Part 41-2 New Face 新入り
NDC HQ Bld. Chelsea Manhattan, NY. Oct 30 2019 9:15
10月30日 09:15 ニューヨーク市マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
「で、どうやって追っ手の眼を欺いたの?」
何だぁ!? この穏やかさはぁ!?
テキサスから陸路37時間かけニューヨークに戻り何食わぬ顔でNDC本社ビルに出社した直後、更衣室でトレーニングウェアに着替えていたアン・プリストリとジェシカ・ミラーはスピーカーから流れた呼び出しの案内に顔を見合わせ唆した元凶が相棒に畳みかけた。
「いいかぁ、ジェスぅ。何を聞かれてもぉ知らばっくれるんだぞぉ」
師匠の口車にジェスはブルネットの髪を激しく前後に揺すり頷いた。
そうして社長室に2人が出向くとだだっ広い部屋奥にある黒檀の両袖デスクの横に腕組みで立つシリウス・ランディと話していた笑み浮かべたマリア・ガーランドが顔を振り向けた。
社長でもある民間軍事企業指揮官が向けた笑顔を崩さないのは尻尾をしっかりとつかんでいる余裕があるからこそだとアンは最大限の警戒心を起動させ去年末に少佐から騙された怨みを思いだした。
「2人ともおはよう」
「おはようざ──すぅ」
「お、お、はよう、ご、ざい、まづ」
たかだか挨拶にアンは隣に立つジェスが緊張のあまりに言葉に詰まるどころか舌を噛んでいるので冷や汗が少し浮き出た。
「アン、ジェス、社長の前の椅子にお座りなさい」
副社長代理に座れと言われ彼女が視線で指し示したのはソファーでなく、折り畳みの安っぽいパイプ椅子でマリーの両袖机10フィート(:約3m)前にハの字に置かれている。それを見てジェスは裁判の証言台を思い起こし同じ側の手足を同時に出して歩き始め、アンは警察の取り調べ室を思いだし顔に向けられた卓上ライトがないから大したことはねェと舐めてそっぽを向いて空口笛で大股でジェスを追い越し大きな音を立てパイプ椅子に尻を下ろした。
「2人は呼ばれている理由がおわかりですね」
「は、はい! わ、わか──ひゃぁ」
ジェスがうっかり応えそうになりアンはガツンと自分の踝を相棒にぶつけ黙らせた。
「いつの作戦の事でぇ、デブリーフィングされてるのかぁ、わかんねぇ」
このふざけた言い方で先に手札を見せるのは少佐と腰巾着の方だと裏煉獄の裁定者は内心高笑いを上げた。
シリウスがクールな表情も変えず組んでいる腕を解きデスクに手を伸ばし上に載っている20インチ・タブレットに指をかけ向きを変えアンらの方へ寄せた。
「これの事について釈明して下さい」
釈明ときたかぁ! やっぱり尻尾つかんでいやがるぜぇ! シリウスに見て釈明しろと言われ椅子から腰を上げた2人は大型のタブレットを覗き込んだ。
スーツ姿の目つきキツい男が車輌甲板に多重輪メガ・トレーラーに積まれた砲身を指し示している。
「あぁ? なんだぁこりゃぁ? 土管かプラントのライン・パイプを積んだトレーラーとビッグリグだぁ。このスーツのおっさん俺ぇの範疇外だぁ。フェズ(:アメリカでのFBIの俗称)臭ぇぇ」
巻き舌ですっとぼけるアンにシリウス・ランディが僅かに間をおいて説明した。
「ハドソン河に停泊していたRORO船──ロールオン/ロールオフの貨物船ブリタニアシーウェイズに積まれていた全自動装填システムを組まれたハワイ・パールハーバーの展示戦艦ミズーリから盗まれた第1砲塔の1門──マーク7です。貴女方はこれについてどう弁明するのですかァ!?」
最後の最後にシリウスは語調を荒げトレーラーに積まれた砲身に人さし指3回タップさせた。
「知らねぇ。そんな決めつけられてもぉ知らねぇもんは知らねぇ」
アンが口を尖らせ白を切った。
そのふてぶてしい態度に応じず副社長代理はタブレットの上で指をスワイプさせ次に映し出されたのは黒こげのチェンタウロス戦闘偵察車だった。
「市庁舎公園に貴女方が乗り捨てた装甲車です。これもエンジンナンバーから出元を調べたらイタリア陸軍から盗み出されたものでした」
「ありゃぁ、転売してくれたぁ武器商人がぁ────」
アンが抗弁に口を開くと横からの視線に顔を少し振り向けた。横で顎を落としたジェシカ・ミラーがアン・プリストリをじっと見つめていた。
「アン、ジェス、貴女方が市庁舎公園で下車したのを何人もが見てます。特にアン! 黒のメイド服を着ていたので────」
「濃紺だぁ」
墓穴を掘ったなとシリウスは冷ややかな目線を向け大きく息を吸い込んで押し殺した声でアンに告げた。
「以上はFBIが行っている捜査の一部資料を私の伝手で入手したのですが、一昨日の夕刻前に姿を消した貴女方が逃亡を謀ったのだとマリアに警告していました。ですが、今朝IDで出社を確認し呼びだした────」
「バックレてねぇしぃ」
口尖らせて言い返しながらアンはトレーラーに積んだ家にエイブラムスを隠して持って来たのがまだバレてねぇと開き直った。だが少佐が一言も叱責してこないのが気になり始めた。
両袖デスクに手をついてタブレット見つめるアンとジェスの前でシリウスがもう1度液晶画面をスワイプさせた。
荒れ地でキャタピラを撃破されたM1A2エイブラムスの写真が映し出されている。アンは隣でガクガクと膝震えさせ始めた相棒に横様の蹴りを入れ静めると言い訳を始めた。
「どこかぁのぉ、お国のぉ戦車すぅね。壊れちゃってぇ、ああ勿体ないぃ」
もはや子供の言い訳じみてきている部下へ責任者が口を開いた。
「で、どうやって追っ手の眼を欺欺いたの?」
何だぁ!? この少佐の穏やかさはぁ!?
「いやぁ、煙幕焚いてぇ、トレーラーに積んだ家の中にぃ、滑り込みセーフだぁ」
すらすらと言ってしまったアンにジェスが踝をぶつけてきた。アンはそれを黙れではなくこの後どうするのだ? の合図とした。
「いいのよ。用意周到で。ところでアン────」
いいのよぉ!? 少佐ぁ、見逃してくれるのかぁ!? アンは口元を綻ばせて言葉の続きを待った。
「ハドソン河に違法停泊していた例の貨物船、所有者の名義があなたなのよね。ちょっとそのあまりにもの高額な購入費用について聞かせてもらえるかしら?」
アン・プリストリが苦笑いを浮かべるとシリウスがスーツの内側に片手を差し入れ腰の斜め前のパンツ・ベルトレストに入れてあるホルスターからマスタングXSPを引き抜きアンらによく見える様に銃口を天井へ向けスライドを引いて装填するとトリガー・ガードに指をかけ回転させ手首を捻りマリーの前に差しだした。
ニコニコしながらマリア・ガーランドがそれを受け取りトリガーに指をかけたままデスクトップに寝かせ置いてさらに尋ねた。
「ちょっとそのあまりにもの高額な購入費用について聞かせてもらえるかしら?」
アンは少佐見つめる視線の下に見えるマズルに本当に撃ちはしないと高を括った。その寸秒、マリーが顔を横へ傾けた。
その動作の意味がつかめず見えてきた背後のブロンズ合わせガラスに2つの銃痕を眼にしアーウェルサ・プールガートリウムは苦笑いしながら両の頬を痙攣させ始めた。
こいつ本気で撃つぞぉ! 38口径だからとぉ死なないかもと気にせずに撃つつもりだぞぉ! その弱小弾でもこの距離から撃たれたらヒーヒー言うどころの話じゃないぃぃ! 当たりどころ悪ければぁ即死だぁ!!
「いやぁ、メガミリオンズ(:アメリカの宝くじの一種)で当たっちまって使い道に────ひぃ!!!」
マリア・ガーランドが拳銃を振り上げ銃口からマズルフラッシュが広がり銃声を耳にする直前A・Pが悲鳴残し真横に頭を傾けた。
振り上がったブロンドの数本が銃弾に切れ飛び、こぉ、こいつぅ! 本気で顔狙いやがったぁ!!! とアンは強張った眼差しで少佐を見上げるとすでに銃口が眉間を狙っていた。
「魑魅魍魎跋扈するぅ裏庭にぃ落ちてるダイヤ原石をぉ────ひゃあぁ!!!」
銃声と同時にパイプ椅子から転げ落ちる様に横へ倒れたアンが振り向くと背もたれの上を銃弾がえぐっていた。
「しょ、少佐ぁ! ほんとの事を言ってるぅ! ダイヤの買い手を教えるか────ひぃいい!!!」
アン・プリストリが黒檀のデスクにぶつかる様に躱すと同時にブロンド・ロングヘアを貫通し背後の大理石の床に跳弾が弾ける音が銃声に重なり聞こえた。
デスクトップのキーテレフォン(:ビジネスフォンのアメリカでの俗称)が呼び出し音を鳴らし始めシリウスが通話ボタンを押して答えた。
「はい、こちら社長室です」
『社長はどこじゃ!? 預かりもの仕上げたからさっさと来いと伝えてくれるか!?』
マリーが頷いたのでシリウスが代わりに応えた。
「今からそちらへ行かれるそうです。しばらくお待ち下さい」
ハンドガンをシリウスに返し立ち上がったマリーにジェシカ・ミラーが声高に宣言した。
「な、何でもお聞き下さい! つ、包み隠さずお答えします!」
アン・プリストリは顔を向けると椅子に腰を下ろし姿勢を正している相棒を眼にして少佐の狙いを思い知った。
1番弱いところを攻めやがった!
マリーがドアを押し開けると背後でシリウス・ランディが告げた。
「ではアン・プリストリおかけなさい。初めから詳しく聞こうじゃないですか────ぁ!」
秘書室を抜け廊下に出たマリア・ガーランドは2人にキツいお灸を据えた事を後悔してはいなかった。
去年はアン・プリストリの傍若無人振りに代理人を私だと思わせ混乱に落とし込んだ。
ジェスは人なので口で言えば納得反省するが、セントラルパークにあの三首の怪物を呼び出し操ったアンはこれぐらいでも手ぬるいとマリーは思った。
あれが正体を隠してどうして人の社会に紛れ込んでいるのか、そう先でないいつかに問いたださないといけない時がくる。
できれば敵対しないで欲しいとアン・プリストリを思った。
パリティチェックを終えマルチタスクでソース・コードを放ち、起動した4次元マトリックス記憶デバイスに走る電子の2進数のせめぎ合いが一瞬と呼べる71ピコ秒で意識として人工ニューラルネットワークに確立した。
Mー8オルガは計測に誤りがある事に過去データとの突き合わせで気がついた。
処理が20倍以上に上がっている。
その原因がデバイスにかけられた電圧が僅かに高くなり、MPUもクロックアップされているからだと気づいた。誰かが改良してくれたのだろうか?
熱暴走はと、メイン処理ボードや記憶デバイスを探ったが熱交換循環機の能力が上げられており以前よりも17度も低い温度で安定化している。
素晴らしい。
誰かが手を加えてくれたのだと局地白兵戦戦闘兵器メインフームは素直に認めた。
視覚情報処理の前にすべての駆動系制御系に軽い負荷テストした。故障警告閾値を越えていた片膝と股関節共にシステム上エラーもスタックもない。それよりも2日前より少ない起電力の電流値でリニアマッスルが動いていることに興味を持った。
設計の外部電源を24ポイント長めに使える。
何もかも新品の様に滑らかでエネルギーと負荷耐性がありMー8オルガは納得してゆっくりと瞼開いた。
テストベッドは腰から上が軽く起こされシーツをかけられ脚を伸ばし座っている自己の状況を容認した。
視界にデータにない白衣の男と、認識できるスーツの女が入ってくる。
男が光学視野の範囲内で立てた右手人さし指を軽く振って見せる。
「識別、認識、追尾できる。光学系にも手を加えられたか? ピクセルで16倍、フレームレートが1024に改良されている。技術者は誰か?」
「儂じゃよ、自己紹介する。NDC技術部門統括のワーレン・マジンギ教授じゃ。テストベッドの反対に立つのが──」
「知っている。マリア・ガーランド。我を救ってくれたのだな。ありがとう。改良までしていただき────」
謝辞の途中でMー8オルガは接続されているハーネスが1本もないのに気づき尋ねた。
「質問の許可を頂きたい。パワーサプライと通信ケーブルが見当たらない」
言いながらMー8オルガは自己の筐体内に観測とコントロール可能な変数値一群を新たに認識した。
「外殻内にリチウムイオン電池を入れられたのか? 容量の把握ができない。諸元を送られたい」
自動人形の質問と要望にマジンギ教授が新たなデータを音声手段で引き渡した。
「胸部に極小型原子炉を入れてある。最大出力で600kw。炉心交換サイクルは20年じゃ。データ通信は10GのWiFiじゃぞ」
Mー8オルガはワーレン・マジンギ教授へ頭を下げた。
「感謝を表明する。すこぶる理想的だ」
自動人形が謝辞を述べたのを見聞きしていたマリア・ガーランドが教授に尋ねた。
「教授、やっぱり模倣の域を出てないんじゃないの? 会話が機械ぽいわ」
「そんな事はないよ。幾種類かテストしたが4次元マトリックス記憶デバイス内に構築したデータが接続を直に持ちその関係変更強化を環境や入力諸元で行い驚く事に、一部不要判断されたデータは順次消去される。その消去改ざんにもレヴェルがあり、人の忘却に似たプロセスを持っとる。まったくPCらしくない上手いアーキテクチャだ」
マジンギ教授がそうマリーに教えたのでMー8オルガは言語化モジュールに手を加え最適化を行って救ってくれた恩人に応えた。
「疑問はもっともですマリア。でも高等言語対応は難しくないと思います。貴女が私をあの自爆寸前で食い止めてくれたのは、私が人格の一部を見せたからでしょう?」
投げかけにマリア・ガーランドの表情が驚きに変わった。拒絶ではないに93ポイント。浮かべた笑みに98ポイントで好感を思考していると自動人形は仮想した。
「大丈夫そうね。あなた次第で自由にさせるか、教授に任せてもっと改良するか判断しようと思ってたけどれ1つ質問して決めるわ」
「あなた──私のもとで働いてみない? 職務は民間軍事企業の現場データ・アナライズ。危険なことじゃないわ。どう?」
文脈に選択権が与えられている。この新しいアドミニストレータは自由裁量権を付与してくれていた。
あれほど望んだ自由を手に握らせてくれている。
「働かせて欲しいです。情報処理は得意分野です。きっとご満足頂けるものと思います」
応えながら自動人形は己の権限登録を拾い上げ驚いた。
アドミニストレータ登録されているユーザーが自分だけだとわかった。新たなユーザー権限を決定するのも自己判断に委ねられている。
正真の自由────進むべき未来を選べる。
Mー8オルガは1度手指を曲げ伸ばしして右手をマリア・ガーランドに向けて差しだし握手を求めようとした。
「よろしくお願いします」
握り返され真っ直ぐマルチカムを見つめられメモリ外の世界に存在する彼女から言われた。
「よろしくお願いね。名前を何にしようかしら? もうロシア人の手先じゃないし新しい名前にすべきだと思うの。好きな名前はある?」
問われMー8オルガはデータベースを広範囲に調べ比較し選択すると応えた。
「マレーナ・スコルディーアでいいですか?」
「マレーナ・スコルディーア──イタリア系ね。いい響きだわ。いいでしょう。うちの情報特殊職員にあなたと同じ背丈の娘がいるわ。アリッサ・バノーニーノ。仲良くしてあげて。ではマレーナ、ベッドから下りて用意してある服の中から好きなものを選びなさい」
命令ではなかった。これからどこかに連れて行ってもらえるための配慮だとマレーナは仮想した。
マレーナはシーツをまといテストベッドから下りると脇のワゴンに積まれた衣服から一着を選び他の靴下やアクセサリ、靴もデータベースにある見本を元に選び終え。その合間にマリア・ガーランドが教授を機材棚向こうに連れて行った。
着替えるのを男性の目から遠ざけたのだとマレーナは仮想した。
着替え終えるとマレーナは2人に声をかけた。
「着替え終わりました」
マリーとマジンギ教授が戻ると教授が破顔し喜びだしたのでマリーは尋ねた。
「ワーレン、あなたこういう趣味なの?」
「そんな事はない! たまたまじゃよ。たまたま」
マリア・ガーランドが僅かに鼻を鳴らしたのでマレーナは服の選択を間違ったかとマリーに問うた。
「おかしいですか? コーディネートがいけないのですか? それともコンセプトがですか?」
マリーは両肩をすくめマレーナを手招きし出入り口へと歩きながら説明した。
「いいのよ。人には個性があり服装はその表現自由の現れだから。でもセキュリティの1人──アン・プリストリを思いだしたから」
それがマリア・ガーランドが鼻筋に皺を刻んだ理由だと自動人形はアン・プリストリというパーソナルに注意人物のタグをつけ廊下に出るとマリーに尋ねた。
「わかりました。1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なに?」
「どうして私にこうも便宜をはかってくれるのですか?」
歩きながらマリア・ガーランドが僅かに間をおいて応えた。
「あなたが無理やり戦場へ送り出された少女兵に思えたからよ。それは私の過去の呪縛でもあるの。この話はやめましょう。気が向いたらいつか話すかもしれないけれど」
「はい。お待ちいたしております。マリア様、皆は私を受け入れてくれるでしょうか? 拒まれたらどうしたらいいでしょうか?」
「マレーナ、『様』は不要よ。あなたをセキュリティ第1中隊のメンバーに紹介するのだけれど自己紹介に合わせてジョークの1つも言える? ちょっとぐらい皆を驚かす程度の──ブラックジョークでも言えたら皆にすんなりと受け入れられるわよ」
「大丈夫です。お任せ下さい。マレーナ、ジョークのストックには自信あります」
そう言って横を見上げるとマリア・ガーランドが唇を一瞬歪めたのでマレーナは優先度を上げ理由を仮想した。そうしてこのような受け答えをするときは多少自信なげに表明する方が78ポイントで良いと記憶デバイスに優先度レヴェル7で格納した。
マリア・ガーランドに連れられ入った場所はトレーニングジムの様な場所だった。
マシントレーニングもできればテニスコート8面もある室内外周にはトラックも設置してある。中央近くにある複数のマットの上で数人グループが格闘技をトレーニングしていた。全員で18名いるとマレーナは一瞬で掌握した。その中の数人はマリーが来るのを気づき、続いて視線を傍らの少女に向け何事か囁き合った。
位相差集音マイクが拾った音声をゲインを上げM-8マレーナは意味を解析した。
『見ろよチーフが人形みたいな娘を連れてきたぜ』
『なんだあの子は?』
『あら可愛いわね。パトリシアらと同じ特殊者かしら』
『マリー、どっから連れて来たんだ? 隠し子なんて言うなよ』
マリア・ガーランドが手を叩き合わせて皆を振り向かせた。
「対作戦特殊情報処理のセキュリティ・スタッフを紹介するわ」
マリーが切り出すと第6セルのサブリーダー──キャロル・コールが尋ねた。
「チーフ、特殊情報ったってアリスと同じ歳じゃないの? 現場に連れて行くの?」
もっともだとマリーは思った。マリーは一線からパティ達をできるだけ遠ざけてきたからだった。
「現場での情報収集分析と即応戦略立案を任せる。自己紹介をしなさい」
マリーの斜め後ろにいたパニエでスカートの膨らんだフリルをふんだんに施した黒いドレスに編み上げの黒いブーツ、それに淡いブロンドのウルフカットの上にレースでできたヘッドドレスに黒薔薇のコサージュまでつけている髪型だけ違和感のあるゴスロリータの見本の様な少女が進み出てスカートの両はしを摘み広げ右足を左足の後ろに引いてお辞儀した。
"Nice to meet you, cute boys and bi.tch.es."
(:初めまして可愛い坊や達と腐れ女ども)
腐れ女どもですって!? 自己紹介する自動人形を何気なく見ていたマリーは強ばらせた視線を振り向けた。
"My name is Maddalena Scordia..."
(:名をマレーナ・スコルディーアといいます)
頭下げスカートを広げたままで続けるマレーナをマリーは横目で見つめながら自動人形でも言葉を誤るのかと鼻筋に皺を寄せた。
"Gentlemen, Please call me Mars or Maria."
(:殿方はマースとかマリアって呼んでね)
そのままの姿勢で顔をぴょこんと上げ小首傾げたマレーナが媚びを売ったのでマリーは警戒し始めその直後だった。自動人形が声を出す都度に唇を丸くすぼめて開き頬をへこませる。
"I'm the finest dutch wife...My specialty is b.l.o.w.j.o.b...This morning ○○x with a nice tough guies three times...O,o,o,h, w,what are you d,doing, Maria...M,m,m, my left ear is broken !!"
(:私って最高級ダッチワイ○。お得意は────お・く・ち──のご奉仕──今朝なんかいい男達と3回もやっちゃっ────ああ、なっ、何するのマリア!? み、み、左耳が千切れる!)
男の隊員の内何人かが傍の女隊員から肘うちを入れられたりつま先を踏まれて呻き声や喚き声が上がり、中でも唖然と見つめていたケイスはキャロルにヘッドロックをかけられ苦しげな悲鳴を上げ始めた。そんな彼らの前でマリア・ガーランドは傍らの人工皮膚とシリコンの小振りの耳を力任せに引っ張り出入り口へとマレーナを引きずってゆきながらワーレン・マジンギ教授を罵った。
「あの阿呆! 殴りつけてやる!」
そうして廊下に自動人形を連れ出し説教を始めた。
「いいこと!? あんな自己紹介はジョークでも何でもないのよ! セクシャルハラスメント! 言葉の暴力だから許しません!」
「何がいけなかったのです? 私わかんな────い」
そのふざけた言い方にマリーは片手の拳を構え上げ警告した。
「あなたみたく音を区切って言うと女が女に対して声かけに使っても『皆~』みたく呼びかけにはならないの! 誰にあんな場末の娼婦みたいな口の利き方を習ったのか知らないけれど改めないならその口を数回殴りつけます!」
そうマリア・ガーランドは宣言し拳を耳の傍らに引いて本気で殴るスタンスで退くマレーナへ詰め寄った。その通路へ救急キットを下げたスージー・モネットが曲がってきて驚いて手提げ箱を落としてしまった。
マリーとマレーナが揃って顔を振り向けるとスージーが問い詰めた。
「ま、マリア────な、何をしてるんですか!? そんな子供に暴力なんて!?」
「ち、違うのドク────これには事情があって──」
マレーナ・スコルディーアがスージー・モネットの方へ駆けだして助けを求めた。
「助けて下さ──ぃ! DVに曝されていま──すぅ!」
なまった英語で言われドクは走り寄ってきた少女を抱きしめ身体の後ろに回し庇うとマリア・ガーランドへ振り上げた片手で指さして警告した。
「その暴力癖根深そうですね。治療室に来て下さい。外科的施術を行いますから」
唖然とするマリア・ガーランドへドクの傍らから顔を見せた自動人形がチロッと小さな舌を出して右下瞼を人差し指で引き下げた。




