Part 40-4 Booster 加速
Near the Brooklyn Bridge viaduct in New York City. 18:31
18:31 ニューヨーク市ブルックリン橋下近隣
中央情報局の職員ジャレッド・マーシュから齎されたのは、ロシア諜報局の工作員が15名ばかり不法入国し、あまつさえ巨大法人の社長を拉致しようと画策しているネタだった。
ジャレッドの身元確認が行われ、準軍事工作担当官である事がわかると、その不法入国した手合いが元陸軍上がりの強者ばかりで特殊部隊兵並の戦力と十分な火器を用意していると報された事により連邦検察局ニューヨーク支局の検事官らはい熱り立った。拉致被害者のセリー(:米でのスマホ俗称)GPSで現場が特定されると合同庁舎からすぐ近くの市警本部南東ロバート・F・ワーグナー・Srプレイスとパール・ストリートから湾岸線FDRドライブへ入るインターチェンジの南北線分岐点付近にいる事が判明し、人質救出部隊24名と捜査官28名の合同捜査強襲作戦要員は7台のシボレー・サバーバンLTZ、レンコ・ベアキャット装甲車4台で現場に急行した。
FDRドライブへ登る南北線ランプウェイ手前は別なスロープの高架下に平行でありその高架下辺りに被害者のセリーは移動せずにいる。
そのスロープ左右には近くに10棟建つ市営アパートメントの住人が大量に自家用車を路駐させているエリアだった。
FBI捜査官らが臨場した黒のSUVから下車した直後、先頭車両3人の捜査官が撃たれ倒れ、負傷した仲間を人質救出部隊のレンコ・ベアキャット装甲車の陰に引き摺り退き、多くの捜査官らも装甲車を盾にした。
「ハンゲイト主──検事官殿──がって! クラス3の──アーマーを撃ち抜かれ──す!」
フルオートの発砲音の合間に部下の大声が途切れとぎれに聞こえ、クラスⅢのプレートアーマー・キャリアはセラミックをケブラー繊維材料でラミネートとしバトルライフルの7.62ミリx51ミリ・M80軍用弾の制止能力があるはずだがと、サディアス・ハンゲイト主席検事官は眉根しかめて応射していたHK416のチークピースから顔を浮かし部下らへ怒鳴った。
「射殺してかまわん! 連中をこの場から逃すなぁ! ザカライア!! ロシア人らが車でFDRドライブへ逃げるかもしれん! 合流路を封鎖しろ!!!」
怒鳴った直後、遮蔽物にするベアキャットのボンネットを撃ち抜いた銃弾が垂直のフェンダー鋼鈑に射出口を残し彼の頬を掠め飛んだ。
徹甲弾だ! 間違いない。これでは捜査官達に多大な損害がでる。だが拉致されようとしているのが巨大複合企業NDCのCOOマリア・ガーランドとなると引き下がるわけにはゆかなかった。
就任発表会でNYの核爆弾テロ阻止と対テロリスト戦を前面に打ち出したシンデレラと呼ばれる女社長は多くのマスメディアと大半のマンハッタン市民を味方につけてしまっている。
その女をむざむざと誘拐されたら検察局の面目は丸潰れになるのがわかりきっていた。ハンゲイト主席検事官は人質救出部主任のクレイグ・コニックへ大声で尋た。
「クレイ! スナイパーはまだかぁ!?」
「まだです主任! 配置にあと8分!」
恐らくは数人の捜査官らがライフルを手に走っているのだろうが、8分は長すぎた。臨場して即撃ち合いとなった場合、統計的に10分で解決できなければ長期戦になる。それにこのランプウェイ入り乱れる近隣に手頃な狙撃場所となると市営アパートメントぐらいしかない。
屋上使用に管理者の許可を得るのに数分要し、スナイパーがスコープに捉える頃には10分を回ってしまう。多くの仲間が負傷してしまう。そうサディアス・ハンゲイトが考えた寸秒、フルオートの発砲音に混じり異質なライフルの射音が聞こえてきて、路駐車の陰から発砲しているロシア人の男が血飛沫を飛ばし躰を仰け反らせた。
FBIの連中を咬ませ犬にするつもりはなかった。ただCIA局員は合衆国の国内での活動に後で法的追及を受けた場合、FBIが共に作戦行動に必要という法的制約からだけだった。
ジャレッド・マーシュはFBIの連中が出動準備をするのを待たずして合同庁舎を後にした。
FBIの連中が合法的に拉致被害者のセリー位置にアクセスする手続きを踏んでいる合間に彼はCIA本部へ連絡しマリア・ガーランドの所持しているモバイル機器のキャリアへ介入しあの女社長がマンハッタンを走って移動しているのを見ていた。
車での移動ではない。明らかに駆けていた。
理由は定かではないが、逃げているか何かが進行しており拉致が迫っているとジャレッドは判断した。彼は即座にCIAニューヨーク支局へ連絡を入れ使用する火器弾薬を指定すると彼が合同庁舎を出てきたのと同時にCIA要員がフォードのSUVで迎えにきた。
支局の要員は本部のものが足代わりに使おうと内情を尋ねはしない。本部が独自に行う作戦は多くの場合非正規戦であり、非合法なので非介入が原則だった。
車が市警本部南東のセント・ジェイムス・プレイスの大通りを挟み建つ市営アパートメントのCタウン・マーケット前に着くと彼はテールゲートを開き大型のハードケースと黒のコンバットバッグを取りだして10棟建つアパートメントの間へと歩きだした。
腕にコンバットバッグの握り手を通し肩に担ぎセリーを取りだしてマリア・ガーランドの所在地を確認した。
睨んだ通りにマンハッタンブリッジの方へマリア・ガーランドが来ており彼が車を下りたセント・ジェイムス・プレイスの通りを走り抜け湾岸線FDRドライブのランプウェイへと向かっていた。
よもや足で走りブルックリンへ渡るとは思えなかった。
ならマリア・ガーランドが誘き出されるのは、ランプウェイ近辺。その辺りはブルックリン橋と複数のランプウェイが重なり高架下は人目に触れぬ拉致に最適の場所だと想定できた。
ジャレッドはアパートメント群の中央にあるチャールズベン・パークを迂回し駆け足で狙撃に都合の良いアパートメントを選んだ。
そうしてその建物に戻ってきた住人の後をついてエントランスのセキュリティ・ドアを抜け住人と同じエレベーターに乗り込んだ。
途中の階で住人が下り、彼は11階まで上りエレベーターを下り廊下を歩いて階段へ向かった。そうして屋上へ向かう階段を駆け足で上りきると出入り口のドアは施錠されていた。
海軍特殊部隊ネイヴィ・シールズ第6部隊デヴグルから派遣されCIAでの非正規戦工作員として準軍事工作担当官となるとドアの開錠技術も教え込まれる。だがジャレッドは時間と手間を惜しんで床にコンバットバッグと大型ハードケースを置くとバッグのファスナーを開いてまずマッチ箱半分の小型の赤外線感知器を取りだして彼の立つ踊場の隅に据えつけスイッチを入れた。そうして再びコンバットバッグに手を入れSIG226とサプレッサーを取りだして銃身先端にサプレッサーをねじ込んだ。そうしてドアの鍵穴部分にサプレッサー銃口を向け左腕で顔を庇い3連射した。
転がったカートリッジがブラスの甲高い音を鳴らさなくなるのと同時にドアを引き開けた。
ハンドガンの銃口を振り向けて様子を探り226を握った手でファスナーを開いたままのコンバットバッグを提げ、左手で大型ハードケースのハンドルを握り屋上に出た。そうしてX字状に伸びる南西の方へ急ぎ足で行くと縁の手前にコンバットバッグとハードケースを左右に置いて座り込んだ。
縁から1度下を覗き込むとブルックリン橋とその下のFDRドライブの乗り降りする南北へのランプウェイが丸見えで高架下のエリアの5分の4ほどが見えていた。
そこに十数人の姿と、プラチナブロンドのショートヘアの女、それにもう1人ブロンドロングのニット帽を被った地面に片膝をつく何かを抱きしめている女が見えた。
「ビンゴ!」
そう呟ジャレッドはそこに胡座をかいて座り込み、セリーのアプリを1つ立ち上げ赤外線感知器の警報受信にセットし大型ハードケースのロックを開け蓋を開いた。
中にはグレーのクッション材にはめ込まれたアキュラシー・インターナショナル社のAWMライフルが入れてありスコープとハリス製バイポッドがすでに装着されていた。
彼はライフルをケースクッションから引き抜き、ボルトハンドルを摘まんで回転させ後方に引き開放すると薬室を覗き込んで空なのを確認し、クッション材にはめ込まれているサプレッサーを引き抜いた。その抑制器を銃口に装着しロックさせ、クッション材に並べてはめ込まれているカートリッジ・マガジンを複数取りだして胡座かく太腿上に並べた。
そうしてハリス製バイポッドを下ろしロックさせバイポッドの脚を屋上の縁の段差中ほどに乗せシュミットベンダーのPM2 3ー12x50スコープの対物と接眼レンズカバーのノッチを押し込んで跳ね上げる。
PM2の第1焦点仕様なので、3倍から12倍のどの倍率でもレチクルに刻まれる大きなドットの間隔はいずれも1ミル。Gen2のレチクルは倍率最小時に上下左右から太い0.8ミルのラインでクロスヘアが伸びセンターと外周のおおよそ中間で0.1ミルの細いラインになる。その細いライン上に0.5ミル単位で大小のドットが等間隔に中央へ伸びる。その細いラインが中央近辺で1度切れてセンターに0.56ミルの長さの赤いクロスヘアがある。
ズーム倍率が変わるに合わせクロスヘアが中央に向け拡大されるので平均的な大人の男性肩幅はおおよそ20インチ。100ヤード先の男性肩幅が5.56ミル。
全体の状況を把握し易く夕刻の薄暗い高架下を見ることができるようにとズームダイヤルを6倍ほどにして銃床のバットプレートを押し当てサプレッサーの銃口をかなり下げた。
高架下の影にいる男らの1人の背をレチクルに合わせる。
おおよそ3.2ミル弱だ。
距離は172から173ヤードの間。
このゼロレンジに近い距離でマンシルエットの立ち位置1ヤード差に意味はなく落差も無視できる。ベンチレスト精密射撃ではないのでスピンドリフトもコリオリも意識しなくていいが、問題は俯瞰角度だった。
登ったアパートメントが11フロアあるから高さは56ヤードとかなり高い。おおよそ下向きの角度は70度以上もある。
弾道がコンマ5ミル跳ねるのでその分、鼻先を狙えば額に命中するという事になる。まあバイタルゾーンを外すほどではなく心臓を狙えば心臓を抉れるほどで垂直補正も考慮なしかと割り切った。
それにしてもマリア・ガーランドを拉致する男らは遠巻きに何をしてるのだと、ジャレッドはハードケースのクッション材に垂直に差し込んである.338ラプアマグナム・シーナ・GB528VLDを1本引き抜き、排莢口から開いたままの薬室に差し込んだ。
そうしてボルトハンドルをつまみ回転させ押し込んでロッキングラグを固定してからカートリッジ・マガジンを1個取りライフル下部に差し入れしっかりと固定する。こうすれば5発マガジンで6人を倒せる。その1発差は大きいのを戦場で学んでいた。
どうやら女社長は小娘とキャットファイトにご熱心らしかった。
マリア・ガーランドとは直接面識はないが、古参のアザラシに何人もあの女の事を口にする奴がいる。貶す言葉を1度も耳にした事がなかった。彼女を少佐というものもいるぐらいだが、年齢的におかしいだろうと以前に思った。
あの女社長はまだ20代中を過ぎたばかりのはずだった。
組み敷かれたプラチナブロンドの女を加勢するために、まだ15ほどにしか見えない小娘を狙撃する気にもならない。だが女社長が金髪のウルフヘアの少女の足をつかみ蹴りの応酬になった直後マリア・ガーランドが立ち上がりアスファルトに少女が顔から突っ込んだ。
何かがおかしい!?
ジャレッドがそう感じ、女社長が少女のつかんでいた足首を放したその時、電子サイレインを鳴らし青いフラッシュを点滅させながら、7台のシボレー・サバーバンLTZと4台のレンコ・ベアキャットがランプウェイに走り込んで来るのが見えた。
すっかりと暗くなっている高架下は鮮明に見えないが、フラットなアスファルトが女社長の前で陥没してる様に見えるのはなぜだと彼が困惑していると、車から下りたFBI捜査官らが次々に撃たれ倒れ始めた。
その時、高架下の空き地フェンスの開いたゲートから1人のショートヘアの上背のある女がハンドガン片手に駆けだしてきて路駐車に隠れてハンドガンをフルオートで連射し始めた。
マシンピストル6P03スチェッキン!
あの女ブロンクスにいた奴だとジャレッド・マーシュは思いだした。本部へ撮った写真をメール転送したらワシントンのロシア大使館付け2等武官でロシア連邦保安庁の職員だと知らせてきた。
「イヴァンナ・レシュリスカヤ、ここは俺様のホームグラウンドだ」
そう特殊部隊デヴグルの百戦錬磨の男は呟き、右側頭部に照準し引き金を絞った。毎秒2253フィートの超音速でサプレッサーを飛び出した300グレインのシェイプ銃弾は3383フィート重量ポンドの高エネルギーを維持したままロシア連邦保安庁の工作員の顳顬に食い込んだ。
脳髄を撒き散らし女がフェンスへ吹き飛んだのと同時にCIAの準軍事工作担当官は排莢し次弾を装填し次の標的に狙い定め引き金を絞りさらにリロードしザスローンの兵士を潰し続けた。
3発目にはサプレッサーがいかれて重低音を含む甲高い射音が広がり始めた。
周りの状況がほんの僅かしか意識できていなかった。
ただ護るべきはシルフィー・リッツアと彼女が抱きしめる幼女の2人。
精霊シルフの魔法防壁が2人の周囲に鉄壁のスクリーンを広げ聞こえだした銃声の被害を受けないようにする。
そうして意識を眼の前の少女へと引き戻した。
超空間精神接続が見せたのは電磁波の囁き──いいや────津波だ。
ウルフヘアの少女がいったいどうなってるとマリア・ガーランドが困惑していると少女兵が一気に踏みだしてきて右手正拳を打ち込んできた。
正面から見るその拳のなんと凄まじくエネルギーの溢れるその突きマリア・ガーランドは右足を引いて身体を開き反動で出る左手の手刀で少女兵の拳の甲を叩いた。
甲を狙ったところが、遅れて手首を叩いた。
速い! なんて速さの攻めなのだろう。
ベルセキアの肉体のブーストを持ってしても遅れとる少女兵の武技。
右手を弾き流された刹那、少女兵は眼にも止まらぬ速さでステップを踏み換え上半身を捻り斜め上に振り回した左手の甲でマリーの顔左側面が矢の様に迫ってきた。
裏拳の封じ手は幾つかある。
それでも状況が意識の速度のレヴェルに上がっており選択の猶予はなくマリーは即断で左肘を打ち上げ少女兵の左手首下を叩きつけた。
次がくる!
マリーは防御に徹するつもりはなかった。
いきなり持ち上げた左足で後ろ向けている少女兵の右足の膝裏を蹴りつけた。その衝撃で次の動作に移ろうとした少女兵が右膝をアスファルトに落としバランスを崩した。
その状況から少女兵は大きく仰け反り後転する形でマリーの顔目掛け左爪先を上から振り下ろしてきた。
キリがない!
こいつは潰す!
マリア・ガーランドが怒り込めて左手1つ振り上げた。角速度をもって急激に落ちてくる足首を広げた人さし指と親指で受けつかんだ一閃、マリア・ガーランドは両の足を踏み換え少女兵に背を向けて肩越しに敵を振り下ろした。
両腕で躰を庇ったその敵がアスファルトに激突しその反動を利用し躰捻りとらわれた足を振り解こうとした寸秒冷ややかなラピスラズリの瞳細め女指揮官は呟いた。
"Double boost !!!"
まるで稲妻が身体中に走り抜け筋肉と骨が一瞬で増強されたのがわかった。スピンする少女兵をそのまま振り上げまたアスファルトに叩きつけた。
今度ばかりは少女兵は腕で受け身を取れずに肩から地面に激突し顔の側面を打ちつけた。
その痛みに躊躇もせずその恐れぬ少女が足首つかむ手指狙い蹴り込んできた。
“Triple boost !”
意識した一瞬、筋組織のタンパク質構造と化学反応を一変させイオン処理手順も変容させた。ベスはこの変化を意識していたのだろうか。まるで農地に次の季節が押し寄せ瞬く間に風景を色合いを変えてしまう如き。息を呑む間もなく次の一瞬に冬から春が訪れ、実りの夏が押し寄せる。
足首つかんだ手を一気に持ち上げ少女を片腕で吊しその胸ぐら目掛け引いた足を蹴り込んだ。自分の足が風切りを唸らせるのを始めて耳にした寸秒、まるで車のドアを蹴った様な音を残し少女が反対側のフェンスにまで飛ばされ激突した。
フェンスの支柱を曲げて大きく変形させた衝撃を普通のものなら無事で済むわけがない。ましてやあんな鉄板を蹴り込んだ様な音と衝撃が足にあるわけがなかった。
何事もなかった様に立ち上がりつつある少女兵を見つめ、マリア・ガーランドは首を回し頚椎の関節を鳴らし自分に認めた。
──Let's kill each other seriously, fuck' you────
(:本気で殺し合おうじゃないか、くそったれ)




