Part 36-1 Blind Spot 盲点
U.S. Navy 6th Fleet Ballistic Missile Nuclear Submarine Maryland Temporary Captain LCDR Bertram Parnell's House Next Door 300 George St. St Marys 4 miles South of Naval Submarine Base Kings Bay St Marys GA., U.S. 17:20
17:20 合衆国ジョージア州ネイバル・サブマリン・ベース・キングス・ベイ南部6.4㎞ セント・メアリーズ ジョージ・ストリート300 米海軍第六艦隊所属弾道ミサイル原子力潜水艦メリーランド臨時艦長バートラム・パーネル少佐の住宅の隣家
27インチの液晶モニタに映し出される隣家リビングの光景を見つめる武装した男女に混じり場違いな普通の若い夫婦が強張った表情でそれを覗き込んでいた。
ニューヨークのラガーディア空港から2機のエアバスA400Mアトラスで移動すること1時間22分。ジョージア州の片田舎にあるローカルのミレン・エアポートに滑走路のアスファルトにメインギアをめり込ませ降り立った軍用機を待ち受けたのはNDCがその巨大複合企業の権限でかき集めたヘリボーン用35機のヘリコプター群だった。
即席の人質奪回特戦奇襲中隊は僅か15分で101名が分散し装備を持ちヘリに搭乗するとキングス・ベイ周辺の人質になっている原潜メリーランドの各士官家屋9世帯に空から向かった。
NDC作戦指揮室の人質奪回作戦最高責任者エレナ・ケイツ──レノチカはその全権を持って各地の作戦指揮・突入要員待機場として各士官家屋隣家を土地と家込みで相場の10倍という破格値で買い取った。
だがその好条件の話に首を縦に振らなかった家族もいた。
メリーランド副長バートラム・パーネル家の隣人──エドウィン・ベックウィズの夫妻だった。
夫妻はパーネル家と仲が良くテロリストに家族が人質として監禁されていると知り、特戦奇襲部隊に無償で家屋を提供する代わりに救出される場に立ち合うと言い張った。その夫妻をパーネルの家族奪回を担当する第7小隊リーダーのキャロル・コールは危険性を理由に説き伏せようとしたが夫妻は頑なに拒み時間を惜しんだキャロルは家から出ない条件で夫妻が立ち合う事を許した。
モニタの隅に表示されているデジタルの時刻が17時20分に切り替わった。
全9小隊は同時突入をレノチカから命じられていた。だがこの時刻になっても突入準備可能をリンクさせているのは6小隊で突入が容易ではない事を窺わせていた。
「ミュウ、再確認。爆弾ベストのリモートスイッチを持っているのはテロリスト2人で間違いないの?」
────ええ、キャロル。リモートスイッチを持っているのはリビングの1人と玄関際の部屋にいる1人よ。
無線で問いかけたにも関わらずミュウ・エンメ・サロームとアリッサ・バノニーノは第1小隊の傍に居ながらにこちらのサポートをしっかりとしてくれていた。
子ども達が着せられている爆弾ベストのリモートスイッチを持つのはリビングのヴェネジクト・グリエフ少尉補と玄関際の部屋にいるマラート・コチェルギン兵曹長だった。顔は作戦指揮室のi-worker(:情報職員)が写真を入手しネットから送ってきていた。
「いい? 皆、ヴェネジクト・グリエフとマラート・コチェルギンの顔を覚えた? 逃すと子ども達の命がないものと思いなさい。必要があれば射殺も許可する」
そう命じる彼女に同じ第1中隊のマーガレット・パーシングが異を唱えた。
「キャロライン! マリーに責められます。レノチカもテロリスト全員を殺すなと」
キャロルはモニタの1つに区分され顔写真の並ぶ中からヴェネジクト・グリエフの顔へ人さし指の先を乗せ押し殺した声で指摘した。
「テロリストを殺しあのビッチから頭に来るように責められキレるのと、子どもらを救い出せなくあの女指揮官が一言も話さず無言で責め続け胸をかきむしるほど落ち込むのと二者択一」
「キャロル──それ択一じゃないですよ。後が地雷じゃないですか。ですが、殺す事で爆弾ベストを解除できなくなれば我は二重に地雷を踏むことになるんですよ」
そんな事は承知の上だと第7小隊隊長は思った。だからこそミュウやアリスに再三テロリストらの意識や近辺にサイコダイヴを繰り返させ確証をつかんでいた。
だがつかんだものが砂の様に崩れたらと不安がつけ込んでくる。
この葛藤に前任司令のフローラ・サンドランならどうするか明確だった。
リスクは織り込み済み。
彼女はそう告げ襲撃を強行する。悲惨な現場状況に怯まない彼女の下ではある意味やりやすかった。テロリストも特殊部隊兵らも被害者すらもすべては駒に過ぎない。襲撃者の狙いを社会的に黙殺する視野で彼女はすべてを決めた。
だがあの糞女は被害者はもとより部下すべて敵をも死から遠ざけようとする。慈愛とか尊厳とか────そんなものと異質だと何かがずっと引っかかっているとキャロル・コールは思っていた。
武装偵察部隊で積み重ねた経験が警告していた。
あいつは好んで最悪の手を引き寄せる魔性の女だ。
稀に兵士の中にいる。
1人で敵全部隊を殲滅しようとする気狂い。
兵士になる理由は様々だ。国家のため、家族のため、生活保障のため、生きがいを見つけるため、そこに未来があると信じて多くのものは戦場でプロになる。混沌とした泥沼に足を取られても必成と望成を目指す信念の鋼鉄の棒が背中を支え真実にする。
だが気狂いは違う。
1番厄介な手合いは戦場を駆け抜けるプロの技術と精神を持ちながら、本質は別ものの兵士。
生存本能に左右されない地獄すらプールの様に楽しめる戦場が至高の光景に見える兵士。
戦場に抱く感情を恐れか、羨望をかで線引きできるなら、マリア・ガーランドは後者だろう。
「ミュウが潜り込んだテロリストらの意識に人質を手放さぬ強い信念と2個のリモートスイッチの存在。それ以上でも以下でもないわ。後は要所に仕掛けられた爆発物を起爆させずに連中を倒す」
言い切る彼女にマーガレット・パーシングは何も口差し挟めなかった。
「それではもう一度、突入準備のチェックを行う」
この場に来て4度目の装備確認だったが誰一人文句も言わず火器、弾薬、爆発物、無線機を初めとした電子デバイス類、マルチツールや拘束具にいたるまでの確認を始めた。
その場にいる要員は皆緊急治療の講習を受け、キャロル自身も海兵隊兵役中に何度も負傷者を救護した経験があったが、この付近にスージー・モネットがいない事が一抹の気がかりだった。
テロリストや自分達なら荒っぽい対処もできるが、人質家族のことを思うと突入時に付近に119の緊急医療チームがいて欲しい。
突入時に即座に脅威は排除するが、流れ弾は必ずあり付随的被害はゼロにならない可能性がある。そのために対応医療者が数小隊に対し1人は必要になる。
もしも子どもらに銃弾がと思うと震えを感じた。
大人に対し子どもは身体の小ささから銃創の影響が大きくでる。簡易な治療では命の危険性が大人よりも高くなる。
もしも子どもらが傷を負ったら自分が対処しないと他のメンバーでは荷が重いだろうとキャロルは思った。その矢先に監視先のリビングで動きがあり、彼女は気を持っていかれた。
リビングからテロリストの1人が出てくると庭の方へ歩き出した。
その男の向きに合わせキャロルはリビングを外から映しているウインド下のスライダーを指先で横に振った。
テラス窓外のプランターにいる小蜘蛛が向きを変え8つの目が庭を向いた。
庭に出たテロリストがプールサイドを歩き垣根に向かってゆく後ろ姿が夕暮れに赤く暗く見えていた。
垣根の隅にいた別のテロリストがその外に出てきた男と入れ違い姿が大きくなり監視ウインドの端に消えると、キャロルはまたスライダーを指で操作し視界をリビングに戻した。
外を見張るものは2人いた。15分おきに内にいるものと交代するが外に出たものはその都度立ち位置が変わっていた。
気に食わない。
良くない状況の1つ。
突入の直前に外を見張るものらの場所を確認し即応で対処しなければならない。バックアップを差し向ける余裕はなかった。建物正面に近いテロリストと庭にいるテロリストに対応する2人はそれぞれ自力で切り抜けないといけない。
良くない条件は少ない内に潰す。
キャロル・コールは元民間軍事企業要員のモーリス・ノートンを庭にいる奴に、元デトロイト市警SWAT隊員だったレオン・グリントに玄関際の垣根付近にいる奴にぶつける事を即断した。
「我々突入時にモーリス──庭のテロリストを、レオン──玄関際の垣根に潜むテロリストをそれぞれ単独で戦闘不能に」
「了解」
2人の男らから了解しただけでなく実行してみせるという強い意志を感じ取りキャロルは余計な話を省いた。
「マーガレット、あなた達の班の割り振りを決めなさい。アシュトン、あなたは私に続きテラス窓を粉砕後屋内に突入。部屋、テレビの置いてある側とは反対側にいる奴を鎮圧。私がその間に子どもらに近い2人を封じます」
「あのぅ、キャロルさん、私は?」
元米海兵隊第3海兵遠征軍にいた若作りのレジーナ・ロザリーが尋ねキャロルは応えた。
「あなたにはもっとも重要で少々痛い役目があります」
そう言って斜め後ろにいる彼女へ振り向いたキャロルは押し殺した声で加え告げた。
「あなた自身が盾となり2人の子どもを火線から保護しなさい。倒れる事は許しません。奥さんは私が盾となり守り抜きます。レジーナ、プレートは三枚重ねにして」
キャロルが言い終わると陸軍先任曹長が自分のプレートキャリアから2枚引き抜き無言でレジーナに差しだした。
その2枚の防弾プレートを受け取り生唾を呑み込んだレジーナがリーダーに尋ねた。
「私の家族に遺族年金をお願いしていいですか?」
それを聞いてキャロルは短く鼻で笑った。
「イラクで塹壕2つ潰した人の願いじゃないわね」
その後にマーガレット・パーシングが自分のBセルの残り2人に命じた。
「ゴードン、あなたは正面玄関扉にセムテックスを7秒でセット。その間にダレル、あなたは──」
「マーガレット、ドアブリーチにミニモアを使いなさい。特殊部隊対策にドア裏に仕掛けられたトラップが遅延信管ならあなた達突入時に喰らうわよ」
ミュウ達のリサーチではブービートラップの信管種類までは見抜けなかったとマーガレットは眼を丸くし即座に訂正した。
「ゴードン、歩道からMMー1でドアごとトラップを吹き飛ばします。ダレル、私が突入するのでバックアップ。レオン、外の奴を戦闘不能にしたら即座に玄関を確保。テロリストの員数は正面側は2人だけど外部から余計なものが誰も入り込まない様に──」
マーガレットが自分の班に説明を続けている最中にミュウの超空間精神接続がキャロルに開かれた。
────キャロル、今2小隊が突入可能に。あとはケイス達の担当する武器管制官ロビン・ドレイパー中尉宅だけです。突入可能を現行維持できますか?
大丈夫よ。
そう答え、キャロルはロビン・ドレイパーの奥さんタバサ・ドレイパーと米海軍犯罪捜査局のトリスタン・ウォーラム大尉2人も爆発物ベストを着せられているのを思いだした。
ふとキャロルは人質家族が爆発物を身に帯びさせられているのはこのパーネル家とドレイパー家だけだと気づいた。
なぜ2家族だけなのだろうか?
他に監禁されているのは7家族いるが、それらをミュウとアリスが調べたが爆発物を身に着けさせられていない。
それぞれの小隊は自分達の担当する家に集中するあまり誰も言いだしていなかった。
その差は何なのとキャロルはテラスから見えるリビングの光景を眼にしながら考えた。
バートラム・パーネルは臨時艦長をしている。片やロビン・ドレイパーは武器管制官。潜水艦というものの具体的な中身は知らなかったが、普通にある役割で共通点は思いあたらない。
キャロルは爆発物を着せてまで人質を手放さない狙いが犯人らにあるのだと思った。だがパーネルが臨時艦長になった様に他のものもその役割を引き継げる様に軍なら規定を組んでいるはず。それは潜水艦の武装を担当しているドレイパーも同じはず。
いいや、テロリストらは艦長を排除した様にパーネルやドレイパーをすげ替えるつもりがなければどうなのだろう? 次々にそれらポジションを別人に代えていたらそれら家族まで押さえなければならなくなる。テロリストらにも限界があり────。
現界!? 員数の上限!!!
「ミュウ、返事を!」
キャロルは自分の無線機のタッチパネルを操作してミュウ・エンメ・サロームを呼びだした。
僅かに間をおいて彼女が異空間越しに声をかけてきた。
────どうしました、キャロル?
ケイスにリンクさせて。
────少し待って下さい。
だがそれほど待たされはしなかった。キャロルは2呼吸目でケイス・バーンステインの意識を感じた。
────どうしたんだ、キャロル?
ケイス、爆発物ベストを着せられているのはあなた達の担当するドレイパー家と私達が担当するパーネル家だけなのよ。その2家族はテロリストらが有限の人数でどうしても確実に押さえたいと考えた重要な理由がある。でも私達はそれがわかってないのよ。
────その理由がわかれば手の打ちようがあると言っているのか?
いいえ! 違うの。理由を知らなくても私達はこの2家族が特別だと知っているのでそこを落とされたと知れば他の家族を人質に取る連中は崩れるかもと思ったの。
────一理あるな。だが確証はない。それに同時突入要員は確保した。今更ドレイパー家とパーネル家だけを押さえて他のテロリストらの出方を見る余裕はないだろうし2家族に他の小隊から人員を回す余裕もない。
ふと思いついた事にキャロルは鳥肌立った。
私達はテロリストが総出で各家庭に籠城していると決めつけているわ!
────くそっ! テロリストらが手一杯を補うために爆弾ベストを用意しているとばかりに考えていた!
そうだわ。爆弾ベストは時間稼ぎの見せかけだとキャロルは思った。特殊部隊が人質解放に来てもそれを阻止する部隊が少なくともドレイパー家とパーネル家近隣に潜んでいるんだわ。ミュウやアリスのリサーチはあくまでもテロリストらが籠城する家庭内にいるものに限っていた。
数軒離れていれば少女達の眼に止まらない。
テロリストらが少女達の特殊能力を知っている事はないだろうが、特殊部隊襲撃には念入りに備えたのだ。
迂闊だった。初動のミスがここにきて芽をだした。
ミュウ! アリスと手分けしてドレイパー家とパーネル家周辺の家を順に透視して! テロリストらが他にもいる!
────えぇ!!??
ミュウの驚きが意識に食い込んできてキャロルは顔をしかめ顳顬を左手で押さえた。
────直ぐに調べます。
襲撃中に外から新手に襲われたら一溜まりもない。我々は簡単に殺され人質は解放されない。
私達は最初から手が足らなかったんだわ。
ギリギリで作戦遂行できると踏み切った時点で負けが確定していた。
奥歯をぎりぎりと言わせ打開策を並べ始めた矢先に超空間精神接続の前触れを感じてキャロルは驚いた。
ミュウとアリッサが調べたにしては余りにも早すぎた。
その覚えあるリンク感覚にキャロル・コールは思わず糞女と意識してしまった。
────誰が糞女なのよ?
マリア・ガーランドの意識が流れ込みキャロル・コールはバースト通信の様に一気に状況を投げ渡した。




