向けた。そこには万が一に備え戦闘服へ着替えたワーレン・マジンギがフェイスガードを開いたヘッドギアを手に立っていた。



「何ですか!? 手短に!」



「あんたはどうやって太陽炉(S T C)に近づくつもりだ? 浴びせられたらひとたまりもないぞ」



 ランプ先端が地上に接地する前に次々に電子擬態(EMC)で姿を空中に溶け込ませながら地上へ駆け降り始めた。



「なんとかします! あなたは後方でその方策を検討して下さい!」



 マリーはラボの研究者にそう告げ、開いたゲートへ振り向きながら急激に頭を縦に振りフェイスガードをたたき下げた。そうしてFNーSCARーH STDのフォールディング・ストック(:折り畳み式銃床)のバットプレートを右肩に押し当てながら地面に接地したランプを駆け降り爆風に枯れ草の舞う中へ姿を溶け込ませた。その背中へ教授が叫んだ。



「COO! 19分稼げ! 対抗策をデリバリーさせる!」



 配達(デリバリー)!? こんな場所へどうやって!? とマリーは増幅された音声に眉根をしかめながら機体側面へ回り込み山と積まれたジャベリン対戦車ミサイルの搬送ラウンド(:筒)にぶつかりかかり慌ててかわし、横にいたアン・プリストリにぶつかった。



「アン! 私が許可するまで絶対にミサイル撃つんじゃないからね!」



 アンの横にいたケイス・バーンステインが手を貸してくれマリーは立ち上がりながらフェイスガードを跳ね上げ大声で怒鳴った。アンもほぼ同時にガードを跳ね上げ大声で抗議した。



「えぇえぇええっ!?」



 同じ第3セルのケイスがいるから、アンに好き勝手なことはさせないだろうが、アンとケイスだけで6基ものジャベリンをどうするのだと、マリーは他の者まで対戦車ミサイルを抱えて行かなかったことに安心しながら、液晶モニターに映る他の隊員達を探しふたたび走りだした。



 第5、6セルのファースト・スナイパーのルイザ・アベルとレイカ・アズマそれにそれぞれのセカンド・スナイパーのマーガレット・パーシングとハント・ストールの4人がビームライフルの狙撃準備に入り低い姿勢でいるので、草原の草叢くさむらの伏せる場所にグリーンの矢印が4つ指し示し、残り6人はすでに100ヤード(:約91m)先へ侵攻していた。その後ろ姿がグリーンのシルエットで液晶に小さく映っている。言われたとおり全員がハミングバードと草原の先で黒煙立ち上る場所からの直線上から離れ左右に展開していた。



「レイカ、敵を捕捉したの!?」



『チーフ、敵として認知してませんが煙りの立ち上るヘリコプターの落ちた場所から東へ150ヤード(:約137m)の林に複数の人の熱源があります』



 落ちたヘリの乗員達なのかとマリーは無線に意識の半分をき後方確認CCDカメラを映すサブモニターでハミングバードが上昇してゆくのを眼にし、即座にパイロットのヴィクの名を告げAIに無線呼び出しさせた。



「コール(:呼び出し)──ヴィク! EOTS(:電子光学目標指示システム)の画像をリンケージ(:転送)!」



 ヴィッキーが返事もせずにいきなりマリーのフェイスガードのモニターに空中からの高精細画像が映し出され、マリーは視線を振りそれを眼球運動を測定してるユニットが読み込みデータ・リンクし対地攻撃輸送機の目標捕捉システムが別な場所へと拡大光学視野(SFOV)を振り向けた。



 赤外線画像で白い人影が数人、黒くシルエットになってる木々の幹の傍に見えた。その数人は地面に突っ伏しており1組の人影が至近距離で激しく動いていた。その2人の白いシルエットの動きを1秒見ただけマリーは状況を理解した。



 クロース・コンバット(:白兵戦)!



「コール(:呼び出し)──レイカ! レイカ、あなたが言った林にボギー・ワン──バンディッド(:不明1名敵)! 今、次の警察官か兵士へ駆けている! 指示したら脚を撃ち抜きなさい!」



 言っている最中に格闘していた1人が地面に突っ伏した。直後、残った白いシルエットが次のシルエットへ向けて駆けだした。倒されているのが警察官か兵士に違いなかった。駆けていたシルエットは明らかに戦闘的で殺意が見られた。その走る何者かがいきなり脚を緩め、前屈みになり林のきわを移動し始めた。



『チーフ、林に駆けてる奴はいない』



 レイカが告げたのを意識に留保し、マリーは対地攻撃輸送機の電子光学ユニットに指示を飛ばした。





「EOTS、画像ズーミング固定、画質ノーマルモード!」





 マリーが告げ終えた直後、肉眼で見ているようなフルカラーの鮮明な画像に切り替わった。枯れた木々の間に次の標的へ迫る長髪のブロンドを揺らす女が見えた。左手に大型のファイティング・ナイフを握りしめている。



「レイカ、バンディッドは女! ブロンド長髪、左手にナイフ。服装は────」



 長髪の女は古い狩人のような焦げ茶色の上着を着ており、足は──ベージュの細身のパンツ? 違う!? 素足の前側だけにプロテクターのようなものを装着してショートブーツのようなものを履いてる!



 この冷え込んだ空気の中で生足なまあしで!



「服装は上は焦げ茶色のベスト、片側の肩に金属のプロテクター、両脚前側にもプロテクター!」



『バンディッド、目標捕捉照準(サイトイン)。コンディション・グリーン(:何時でも射撃可能)』



 どんな時にも乱れないレイカの声がいつでも撃てると言っていた。レンジ(:射撃距離)は500ヤード(:457m)足らず。彼女なら爪でも撃ち抜けるレンジだった。ブロンド女のさらに速度を落とした移動から、女の標的が近いことがわかった。



"Fire! Fire! Move Move!"

(:撃ちなさい! 即座に移動!)



 マリーが命じた瞬間に側方の草原から青色のラインが一気に林の一点目掛け瞬間的に伸びた。不可視レーザーを液晶モニターが映像化したものだった。その刹那、信じられないことが起きた。ブロンド女が林の外へ振り向き右腕を伸ばし、足元を中心に乗用車の長さほどの青白い輝きが円形状に広がった。



 そうして狙撃で倒れると思った瞬間、手の先で派手な赤紫の火花が飛び散り、その根元に同じ色の半透明のシールドが女の側面から5ヤード(:約4.6m)ほどの場所にあるのが上空からの画像でわかった。



 女は次の標的を決め距離を詰めていたが、プロテクターを林の外へ設置させた動きは見せなかった。どうやって防弾ガラスのようなプレートを、とマリーが困惑している最中、林の方角からフルオートの射撃音が聞こえ始めた。高いサイクルレートと軽い音質からM4A1だとマリーは即断した。今の火花で標的にされようとした警察官か兵士が応戦を始めたのだった。その射撃音の合間に、林の方からまるでナパーム弾が落ちたような凄まじい火炎が、2車線道路の幅で伸びて、レイカが狙撃した場所を焼き払った。



 あのブロンド・ロングヘアーの女は背中に何も背負っていなかった。ボンベの類は持っていない。



 なら林にもう1人敵がいるという高い可能性が残った。



「コール──ルイザ、レイカ、マーガレット、ハント。狙撃後横へ50ヤード以上移動! 敵は火炎放射器を使ってる!」



 言いながらマリーはルナの知識から携行型火炎放射器のほのおの到達距離がレイカ達のいる500ヤードどころか20ヤード(:約18m)に満たないことにすぐに気づいた。







 あれが太陽炉(S T C)の正体だわ!







 だが、林には数千万枚の鏡が1枚も見られなかった。











 敵が来る! 狼らがやって来る!



 異様な圧迫感を敏感に肌に受けながら、接敵した人間の兵士の1人が、至近距離で気がつき反射的にすすけた黒光りするナイフを抜き抗うとはシルフィー・リッツアは驚いた。



 だが思わずニヤケてしまった。



 身体にゴテゴテと様々なものを取りつけたその兵士がまるで子どもを相手にするほど動きが単純でのろかった。



 彼女はこいつは狼じゃないと思った。



 人間の男が切り込んだナイフを半身(ひね)かわし、ふところに踏み込み相手の左(ほお)へ右(ひじ)を打ち込み、伸びた相手の右腕に外から絡めるように左腕を伸ばし、短剣を首横へ打ち込んだ。



 その瞬間、エルフののぞく男の目に死神が降りてくるのが映った。



 ひねり奥で多くの組織を裂いた切っ先を引き抜くと首から鮮血を吹き出しながら兵士は両(ひざ)を落とした。その血飛沫(しぶき)を避けるようにシルフィーは即座に身を退き、倒れる男を後に次の兵士へと駆けだした。走りながら、彼女は威圧感が依然としてあり、予想しない場所から狼らが襲ってくる腹積もりでいた。



 この極めて強い威圧感はこの林にない。



 草原の方角に感じた。



 ラビリンスの奥に控える魔物のボスのような──いいや、それ以上だとエルフはわずかに顔を横へ振り向け草原を盗み見た。



 だが草原には人影は見られなかった。



 だいたいほとんど風がないのに、遠方に鎌鼬かまいたちのような風が起きて、多量の枯れ草が舞い上がっていたし、人間どもはこれまで鉄のよろいを着けた魔物を使役させていた。間違いなく草原に身を隠すステフカ・サスヨーリ(:最強のボス)が狼らを率いている。



 彼女は次の兵士を40ヤード先の木の幹の陰に見いだし、繰り出す脚を緩め林の境界を音を立てないように次の兵士へと迂回うかいしながら目指した。同時に威圧感への予防処置としてシルフィーは魔法障壁の高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)を唱え右腕を横へ振り向け強靭な青白い半透明の壁を広げた。



 刹那、青白さが一気にほとんど赤に近い赤紫へ変色し壁の反対側にこれまで見たことのないほどにこじんまりとした家ほどの範囲に多量の赤紫の火花が広がり彼女は眼を強ばらせた。



 だが彼女は火花の散り具合から、襲ってきた敵の方角を見抜いた。



 爆炎系上位魔法を凄まじい速さでとなえ、足元に赤いネオンサインのような魔法陣(マジックサークル)が4重に広がり真っ赤に輝くと火花が広がる先へ大型ドラゴンの怒りの息吹を放った。



 その直前に空気の精霊シルフの魔法防壁(マジックウォール)表面から派手に飛び散っていた火花が一瞬で断ち消えた。それでも半透明の壁は本来の色合いを取り戻せずにほとんど赤に見える紫色をしている。



 何かが飛んできた気配はなかった。



 敵の魔法攻撃なら恐るべき魔力の力強さだ。しかも属性に関係なく衝撃魔法が跳ね上げる大岩さえ易々(やすやす)と弾く魔法防壁(マジックウォール)がどうしようもないほどに追い込まれた。



 この世界の人間どもは変わった武器ばかり持ちだして来るが、まさか魔法を使えるとは思えなかった。精霊系魔法は精霊達との強固な繋がりが必要だった。だが自分が行使した魔法以外に独特の場の揺らぎを感じなかった。



 残る可能性はドワーフが精霊を使い打ち込んだ魔術武具か、それとも────。



 林の反対から湧き起こった連続するせわしい炸裂音にシルフィーは考えから引き戻され右腕を左に振り向け右手の魔法防壁(マジックウォール)を左に移した。



 火炎を放った方へ背を向けることに一抹いちまつの不安を残したまま連続する炸裂音と共に飛んで来る指先から第1関節までの長さをした金属の飛礫つぶてを次々に退しりぞけ刃向かう人間の息の根を止めに向かった。





 シルフィーは上位爆炎魔法で死ななかった威圧感を放つ何者かが、もしかしたら暗黒魔法の使い手なのかもしれないと考え、眉根をしかめ思いを振り払った。





 いいや、そんなはずはない。



 暗黒魔法が使えるのは魔界の将軍クラスより上位の魔物ということになる。



 そんなものが地上に姿を現したら、広い範囲で生木ですらボロボロの土塊つちくれくずれ落ちる。それじゃあこの苦しいほど高まる威圧感は何なのだ!?







 絶対にありえないことだが、天上界の誰かが────。







 ──いいや、それこそ本当にありえない。



 シルフィー・リッツアは天使ですらまれに狂戦士のように戦いその奇跡力は魔界の将軍クラスが多量の生贄虐殺いけにえぎゃくさつによる限界突破妖術より遥かに高いと知っていた。それはあまりにも強大で時に魔界の将軍クラスより地上に破壊をもたらす。



 天使は一大陸の精霊すべてを足し会わせたよりも大きな力があると子どもの時にエルフの長老から聞かされた。





 もしも天使なら、私など虫けらのごとくひねつぶされる。







 シルフィー・リッツアは無意識にらえ引き倒した人間の兵士に馬乗りになり喉笛を短剣で欠き切った。











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