Part 6-1 Lightning and Whips 雷撃と鞭
Barrett Rd. Wawayanda State Park North-Jersey NJ., U.S. 11:53
11:53 合衆国 ニュージャージー州 ノース・ジャージー ワワヤンダ州立公園 バレット・ロード
僅かなバックブラストを発射筒後方から吐き出しローランチされたその3.6フィート(:約1.1m)の対戦車ミサイルは、吊された操り人形のように緩慢に眼で追える速度で20ヤードも飛翔すると一気にメイン・サステーナに燃焼が移り爆発するような加速で攻撃回避するブラックホークから離れだした。
弾頭に搭載するイメージ受像器の信号から地平線が設定された値よりも低い事を処理ソフトウェアが判断すると、即座に高地からのルックダウン飛翔モードのサブルーチンを読み込み、サステーナノズル外に付属するコントロールベーンを予想積分値にもとづいたベクトルで修正し噴射炎を振り下げた。
ジャベリン対戦車ミサイルは位置エネルギーを加速に加え秒速775フィート(:約850㎞)まで増速し、射撃前に照準器のソフトウェアが引き渡した照準点めがけ緩やかに蛇行を収束させながら、700ヤード(:約640m)先の樹木の間に見えるアスファルト道路を目指した。
荒々しく拡大するモノトーンの受像画像の先から下へ木々の頂が次々に飛び去り、3.1秒でアスファルト舗装道路が上下の中心5分の2を占めて枝葉の先に道路に立つ人物が恐ろしい早さで拡大してゆく中、最終突入フェーズルーチンを読み込み波打っていた飛翔振幅を抑え込んだ。
その人物が振り向き腕を振り向けたのと同時にレーザー近接信管が作動し、弾頭が衝撃を受ける1000分の数秒で中間翼前方にある2重成形炸薬の前1弾目が爆炎と爆轟の衝撃波を打ち込んだ。さらにより短い反応時間で奥に控えたコニカルライナー後部の合成爆薬が秒速7400mの爆速でジェットライナーを形成し爆炎のスピアとなり前方に噴き出した。
林外れの草叢にブラックホークがタッチダウンした一瞬にニュージャージー州兵の第1飛行隊第102騎兵連隊に所属するRSTA(Reconnaissance, surveillance, and target acquisition/:偵察・監視・目標捕捉)兵6人はキャビンから飛び出すように地面に降り立ち、そのまま低い姿勢で樹木の幹を目指した。
林の間からおおよそ220ヤード(:約201m)先で爆炎が広がり寸秒爆轟が聞こえてきた。木の幹を遮蔽物に彼らが身を隠した直後、ブラックホークが後尾を持ち上げ急激に上昇と爆炎とは逆方向へ転じたその刹那、樹木の枝の間隙を飛び越えてきた数条の光の矢が、ブラックホークの主脚の間に命中しメインローター・シャフトが破砕しローターが吹き飛んだ。
20ヤードの高さから一気に機首から地面へ激突した時にはすでにメイン燃料タンクが爆発し火焔の塊となり墜ちるなり多量の土を巻き上げた。
ダリル・レンフィールド少尉が5人の部下に怒鳴った。
「バンディッドは健在だ! ボギー人員、武装を確認後距離をとる! シル、司令へ連絡! 2機落とされたと伝えろ! 敵は対空火器装備!」
叫ぶように命じた後、真っ先にレンフィールドがM4A1カービンを構え林の間を前進し始めた。シリル・カンバーバッチ1等兵は背負っていたアリスパックを下ろし無線機を操作し始め1人遅れた。少尉のすぐ斜め後ろにイーサン・コーベット 伍長が同じように突撃銃のストック端を肩に押しつけながらいつでも援護ができるよう歩幅を合わせた。その後ろに2人が左右やや斜め方向へ銃口を向けながら後を追い、その左に15ヤード離れ残りの1人が警戒しながら前方を目指した。
少尉は、対空兵器を用意している敵が他にどんな火器を準備しているだろうかと警戒心をつのらせた。6人で600発あまりの弾薬と手榴弾10数個が手持ちの武装だった。彼我の火力に差がありすぎると、下手をすると一方的に叩かれる事になる。遭遇戦にならないようにすべきだ。遮蔽物のない野原を徒歩で逃げることになる。撃ち合いながらの退却ができるほど弾幕を維持できない。
確認次第、退くぞと彼は意識し声に出さず口だけを動かした。
翼の見えない魔物に乗った人を打ち倒し、僅かな安心を得た直後、シルフィー・リッツアはまだ空気の波を感じ取り、飛ぶ魔物がもう1体いたことに林の先に視線を巡らし、嫌な胸騒ぎに灰色の硬い地面から林か草原の方へ移動すべきだと思った。
地上を走って来た鉄の鎧を纏った4角い魔物に乗っていた黒装束の使役人は、半数を打ち倒し、半数は飛び道具で襲うことを諦め林の方へ逃げて行った。
この硬い地面には最初に頭の後ろから黒煙を噴き出して迫って来た大きな砂虫といい、鎧系の化け物ばかりやって来る。長居は無用だと歩きかかったその時、彼女は微かな空気の波動が急激に膨らんでいるのを感じ取り、魔法壁を2つ展開し両手で左右に広げ警戒心を膨らませた。
何か来る!
備えよ、と魔物や魔族との歴戦を生き延びた戦士の勘が囁いた。
どんな急場にも心臓はゆっくりと血潮を送り出し、混乱を知らぬエルフ族きっての戦士は、方角を語らぬわからぬ危機感に顔を巡らした瞬間、林頂部の枝を掠め高速で飛んできた太股ほどの径をした何かに反射的に身構える左右の手を振り向けた。
魔法壁を身体の右側に振り向けて半透明の蒼白の壁を2重にした刹那、いきなりその障壁の反対側に爆轟と共に急激に火焔が膨らんだ。その暴力的な火焔に魔法壁が受け止めた衝撃を彼女が広げた指に感じた瞬間、追いかけるようにさらに大きなサンドワームの頭も楽に呑み込める火焔が狂ったように広がり、魔法壁の表面から青い火花が滝の飛沫のように飛び散った。魔法壁の蒼が僅かに赤みを示し薄い紫色の波を4角い魔法壁の周囲へ駆け広げ苦悶の影を落としている。
頑強なる防壁の色を変える者がいる!
"Hortugur!"
(:小生意気な!)
防壁が取り溢した衝撃に身体を震わせ爆炎が大きな黒煙の塊になった時にシルフィーは苛立ちを言葉にしてしまった。
"Það eru óvinir sem geta notað sprengiefni eldtöfra og lost galdra!"
(:爆炎系魔術と衝撃術式を使える敵がいる!)
細く短い丸太の飛来した林の先の方に敵がまだいると信じシルフィーは高速詠唱で雷撃魔術ヴォルトの上位魔法ヴォルダラの魔法陣を足元に大きく広げた。左手から右手にシルフの守り壁を移し、左手の先に生まれた大きく荒々しい雷撃球を敵のいる林向こうを意識して振り回した。
放電する光の球体から10数の雷が鞭打つように飛び出し木々の枝葉の間を飛び消えた1秒足らずで林向こうに爆炎が生まれ遅れ衝撃が届くとその林先に黒煙が立ち上り始めた。
雷撃は敵を打ち倒せるが、爆炎は直に生み出せない。やはり何かいたのだと、彼女は魔物を使役し襲い続ける人種族に苛立ちを感じた。そうして魔法壁を収めると黒煙立ち上る方へと歩き始めた。
敵意をむき出しにする者を生かし逃すべきでないと始末するためにまばらな木々の間を歩き続けた。
生き残った敵は知恵をつけ、さらに力をつけ新たな敵として舞い戻るのが経験則からわかっていた。
高慢にもエルフ族に刃を向ける愚者を残すわけにはゆかなかった。
この場で刃向かう人種族を根絶やしにし、『ヴェス』を捜しに行かなければならない。もたもたしていられないとシルフィー・リッツアは繰り出す脚を速めた。
索敵しながらの前進はモチベーションの維持から極度の緊張状態が神経を疲弊させる。
イーサン・コーベット 伍長はすぐ直前を歩くダリル・レンフィールド少尉がイラクでの戦闘しか実戦経験がない事を承知していた。それは自分も同じだったが、少尉は少尉。自分は自分の眼を信じて五感に頼るのが自分や仲間の死を遠ざけることに繋がる。
少なくとも敵が火線のゼロレンジ(:補正必要のない銃照準の手前の照準点。通常数10m)に入る事態を阻止しなければならない。
伍長はカービン銃ハンドガード上のピクティニー・レール後端に載せたダットサイトの光学照準器の視界の外を見つめる左目に意識を集中し、200ヤード(:約183m)も離れていない敵の兆候を探り続けた。
敵がカモフラージュ・ユニフォームを着込みフェイスペイントを施している可能性から、双眼の白眼だけを意識し捜し続ける。
自然の中で唯一隠しきれない人の最もたるものが眼の間隔だった。両方の眼は直線的に並び、50ヤード以上遠方からは2つの白い点。それ以下の近接戦闘領域になると4つの白い点として、ランダムな自然造形物の中に浮き出て意識下でも知覚できる。そこから集中し視線を向け認識し敵かそうでないかを判断する。
感じ取り即座に射撃を始めると、敵でない──民間人を誤射してしまう。撃ちたい気持ちに反応してはいけないと彼は思った。州兵として兵役につかない普段は大工として一般的住宅の造作を生業にしていて、彼は出たままの釘を見つけると容赦なくハンマーで叩いた。
イラクへ派兵されたときにイーサンはパトロール中に5度も民間人を撃とうとして慌ててトリガーから指を外した。内2人は子どもだった。
民間人──それも子どもならなおさら撃ちたくないと彼は思い、同時に敵なら死んでもなお弾倉残弾すべてを撃ち込みたい欲求に駆られた。
イーサンは少尉が踏んだ枯れ枝の音に視線を振り下ろした。
その音に続き、規則性のあるもっとピッチの速い足音を聞いたと彼は視線を振り上げて疎らな木々の間へ次々に視線を送り込んだ。
その刹那、レンフィールド少尉が通り過ぎたやや太い木の幹の陰から長身の女が躍り出たのを伍長ははっきりと眼にし、少尉の右首から鮮血が噴き出したのを見ながらM4A1を振り向けると、女がうなだれたレンフィールド少尉の両肩をつかみ素早く向きを変えその傍らにブロンドロングヘアーを踊らせ現れた。そうして伍長が構える小銃の銃身をつかみ横へ弾くと右手に握ったナイフを踊らせてきた。
その流れる双眼の青い残像が急激に迫り、イーサンはストック後端を振り回しながら防御しようとして顔立ちの美しいやけに肌の白い女の異変に気づいた。
女の髪から覗く両方の耳が兎のように長く先が尖っていた。
伍長はカービン後端のバットプレートの角で刃物を弾くと間合いをとろうと女の腹目掛けコンバットブーツの底を蹴り込んだ。女が衝撃で後方に倒れると思った彼はストック下のバーチカル・グリップを振り回し銃口を倒れる女へ向けようとして驚き眼を大きく見開いた。
ブーツ底を左手1つで女に鷲掴みにされ、そのつかんだ手を大きく女が捻り伍長は身体を絞るように捻り、2本足を空中に跳ね上げ彼はひっくり返された。
体格の大きな体重のある自分が片腕の捻りだけで女に投げひっくり返されることが信じられずに、枯れ葉に落ちた彼はさらに肝臓のあたりを女に蹴り込まれ、転がったまま大きく呻いた。
混乱しながらイーサン 伍長は4人の部下が一斉に発砲し始めた銃声を耳にし、顔を振り上げ見上げた光景にさらに混乱した。
女が青白く光る楯を手に浴びせられる銃弾を凌ぎ人間離れした速さで伍長後方にいた2人に迫るとネオンのように輝く緑色の鞭を振るい一瞬で2組の脚を切り落とし倒した。
片腕を地面に押しつけ身体を起こしカービンのグリップを握りしめたイーサン・コーベット 伍長へ女が後ろ手に振り切り光る鞭が波打って彼へ迫ると突撃銃のバレルガードに巻きつき、一瞬で銃身ごと切り落とされ彼は唖然となった。
その先鞭がバチンと音を残し弾き戻る寸秒半身振り向いた女が大きく右腕を振るのが見えていた。
エメラルドの鞭が唸り幾つもの緑輝く波の残像を残し一瞬で彼の首に巻きつくと、イーサンは自分の視線が地面についた左手のそばに一気に下がり己の血潮を浴びながら意識を失うと上半身が倒れ込んできた。




