Part 41-1 No, I deny it いいえ、認めません
A vacant lot under the Brooklyn Bridge Manhattan. NYC NY., USA 18:58/
Presidential office White House, Washington D.C. 21:05
18:58 ニューヨーク市ブルックリン橋下の空き地/
21:05 ワシントンDCホワイトハウス大統領執務室
暗くなったブルックリン橋の橋梁下で誘拐された幼女を引き渡した直後FBI捜査官数人に取り囲まれマリア・ガーランドとシルフィー・リッツアは押し問答をする羽目になった。
誘拐された幼女を助け出すためだと言い張ろうとして、事切れている男らの仲間だと頭ごなしに決めつけられる。
シルフィー・リッツアとの繋がりを問われ同じ会社の上司と社員の関係だとその場しのぎの嘘をマリーは重ねた。
自分の誘拐を企てたロシア人らよりも眼の前のコピーされたような連邦検察局の連中の方が悪どく思えてくる。いっそこいつらを電気鰻に触れたように感電させ立ち去ってもよかった。そう本気になり始めた頃に遅れて知った女が臨場してきた。
助手席から真っ先に下りてきたブルネットの女へ一瞬視線を向けると彼女が頷いたように感じられた。
もう大丈夫よ。国家安全保障省の管轄だから。
その態度が満ち溢れているのか、FBI捜査官に身分証を提示した若すぎる公務員支局長が部下2人を従えモーセのように連邦検察局の連中を割った。
「貴女のいるところは厄介事ばかりなのですか?」
歩み寄ってきたマーサ・サブリングスがそう問うて微笑んだ。
「嗜好の違いよ」
マリーが軽く受け流すとマーサが鼻で笑い国家安全保障省のニューヨーク支局長が辺りに倒れている男らを一瞥して女社長へ尋ねた。
「貴女が────」
「私が殺すわけないじゃない!!!」
途端に暴れようとしたマリーをシルフィーが羽交い締めにして抑えマーサは引きながらコメディアンみたいだと眼を丸くして懸案を匂わせた。
「そうですよね。もしもだと非常に困った事になると思ったからです」
振ってくる女へマリーが不信感を露わにした面持ちになるとマーサが教えた。
「お迎えにあがりました。大統領が貴女にお会いしたいそうです」
「お断りします」
あっさりと即答で断る態度に支局長はため息をもらしスーツの内側へ右手を差し入れた。
「諦めて下さい。ペットを許してもらえない子供ではないのですよ。駄々を捏ねるならこれを使ってでもご同伴願います」
そう告げてマーサ・サブリングスが手を引き抜くと注射器が握られており、親指がポンプにかけられているそれのキャップを左手で取ってマリーへ見せた。
顎を引き上目遣いになったマリア・ガーランドが右手の指を鉤爪状にした瞬間、場にいるもの達の髪の毛が風もないのに浮き上がりオゾン臭が漂いだしNSAの3人が後退さった。
「マリア・ガーランド、無駄ですよ! 我々は調べ上げて来たんです。無能ではないのですよ。対雷撃用にスーツの下にプレートキャリア代わりのチェインメイルを着込んでいるんです」
そう告げてマーサ・サブリングスがブラウスのボタンとの間を引っ張り広げ見せた。
この女ほんとに鎖帷子着ているとマリーは顔を引き攣らせた。どこでそんなものを調達したのだと呆れ返った。
「銀髪、どうした? やるのか? やるんだな?」
逃げ腰になってるハイエルフが横からそう告げてマリア・ガーランドは腰に片手をついて近くでうつ伏せに倒れているものを指さしマーサに交換条件を告げた。
「わかったわ。そこに伸びてる娘を本社に連れて行ってくれるならDCへ行くわ」
マーサ・サブリングスはうつ伏せに倒れているプリーツの濃紺のミニスカートに派手なショッキングピンクのパーカーを着た少女を見つめ血を流していないので死んではいないようだと部下に指示しマリーに尋ねた。
「その子を車に。マリア、この子は?」
尋ねられマリーは襲撃者の一味だとは言えないと思った。第一、人ではないかもしれなかった。義体化は手足だけでなく脳も電脳化している可能性があった。その様な事をマーサ達が知ったらどこかに連れ去るかもしれないとマリーは心配した。
機械は死にたくないなどと言いださない。
「うちの社員よ」
マーサに命じられ2人のNSA職員が女の子に寄りしゃがみ込んで1人が脈を見ようとして首に手を伸ばしかけたのをマリーは止めた。
「大丈夫よ。その娘は特異体質で脈動がわかりにくいの。ただし体重が大柄な男性以上だから気をつけて」
マリーの警告を軽んじて少女兵を1人が肩後ろから両脇に腕を回し、1人が両脚を抱きかかえ運ぼうとして男らは苦労し始めた。
その様から視線をマーサ・サブリングスに戻してマリーは罪人の様に両手首を突き出した。
「さあ、連行でもなんでもどうぞ」
それを聞いてマーサは軽く微笑んだ。
「逮捕じゃないわ。大統領が貴女を招くのは今日ニューヨークとニュージャージーで起きた事と、中でも大西洋でのロシアと合衆国海軍の戦闘にNDCの船舶が関係している事で事情を聴きたいそうなの」
スターズ指揮官はルナが戦況報告でロシア艦を7艦も沈めたと言ってたのを思いだした。それだけではない。事情から彼女は我が国の海軍弾道ミサイル原潜を航行不能にしているのだ。さらに精霊を具現化させた戦闘機でヴィッキーが何機もの争い合う双方の艦載機を落としていたし、ジャージーとマンハッタンで暴れたベルセキアに至っては事をありのままには話せそうになかった。
今夜は数え切れないほどの嘘を重ねなければならないとマリーは覚悟した。
いや嘘をつく必要はない。
ありのまますべて話し、私が頭のイッてる女を演じればいい。そのためにはシルフィー・リッツアを連れて行くべきだとマリーは判断した。きっと大騒ぎになるだろう。
「シルフィーも連れて行くけれど異存はない?」
「構いません。その方が貴女も説明し易いでしょうから」
マリーは一呼吸おいて若い国家安全保障省支局長に溢した。
「ありのまま話せと言うのね」
マーサ・サブリングスが頭振った。
「いえ、そうすべきではないと思います。異世界の事や魔法に関して貴女が公言すると私が手を回しても傾いた天秤を戻せなくなりますし」
傾いた天秤? マーサはもみ消すと言ってるのだとマリーは思った。
「庇ってくれてるの? 公務員の立場のあなたが職務規定に反してまで?」
国家安全保障局NY支局長はマリーに進み出て耳元に囁いた。
「国家安全保障上、貴女が雁字搦めになるのは望ましくないと思っていますし────それに部下のヴェロニカ・ダーシーを救って頂いたんです。貴女には大きな借りがありますから」
マリーが両肩をすくめてみせると顔を離したマーサ・サブリングスがまた微笑んだ。マリーはその笑顔を見て去年の暮れにこの人にバックスキンの手袋とパンプスに見えるスニーカーを贈って良かったと思った。
官の上層部に繋がりがあってもいいとは思ったが、純粋にマーサ・サブリングスの人柄が気に入ったからだった。公務員を辞めさせ自分の部下にとも今でも思っていた。
マリーは振り向いてハイエルフに声をかけた。
「シルフィー、悪いけれど今夜もう少し付き合って頂戴。こちらの世界のリーダーが話を聞きたがっているから」
「構わない。必要なのだろう」
マリーはハイエルフのドライさを見習うべきだと思いマーサへ顔を戻して促した。
「さあホワイトハウスへ行きましょう。陸路?」
「いえ、ハドソン河沿いのヘリポートにヘリを待たせてあります。ラガーディア空港でNSAのビジネスジェットに乗り換えます」
空港という言葉を耳にしてシルフィーが不満を言い始めた。
「また飛ぶのか? 飛ばないとこの国のリーダーに会いに行けないのか?」
ああ、こいつセントラルパークに墜ちたのがトラウマになってるとマリーは思ってなだめすかした。
「問題ないわ。航空機が堕ちる確率はあなたが故郷で1年の内に魔物に出会う確率よりも遥かに少ないのよ」
その言葉に今度はマーサが食いついた。
「マリア! 本当ですか!? 今日追いかけた様な化け物がそんなにうじゃうじゃいる場所があるのですか?」
マリア・ガーランドは両肩をすくめてマーサらが乗ってきた車へと歩き始め告げた。
「幸運なことね。ここにない世界の話だから────」
ラガーディア空港のヘリポート近くに駐機していたのはビジネスジェットと呼ぶには大きすぎる機体だった。ボンバルディア社グローバル8000。
まだ出て間もない新型じゃないのとヘリのローターに頭を下げながらマリーがマーサに顔を向けると彼女が大声で説明した。
「長官や要人の移動用です。NSAはそれほど裕福ではないので他の省庁との共有機ですよ!」
それじゃあ一様VIPなのだと一瞬マリーは唇の片方を軽く持ち上げ、こんな機体でもヴィクトリアは不満をこぼすのだろうと考えた。ふとシリウス・ランディが社長の国際移動用にビジネスジェットを1機購入しようとしたのを阻止した事を思いだしてマリーは苦笑いした。
乗合のエコノミーで十分だといまだに言い続けて対抗している。
9段のステップを登り機内に入ったマリーはそのヘッドスペースの高さに驚いた。ビジネスジェットは天井が低いとの思い込みがあり、輸送機なみのヘッドクリアランスほどもは必要でなかったが、せめて旅客機ぐらいの高さが欲しいというのもマリーがビジネスジェットを拒み続けている理由の1つ。だがこの機は長身のものでも窮屈な思いをしないほどに高さがある。
奥の主翼に近い部分にあるコンパートメントに入りマリーが振り返ると大柄のハイエルフですらSUVに乗り込んだ子ども状態だと、値段や維持費は皆目わからなかったが社用機は旅客機にしようとシリウスに頼んでみる事にする。
マリーが右翼壁際の3人掛けのソファに陣取ると、向かいの2人掛けソファにシルフィー・リッツアが腰を下ろしその柔らかさに落ち着かないとでもいうように座り直した。その横の1人座席にマーサが腰を落ち着かせ部下2人は機首寄りのコンパートメントに席を選んだので広い客室に3人だけになった。
「マリア、着替えも用意してあります。その────貴女のスーツ汚れてますし」
「いいのよ。ありのままの私を見て大統領がなんと言うかで彼の人となりを判断するから。それより何か食事できない? 軽いものでもいいわ。朝食べてから1日ダイエットしてたから」
「ええ、上空に上がったら食事にしましょう」
コンパートメントとの出入り口に機長が姿見せシートベルト着用とリナルド・レーガン・ワシントン空港までの飛行時間が30分ほどだと告げた。
機長が離陸の準備に戻り開きすぎた間がありマリーとマーサが同時に互いに声をかけた。
「聴きたい事があるのでしょう?」
「お尋ねしたい事があります」
マリーが小首傾げて促すとマーサが問うた。
「マリア、貴女とシルフィーのお2人が魔法を使えるのですが、それを公開なさるおつもりですか?」
「私の意図がどうであれ公表するのは難しいわね。優秀な参謀の2人から秘匿すべきだと警告されたわ。私が世の中に悪戯に混乱を齎すべきではないと指摘されたの。でも────」
「でも──?」
「いずれ世間に知れ渡るのよ。この情報社会で真の秘密主義は淘汰されつつあるし。ましてや暴力の如き破壊魔法を行使すれば誰ももみ消せなくなるわ」
「いえ、マリア、私が心配するのは攻撃に使う様な魔法の事ではないんです。ヴェロニカ・ダーシーを蘇らせ貴女自身も生き返った魔法を────」
マリーが言葉を遮る様に右手を持ち上げ人さし指を立てた。
「あれは魔法じゃないわ。別物よ」
「それじゃあ奇跡だとでも?」
じっと見つめるマリーのラピスラズリの虹彩が妖しく魔王の様に耀いてるとマーサは背筋に走るものを感じた。
「アンダーリーイング・ランゲージ────神働術にして極限の術式系統────早い話が神の力なのよ。奇跡といえないこともないけれど生身の私がやってるからそんな厳かな意味合いはないと思うのだけれど」
それを聞いて僅かに考えてマーサはハイエルフに尋ねた。
「その根底術式をシルフィーもできるのですか?」
即答だった。
「無理だ。600年生きていて、あの詠唱すら想像できない。だいたいその銀髪が人のなりをしてるから他のものにもできるかという発想が生まれる。銀髪はこんな乗り物に乗らずして背中から翼を広げそうだというのに」
それを聞いていてマリーが笑いだし謝った。
「ごめんなさい。私はれっきとした人ですし、ちょっと荒っぽいのはシールズで十代を過ごしたせいだけれど、神の誰が間違ったのか変な技術を授かって大いに迷惑してるわ」
その後にマーサが続けた話しにマリーは臓腑が縮みあがる様な思いを抱いた。
「貴女の手にした破壊力よりもその再生の術が大いに問題なんです。人は命の限り故その行いに制約を設けますが、貴女の利用価値の大きさに気づいた世の中のジョン・ドゥ若しくはジェーン・ドゥが貴女の大切にするものを代償に利用を謀るでしょう。貴女にその運命を逃れる術がいつもあれば良いのですが、貴女が取り戻せるのが絶望だけにならないように────」
マリーは右手指をきつく握りしめて呟いた。
「そんな奴がいたら全身全霊をもってして叩き潰してやるわ。2度と自分の脚で大地に立てない様に、2度と自分の手でものを食べられない様に、手足のすべてを奪い、泣き言を口からでなく喉笛から喚ける様にしてやるわ」
マーサ・サブリングスは眼の前の支配階級の頂点にも君臨できる女の決意に驚いた。自分の部下でもないヴェロニカ・ダーシーの命の火が消えたことを悔やみ血相変えて取り戻した女の一面が究極の残虐性を秘めていることに危機感を抱いた。マリアの攻撃力がどれほどのものか未知数でも、試したが最後人類すべてが歴史を閉じかねない。
正論からいうと大多数の人類を護るためにこの人を拘束し意識の無い状態で寿命を迎えるまで何人も手出しできない場所に幽閉すべきだろう。
マリア・ガーランドは今や世界展開できる強靭な私兵の指揮権を手にするだけでなく国を脅かしかねないカードになっていた。
「やめておきなさい。私に喧嘩を売るという無謀は無能の証しよ。今の私は用意された麻酔や毒でも中和してみせるし対戦車ミサイルを吐息で落としてやるわ。その場で狼狽するものらが次に見るのは最上級の爆炎魔法になるのよ」
思考を読まれている!?
マーサ・サブリングスは眼を丸くした。NDC民間軍事企業の要員に他人の意識に干渉できるものがいるのだと去年の核爆弾テロ以来気づいていたが、頂点の女自身がその能力を有している!
いったいなぜこの人がこれほどもの能力を有するに至ったのだろう。なぜ貴女がそんなにも多才であるの!?
「さあ知らないわ。人は気づいた時に男であり、もしくは女であるのを理解するけれどその差違に至ったダイスが振られた手を知らないのよ。あぁマーサやめておきなさい。遺伝的干渉なんて話は」
マーサは顎を落としそうになった。まだ意識の組み立ても終わっていない深層意識を掠め取られていた。まさしくその通りに考えるだろう日頃の意識通りの事をマリア・ガーランドはどうですと突きつけていた。
駄目だわ。
私はただ驚き受け入れるだけだけれど、大統領や側近の緊急事態管理局局長など具体的な危機感を抱いてしまう。合衆国の脅威と感じてしまうとマーサは焦った。
「大丈夫よ。帰りの機内まで猫を被るつもりだから。ところで帰りは自費でなんて御免よ。そうなったらホワイトハウスの芝の上に亜空間回廊の門を開いてみせるけれど」
「マリア、貴女の性格がわかってきました。まるで手に負えないティーンエイジャーです。ああ言えばこう言う」
NSAニューヨーク支局長がそう言い切ってマリア・ガーランドが憮然たる表情になった寸秒やり取りを拝聴していたシルフィー・リッツアが笑い声を上げた。
大統領オーバルオフィスで問いかけられマリア・ガーランドが思慮深く即答せずに間をおいた。
「ええ、閣下。ロシア海軍の潜水艦部隊を1艦で蹴散らしたのは私の巨大複合企業が建造した攻撃型原子力潜水艦の試作艦です」
同室するクライド・レディング国防長官が生唾呑み込む喉の動きを大統領執務デスクの前に立つマリア・ガーランドは見て知らぬ振りをした。
「ミス・ガーランド、我が国の国防を指揮するものとして1企業がその様な原潜を所有している事に政府として容認できないのだよ」
長袖の執務デスクの向こうに座るニック・バン・ベーカー大統領が机の天板に乗りだして意見しもっともだとNDC複合企業の長は思った。
「いえ、あれはあくまでも開発テストベッドの試作艦です。量産型を次世代型攻撃原潜として海軍に持ち込むつもりでした。今回の件が非常にセールスポイントとなった事と思います。いかがですか閣下、合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦を維新なさっては。シーウルフ級やコロンビア級よりもお安くしておきます。1艦で敵国攻撃型原子力潜水艦を7艦以上も沈めております。圧倒的とはこの戦績をいいます」
大統領が国防長官を見やるとレディングはすがるような眼差しを大統領へ返した。
「ミス・ガーランド、それと単機でロシア海軍と我が国の海軍艦載機を合わせて20機余り堕とした新型の件だが」
マリーは一呼吸おいて答えた。
「あれはまだ実験段階の域を出ておらず即時に空軍へご紹介できる製品ではございません。第1に人が乗り操れるほど穏やかではないのが難点でしかも燃料を馬鹿喰いします。現場海域に至るまでに実に我が社のステルス給油機が8回もリレーしての戦績です。とても実用レヴェルにはございません」
たまらんとばかりに国防長官が口を差し挟んだ。
「ミス・ガーランド、衛星解析で実に音測の50倍の速度を出しておいて使いものにならぬと!? 我が軍の極超音速ミサイルは半分の速度も出せないのだぞ!」
マリーは招いた男らにわからぬ様に鼻で微かに笑い鼻梁に皺を刻んで応えた。
「御言葉をお返しして申し訳ございませんが、トライデント2の突入速度は音速の20倍を上回ります。より上層から下りる大陸間弾道弾に至ってはマック30近くに達します。合衆国軍をもう少し寛容に見られる事をお勧めいたします」
後ろのソファで聴いているマーサ・サブリングスが苦笑いを浮かべているのを大統領が向けた視線で気づき横に腰掛ける上司のサンドラ・クレンシーNSA長官が肘でニューヨーク支局長の腕を押した。
「わかった。わかったよミス・ガーランド。君はニューヨークとニュージャージーで多量の死者を出した怪物がどこかの生物兵器研究所から逃げだしたものでそれに貴社セキュリティを用いて事態対処しただけで詳細は知らないと言い張るのだな。我が軍の艦隊と壊滅したロシア海軍北方艦隊に関してもロシア側の用いた新兵器が齎したと控え目に回答するのだな。それが現場海域で起きた核爆発をもブラックホールに呑み込む如くに消滅させたのではないかと推測するのだな。一部のものが騒ぎ立てる魔法がどうのは、君のNDC傘下のマルチメディア会社が行っていた映画撮影を誤認してると言い張るのだな」
マリーが頷くとニック・バン・ベーカーが執務デスクの天板に両肘をついて組んだ指の上に顎を載せて冷ややかな眼差しで告げた。
「私としては非常に残念だが君は上院公聴会に召喚される事になるだろう。ここでの様にのらりくらりと言い逃れる事の到底できない委員が待ち構える事になると思いたまえ」
その大統領の最後通牒にそれまでマリア・ガーランドの横に黙って立ちやり取りを見ていたシルフィー・リッツアが、いきなり右手にエメラルドグリーンに輝く鞭を下げその先鞭がカーペットをえぐり食い込むと大統領と執務デスク左右にいる国防長官、緊急事態管理局局長が顔を引き攣らせ一斉に後退さった。
ホワイトハウスの長い歴史の中で初めて大統領室で他人を殴ったのが女であり、台無しだと喚き立てたその傍若無人な手合いが特殊部隊ネイヴィ・シールズの元司令官の一人娘だとシークレットサービス全員に当日中に知れ渡った。
マリア・ガーランドは騒動の最中マーサ・サブリングスの言葉を思いだしていた。
────結局、厄介事で満たされている。




