表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衝動の天使達 2 ─戦いの原則─  作者: 水色奈月
Chapter #5
22/206

Part 5-1 External Factors 外部因子

Российский флаг корабль контейнеровоз большого судна Соня на Балтийском море 18 октября Местное время 1:30 Среднее по Гринвичу 13:30

10月18日グリニッジ標準時13:30 現地時刻1:30 バルト海 ロシア船籍コンテナ輸送大型船ソーニャ



 冬の外洋は時化しけるものだが、バルトの海は穏やかそのものだった。ロシア船籍の大型イソテナー(/Isotainer:海上輸送用コンテナの名称の1つ)輸送船ソーニャは全長330メートルと最新型大型貨物船に比べるといささか見劣りする。だが、準大型貨物船であるソーニャなら少々荒れた海でもピッチングは少なかった。



 ソーニャは月に数回、東にロシアと接するフィンランド湾の南ウスチルーガ港とアメリカとの間を往復し、行きは化学肥料など、帰りはイソテナーに西側の日用品や完成自動車を積んで来る。



 南ウスチルーガ港はフィンランド湾に面した港湾で貨物取扱い量2位と大量の物資が動くためモスクワと直結する鉄道により毎日往復便の貨物列車が走っていた。



 だが今回の船旅には、工業製品を詰め込んだイソテナー以外にほとんど空に近い濃い深緑色のイソテナーが1基あった。ウスチルーガ港を夜に出て、3時間──デンマーク沖も近づいたその頃、照明の灯された船橋に近いフロントデッキに積まれたそのイソテナーに船員達が集まりだした。



 船員達──一見すると船乗りにも見える男達13人は船乗り風の服装をしているが、筋肉質で無表情ながら眼光鋭く生業でないことが見て取れた。それに手に手にパイプレンチやおの、中に数人アサルトライフルを持つ者もいる。そこへ後からデッキクルーの濃紺の制服を着た女が歩いて来ると男達の集まりが割れイソテナーへ道を開いた。



"Сержант Игнато, Откройте и подготовьте емкость!"

(:イグナート軍曹(Serzhant)、イソテナーを開き準備!)



 女に命じられると集まった男たちの別れた角にいた男が頷きイソテナーへ行き、パンツのポケットから折り畳みツールを取り出し広げた。そうして観音扉のかんぬきに掛けられた封印のワイヤーを折り畳みツールのペンチの付け根にあるワイヤーカッターで切るとかんぬきのレバーを操作して左右に開いた。



 軍曹は水銀灯の冷ややかな光が差し込んだイソテナー奥に行くと、中央に置かれたひつぎの様な木箱のふたに手を掛けた。ふたには軍用抜き文字のキリル文字とハイフォンと数桁の数字が印刷されていた。



 ふさいでいた補強材を打ち付けられた板1枚を箱の横へ跳ね落とし、イグナート軍曹は鍛え抜かれた右腕を箱の中へ差し入れると、人なら首と呼ばれる結合可動部の後方へ手のひらを回し込み、第3頚椎けいついの一部を喉の方へ押し込んだ。



 可動スイッチのありかは前モデルで知っていた。



 この新型がそれに習っている事も想定内だった。



 ただ陸戦兵器研究所がろくでもないものを造る事も十分に経験済みだった。



 これ(・・)が寝ているのでなく、緊急時に備えスタンバイ・モードでいる事も知っていて軍曹は一瞬で箱の外へ手を引き出そうとした。



 その手首をリニアモーター・マッスルのかすかなうなり1つで右手が一瞬でつかんだ。その細い指に締められて彼は苦痛に顔を強ばらせた。



"Отождествлять! Я старший сержант Игнат Никитович Седловна, Спецназ Заслон Службы внешней разведки России!"

(:識別しろ! ロシアSVR(:対外情報庁)の特殊部隊ザスローン所属、イグナート・ニキートヴィッチ・シードロブナ上級軍曹(S S)だ!)



 わずかな間をおいて軍曹の手首をつかんだ指が順番に開かれた。イグナート軍曹はひつぎの中に横たわるもの(・・)へ命じた。



"Полковник Донской проверит ваши способности.Встаньте с постели и вылезите из контейнера!"

(:ドンスコイ大佐(PL)が、お前の実力を試される。寝床から起きてコンテナから出ろ)



 軍曹は人へ話しかけるように命じなければならない事に毎回、理不尽な拒絶感を抱いた。陸戦兵器研究所の阿呆は、どうして兵器をこんな姿にするのだと、理由を知っていても理解し難かった。



 箱の両側の縁を華奢きゃしゃな指がつかみ軽いサーボ・モーターが数個作動する音と共にそれが上半身を起こした。







 オーダー受領。



 周囲索敵(スコードロン)継続。マルチタスクモードで音声命令を解析。



 画像解析:暗部増感。顔構成要素をデータ化。



 通信軍用バースト・プロトコル331起動。


 無線通信モードで中継器検索。


 中継器発見。衛星中継器識別。


 通信衛星MS328通信回線確保。


 ザスローン本部サーバーへアクセス許可。


 承認。クラウドサーバーへアクセス。



 顔構成データ送信。音声データ送信。政府機関要員データ検索。イグナート・ニキートヴィッチ・シードロブナ上級軍曹と確認。



 音声命令遂行(すいこう)



 戦闘待機モードから、状況索敵(さくてき)モード継続のままテストへ移行。







 イソテナーの中から上級軍曹(S S)が後ずさり出てきた。その警戒感丸出しの様子に外の男らは顔を強ばらせた。



 わずかに間をおいて彼を追い水銀灯の光に歩き出る黒いショートブーツが見えてきた。



 淡いブラウンのタイツを穿いた華奢きゃしゃな両脚がゆっくりと繰り出され、見えてきたのはプリーツの濃(こん)のミニスカート、その腰に掛かる灰色の大柄なシャツには派手でカラフルな幾何学模様が踊り、上にショッキングピンクのパーカーを羽織っている。色白の小顔でわずかに細いあごが青白い光にさらされウルフカットのブロンドヘアーが最後に現れた。



 まるでブリリアントカットされたダイヤモンドにきらめく輝きのような虹彩が中央にいるレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐(PL)を静かに見つめていた。



 男らのほとんどは、その新型白兵戦兵器の仕上がりに驚いていた。前型は大きく大柄な女性の姿だった。一目見て人造物の雰囲気があったが、今、目の前に立つオートマタは、街中で見かけても人と区別する事のできない造形だった。何よりも小型化が進み10代中の少女の容姿に彼らは逆に言い知れぬ恐ろしさを感じていた。



"Хороший! Разверните поле.Здесь, на палубе, вы все будете проверять способности маленькой девочки друг против друга.Ладно, будьте серьезны.Не обманывайтесь внешностью этого парня! Этот должен быть шагом вперед по сравнению с его предшественником.Если вы не отнесетесь к этому серьезно, вы получите серьезную травму."

(:よし! 場を広げろ。ここ甲板(デッキ)上でお前たち総出でこいつの性能を見る。いいか、本気を出せ。こいつの見てくれに騙されるな! 前モデルより各段に能力向上してるはずだ。真剣に倒しに掛からぬと怪我どころで済まないぞ)



 上官のあおりに男らの目に闘争心が燃え上がった。前型はリトアニアで英国特殊空挺部隊(SAS)兵6人との白兵戦に6分しか戦況維持出来ず、機密保護のため自爆した。



 ならより小型のこいつ(・・・)を5分でガラクタにしてやる! と数人の兵士は意識した。



"Полковник, вы уверены, что хотите это уничтожить?"

(:大佐(PL)、本当に壊して良いのですか?)



 フョードル 伍長(M S)がオートマタへ視線を据えたまま斜め後ろに立つレギーナに尋ねた。



"Нет проблем, капрал! Если ты победишь эту маленькую девочку, я дам тебе премию."

(:構わん、伍長(M S)! 倒したらボーナスを支給する)



 イイねぇ。やる気が増したと、消火作業用のおのの腕の長さのを強く握りしめフョードルは一歩踏みだした。





"Ольга! Не приводите к смертельным исходам и серьезным травмам! Начни рукопашный бой!"

(:オルガ! 死亡重傷者を出すな! 白兵戦ディフェンス(D C C)開始せよ!)







 オルガ──自機のコード受領。


 指示受領。


 状況識別:男性13名。女性1名。全員の識別データ確認終了。


 武器所持:13名。ロシア製火器AKー15──3挺。大型アックス──4本。パイプレンチ──2本。ハンマー──3本。サバイバルナイフ──1本。


 脅威度分類、位置的潜在脅威度分類、13名──マーク&ランキング。



 オーダー:死亡重傷者を出さずに自己防衛。



 3人の男:2フィート接近。脅威度変更。1st、2nd、3rd、マーク。



 処理モード:情報処理系マルチタスク・バースト。


 機動系リニア・マッスル印加電圧2倍ターボブースト・モード。


 駆動系冷却剤圧送プレッシャーポンプ回転率上昇。





"Да начнётся битва!!"

(:状況開始!!)





 レギーナが大声で告げた瞬間、男ら6人が同時に攻め込んで来た。



 目前でMー8オルガはいきなり爪先を蹴り込んでブロンドヘアーの残像を残し斜め後ろへ跳躍した。そうして一瞬でMー8はイソテナーの片扉を引き戻し扉表面に片膝ひざを当てかんぬきを両手で固定ブラケットごと引きちぎっると振り向きながら片手でそれを身体の後方へ回し立て片脚を引いて前傾になった。



 180度の視界で脅威となる最も近づいているおのを振りかぶった2人とナイフを持った男の動体予測線に狙いをつける。







 指示は明確だとMー8は演算した。



 自己防衛のために脅威を排除する。







 身体の後方からかんぬきを振り回し出しながら8ヤードの距離を寸秒で詰め瞬間に前出している3人へ足払いをかけ、倒れた1人を踏み越え、一気に男らの後方でアサルトライフルを構える男に低い姿勢で駆けた。



 銃器の照準線予測ベクトルを螺旋らせんを描くようにかわし膨れ上がったマズルブラストの付け根にある銃口制退器(コンペンセーター)を突き出したかんぬきの先端一つで弾き上げ、渦を描くように回した金属の棒の先でハンドガードを握る男の左腕のひじを打ちつけた。直後、握ったかんぬきの後部を振り回しAK-15を構えていた男の左(ほお)に叩きつけそのまま振り回し隣の男にぶつけ振り切る。







 このデータ外と認識する脅威とは何だ? とMー8はタスクの一つで演算していた。



 どうしてワタクシを破壊しようとする?



 どうしてワタクシはテストされなければならない?







 横へ飛ばされた2人の男らは、アサルトライフルを照準しようと銃口を振り向けていた男にぶつかりぎ倒すと身体をひねったオルガは右脇の間から後方へかんぬきを突き出し後方へ投げ飛ばした。背後でオートマタの後頭部に狙いをつけた男はその瞬間、金属の棒を腹に食らい身体を折り曲げ甲板に両膝を落とした。



 Mー8は凄まじい速さで両脚を交差させ振り向き数歩駆けた。目前に迫った下げられた銃口をつかみアサルトライフルを奪うと陸戦兵器は手首を返し一瞬でその折り畳み(フォールディング)ストックのバッドプレートを右肩に押しつけ、セレクターをフルオートに切り替え残る6人の動線予測先へ銃口を振り回し引き金を絞った。



 男らの足元に7.62x32mmの銃弾12発を正確に撃ち放つと、男らは跳弾と火花に同時に動きを止めた。



 もはや銃口を前におのやパイプレンチで太刀打ちできないと男らが戦闘を諦めると、オルガは男らに照準したままイソテナーの出入口に後退りして戦闘待機モードへシフトした。







 状況:制圧。



 脅威:1ー13、排除。



 このあまりにも脆弱ぜいじゃくなデータ外の外部因子群(Eファクター)は何を意味する?



 ロシア対外情報庁(S V R)の特殊部隊ザスローン所属兵士13名──変数領域に収納していた『符合(・・)』が脅威なのか?



 不等号。



 変数領域はワタクシの中にある一時的な確保した変動領域──ならデータ外のデータとなるこの脅威となった外部因子群(・・・・)はなんなのだ?







"Вот и все! Ольга, отмени бой!"

(:そこまでだ! オルガ、戦闘解除!)



 レギーナに命じられ、M-8は素早くアサルトライフルのスリングを首に掛け銃口を斜め下にして胸の前に提げると、イソテナーから出てきた位置に姿勢を正し立ち動きを止めた。







"Вы, ребята, жалки. Разве другая сторона не девушка?"

(:お前たち、情けないぞ。相手は少女じゃないか?)



"Полковник, эта девушка не та, кем кажется!Дай мне снова сразиться с автоматическими куклами!"

(:大佐(PL)、こいつ見かけ通りの少女じゃないです! もう一度オートマタとやらせて下さい!)



 おのをぶら下げた腕を揉みながら、フョードル伍長(M S)が頼んだ。



"Это невозможно, капрал.Реплеев на поле боя нет.И Ольга теперь выучила ваши движения.Гипотетическая вторая битва станет только жестче."

(:無理だな伍長(M S)。戦場にリプレイはない。それにオルガは今、お前達の動きを学習した。仮の2度目はさらに厳しいものになるだけだ)



 話すレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐(PL)をじっと見つめる虹色の対の瞳の奥で32個のMPUが高速で演算を継続し続けていた。







 ワタクシの外にワタクシを崩壊させる世界がある(・・・・・・・・・・)





 想定すべき脅威とはなんだ?





 人と分類される動物種の外部因子群(・・・・・)は──ワタクシを破壊しようとするフォースだ。







 同じ兵器として配備されたワタクシを破壊するフォース──潜在脅威としての敵としてデータに格納。







 第8世代の局地白兵戦戦闘兵器メインフームは、あまりにも出来すぎた未完のAIを搭載していた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ