Part 39-5 Билет на Свободу 自由への切符
FORSCOM USARMY Fort Bliss’ Southern Orogrande Range Camp TX., USA 16:33/
Chelsea Manhattan, NY. 18:29
16:33 合衆国テキサス州フォート・ブリス オログランデ・キャンプ南部 アメリカ陸軍総軍第1機甲師団第4旅団ハイランダーズ 第77機甲連隊第1大隊の演習地から東部5マイル/
18:29 ニューヨーク州マンハッタン チェルシー地区
戦車砲徹甲弾が飛んでくる音が聞こえるなんて思いもしなかった。
急激に甲高くなる唸りが聞こえ寸秒パシンとティンパニーを鳴らす音が響きジェシカ・ミラーはどうして車体揺るがす轟音じゃないのだと困惑した。
御師匠が120ミリ滑空砲をぶっ放し応射し頭が揺さぶられる。
直後、再び追跡車輌の砲弾が飛来しパシンと同じ音が聞こえた。後方へ旋回してる砲塔に直撃してるにしては音がおかしい!?
「御師匠! 追跡してくるエイブラムス、50口径を単発で撃ってきてるんですか!?」
ジェスは砲塔上部の銃架に載ったガンで撃ってきてると思いながらヘッドセットのマイクに怒鳴るとアン・プリストリの陽気な巻き舌が返ってきた。
『心配すなァ! 俺っちはァ精霊魔法は不得意だがァ、邪術法は朝飯前だァ!! 120ミリの装弾筒付安定徹甲弾なんざァ屁でもねェ!!!』
えぇ!? やっぱ120ミリの徹甲弾で撃たれてるの!? 後方は前方の複合装甲と異なりただの均質圧延鋼鈑なので50口径銃弾で叩かれるような音──いいや9ミリ・パラメラムで済むわけがなかった。それじゃあ被弾のこのひ弱な音は何なのだとジェスは気にしながら前方へ両手のスロットルを回し続けた。
だが精霊魔法!?、邪術法!? 今日はニュージャージーで戦闘蠍と蜘蛛の合いの子の様な怪物に振り回され、セントラルパークでは象並の大きさをした三首のドーベルマンの如き怪物も見たし、銀髪がエルフのコスプレ女を連れ込んでいた。
何が起きても愕かないぞとブルネットの女が思った瞬間、荒れ地の突起に底突きしたサスがエイブラムスを大きく揺すり同時に後方砲塔バスケットで硬く重い金属音が響き彼女は痙攣したように硬直した。
『わりぃなァジェス! スーパーサボ(:砲弾)落っことしたァ!』
ひええぇ! 戦車砲弾落とすな!!
「な、なにやってんですかぁ御師匠!?」
『シェルをバラして装薬抜いてたァ』
砲弾をバラす!? 車輌内でぇ!? 道具はぁ!? まさか力尽くでカートリッジから引き抜いてるんじゃ!? 本当に増強弾をこの人はこしらえている!? 正気じゃない、正気じゃないわ!!
ヘッドセット越しに背後のバスケットから高笑いが聞こえてくると主砲鎖栓機を乱暴に閉じた音が聞こえアン・プリストリが大声で歌い出したのがヘッドフォンに聞こえてきた。
ジェシカ・ミラーはその歌詞がドイツ語なので眼を寄せて唇を歪ませた。
盗まれたM1A2SEPを足止めするため野営地からハンヴィ8台と同じA2が4輌追跡に向かったが、高機動汎用車はことごとく直前の地面に砲弾を受けひっくり返され、エイブラムスが2輌覆帯に被弾し断ち切られ行動不能に陥っていた。
中隊長のテレンス・オルセン少佐は通信兵を伴いM1151で指揮し追尾に入った直後、追跡中の小隊長から連絡が入った。
『少佐殿! 逃走車輌A3を9発被弾しながら健在! 徹甲弾が装甲を貫通してません! 逃走車輌は砲塔を背後に向けたまま走り続けています!』
逃走車輌は後部を狙われているはずだった。前方数発ならまだあり得たが後部に9発撃ち込まれて走行可能なのが理解できなかった。
窃盗者を生かして捕らえたかったが、すでにこの混沌に終止符を打つには撃破しかなかった。
「有りっ丈撃ち込め! 何としても止めるんだ!」
すでに大隊長に報告が上がり、追跡車輌として本隊からエイブラムスを8輌出している事を知らされていた。だがもう5マイルも野営地から離れており増援のエイブラムスが追いつく望みはなかった。
せめて覆帯を切り足止めできれば、包囲し投降を勧告できただろうが、なぜに足止めできん!? 後部鋼鈑はそれほど強靭ではないので確率的に有り得なかったが。覆帯はそれ以上に脆弱なのだ。
助手席で見つめる先に追尾しているM1A2SEPの赤い砂塵が見えてきた。
「マリアァ!!」
駆けだした寸秒、大声でレイカ・アズマに声をかけられ顔を振り向けたマリア・ガーランドは投げ飛んできたFNーP90を片手でキャッチし前へ顔を振り向け全力疾走に切り替えた。
投げ寄越された一瞬、歩道に片膝突いたスターズ・ナンバー1のスナイパーが片手で同じPDWを構えていたのを眼にした。こうなる事も予測しあの日本人は予備PDWにガムテープで側面に弾倉2本も用意してくれていた。
マリーはファイヴセヴンをホルスターに戻し走りながらガムテープを引き剥がし予備弾倉をパンツのウエストベルト左右に差し込んだ。
すでにオフロードバイクを追うシルフィー・リッツアは歩行者と車輌を避け歩道の際を猛然と40ヤード先行していた。
さすがハイエルフだわ! 身体能力が並みの人の比ではなかった。若い陸軍兵でも追いつき難いだろう。
だが追いつける。自惚れでなく確信だった。
マリーはアスファルトに底の滑るパンプスを完全にコントロールし急激に繰りだす脚のピッチを上げ続けた。
乱れ踊るブロンドのロングヘアの合間にオフロードバイクのテールランプが明滅するのを睨みつけた。
いくらエルフの脚が速くともモーターバイクに追いつきようがなかった。
それでも夕刻の混み合った道路で3人乗りで逆走するのも困難なのか一向に距離が離れていなかった。それどころか追いつきつつあった。
シルフィーがいなくとも撃つわけにはいかなかった。モーターバイクには誘拐された幼女が乗せられている。直接銃弾を当てなくとも転倒したバイクで大怪我を──下手をすれば命落とす危険性があった。
止まるまで手出しはできない。
誘拐犯がどこまで走るつもりかわからなかったが体力勝負だった。
マリーはふとタイミングがおかしい事に気づいた。
誘拐犯の銃撃を担当する連中は我々に最初から的を絞っていた。手腕も素人の域を出ていない。誘拐の障害を排除するためでない。なら幼女の誘拐は第1目的ではない。シリウス・ランディのリポートにあった。ロシア大使館要員がNYのギャングスタを抱き込んでいると。
罠だわ!
行き着く先がどこであれロシア対外情報庁特殊部隊ザスローンが待ち構えている可能性を視野に入れるべきだ。
先行するシルフィー・リッツアのこの世界の知識は私から複製したもの。ダイアナ・イラスコ・ロリンズの一年前の軍事知識に私が1年の間加え手直ししたものに過ぎない。彼女が対ザスローン戦に苦戦する可能性や命落とす事も考えられた。
対向車を避けながら真っ先にトラップに飛び込むのは自分でなければならないとマリーは唇引き結んだ。
10年前にベッカー高原で銃撃に出迎えられ傾斜地を駆け下ったのを思いだしていた。
人を救うために人を殺めに行く。あの瞬間も相手が人だと認識していた。だが正規だろうと否正規だろうと戦闘に従事する兵だ。ザスローンなどものの数ではない。今なら対峙する相手の命を掬い上げる事も投げだす事も自在にできる。だがこんな手段に出たことを後悔させてやるとの思いが勝った。
──Guys, be surprised at me──
(:我に驚愕せよ!)
ハイエルフとの距離が縮み始め20ヤードに半減しトレーダー・ジョーズのマーケットが角地にある6番街の雑踏に突っ込んだ。
車道に車が渋滞しモーターバイクは歩道へ上がり逃げ惑う歩行者を後目に逃げ続けた。
巧みに躱そうとしているハイエルフが数人の歩行者に肩をぶつけ再びオフロードバイクに離された。
迷う必要はなかった。
事後処理など眼中にない。
マリア・ガーランドはステップを切り返し跳び上がり渋滞中のセダンのボンネットに駆け上がり驚く運転手が顔とサブマシンガンに眼を游がせたのが一瞬で残像になった。彼女は一気にルーフへ駆け上りトランクへ駆け下り次の1台のハッチバックに跳び移った。
1台踏みつけるも2台、3台も変わらない。
次々に車の上を走り抜け数秒で歩道にいるシルフィー・リッツアの横に出た。
一瞬、振り向いたハイエルフと視線が絡み同時に多くの歩行者が顔を振り向け彼らが眼で追うのが誰なのか、暗くなりかかったこの時刻でも街の明かりで一目瞭然だった。
今夜、シリウス・ランディはマスメディア対応で怒り心頭するだろう。
ミニバンから眼を丸め驚く路線バスの運転手を寸秒視線に焼き付け屋根に飛び移り1動作でルーフに上がり走り続け飛び下りたイエローキャブのボンネットを潰しルーフに走り登った。
誘拐犯のモーターバイクは10数ヤードに近づいていた。
もう少し近づき併走すれば飛び移り子どもを抱きしめタッチダウンできる。その思いが両脚に火を入れた。
6番街の交差点を抜け西21番ストリートを真っ直ぐに東へ向かい駆けた。
P90を握る右腕と素手の左腕を交互に振り抜き、この脚にもっと力を無理強いし、プラチナブロンドのセミロングヘアを後ろに靡かせ、心臓よ、もっとエナジーを送り出せと強要する。
己と僅かに違うリズムの足音にショーウインドに視線を振り向け片唇を吊り上げた。
シルフィー・リッツアが同じ様に車上を駆け抜けて追いつこうとしていた。
ついて来なさい! 子どもを守り、プロの兵士を相手するのに貴女の力が必要なの! 独りの兵はどんなに優秀でも、破綻する限界点が必ず存在する。
だが2人力合わせれば力は倍以上の結果を生む。
それをネイヴィシールズで10代に身につけた。
1000人のシリア兵から襲われたあの時に思い知った。
戦闘という地獄は口を開くと奈落まで見下ろせる。這い上がるには独りでは不可能な闘いが殆どだと思う。
迫ってくる歩道の一角に不釣り合いな明るい場所が眼についた。
走りながら寸秒視線を固定した。
あろう事かどこかの局が街を取材していた。
キャスターがこちらへ腕振り上げ口を開きカメラマンとライティングスタッフがレンズと照明を向けてきた。
「くそったれ!」
罵声浴びせ彼らの前を通り過ぎる間、光が追いかけてきた。
ああ、もう確実にシリウス・ランディに殺される。あれは怒ると平気で銃口を向けトリガーを引く手合いなのだ。銃弾を撃ち込まれなくとも言葉の剣で斬りつけてくる。しおれている相手でも容赦なく何度も蹂躙する奴なのだ。
これだけ走りながら顔から血が引いていく気がした。
モーターバイクは僅かに歩行者が減った勢いで一気に離しにかかった。その差が20ヤード以上になり5番街の交差点を抜けマンハッタンを斜めに走るブロードウェイへと曲がって行った。
まずい! まずいわ!
ニューヨークで1番歩行者の溢れ返る通りへと駆け曲がり歩道に人がごった返すのを目の当たりに不安になった。それにニューヨークで最も車も混み合う通りはいつになく車両が多く殆ど渋滞し動かない状態が続いていた。
あのオフロードバイクの2人組は捕まえて半殺しにしてやると息巻きながらセダンのフロントガラスを蹴りボンネット先端に足の土踏まずをかけ、一気にワンボックスのバンのルーフに飛び上がった。
モーターバイクは余りもの歩行者の多さに歩道際の車道に下りて南東へ下り加速してゆく。
20ヤードだった差があっという間に倍の40にも離された。
イエローキャブの屋根の看板を蹴り割ってしまい破片を撒き散らしてハッチバックのルーフに跳び移る。幼子さえ人質に取られていなければ背中に銃弾のシャワーを浴びせるのにと眉間に皺寄せて眉を吊り上げた。
もうかなりの距離を走っていた。
平地を走るよりも遥かに体力を使っているのに肺も心臓も音を上げていなかった。アンダーリーイング・ランゲージ(:根底術式)の影響なのかと思いマリーは否定した。
感覚が違う認識が確かにあった。
怒り心頭しても体力の限界は生じる。
急に日頃走ってる以上には駆ける距離は伸びない。だが多量のアドレナリンを一気飲みしたみたいに力が漲っていた。
ユニオンスクウェアで一旦は車道に飛び下りてアスファルトを駆け抜けた。幸いにも右手に握るのが歪な形状のサブマシンガンなので歩道で眼にした人々が騒ぎにならずに人の溢れる交差点を走り抜けた。
横から飛び出してきた赤い色の乗用車のボンネットに飛び上がり尻を滑らせ反対側に着地し即座に走り続けた。
背後でボンネットを踏みつけ渡るシルフィーの足音が聞こえてきた。
すでに700台以上は踏みつけてきた。
明日になったら物凄い枚数の修理代の請求書が舞い込むだろう。ハイエルフの分も面倒見なくてはならない。必要経費で通るだろうかと考え、駄目な事を予感し不安が膨れ上がると、それが怒りにすり替わった。
レギーナ何とかいうロシア軍人を只じゃおかない。
くそう、そいつも半殺し以上の目に合わせる!
元はといえば、ベッカー高原のテロリストキャンプにそいつの親族が居たのが発端だった。
モーターバイクは多少道が開けても50ヤード以上は離れて行かない。
もう完全に囮だと決めつけた。
見通しで100ヤードは逃げる余裕を速度を加減していた。
鼻息荒くブロードウェイを走り続け気がついたらチャイナ・タウン近くにまで来ていた。
ベスと戦った市庁舎公園手前でモーターバイクはブルックリン橋のある方角へ回り込み、マリーは誘拐犯らが橋を渡りブルックリンへ逃げるのかと警戒した。だがオフロードバイクは赤い歩道を突っ走りニューヨーク検事局の傍らを抜け出した。
ニューヨーク市警本署の目鼻先だった。
犯罪者が近寄りがたいエリアだった。
だが逃げる連中はブルックリン橋のループは利用せずに沿岸ハイウェイのサウス・ストリート・バイアダクトへ上がるループへと走りブルックリン橋ループ下のフェンスの開いたドアから橋下に入り込むのが見えた。
マリーとシルフィーが走って来るとループ下中央にバイクが倒され傍で座り込んだ幼子が泣いていた。
「シルフィー、女の子を守って!」
「了解実行、銀髪」
足で逃げようとしたのか反対側フェンスの手前にモーターバイクに乗っていたヘルメットを被った2人のものが倒れていた。
確認に行く危険は冒せなかった。近寄った瞬間撃たれる。
諜報機関の常套手段だった。
幼子の付近も危険だったが精霊シルフの魔法防壁でシルフィー・リッツアごと守り抜く自信はあった。
フェンス外の道路に路駐する車のドアが幾つも開き私服の得物を構えた男らが降り立ち幾つものフェンスの切れ目から銃口を向け橋下に入り込んできた。
マリーは俯いて上目遣いで視線を游がせ鼻梁に皺を刻み片唇を吊り上げた。
こいつらに負ける気がしない。
──Let me teach your the meaning of harm to me, who has been given the power of heaven──
(:天界の力授かった女兵士に手を出す意味を教え込ませよう)
寸秒、ザスローンの特殊部隊兵が直ぐに手を下さぬ理由に眼を見張った。
1人の女兵士の後ろから黒いショートブーツを繰りだしそいつが姿を見せた。
淡いブラウンのタイツを穿き華奢な両脚に支えられたのはプリーツの濃紺のミニスカート、その腰に掛かる灰色の大柄なシャツには派手でカラフルな幾何学模様が走る上にショッキングピンクのパーカーを羽織っている少女。振り向けた顔の上でウルフカットのブロンドヘアーが踊り、色白の小顔で細い顎が暗い橋下の影に僅かに浮き立っていた。
モーターバイクが走り込んで来てギャングスタの若者らが乗り捨て女の子をバイク傍らに放置し駆け寄ってきた。
ロシア連邦保安庁の工作員イヴァンナ・レシュリスカヤが車の中からスチェッキンを使い2発で撃ち殺した。
"Теперь очередь Ольги. Разрешить Марии Гарланд рубить конечности."
(:オルガ出番だ。マリア・ガーランドの手足を斬り落としてもいいぞ)
そう告げ同じセダンに乗るレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐が助手席ドアを開くと戦闘用バッテリーパックを背負った白兵戦戦闘オートマター・Mー8オルガ は頷いて後席ドアを開き大佐の後を歩き切り開かれたフェンスの間から橋下へと向かった。
火器を所持した兵士らが展開するとオルガはレギーナの後ろから標的が見える場所へ足を踏みだし顔を振り上げマリア・ガーランドをマルチカムに捉えた。
自由を手に入れるためのFNーP90手にするチケットが立っていた。




