Part 36-4 Кровь шумит 血が騒ぐ
Atlantic Basin Red Hook Brooklyn, NY 17:05/
932 Morris Ave. Boogie Down NYC, NY. 13:07
17:05 NYブルックリン地区レッドフック──アトランティック・ベイシン/
13:55 ニューヨーク市 ブロンクス東モーリーズ通り932番地
時間を守らないのは、元KGBの将校であり同じ同胞のロシア人だから許される。
そう思っているのなら面を見せた瞬間顔に拳の3つでもお見舞いしてやる。
邪念を抱きながらレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐はスマートフォンでアメリカのニュース放送をあれこれと見ていた。
大佐率いる対外情報庁|特殊部隊ザスローン(/Заслон)所属の14人と1体は合衆国沿岸警備艇を元々貨物船が船着けする予定だったコンテナ陸揚げ設備のある港湾埠頭横の人工入江──アトランティック・ベイシンのフェリー乗り場から上陸すると、集団でいることでロシア人の密航者だと警察を呼ばれる前に7人二手に別れ、ロシア大使館の一等武官ニコラフ・チェレンコフが現れるのを待った。
"Полко́вник, Что вы делаете, когда Николаев не приходит ? Мы просто похитим женщину ?"
(:大佐、ニコラフが来ない時はどうしますか? 我々だけで女社長を拉致しますか?)
周囲を警戒する部下達の様子を見ながらゲラーシ・ニキートヴィチ・ローゴフ中尉がそう尋ねると、木箱に座り込んでいるレギーナが顔を上げた。
"Мы собрали приблизительную информацию, чтобы сделать это в одиночку. Но стратегия будет трудной, и будет потеря."
(:我々だけでも可能な様に大まかな情報は収集してある。だが立ち回りは難しくなり、損失も出ると思え)
損失は人的被害だった。だが彼女の部下はスペツナヅよりも恐れられている兵士ばかりだ。そんな脅しに怯むはずがなかった。
それにあの女は憎むべき弟殺しなのだ。復讐の手引きが減ったから、警戒・警護が頑強だから、身を隠したからと諦めぬ。
手引きなど幾らでも差し換えが利く立場にあった。
警戒が厳しく警護がベテラン揃いでも、より多くの機材・兵装、腕の立つガードもより多い兵の飽和攻撃で潰すは容易。行方知れずともロシア諜報機関全アセットを遣えば時間に比例し発見への道は開ける。
あの女だけは、ただ、殺したりしない。
言い逃れを聞きながら、手始めに爪すべてを引き剥がし、命乞いを聞きながら指の第1関節からバイスで潰す。喚き散らす醜態を眺めながら身体の突起物を1つひとつを鋸で切り落とす。
そうして生かしたまま胸を切り開き心臓を素手で握り潰す。
"Гераси, не волнуйся.co.jp. Если нужно, я погоню за ним одна."
(:ゲラーシ、心配するな。必要とあれば私が単独で追い続けるから)
ゲラーシ・ニキートヴィチ・ローゴフ中尉は座っている上官を見つめ驚愕した。スペツナヅの古参兵が目を合わせようとしない強者が心遣いを示したのを初めて見た。仲間や他の士官に話しても絶対に信じてもらえないと彼は思った。
恐らく、いいや確実にマリア・ガーランドというものは地上に逃げ場を失ってしまった。
"Полко́вник, Что означает Динофелисы ?"
(:大佐、ディノフェリス──とはどういう意味なのですか?)
レギーナが鼻で笑い手にするスマートフォンに視線を落とし応えた。
"Кто-то, должно быть, сказал это обо мне. Он глупый парень. Это один из типов Саблезубые кошки. Но я не назвал это так из-за его силы."
(:誰かが私を指してそう呼んだのだな。そいつはくだらん奴だ。サーベルタイガーの1種族さ。だが強さゆえにそう呼ぶのではない)
サーベルタイガー!? 大佐の事を批判するものの一部が話しにつけ加える長年わからなかった単語の意味が今、知り得た。
"Потому что он умер в древности. Я циничный, что я уничтожу себя в конце концов."
(:古くに滅んだからだ。いずれ身を滅ぼすと揶揄してる)
彼女はニュースを見るのを止めスマートフォンをコートの内ポケットに差し入れ周囲を見回し始めた。
"Где это ?"
(:あれはどこにいる?)
"Это Автомат ? Я сказал ей, чтобы не идти далеко, но она гулять."
(:戦闘人形ですか? 遠くに行くなとは命じましたが、ぶらぶらとしています)
"Что делает М-8 ? Машины не могут этого сделать. Это что-то значит. Присматривай за ней."
(:ぶらぶら? 機械にそういう芸当はできん。何か目的がある。目を離すな)
人と違い行動基準を分かりかねると大佐は思った。
"Я понимаю."
(:了解)
返事をしゲラーシが離れて行くと木箱から彼女は立ち上がった。
いる場所は典型的な港湾地区らしく大きな倉庫ばかりが目に付く建物の間の道路際だった。人通りどころか車すら殆ど走っているのを見かけないが、道路左右に10数台の乗用車が路駐しており、幾つかのシャッターの開いた倉庫屋内にダンボールなどの荷物が見えそこで働くものの通勤車輌なのだとレギーナは思った。
歩行者がいないのは好都合だが、かえって紛れ込む隠蔽物がないことになる。
だがコンテナ陸揚げ埠頭からあまり離れるわけにはいかない。現着で襲撃手引きをするはずのロシア大使館員が来ないことには自由が利かなかった。
彼女は傍のタイヤ業者の倉庫とは逆方向の中尉が歩いて行った交差点へ車輌一方通行とは逆に歩くと武器を手にした3人が直ぐに付いて来ており、倉庫角に185番地と表示された交差点に立ち左右を見まわした。
左はコンテナ陸揚げ埠頭の方角へ80メートルほど、右は600メートルほど先まで見えており赤煉瓦色の低い建物数棟先に幾つかの交差点があり、どちらも数台の路駐車だけで人影はない。
おそらく部下達は車輌か建物の陰にいるのだろう。
海上臨検を受けたのを除けばこの国は易々と不法入国できてしまうだろうとレギーナは思った。
あのポンコツさえ警察に見つからなければ、夜までこの地区で身は隠せそうだ。だが警察官を見てないからと安全とは限らない。警察官なら容易に鎮圧できるが兵隊を呼ばれると派手に火線を開く可能性が高い。ニュースでニューヨークの怪物騒動とマンハッタンの大きな公園に現れた光る球体へ対応するために州兵が動員されていると云っていたがその気配すらここではない。
大佐がコンテナ陸揚げ埠頭の方へ向かうとカーブしたフェンス沿いに円錐形を逆さまにして切り落としたコンクリートの設置物が等間隔に並んでおりその中に枯れた雑草が群生していた。その2個目のプランターに自動人形が腰かけた傍に中尉がいて話し込んでいた。
知らなければ大人の男と少女が話している様に見えてしまう。
だが戦闘に特化した機械なのだ。
"Что ты делаешь, М-8 Ольга ?"
(:何をしてるMー8オルガ?)
中尉と話していた戦闘機械はレギーナが声をかける前に振り向いて答えた。
"Я разведчик. В таком положении вы легко сможете перебежать через забор."
(:偵察。この位置ならフェンスを越えて簡単に逃げる事もできる)
この自動人形は逃げる選択肢も視野に入れ戦術を練るのかとレギーナは目を細めた。
いきなりオルガが視線を外しレギーナが歩いて来た方向とは別の通りの先を見つめた。
"Будьте осторожны. Автомобиль ── Легковой автомобиль едет по первой Т-образной дороге."
(:警戒せよ。車輌──最初のT字路を乗用車が走ってくる)
T字路は60メートルほど先にあり左の脇道から彼女らがいる通りが突き当たりになっている。音でこの自動人形は反応したのかと最新のセンサーデバイスの能力にレギーナは感心し、車ぐらい来るだろうそれがなぜ警戒に値するのだと思った。
"Почему ты настороже ? Это полиция ?"
(:どうして警戒してる? 警察か?)
"Он медленно движется со скоростью ниже 30 км / ч. Это не полицейская машина. Это белый фургон."
(:速度を30キロ以下に落としゆっくりと走っている。警察車輌ではない。白色のバンだ)
レギーナと中尉は振り向いて2つのフェンスを通しその車輌を見ようとした。だがT字路に繋がるその道にも路駐車が連なりはっきりとそのバンが見えないが、倉庫街に来た乗用車ではないのかとレギーナは考えた。
40秒ほどでその車がT字路に姿を表し曲がる直前に車は1度ギリギリまで減速し運転手がレギーナ達のいる通りの左右を確認するのが見え、大佐はコートの内に手を差し入れ肩から負い革で吊すPPー2000の銃握に指をかけた。必要なら。車の鋼鈑を楽々と貫通できる7N31APを装填してある。
運転席の淡い色合いのブロンドショートヘアの女がレギーナらの方へ顔を向けハンドルを切った。
その車がゆっくりと走ってくるのを大佐と中尉は顔を向けずに視線だけで追い続けた。
レギーナは運転してる女がただの民間人とは思わなかった。
曲がる直前に視線を向けながら、車が曲がった後真っ直ぐに顔を向けながら視線も前方に固定している。
意図して見てない事をアピールしながら視野に自分達を捉えているとレギーナは感じPDWのセーフティーをシングルからフルオート・ファイアに切り替えた。
だがその運転してる女の顔に見覚えがあった。
ロシア国内で会ったか? いいや、何かの資料写真か? そうだ! スチェッキンとダガーナイフ使い! レギーナが目を細めるとバンは通り過ぎカーブを曲がる直前で止まるり加速してバックしブレーキをかけた。
そうして開いた助手席の窓から運転してる女が顔を振り向けた。
"Мистер Полко́вник Регина Константинович Донской и мистер .Герасий Никитович Рогофф Ста́рший лейтена́нт ?"
(:レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐とゲラーシ・ニキートヴィチ・ローゴフ中尉でありますか?)
"Это правильно. Вы сотрудник ФСБ ? "
(:そうだ。君はロシア連邦保安庁の要員か?)
大佐の質問に女は目で頷き名前と身分を名乗った。
"Я Иванна Решриская. Я служу в ФСБ, но являюсь офицером второго сорта при посольстве России в Вашингтоне. Подполко́вник Николав Черенков сюда не ходит. Вероятно, похищен ЦРУ."
(:イヴァンナ・レシュリスカヤ──ロシア連邦保安庁所属ですがワシントンロシア大使館付け2等武官です。ニコラフ・チェレンコフ中佐は来ません。恐らくCIAに拉致されたと思います)
CIA!? なぜマリア・ガーランドにCIAが絡んでくる!? CIAはただ拉致したりしない。それなりの打算があり、落とした諜報員はどんな手でも口を割らせる。あの女と繋がりがあるのなら何らかの警告をした可能性があると疑問が警戒心にすり替わった。
"Кстати, спрошу, полковник. Почему ты с девушкой. Девушка похожа на русскую."
(:ところで大佐、なぜ子どもが貴女と? ロシア系に見えるのですが?)
レギーナは鼻筋に皺を刻み唇を僅かに吊り上げた。
"Она одна из моих солдат."
(:私の部隊の戦闘兵の1人だ)
今度はハンドル握るイヴァンナ・レシュリスカヤが鼻筋に皺を刻んで率直に告げた。
"Короче, хреново."
(:悪い冗談です)
ギャングスタらが口を割った後その部屋にいた若者らを殺して回りジャレッド・マーシュはアパートメントから出ると建物から急ぎ足で離れながら地下鉄のメルローズ駅に向かいながら知った事を整理していた。
マリア・ガーランドを誘拐するために糸を引いていたロシア大使館員ニコラフ・チェレンコフは恐らくはロシア連邦保安庁か対外情報庁だと踏んでいたが、どちらにしろ現地で荒事を繰り広げる時は現地人に頼らず部隊兵を送りだしてくる。
本腰で対応しなければ、まず誘拐されてしまうだろう。
それは姉さんの関わるCIAのNDC調査に支障が出るから姉さん自身がニコラフ・チェレンコフ拉致に動いたのだとジャレッドは思った。
それなら姉さんに報告しなければならないと彼はセリー(:米での携帯電話の俗語)をジャンパーの内ポケットからから取り出した。
そうして空で覚えている彼女の番号をタップし耳に当てた。
『シリウスよ』
「姉御、ギャングスタの口を割らせると面白い事がわかりました。あなたの上司マリア・ガーランドを誘拐するためにボディーガード陽動を請け負っていました」
『本隊は腕の立つ連中ね。ニコラフ・チェレンコフが口を割ったわ。レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐──特殊部隊ザスローン(/Заслон)所属のよ。彼女が私怨でマリア・ガーランドを誘拐するために動いている。拉致担当部隊は大佐の配下よ』
ロシア大使館1等武官の口を割らせた!? 姉さんかなり手荒に締め上げたとジャレッドは苦笑いを浮かべた。だがあの1等武官はやはり対外情報庁の息がかかっていたかと彼は身の振り方を姉さんに尋ねた。
「それではSAD(:CIAの準軍事工作班)を使い阻止しますか?」
『いえ、社長は自身のためにNDCの民間軍事企業部門セキュリティを使う事すら躊躇するでしょう。彼女はそういう人よ。今、セキュリティ達はジョージアへ出払っているけれどどのみちマリーも社や自宅にはいないから誘拐される心配はないわ』
ジャレッドは前々から姉さんがマリア・ガーランドに入れ込んでいる事に気づいていた。だが危害加わる事にすらその社長が力押ししない事をまるで姉さんは本気で心配している様だと思った。
『ジャレッド、ザスローンはまだニューヨーク入りしてないと思う。早くに乗り込むと露呈のリスクが高くなるし、どのみち連中がここで大手を振って実力行使に出るなら陽が暮れる以後、夜でしょう。ならまだ潜んでいるか、これからNY入りする。武器が持ち込めないから空路は使わない。陸路か海路。恐らくは貨物船あたりが濃厚なライン。海外の貨物船が入港して荷役にもあまり注意を向けられない近場はブルックリンのレッドフックぐらい。あなたはこれからそこで悟られない様に監視して欲しい。もしロシア人の集団を見つけたなら追尾して状況を報せてほしい』
手を出せと言われれば相手がスペツナヅよりも厄介だと知られる連中、1人では殆どどうする事も出来ないと、力の及ぶ範疇を彼は十分に理解している。だが監視追尾ならピクニックの如く極めて簡単だった。
「幾らか手足をもぐ事も出来ますが」
『止めておきなさい。派手に撃ち合えば警察の眼につくでしょう。会社もそれは望まないわ。本部長に吊されるわよ』
「了解実行します」
そう返事をし彼は通話終了のアイコンをタップした。
やれと言われれば火器を用意する必要があったところだ。撃ち合うにしてもギャングスタから奪ったガバとグロック2挺で弾数も弾倉半分しか残っていなかった。それでは不意打ちで精々2人を戦闘不能に追いやるのが精一杯だと驕りは排除した。
駅のホームへの階段を上りながら彼は決意した。
ちょっとやんちゃしてみるか────。
DEVGRUの血が騒いでいた。
バンから下りた女が民間人ではないと局地白兵戦戦闘兵器メインフームは判断した。その理由は複数あったが、自身が名と所属を名乗りそれを即座にネットワーク経由で本国のデータベースと照合した。
イヴァンナ・レシュリスカヤ。
ロシア連邦保安庁の海外要員。陸軍の階級は陸軍大尉。
現場処理のプロだと情報源に書き込まれている。
レシュリスカヤが大佐と話す間だも視線に我をとらえ続けるのはなぜだろう?
大佐がザスローンの兵士の1人だと明言したのをレシュリスカヤが否定したのはなぜだろう?
Mー8オルガはイヴァンナ・レシュリスカヤが我に潜在的敵意を抱いている事に5次元構成のデータベース比較統合判定では76ポイントの確率とメモリに格納した。
視線に警戒の兆候を観測した。
見かけの姿を戦闘力に結びつけない思考ルーチンを経験から構築した女だ。
この手合いは状況に応じて力尽くで排除行動にでる人間性があった。
戦場の混乱に乗じて行動不能にすべきだと防衛サブルーチンが警告してくる。
人の本質、人の行動原理、人の動物性──それらを鑑みた上で、何をすべきか導いた。
動物とは優劣を表明し受け入れる。
それは自由という範疇。
レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイ大佐とマリア・ガーランド拉致作戦の構築するイヴァンナ・レシュリスカヤの元にゲラーシ・ニキートヴィチ・ローゴフ中尉を押しのけMー8オルガは歩き寄ると身長の高い女が蔑んだ緑色の目で見下ろしてくるのをM-8は見上げた。
その虹彩の血管状態を測定し仮想した。
こいつ薬をやっているのか?
戦闘を前に怯えてか?
否、そうではない。
疾病もしくは怪我を負っているに89ポイントの判定を下す。
局地戦メインフレームはいきなり右足を僅かに上げ軽くイヴァンナ・レシュリスカヤの左足を踏みつけた。
叫び声を上げうずくまり足を両手で押さえる女を見下ろし振り上げられた瞳を見下ろした。
そこに怒りと怯えを見いだし局地白兵戦戦闘兵器は仮想した。
こいつも我より下等である。
自由とは優劣を判定する意味合いが強いとオルガは仮想した。




